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「おはよう、日奈子」

 目は確かに開いていた。しかしその視線は部屋に入って来た佑樹に向いてはいなくて、虚ろな感じで遥か遠くを眺めている。

「・・・・・」

 呼び掛けに対する返事はなかったが、佑樹はそれを期待していた風でもなく嬉々とした表情で室内を闊歩した。右手にはコンビニのビニール袋を持っている。

 日奈子はベッドの上に寝転がっていた。いや、寝転がらざるを得なかった。手足をガムテープで縛られて自由に動くことが出来ないし、ベッドから降りることを佑樹は固く禁じていた。部屋は足の踏み場も無いほどに散らかっていたが、ベッドの周りの床に貼られたカラーのテープはくっきり見える。ベッドから降りないことと共に、部屋を歩く時はテープの上だけを歩けと命令した。

 佑樹がそれらの決まりをつらつら並べている時に日奈子は暴れてベッドから降りようとしたが、直前で体を押さえつけられ、執拗に殴られた。そんな事を幾度か繰り返す内に、日奈子はそれに従わなければならないことを知った。

 佑樹は適当に物をどかして日奈子の向かいにどっかりと腰掛けて、持ってきたビニール袋をまさぐりだす。

「ほら、朝食だよ。何が良い?」

 言いながら佑樹は中からパンやおにぎりを取り出した。しかし日奈子は並べられた食べ物を前にしても微動だにしない。

「いただきま〜す」

 日奈子に構わず佑樹はその中からおにぎりを一つ手に取り、周りのビニールを丁寧にはがしていった。そしてそれを正に口に運ぼうとしたその時、日奈子の顔が歪んだ。

「うっ・・・、えっ・・・、お・・・、うち、かえ・・・して」

 声にならない声で、それでも必死に言葉を紡ぎ出す。

 一瞬佑樹の動きが止まったが、すぐに元に戻っておにぎりを口に運ぶ。ぱりぱりと海苔の乾いた音がやけに周りに響く。顔に、感情を想像出来る明確な表情は浮かんでいない。

「ずっと一緒に暮らすんだ」

 まるでそのことが当然であるように応えた。


 授業参観が嫌いだった。運動会が嫌いだった。

 来るのは決まって母親ばかりで、友人によく冷やかされていた。

「今度はお父さんも、きっと来れるわよ」

 何回訊いても母から帰ってくる言葉こればかりだった。だが結局、一度として父がそういったイベントに顔を出すことはなかった。

「父さんは、僕の事嫌いなのかな」

「何言ってるの!父さんは、あなたの為に頑張ってるのよ」

 また始まった。

 何かというと僕のため。

 顔も見せないでお金だけを稼ぐのが僕のためなんだろうか。少なくとも僕はそう思っていないが、もうそのことについては何回も話した。決まって頭ごなしに母に怒られて、ろくに納得できないまま終わってしまう。

 僕はこれ以上何を言っても無駄だということがわかり、何も言わずに歩き始めた。

 母は僕の手を握ってくれていたが、それはともすれば離れてしまいそうにも思えた。出来るだけしっかりと握り締め、家へと続く道を進んだ。

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