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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第三章『三十二回目の告白』

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第58話 三十二回目



 これから何度、誰と、どんな恋をして、そしてどんな失恋をするのか。

 私にはさっぱりわからないけれど、たった一度だけ、どうしようもないくらい、我を忘れてしまうくらい情熱的な恋が出来たら良いなと思っていた。


 それが、例えどんな結果になろうとも……。


 「なんか、今日の春ちゃんはえらい可愛く見えるなぁ」


 お昼休み、私の席の机にお弁当を広げた凪紗ちゃんがふとそんなことを言う。


 「もう、またそんなこと言って。私は何も変わらないよ」

 「ホンマ? いや、今日はいつもと違うで……あれや、オーストラリアとオーストリアぐらい」

 「確かにそれは違うだろうけど……」

 

 そして凪紗ちゃんはお行儀よく「いただきまーす」と手を合わせた後、卵焼きをパクッと頬張ってから何か閃いたかのように口を開いた。


 「せや、わかったで! 春ちゃんの今日の可愛さの秘密が!」

 「へ?」


 凪紗ちゃんが大きな声を出すものだから、教室の中にいたクラスメイト達も驚いて私達の方を見ていた。

 凪紗ちゃんは毎度毎度リアクションが大きいから注目を浴びがちだけど、凪紗ちゃん本人はそんなことも構わずに私に言う。



 「春ちゃん……自分、好きな人出来たんやろ?」


 

 私がそう言われて恥ずかしくなってしまったのは、クラスメイト達が恋バナだ恋バナだと騒ぎ出したからではなく、それが図星からだったからだろう。


 「ちょ、ちょっと凪紗ちゃん! そ、そういうのじゃないよぉ」

 「ホンマか? 春ちゃん、恋しとるんやろ? 何か素敵な王子様と運命的な出会い方してもうたんやろ? 胸がドキドキしてもうたんやろ? その人のことで頭がいっぱいなんやろ? もうときめきが止まらナッシングって感じなんやろ? さぁ大人しく白状してもらうで! 春ちゃんの恋バナだけでご飯何杯もいけるわ!」

 「お、落ち着いて凪紗ちゃん、話す、話すからぁ……」


 私が通う杠葉女学院高校はその名の通り女子校で、他校の男子との恋バナともなると一気に噂で広まるぐらい皆興味津々で、教室内のクラスメイト達も私と凪紗ちゃんの方をチラチラと見ながら聞き耳を立てているようだった。

 校則では不純異性交遊禁止とかどうとか書いてあるはずなのに、この若者達の勢いを止められるわけもなかった。


 「ほんでほんで、その王子様とはいつ出会ったんや?」

 「け、今朝……」

 「こりゃえらいホットな話やなぁ。どこで出会ったん?」

 「えっと、家の最寄り駅」

 「んでんで、何があったんや?」

 「階段で人にぶつかって転びかけていたところを、助けてもらったの……」

 「ほぉーん……危ないとこを王子様に助けられて、ときめいてしまったわけやな」

 

 あの時の状況を説明するだけで少し恥ずかしくなってくるけれど、あの時私の手を掴んでくれたあの人のことが、私には王子様のように見えていた。あの人は、そういうキラキラした衣装があまり似合わなさそうだけど……。


 「それでね、私……助けてもらった後に少し泣いちゃったの」

 「お、王子様の胸の中で!?」

 「さ、流石に出会ったばかりの人にそんなことしないよっ」

 「ハンカチとか貸してもらえたん?」

 「ううん、自分のがあったから自分で拭いたよ。貸そうとはしてくれてたけど……私、つい弱音を吐いちゃって。あの人もきっと困ってただろうけど、私のことを励ましてくれて……遅刻しそうだったからあまり長く話は出来なかったけどね」

 「んで、優しく介抱してもらえたから好きになってしもたわけか」

 「え、えっと……き、気になってるだけだからっ」


 と、私は何だか素直に認められなくて少し意地を張ったけれど、ニヤニヤと笑いながら私のことを見ている凪紗ちゃんには全てお見通しなのだろう。


 「その男ん子ってどこの学校なん?」

 「えっと……が、学ランを着てたことしかわかんない。多分高校生だとは思うんだけど」 

 「いや学ランの学校結構多いから絞りきれんなぁ。でも最寄り一緒なんやったら駅で待ち伏せてた方が効率的やな。春ちゃん。明日の朝、何としてでもその王子様を探し出してもう一度アタックや!」

 「あ、アタック? で、でもどうすればいいか……」


 多分あの人も毎朝同じ駅を使っているはずだけど、やっぱり朝は人が多いから上手く見つけ出せるかわからないし、いざあの人と会った時にどんな会話をすればいいのかわからない。


 「そんなウジウジしてたらあかんで! ええか、春ちゃんはものごっつかわえぇからモテ期なんて人生で何百回って来るかもしれへんけど、運命的な出会いっちゅうもんは一生に一度あるかどうかわからんもんなんやで! ウチは嫌や、行き遅れて結婚相談所で面倒くさい客になってたり変な国際ロマンス詐欺に引っかかってたりホスト狂いになってたりする春ちゃんを見るの……」

 

 確かに私もそんな将来は想像したくもないけれど。


 「大体な、春ちゃんみたいなかわえぇ子がちょっぴり弱みを見せただけで男っちゅう生きもんは本能的に守りたくなるもんなんやで、そういう欲を満たしてくれるからな。だからな、駅のホームでその王子様を見かけたらな、その王子様の視界の端にギリギリ映りそうなところに移動してな、どんよりした曇り空を物憂げな表情で見上げながらほろりほろりと涙を流したら、そりゃもうイチコロってわけよ」


