白髪の少女
ナールは、伝説に語られるような村ではなかった。煤と牛の糞の臭いが漂う、ただの小さな村だった。村の周囲には広大な森が広がっていた。しかし、その森に足を踏み入れる者は誰もいなかった。
老人たちは、子供たちを怖がらせるために、あの森には呪いがかかっていると言っていた。だが、本当のところは違った。森に入れば、わずか十分で道に迷ってしまううえ、そこにいる狼たちは飢えに苦しんでいたのだ。
誰もその森に足を踏み入れなかった。
イッサを除いては。
イッサは英雄などではなかった。畑を耕すのが好きな、ごく普通の少年だった。彼は毎日、ジャガイモを収穫して過ごし、朝にもっと熱心に祈らなかったと叔母に小言を言われるたび、うつむいていた。
「イッサ、あの森をじろじろ見るのはやめなさい」
叔母はよく、手におたまを持ちながら彼にそう言った。
「私たちのような人間に、あそこには何もない。あるのは風と茨だけよ」
イッサはうなずいた。しかし、いつもまた森へ戻っていった。
英雄になりたかったわけではない。ただ、森の静けさのほうが、村の教会で行われる礼拝よりも、彼の心に重くのしかからなかったのだ。
そしてその日、彼はいつもより遠くまで歩いていた。古びて崩れ落ちた石垣を越えた先まで。
そこで、彼女を見つけた。
彼女は川辺の枯れ木の根元近くに横たわっていた。最初、イッサは汚れた服の山か、死んだ動物かと思った。
だが、髪が目に入った。
白い髪だった。
彼女の髪は、その場所でひときわ輝いていた。服は破れていたにもかかわらず、その美しさは人を魅了するほどだった。
「おい」
イッサは距離を保ったまま声をかけた。
「生きているのか?」
少女はびくりと体を震わせた。
彼女が顔を上げた瞬間、イッサは心臓を激しく打ち鳴らしながら、一歩後ずさった。
彼女の目は鮮やかな深紅に染まっていた。その瞳孔は震え、純粋な恐怖によって歪んでいた。
彼女は病んでいた。
「あっちへ行って!」
彼女は吐き捨てるように言った。声はかすれ、ひどく荒れていた。
「ここから出ていって!」
「このままじゃ凍え死ぬぞ」
イッサはただそう答え、むき出しになった彼女の凍える足を指さした。
「村に来いよ」
「いや……お願い、私に近づかないで……」
彼女はパニックに陥った。
「お願い……あっちへ行って……」
彼女は最後まで言い終えることさえできなかった。
一瞬にして、彼女はイッサの視界から消えた。
イッサが両手を上げる間もなく、彼女は彼に激突し、彼を泥の中へと転がした。
鋭く、容赦のない痛みが走り、彼の口から罵声が漏れた。
彼女は彼の肩に歯を食い込ませていた。白いシャツを突き破って。
イッサはただ突っ立っていたわけではなかった。
彼は彼女の髪をつかみ、乱暴に突き飛ばした。
「お前、いったい何なんだよ!?」
彼は叫びながら、血がどくどくと流れ出す肩を手で押さえた。
少女は地面を転がり、息を切らしていた。
彼女の目に宿っていた野性的な光は、一瞬にして消え去った。その代わりに、圧倒的な絶望が浮かび上がった。
彼女はイッサの血で染まった自分の手を見つめ、吐き気を催していた。
「わ、私は……逃げてって言ったのに……」
彼女は、たった今自分がしてしまったことを恐れるように、四つん這いのまま後ずさった。
「自分でも制御できないの……ああなったら、私は……」
彼女は泣き始めた。
イッサは、泥の混じった唾を口から吐き出した。
肩は焼かれたかのように熱く痛んだ。しかし、泥の中でうずくまり、罪悪感に押しつぶされそうになっている彼女を見ているうちに、彼の怒りは薄れていった。
彼女はあまりにも哀れだった。
「俺の名前はイッサだ」
彼は顔をしかめながら言った。
「お前は?」
少女は彼を見つめた。
なぜ、この見知らぬ少年は命からがら逃げ出そうとしないのか、彼女には理解できなかった。
「いいか、アエリヤ。ここから動くなよ。明日、また来るから。それまで木に噛みついたりするなよ」
そう言い残し、イッサは立ち上がった。
アエリヤは完全に困惑していた。
この見知らぬ少年が、なぜ自分を憎まないのか、どうしても理解できなかった。
彼女は小さな声で呼びかけた。
「どうして……私を助けようとするの?」
イッサは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「だって、俺はそういう人間だから」
そう言って、彼は去っていった。
翌朝、イッサは大きな笑顔を浮かべ、食べ物を持って戻ってきた。傷の手当てをこっそり済ませるまで、二日間もかかっていた。
それから、彼はまた戻ってきた。
