トラック運転手の俺は命を神様の元へと運びます
日曜日の昼下がりの、午後3時28分。
多くの学生や社会人が休みだというのに俺は、今こうしてトラックを運転していた。
三つ先の離れた場所にある信号機の色は青。
ソレなのに俺の運転するトラックは赤信号によって停車させられている。
そんな些細な出来事に腹立たしさを感じながらハンドルを叩いて、早く信号が変われと切実に願う。
チカ チカ チカ
歩行者用の青信号が点滅をはじめ、トラックの上にある三色の信号は赤から黄色へと変化した。
ふと視線を先ほどまで青だった、三つ先の信号へと向けるとそちらは既に黄色から移り変わり、赤い色へとなってしまっている。
学生だろうか、真新しい制服に身を包んだ少年を卒業した年頃の男の子が一人で俯きながら歩いていた。
よし、仕事の始まりだ。
俺はハンドルを握る手に力をこめると、これでもかという位力強くアクセルを踏み込んだ。
加速、加速、加速!
急な速度の上昇に俺の体は僅かに抵抗がかかり、シードベルトを締めているにも関わらず座席へと沈めさせられる。
ちらりと速度計に目を向けると既に時速80キロは出ているようだ、少し早すぎるかも知れない。
コレでは仕事に失敗してしまうかも知れない、と思った俺はアクセルを踏む力を緩めると速度を軽く落とし、視線を前へ。
俯いていた制服姿の男の子は俺の運転するトラックに気がつく様子がないのか、それとも自分の渡る信号が青である事に安心しているのか、横断歩道をとぼとぼと歩き始めていた。
何か激しく落ち込むようなことでもあったのだろう、彼が一体どんな事で悩んでいるのか知らないが少し同情してしまう。
なので、俺は彼のためを思ってアクセルを踏む力を再び強める。
二つ目の交差点が俺の視界の端にうつったかと思うとあっという間に通り過ぎていく。
あと数秒もしない間に俺のトラックは三つ目の信号のある横断歩道までたどり着くだろう。
そんな風に考えている間に少年はトラックのエンジン音に気がついたようだ。
俯いていた顔を持ち上げるとこちらを見て、驚愕の表情を浮かべていた。
「悪いな」
口の中でぼそりと呟くと、速度計へと目を向ける。
時速70キロ後半程度の速度である事を針が表していた。
ドンッ
何か硬質なものがトラックにぶつかり飛んでいく確かな衝撃、この速度でトラックとぶつかったのだ、少年は恐らく即死であろう。
速度を緩める事無く車道を突き進み、適当な曲がり角を通って、徐々に速度を緩めていく。
バックミラーには突き飛ばされて、身体から血を流しながら倒れている少年が映っていた気がするが病院に連絡しよう、などという気は起きない。
どうせ無駄なのだ…ふと、胸のポケットにいれておいた携帯が機械的な音楽を流しながらメールが届いた事を知らせる為に震え始める。
俺はゆっくりと車体を停止させると、エンジンはかけた状態のまま取り出し、広げた。
目標は無事に此方に届きました。
お疲れ様です、また近いうちにお願いしますね。
カミサマ
3行、いや、その前の空白を含めると4行から成る素っ気無いメール文を見て、俺は座席のシートに深く体を沈みこませため息をついた。
知らない人が見れば悪戯メールにしか見えない、最後の一行など特にそう感じてしまうだろう。
しかし俺はこのメールが悪戯でも、カミサマを名乗る人物が本当にカミサマである事も知ってしまっているため、疑う余地は一切無い。
何故ならば、さっきの少年は……このメールの送り主である、神から依頼をされて殺したのだから。
数年前、世界はありえない程の就職難を迎えていた。
就職活動の為に訪れ、不採用通知を受けるのは10社20社当たり前。
100社を超えてからが本当の就職活動だ、なんて言われていた頃、俺はといえば当然のように自らの職を探す為に必死だった。
今にして思えば色んな会社からお前は戦力として使えん、そんな残酷な現実のせいで…精神が荒んでいたんだろうな。
ある夜に家へと戻ってみると、ポストには一通のチラシが入っていた。
運送会社 異世界トラック。
このチラシを受け取ったアナタは選ばれた存在です、おめでとうございます!
