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「スタンガンを使ってもいいかな?」

 ある日、顔にはいつもの笑顔、屈託のない感じで佑樹が言った。

「うん・・・」

 一応返事はしておいたが、日奈子はスタンガンという物がなんなのかを掴みかねていた。聞き慣れない、というよりも初めて聞く単語だった。毎日聴かされているラジオからも、そんな単語は流れてこなかった。

 使う・・・。一体どのように使う物なんだろう。

 実際に佑樹が物を持ち出して、試しに何もない所で放電させてもいまいちリアリティはなかった。しかしそれを体に当てられた時、日奈子は安易に承諾したことを深く後悔した。

「・・・・!」

 声はきちんとした言葉を成してはいなかったが、驚くほどの大きな声を出していた。自分でも何があったかわからないくらい短い間に全身を衝撃が駆け巡り、視界は瞬時に真っ白になった。一度身体をビクンと震わせてからゆっくりとベッドに崩れ落ちる。

「これはいいなあ」

 倒れこんで白目を剥いている日奈子を見ながら、佑樹は恍惚とした表情を浮かべていた。

 夜。佑樹が寝静まってからも、日奈子は中々寝付けずにいた。初めて味わったスタンガンの新鮮な痛みのせいだろうか。あの後しばらくショックが引かなかったがその間もどうにかしようと体に負荷をかけていた為、肉体的には相当疲れているにも関わらず、妙に眼が冴えて眠りに就くことは中々出来なかった。ベッドの上で身体を起こして視線を巡らすと、床に寝転がって寝息をたてている佑樹が見える。寝顔は凄く穏やかで、それを見ると本当に安心できた。佑樹の眠りは深く、一度眠ると中々起きない。夜中にしばしば眼を覚ます日奈子も、一度寝た後に佑樹が起き出す所を眼にしたことは一度も無かった。夜の間は正に「死んだ」様に眠っている。

 念の為にもう一度佑樹が眠っていることを確認し、ベッドの端に置いてあるランドセルに手をかけた。長い間使っていないリコーダーは厚く埃を被っていて、吹いても音が鳴るかはわからない。ランドセルも埃を被ってはいるが、リコーダーほどではなかった。眼はすっかり暗闇に慣れていたが、ランドセルから余り音を立てずに物を取り出すのは少々難儀した。それでもどうにかノートと筆箱を取り出し、ランドセルの蓋を閉じる。

 ノートの表紙には昆虫の写真がプリントされていて、その下に「さんすう」という文字。名前の欄には「3年B組たつみひなこ」とある。日奈子はその表紙を下にして、裏表紙を一枚めくった。そして、何かに取り憑かれたかのように猛然と鉛筆で何事かを書き始めた。


 *

「おにいちゃん」

 妹は屈託の無い笑顔で話しかけてくる。その笑顔は全てを包み込み、解放してくれるような、相手も自然と笑顔になってしまうような笑顔だった。

「なんだい?」

 普段はあまり上手く笑えない僕も、この時ばかりは無意識の内に笑顔を浮かべてしまう。

「ごほん、よんで」

 そう言って何か不必要に大きな絵本を僕に差し出す。

 歳は、結構離れていた。両親がどんな気まぐれでこんなにも年月をおいて妹を作ったのかはわからないが、僕にとってそれはずっと待ち望んでいたものだった。

「はいはい」

 本を受け取り、おもむろに開いた。妹は僕の腕の下から潜り込んで、あぐらをかいている足の上に座る。

「はやく!はやく!」

 そしてその上で飛び跳ねて催促した。

「え〜〜っと・・・、むかしむかし、あるところに・・・」

 それは他愛の無い昔話。よくある、ありふれた想い出。

 でも僕は、とても満たされていた。

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