鈍感ホワイトディ
タイトルは"ホワイトディ"ですが、一応2月14日の出来事です。
毎年、この季節がやって来る。
2月14日。
俺には、無縁の日。
...まぁ、渡そうとする奴は一人いるけど。
彼女じゃなくて、幼馴染みが。
毎年、義理チョコ作るんだよ。
でも俺、義理は貰わない主義なんだよ。
だから、いつも断ってるけど。
あいつは毎年、懲りずに持って来るんだよ。
本当、訳分かんない奴だ。
「はい!!」
いつも笑顔で、渡される。
「あー…いいよ、別に」
「何で!? 駄目なの?」
ほら、もう見たくないんだよ。
そんな、泣きそうな顔。
「いい。せっかく用意したんだから、自分で食べた方が良いだろ」
「そんなんじゃ、作った意味ないじゃん」
今年も、わざわざ作ったのか。
「そんなことより、テスト勉しろよ…」
「してる。あんたに言われたくないし」
いつも通り、一言多い。
かと思いきや、
「ねぇ、今年こそ貰ってくれますよねぇ?」
小首を傾げて、尋ねて来る。
俺はこいつの女っぽい顔を、
一年に一度しか拝めない。
そして、
「悪い。──いらねぇや」
断った後の、泣き顔も。
毎年、この日は。
一年で最も、あいつの感情の起伏が激しい日、だと思う。
「おはよっ」
毎年、同じ。
家の前で待ち伏せ。
こんなこと、毎日しないくせして。
「いらないって、いつも言ってるだろ。甘い物苦手なんだって」
「だからー、いつもビターチョコ使ってるって、言ってるでしょう?」
呆れた。
そんな所まで、気を使って。
「私、不器用だけど料理は出来るの!!」
知ってる。
何だかんだで、調理実習の時、見てるから。
「忙しいのに、無理すんな」
「無理してない!!」
騒ぐ声を無視して、俺はスタスタ歩く。
通い慣れた登下校の、通学路。
降りた霜を踏み歩く。
「た、食べてくれれば良いのに」
「……。あのなぁ」
もう、疲れて来た。
俺ははっきり言うために、振り返った。
「俺、お返ししねぇぞ。そう言う人間だから、他の」
「期待してない!!」
…最後まで、言わせろよ。
わざわざこっち向いたのに。
「何であんたなんかに、見返り期待するのよ…」
分かってるじゃねぇか。
だったら尚更、
何で、俺に渡そうとするんだよ?
「ただ…あんたに貰って欲しいだけなの」
ほら、また泣きそうな顔で言う。
女って、時々…訳分かんねぇ。
「俺には、お前の料理にアドバイス出来る程の舌はない」
「そうじゃなくて! …もう、分かんないの?」
全然。
だって、お前さっきから。
「怒鳴り散らすだけじゃ、分かる物も分かんねぇな」
溜息を漏らし、肩を竦める。
そして、距離を置くようにまた歩き始めた。
こんな奴、早くどっか行けば良い。
そして、そのチョコは他の奴にでも渡せば良い。
あいつは、ちょっとはモテる。
何にも出来ない、平凡な俺とは違って。
だから、俺なんか相手にしないで、ファンにチヤホヤされてる方が幸せだろうに。
「もう、馬鹿!! 何で分かってくれないの!?」
馬鹿とは何だ。
馬鹿とは。
俺はお前を思ってだな…。
無言で歩を進め続けた俺だが、次の足が出なかった。
…後ろには、俺を行かせまいと抱き締める馬鹿。
「何で、いつもいつも…意地悪するの」
意地悪なんかじゃなくて。
気付けよ、俺の気配りに。
「何で、貰ってくれないの」
当たり前だろ。
何で、俺ばっかり。
ずるいだろ。
幼馴染みってだけで。
無条件で、チョコ貰うのは。
大体、
「何で俺なんだよ」
そう、ずっと。
ずっと聞きたかったこと。
毎年、「馬鹿っ!!」って泣き叫んで何処かに行っちまうから、聞けなかったけど。
今は背中に張り付いてるから、聞けそうだ。
「俺以外にも、男友達なんて沢山」
「あんただけでしょ!!」
…なぁ、だから最後まで言わせろって。
「私の大事な幼馴染みは…私の、大好きな人は、あんた一人だけでしょ!!」
え?
…はぁ。
「その…な。もうちょっと、誤解を生まない言葉を選んでくれ」
俺は彼女の手を振りほどくと、向かい合った。
「どう言うこと、それ!!」
いや…言葉通りの意味です。
「あんたが望むなら、何度だって、言ってあげるわよ!! 私はあんたが、だ、大好きだって!!」
……。
は?
「えーと、それは…俺、喜んで良いの?」
その問いに、彼女はそっぽを向いて答えた。
「──知らないっ!!」
はぁ。
仕方ないな。
「俺さ…何で15年も、お前のチョコ受け取らなかったのか、知ってる?」
「…意地悪だから」
いや、違うぞ。
例え俺は意地悪でも、お前を泣かせることはしない。
「だから、その…義理は貰わない性質で」
「何言ってるの!!」
あの、発話を妨げられたの、これで三回目。
「私は15年間、ちゃんと…本命だったよ…」
──嘘。
いやいやいやいや、俺に限って、それはない。
こいつ、俺をからかってるのか?
「エイプリルフールは、まだ先だぞ?」
「知ってるよ! 良いじゃない、別に…今日はバレンタインなんだから」
…。
えーと。
つまり、俺は、
15年もの間、
勘違いし続けてた?
で、泣かせ続けてたのか?
こんなに愛しい、愛しい幼馴染みを…。
「あー。その。何だ、」
言葉が出ない。
えーと。
「ま、まぁ…一応、貰っとくわ。15周年の記念に」
「──本当!?」
ぱあっと輝く彼女の顔は、今まで一緒に過ごした中で、一番の笑顔だった。
「…旨い」
一欠けら頬張り、俺は言った。
「そ、そうかな!?」
目をきらきらと輝かせて、彼女は問う。
「食ってみろよ」
そう言って、食べかけを渡す。
彼女は一瞬躊躇い、そしてかじった。
「ん…本当だ。甘い」
「甘い?」
変だな、ビターのはずなのに。
「今まで、あんたが貰ってくれなかったチョコ…やけ食いしたけど、全部苦かった」
何だそりゃ。
やけ食いしてたのか。
「でも、これは甘い。念願、叶ったからかな?」
…こいつって、こう言うこと…さらっと言う奴だったっけ。
まぁ良いや。
「言っとくけど、お返しは期待すんなよ」
「はいはい、分かってますよ」
彼女の返答を聞きながら、デートの約束でもしようかと考え始める俺だった。
「一応、一ヶ月後は空けとけよ」
「…うん」
俯きがちに答える彼女の、真っ赤な顔とはにかんだ笑顔。
そんな表情を見られる限り、俺は彼女を喜ばせたいと思う。
まぁ、頑張ってハッピーエンドを書いたんで...どうか彼を責めないで下さい。