最初に目に入ったソレを見て俺は頭を抱えた、正直な話バカにされているのかと心の底から俺は思った。
しかし手紙を読み勧めていけば、給料は良く待遇も他の会社と比べて悪くない。
更に住所までしっかりと書き込んであり、駅から降りたあとの地図みたいなものまでついていた。
面接に指定された日時は関係なく、好きなときに来てくれたら応待してくれるらしい……。
改めて言おう。
その頃の俺は就職活動のせいで、荒んでいたと振り返ってみて思う。
行ってしまったんだ、チラシに書かれた住所の場所へ。
結果は…コレである。
「あっ、お帰りなさい、お疲れ様です…完了の報告、上からも届いてますよ」
仕事を完了させてから2日後。
空っぽのトラックを駐車場に停めて、事務所に顔を出すなりそんな声が俺を出迎えた。
入社1年と4ヶ月目、ほんのり茶色色がかかった地毛とまだまだスーツに着られている感が抜け切らない山田さんだ。
ちなみに俺がちょうど一年と半年なので彼女は俺と同じ就職難の時期にあのチラシを受け取った事になる。
他にも何人か同期はいるが、まぁデスクが近い事もあり、こうして顔を合わせる回数だけは多い。
「ただいま…あー、他の連中は?」
挨拶もそこそこに俺は自分のデスクに腰を下ろし、PCの電源ボタンを押しこんで、起動させる。
事務所には俺と彼女しか姿はないようだ、俺の分以外にも仕事が回ってきたのだろう。
会社が繁盛するのは良いことだ…もっとも、この会社の業績は俺たちの給料やボーナスに一切関係ないのだが、気分の問題だ。
「他の人たちはお仕事で一緒に西の方に行きましたね…あ、何人かは来てないみたいですけど」
ちょっと詳しい事はわかりませんね、そう言って申し訳なさそうに笑う山田さんに、別に良いよと笑い返しながら立ち上がったパソコンを操作。
デスクトップの上にあるトラックのマークをした、この会社独自のアイコンにポインタを乗っけてダブルクリック、即座に表示される灰色の画面。
上から順番に、新しい仕事の確認、神様からのレポート、その他、閉じる、と書かれたボタンが出てきて、俺はレポートの部分をクリック。
その途端にずらり、人の名前と死亡時間、そして聞きなれない地名のような単語といった順番に並んだリストが出てくる。
一番上は当然だが、俺が数日前にトラックでひき殺してきた少年の名前だ…。
「センパイが送ってきたその子、剣と魔法の世界に飛ぶんですってー…良いなぁ、なんだか楽しそう」
「ならお前も神様の所に言ってみるか?勿論、事故でな」
「勘弁してください!私はトラックに轢かれて死ぬなんて、絶対イヤですよー!」
「ははは、なら変な事思わないようにな…じゃないと神様に目をつけられちまうぜ」
いやー、それは困りますよ!と笑いながら否定している山田さんからパソコンへと目を移す。
モニターには読み込みを終えた、あの少年に関する報告書というには、あんまりな…神様からのファイルがあった。
「名前は……おっ、利明君って言うのか…若いなぁ、俺もこの頃に戻りたいなぁ……」
簡単な個人情報へと目を通すと、今度はその下に大きくスペースを設けられている報告の欄へと続いていく。
死亡済み、死因はトラックに撥ねられて即死、神様の下へと送り届けられ転生…転生先は異世界で名前をエルガイア……。
以下、転生先の世界の簡単な紹介や、利明君に与えられた神様からのお詫びの能力の詳細。
俺たちのような末端が知らなくても知っていても、別に何も問題はないのだが…手にかけるのだから、知らせてあげようという神からの温情のようなものだ。
もっともその神様は利明君にこう言った事だろう。
「申し訳ない、君が死んでしまったのは此方の手違いだ…生き返らせる事はできないが、他の世界に転生ならさせてあげられる、お詫びといってはなんだか特別な才能も授けてね」
ってな。
運送会社転生トラックに勤める人間は、口を揃えて手違いで死んだとか説明するなら、自分でサクッと殺っちまえよ!と思うだろう。
だが神様が自分で命を奪い、その命に手を加えて生まれ変わらせる事は、色々とまずいらしい。
なので俺たちのような代わりに殺してくれる相手に命令をだし、まだ生きられる寿命のある相手を殺させる。
表面上とはいえ、間違えて殺してしまった存在、の完成である。
勿論これら全ては面接での採用が決まり、明日からこの会社の従業員と決まった時点で面接役から教えられた事であり、ウソか本当かわからない。
