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第5幕 その3

 少し離れた場所のマットに、メメ子が視界内になるよう寝っ転がってスマホを弄る。あまりジロジロ見すぎてもアレなのでこんな感じで見守ろうか。


 メメ子はずっと目を閉じたまま幻覚を楽しんでるようだ。時折幻聴に返事してるのか何やら聞こえる。かなりキマッてる。


 さすがに暇なので眠気が襲ってきてついウトウトしてしまう。


「――デス子!?」


 メメ子のその声にハッと声の元を向く。メメ子が立ち上がろうとしてうまく立ち上がれなかったのだろう、派手ではないが布団の上でひっくり返っていた。


 どうする――!? 本当に幻覚でデス子と再会か何かしたのかも知れない。


 実際に亡き父に会うためにメジコンの成分であるDXMを摂取する男性の記事を読んだことがある。俺も一度だけ亡き祖母を視た。


「デス子ごめんね。ごめん……ね……」


 メメ子がうずくまって謝っている。その声は涙声だ。


「ごめんね……ごめんね……でも辛いの、ぜ、ぜんぶおわっ、たからね……」


 パニックを起こすかもしれない。メメ子の荷物を見つけると内心謝りながら開ける。ピルケースがあるはず……あった。


「……うん、うん……良か、った――ねデス子……」


 そこから先は聞き取れなかった。メメ子はうずくまってひとり呟いている。


 しばらく傍に座り見守ることにする。思ったよりも呼吸は落ち着いていた。肩の上下も穏やかだ。


 デス子と話しているのだろうか。別れを告げているのだろうか。


 十分ほど経ったか、徐々にメメ子の声は聞こえなくなり、代わりに穏やかな寝息を立て始めた。


「――おやすみ、甘い夢を」


 寝てしまったメメ子を視界の端に収めつつ、スマホと大麻リキッドを弄ること二時間、そろそろ夕方でどうしようかと思っていると、メメ子がんーと目を覚ました。寝たまま首を振りここがどこか確認しているようだ。


「おはよ」


 驚かせないように挨拶する。


「あれーどう――青ちゅ~さん?」


 さてどう返すべきか。デス子のことを思い出させたものか迷う。


「メジコンしたの覚えてる?」


「……あーそだー何かまだ頭ヘンな感じー」


「一応水分取ってもろて」


「そだねー」


 先ほどの飲み残しのいろはすを飲むメメ子。


「……あーまだ目を閉じると視えるよー」


「ピークは過ぎたと思うから、ゆっくり抜けていく感じかな。俺は≪余韻≫て呼んでる」


「なるほどー」


 確かにまだ眼がパキっているというか、ちょっといつもと違う印象だ。


「よいしょっと」


 メメ子が姿勢を変えて今度は仰向けになって目をつむる。


「不思議―自分家視えるー」


「それな。腕とか視える?」


「……んーあれー!?」


 いつもより反応が遅いがメメ子が驚きの声を上げる。


「手が透明だー!! えーすっごい」


「≪透明化≫って呼んでる」


 メジコンODのピーク後、俺が≪余韻≫と呼んでいる時間では、よく自分の手や腕やボディが≪透明化≫する。ODコミュでアンケートを取ってみたが体験したことのある人は結構レアだった。


「ええっー!? 目を閉じてるのに視えて……グーチョキパーしても視える! 脳って凄いね!」


 興奮気味にメメ子がまくし立てる。確かに≪透明化≫は何と言うか脳のバグとでもいうのか、或いはこのSEKAIが仮想シミュレーションだったらそのバグなのか――。


「面白いよなぁ」


「んねー」


 デス子のことに触れないように気を付けて――


「青ちゅ~さんてホント聞かないよねー」


「話したいなら聞くスタンス」


「……デス子に会ったの……わかってるよね?」


「何となくは」


 メメ子が体を起こしこちらに視線を合わせる。


「ODの前に聴いたからかな……あの曲――少女レイを歌ってるデス子の声がして――」


 あの曲はやはりデス子との思い出の曲なのだろう。カラオケで元気よく歌う二人の絵が頭を横切った。


「それで……『会いたい!』って思ったら……念じたら……目の前に、居て……」


 メメ子はそこで言葉を詰まらせる。俺は言葉なく頷いてしばし待つ。


「――さよなら、できたよ……」


「……そうか」


 沈黙が漂う。まるで黙とうのようだ。


「……ごめんねって。でも良かっ、たね、って……この前みたいに、できたよ――」


 涙ぐみながらそう告げるメメ子。そうかそうかと首を縦に振りつつ、


「良かっただいいのかな?」


「――うん」


「ならヨシ!」


「ふふっ……ヨシ!」


 二人で腕だけ現場猫の真似をする。多分下手なんだろうな。


「あのさ、少女レイもう一度聴いてもいいかな?」


「いいよー!」


 少し笑顔が戻る。


 Spotifyから該当曲を再生。夏色の音が部屋に流れた。。


 歌詞を見て軽く口ずさみながら聴いてみる。歌詞は何やらメメ子とデス子の関係を暗示しているように感じた。


「――ワイちゃんさ――私生児なんよねー」


 間奏に入ったところで急にメメ子が独りごちるように呟いた。仰向けに寝転がって天井に左手を伸ばしながら、投映されるプロジェクターライトをぼんやりと見つめている。その手は透明なのだろうか。


