第2幕 その1
<第二幕>
『気付き』という言葉は数年前に作家連中がこぞって使っていたイメージがあって、それってつまり教育――結婚して子供を養えるほど裕福なんてのが背景に浮かんで好きになれなかったのだが。五条先生もビックリなくらい気付いてしまった。
そして俺はある運命的な偶然を前に興奮していた。
俺の名前の仮名・堂島は漫画「オールド・ボーイ」の主人公の敵役から来ている。映画版のオチも悪くないがやはり原作は深い。
さて「オールド・ボーイ」はある男が仮名・堂島を名乗る男に壮絶な復讐をされる話だ。なぜ復讐されるのか――気付いてしまったからだ。
主人公は小学生時代に一人歌のテストで歌わされる堂島の孤独に気付いてしまう。涙してしまう。それ故完全悪・絶対悪になり切れなかった堂島に復讐されるのだ。
一つの気付きから一気に色々なことが繋がっていくような。
――すべては繋がっている。
それは祖母の言葉だ。よく夜寝かしつけながら聞かされた気がする。お前は特別な子なのよとばかりに。
しかし、俺はメメ子をどうしたいのだろう?
気付いてしまった少女。
一言でいえば気になるだ。それ以上の言葉を紡ぐとなると何だか途端に難しい。偶然見つけたジョーカーみたいな自殺少女。彼女にマスクを被せたらバットマンになるだろうか。
そうか。俺は謎を解きたいのかもしれない。自殺未遂で喜んでいたその理由を。"気付いてくれて"の理由もだ。
メメ子という密室。密室自殺少女。
コナン君では解けそうにない心の密室。
確かにその密室解いてみたいと思った。(性的な意味じゃない!)
そんなこんなと俺が頭をフル回転させている頃、ポンちゅ~さんはしっかりその名前の期待に応えて覚せい剤の粉末をガラスパイプに入れまいとしてた。聞く。
「今日のネタは?」
「北朝鮮産♡」
「国家事業で草枯れますよ」
「これが我々にできる食料支援なんだよなぁ?」
「まずいですよ」
ケタケタ笑ってポンちゅ~さんがターボライターを手にした。
ゴーという音を立てて炎が放射されると、ガラスパイプ内にあったクリスタル状の小さなかけらが踊るように弾け出す。
それらも次第に溶けて円を描くような白煙へと変わる。
周囲に独特の甘みのような匂いがした。たまにポンちゅ~さんが吸ってるのに出くわすがいつも違う匂いのような気がする。
ポンちゅ~さんはシャブを使いこなすというレア中のレアキャラだが、俺はシャブだけは絶対反対である。これは他人を殺し奪うものだ。言わずもがな自らも殺す。
「くぅぅぅぅ」
首と肩を鳴らしながらポンちゅ~さんが嘆息する。眼がもうパキっているような。
「今日のネタは何点?」
「八十八点あげる!」
「おー良き良き」
「あれ掛けてー」
「ちょいまち」
スマホを弄ってポンちゅ~さんのリクエスト曲ビリー・アイリッシュの「bad guy」を再生する。
ウィスパーボイスで歌い出すポンちゅ~さん。すごく音痴です……。
台風のような高気圧のようなポンちゅ~さんが去って翌日、俺は鬱で動けずにいた。よく言われる石が体の上に乗っているような感じでスマホすら取れない。鉛になったかのようだ。
何十分掛けてどうにか、枕元のデパスを二錠飲みほした。一ミリのやつだから効くだろう。
問題は効くまでの時間か。
頭は憂鬱に思考力低下していたが感覚的に強いバッドの気配がする。何とかそれから逃れようとするがスマホすらままならないから音楽一つ付けることができない。
不意に涙が溢れてくる。止まらない。死にたい。死にたい死にたい。
深呼吸して無理やりリセットしようと試みたが駄目だった。
どうにかしないと。今なら少し体が動く。思考がまとまらない。大麻リキッドはどこだ? インディカ系のはずだ。鎮静効果に期待できる。
のっそりもぞもぞすること数分、やっとヴェポライザーを発見してばたんと倒れる。
重力何倍だよと毒付きながら右腕を動かしてリキッドを吸い込む。三十秒耐える。舌と喉には麻の現液的な味が広がる。
耐えきってゆっくり吐き出す。むせて苦しむがちょっとはマシになっただろうか。
そうして悪夢とふわふわの間に挟まれて、俺の意識は次第に落ちていった。