だがまぁ…今まで俺だって何人も人を撥ね殺し、神のところへ送り届けているのにこのことが問題になったり、警察に捕まったりする事がない未解決事件として処理されている以上…そうなのだろうと思う。
なんとも困ったものである。
「先輩はチート能力とか貰ったらどんな事に使いますか?」
「俺か?俺はそうだな…とりあえず金を稼ぐだけ稼いで引きこもるな」
「あははは!先輩らしいですね…でもこの会社だって、仕事がない間は似たようなもんじゃないですか?」
「アホ言うな、一仕事終えて戻ってきて、さぁゲームするぞって思っても傍にに後輩がいると落ち着かねーんだよ」
「えー、そんなぁ…良いじゃないですか、家にいてもやる事がないんですよ〜」
「黙れ黙れ、俺だってやる事が殆どないんだから、我慢しろーい!」
「横暴だー!先輩なら、やる事ないなら一緒に飯でもどうだ、勿論俺の奢りで、くらい言ってくださいよー!」
「ただ飯目当ての輩に奢る飯などないわ!」
「ひどい!私はご飯より先輩と一緒にいたいのにー」
あはははー、と楽しそうに笑いながら山田が自分の椅子に背中を預ける。
ほんの少し俺と一緒にいたい、とか言われてドキッとしたのは、まぁあいつには言わないでおいてやろう。
普段から仕事に出る真面目な他の社員や、滅多に会社に顔を出さずに仕事の時だけやってくる社員。
そういうやつらとは違い、俺たちはヒマがあればこうして会社の事務所でPCを見て遊んだりはしている
…気になる異性にならないほうがおかしいというものだろう。
だから俺は精一杯、ふざけてる感じを装ってこういってやるんだ。
「そう思うなら俺の家に来るこったな、シーフードシチューくらいならすぐにでも作ってやるよ」
「あ…わかりました、じゃあ今日、もうすぐ行きます!材料のお買い物行きましょう先輩!」
「別に良いけど、俺は酒飲む方だからなぁ、山田さんに迷惑かかるかもしれないしなぁ…」
「構いませんよ、むしろバッチコーイです………ほ、ほら、私もお酒飲むほうですから!」
「…むぅ、そうか…じゃあ、一緒に行くか?」
「は、はいっ!」
なんだか嬉しそうにガッツポーズをする山田さん。
あれ?これってもしかして…とかついつい思ってしまうのは、俺の悪い癖かもしれない…が、まぁ…気合を入れて料理をしなくてはいけなくなったな。
そう思いながら、既に事務所を出る準備を進めている彼女に習って、俺もPCの電源を落とそうとしたとき。
ピロリン
PCの仕事用のアプリケーションが新しい依頼を受信した事を示す電子音がスピーカーから流れた。
それと同時に自動的に、先ほどのトラックのマークをしたアプリが立ち上がり、新しい仕事の確認ボタンが押される。
盛大なため息をつくと、俺はその画面へと視線を向ける…ちらりと見れば山田さんも、このタイミングで入ってきた仕事に、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「……あぁ、近所だわ…俺の家から30分もかからない場所で、定年間近のオジさんだって…今日なら、携帯見ながら横断歩道するから、轢いてくれって」
「へー…じゃ、じゃあ今日中にお仕事終わりますよね?」
「だな、終わらしてくるわ…あーっと………このあたりの近所のスーパーわかる?スーパー四葉っていうんだけど」
「はい…そこならわかりますよ…待っていれば良いんですね?」
「あぁ頼むわ…流石に助手席に人乗っけて、轢き殺すとか…あんまりやりたくねーもんな」
「ふふっ他の人なんかはペアで行ったりしてますよ…ほら、小早川さんとか女の人連れて行ってるじゃないですか」
「ああいうのと一緒にすんなって……俺はほら、繊細だから」
「なんですかそれー」
二人でひとしきり笑いあったりしながら、PCから必要な情報を携帯に写しこむとシャットダウン、電源を落とす。
モニターが真っ暗になるのをしっかりと確認すると、俺はポケットの中にトラックのキーを突っ込みながら立ち上がった。
「んじゃあ、行って来るわ」
「はい!行ってらっしゃい…車には気をつけてくださいね?」
「それを俺に言うのか!」
また二人の間に笑い声が生まれ、自然にソレが落ち着いていく。
うん…やっぱり俺はこの山田さんの事が気になってしょうがないらしいなぁ、と自覚しながら、早く仕事を終わらせる為に事務所から出る事にする。
運送会社 異世界トラック。
街中でその名前を見かけたら是非とも注意してほしい。
運転手である俺たちは、君の命を狙ってトラックを走らせているかも知れないのだから。
おわり