「……だからいらない子って――ずっと言われてて……何で産んだんだよって」


 今まで聞いたことがない身の上話だった。間奏の蝉の声が流れている。


「――だから殴ったのか……」


「……あははーバレたー」


 デス子の母親にレバー喰らわせてたのはそういうこともあったからだったのか。


「あれはいいレバーでしたねぇ」


「空手有段ナメんなー」


 軽く笑い合う。メメ子は続きを聞かせてくれるだろうか。


「でも、ワイちゃんのママにはパンチしたことないけどねー。殴ったの初めて!」


 やっぱりメメ子のテンションがちょっと乱高下というかまだODの効果が残っているようにも思う。


「……でね。ずっといらない子って言われてきたから……ワイちゃんは、いらなくない、って。それで、それで――」


「ゆっくりでいいよ」


「――あんがとー。それで――ワイちゃんが『必要な子』になるにはどうしたらいいかって、小さい頃からずっーと考えてて」


「うん」


「で! 思い付いたんだ! この前! えっと六月の終わりぐらいー」


 話の流れから何となくそれが件の首吊りに繋がるように察せられた。


「……それで?」


「でねー凄いこと思い付いたんだよ! ふっふー何だと思う」


 真面目な顔からジョーカーに戻ってメメ子がなぞなぞを出してくる。


「えー何だろう」


 それが『必要な子』になるのと自殺とがどう繋がる? 必要な子といらない子。頑張って考えたが大麻でブリってるせいもありこれという答えが出ない。


「ぶっぶー時間切れ―」


「早っ」


「あははー。正解はー"ワイちゃんが『必要な子』なら自殺しても死なない"でしたー」


 んっと俺は眉をひそめる。正解を聞いてもピンと来なかった。死なない?


「kwsk」(詳しく)


「えっとねーワイちゃんがいらない子じゃないなら――あたしが! セカイにとって『必要な子』! なら! 死なないんだ。そう絶対に死なない。偶然とか運命とか、必然だとかが自殺しても、"絶対にそれを阻む"って――」


 その文学的ともいえる妄執に俺は言葉を失う。


「そう思って首吊っちゃったんだHAHAHAHAHA」


 半身を起こし、こっちを見つめてジョーカーになるメメ子。その姿がライトに照らされ、そしてその影が大きく壁に投げられて小刻みに揺れていた。


 そんな、命を……ガチャするようなことを……したのか――。


 俺は落涙していた。きっとブリっているからだ。


「でねー人が来るか来ないか分かんない夜中にあそこで――首吊りしたら――初めて自殺したんだけど……助かっちゃった。死んだかなって思ったけど、青ちゅ~さんに気付かれちゃった……"だから"あたしは生きていていいんだー」


 そう、どこかあっけらかんと言い放つ。首吊りを助けた時のことが蘇る。


『――マジ超生きてるー!』


 ガッツポーズで喜んでいたメメ子。


『いやーそっかそっか』


 何やら頷いていたメメ子。


 『必要な子』になったいらない子、メメ子。生き残った自殺少女。そして――逝ってしまった自殺少女、デス子。


 これが君の密室なのか……。


 自殺を失敗することによる逆説的な生の肯定……何てことだ。日本は、このクソゲー日本はこんな……十代の若者にそこまで抱かせるのか。


 ライトはお構いなしに踊っている。俺は唾を飲み込み、ゆっくりと言葉を繋ぐ。


「俺も昔自殺未遂して……河に飛び込んだんだけど浅くて死ねなくて。今では笑い話だけどさ、自殺して助かった時、ちょっとホッとしたっていうか。でも絶望のような」


 やはり難しい。


「でも。でもさ、少しだけは喜んでた理由も少しはわかるかも」


 トートロジーだと気付いたがそのまま言った。


「本当にありがとう、青ちゅ~さん」


 どうしていいかわからず、言葉なくヨシする。


「だからそんなに心配しなくていいよー。色々、本当に色々あったけどワイちゃん! スティル! アライブだから!」


<第5幕 ――生きるって決めたんだ――閉幕>


<インタールード その6>


 私、青ちゅ~≒ラリックマは、メールやXのツイートへのリプライ等で、オーバードーズ界隈の現状及び子供たちに助けをと、高橋源一郎、山田玲司、テレビ東京、NHK、朝日新聞、れいわ新選組、静岡県精神健康福祉センター、ACE COOL、Jinmenusagi、風間暁――クリエーター・メディア・行政・福祉に救いを求めたが何れも返信等は無いか、あっても事務的なものだった。

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