特別な理由などなかった。ただ、泥の中に横たわっていた、あの飢えた少女の姿が、どうしても頭から離れなかったのだ。
村では、人々が噂を始めていた。
イッサは畑仕事をさぼるようになり、いつも何かを考えているようだった。
ある夕方、一人の年老いた農夫が道ですれ違った彼を呼び止めた。
「森の近くに長居しすぎだぞ、坊主。家畜に災いを持ち込むことになるぞ」
イッサは返事もせず、そのまま歩き続けた。
肩の傷は化膿していなかった。しかし、なかなか塞がろうとしなかった。
血は少しずつ、絶え間なく滲み出ていた。
ある晩、暖炉のそばで汚れた服を着替えていたイッサを、ついに叔母が見つけた。
彼女は冗談を言わなかった。
顔から血の気が引いた。
「イッサ、それは何なの? 誰にやられたの?」
「え……動物だよ。茂みの中で……」
彼はぎこちなく嘘をついた。
叔母は近づき、噛み跡の周囲で赤く腫れた肉に触れた。
彼女の手はわずかに震えていた。
彼女は村の錬金術師だった。
薬草の知識を持っていた。しかし、それだけではなかった。
人々が決して口にしないものについても、彼女は知っていたのだ。
「これは動物に噛まれた傷じゃないわ、イッサ。人間の噛み跡よ。二度とあそこへ行ってはいけない。絶対にね。ほかの人たちにこれを見られたら、あなたは村から追い出される。……そして、彼らの判断は正しいわ」
翌日、イッサはその忠告に背いた。
彼は古い籠を手に取り、しなびたリンゴを数個と、硬くなったパンを放り込んだ。
川に着くと、アエリヤは岩の上に座って彼を待っていた。
彼女は、古くて大きすぎる男物のシャツを一枚着ているだけだった。汚れて破れたそのシャツは、太もものあたりまで垂れ下がっていた。
彼女は不機嫌そうで、どこか傲慢にさえ見えた。まるで、自分の恥ずかしさを隠そうとしているかのようだった。
「遅かったじゃない」
彼女はそう言って、彼の手から籠をひったくった。
「どういたしまして」
イッサは不満げにつぶやき、切り株に腰を下ろした。
彼女は黙ったままパンをむさぼり食べていた。
その目はイッサの腕に注がれていた。
彼の袖の下に、分厚い包帯が巻かれていることに気づいたのだ。
彼女の動きがゆっくりになった。
その傲慢な態度は一瞬にして消え去り、深い罪悪感へと変わった。
「……まだ痛むの?」
彼女は静かに尋ねた。
「いや、そんなに……まあ、少しはな。叔母さんは、この傷はずっと残るって言ってたけど」
アエリヤは残っていたパンを置いた。
突然、自分自身がひどく嫌になった。
「もう、ここに来るのはやめて」
彼女は言った。
「いつか、あなたの血を一滴残らず吸い尽くしてしまう。私は普通じゃないの、イッサ。私が正気を失うと……そこにはもう、私なんていなくなる」
イッサは彼女を見つめた。
風が吹き、彼女の白い髪が鋭い顔の上をなびいた。
彼女は呪われた王女などではなかった。
ただ、こんな何もない場所に捨てられた少女だった。
「俺が来なかったら、お前は木の根でも食べながら、飢え死にすることになるぞ」
そう言って、イッサは立ち上がった。
「それに、誰かがお前にきれいな服を持ってきてやらなきゃな。次は叔母さんから、ちゃんとしたドレスを盗んでくるよ。そのシャツ、もうボロボロじゃないか……それに、お前を見ていると、どこに目を向ければいいのか分からないんだよ」
「な、何ですって!? この変態!」
彼女は顔を真っ赤にして叫んだ。
イッサはその場を去り、彼女を一人残した。
アエリヤは、彼の姿が景色の中に消えてしまうまで、その背中を見つめ続けていた。
やがて彼女は、苦い笑みを浮かべた。
そして、疲れ切ったような小さな笑い声を漏らした。
自分でも気づかないうちに、彼の愚かな優しさに心を動かされていたのだ。
イッサは村へ向かい、道を駆けて戻っていった。
空は急速に暗くなっていた。
重い雲が森の上にのしかかっていた。
久しぶりに、彼は少しだけ幸せを感じていた。
彼には秘密ができたのだ。
ナールの退屈な日常を壊してくれる、たった一つの秘密が。
彼は肩で玄関の扉を押し開けた。
「叔母さん? 俺、ちょっと――」
最初に鼻を突いたのは、臭いだった。
煤の臭いではない。
新鮮な血が放つ、恐ろしく重苦しい臭いだった。
イッサの手から籠が滑り落ちた。
リンゴが、汚れた木の床を転がっていった。
部屋の真ん中に、叔母が倒れていた。
彼女は地面に横たわり、ぴくりとも動かなかった。
喉は無惨に切り裂かれ、目は大きく見開かれたまま、天井を見つめていた。
部屋の中は、何もかもがひっくり返されていた。
錬金術の薬瓶は、無数の破片となって散らばっていた。
叔母は死んでいた。
つづく……