 明日の天気は晴れだし、私だって四六時中泣いてるわけじゃないし、何よりも二日連続で駅で泣いているのは逆に面倒くさがられそうだよ。


 「しかしあれやなぁ、あんなに男っ気のなかった春ちゃんもとうとう恋をしてもうたんかぁ……ウチが春ちゃんのこと貰ったろうかと思ってたけど、先を越されてもうたわぁ」

 「でも、凪紗ちゃんとってのも楽しそう」

 「ホンマ? これウチにもチャンスあるんか? ウチ、部屋の片付けとかものごっつ下手でとっ散らかっとるけどそれでも大丈夫?」

 「………………………………………………………………………うん」

 「なんや今の間は。春ちゃん、何か色々と呑み込んで妥協したやろ? ええでそこまで無理せんでも」


 私は何度か凪紗ちゃんの部屋に上がったことがあるけれど、定期的に友達に片付けを手伝って貰ってるとは信じられないぐらいの惨状だからね……。



 お昼休みが終わっても、私の心はまだ浮ついていた。授業の内容なんて殆ど頭に入っていなくて、どうしてもあの人のことばかり考えてしまう自分がいる。


 きっと、これを恋と呼ぶのだろう。

 どうしようもないくらい、私はあの人に夢中になってしまっている。

 

 あの人の名前を聞きそびれてしまったことがとても残念でならない。私の名前も言いそびれてしまった。でも最寄り駅が一緒ならまた会える可能性があるはず。


 そう、さりげなく挨拶をしたら良い。また会いましたね、とさりげなく。その時に自己紹介をして、お互いの学校の話とかして、話を広げていったら良い、私なら出来るはず……。



 いや、まずはもう一度感謝を述べるべきだろう。何の前触れもなく突然泣き出しちゃったから、あの人は大層困っていたはずだ。

 それでもあの人は私のことを気にかけてくれて、優しい言葉もかけてくれた。


 『悲しくなるのは、それだけ故人のことが大切だったってことだ』


 私の兄が最近亡くなったなんていう話を突然聞かされたのに、私のことを励ましてくれて、私に寄り添ってくれて……。


 『その悲しみを乗り越えるのはとても大変かもしれないが、頑張って幸せに生きて天寿を全うして、いつかまたあの世でお兄さんと出会えた時に、自分は貴方のおかげでここまでこれたって胸を張って言えた方が、お兄さんは喜ぶと思うぞ』


 ……。

 ……そういえば、どこかで聞いたような気がする。

 あの人の言葉を、私はどこかで聞いた?

 いつ?

 誰が?

 どこで?


 誰かのために死ぬのではなく、誰かのために生きなさいと、どこかで教えられたような気が────。



 「──────っ!?」



 それは、あまりにも突然のことだった。

 何の前触れもなく、私の頭におびただしい量の情報という情報が流れ込んでくる。


 『────私とっ、お付き合いしていただけませんか────私が昴さんに告白するの、二回目ですからね────三回目ですからね────四回目ですからね────五回目ですからね────』


 それは、私の過去の思い出なんかではない。

 いくつもの、終わった未来の出来事の光景の数々だった。


 『────二十八回目ですからね────二十九回目ですからね────三十回目ですからね────三十一回目ですからね────』

 それらは断片的な記憶の欠片なんかではなく、私が幾度となく繰り返してきたタイムリープの中で目にしてきた全てが、私の新たな記憶として流れ込んできていた。


 『───私、昴さんと手を繋ぎたいです────あっ、ほっぺにクリームが付いてますよ────あ、あまりからかわないでくださいっ────昴さんとだから、この時間が特別に思えるんです────こ、今度は負けませんからっ────キス、しちゃいましたね────私、あのイルカさんのぬいぐるみが欲しいです────大きいですね、昴さんの手────私のことを神城と呼ぶのは、やめてくれませんか────やっぱり、覚えているのは私だけなんですね────そ、そんなっ、まだ気が早いですよ昴さんったら────では、これからお二人には仲直りしていただきます────歩けそうにないので、お姫様抱っこをしてください────私のことを、めちゃくちゃにしてくれませんか────優しい言葉なんていりません────どうして、昴さんはいつも────私は、昴さんのことをこんなにも愛しているのに────』


 私がこれまでに繰り返してきたタイムリープ三十一回分の記憶がまるで津波のように押し寄せてきて、私が津々見昴という人とどんな時間を過ごして、どんな思いを育んで、そして……どんな終わりを迎えたかを知らされた。


 そして、今回が三十二回目。

 三十一回も失敗してきた私に、一体何が出来るの──────。


 

 「────神城さんっ、神城さん!」


 名前を呼ばれて私はハッとする。

 すると先生が私のことを心配そうな面持ちで見ていて、クラスメイトの皆も私の方を見ていた。


 私の意識はハッキリしていたけれど、一気に流れ込んできた情報を受け入れるだけの時間が全然足りなくて、そしていつものように……私は涙を流し始めてしまったのだった。


 「し、神城さん!? ど、どうしたの? どこか体調が悪いの?」


 突然泣き始めた私を見て先生が駆け寄ってきたけれど、理由なんて説明できるわけがない。

 十六回も愛する人の死を見てきました、なんて話を信じてもらえるわけがない……。


 「せ、先生! ウチが春ちゃんを保健室まで連れて行きます!」


 凪紗ちゃんが素早く席を立って私の元へやって来ると、私に肩を貸してくれた。


 「ほら、しっかり掴まっとき。もう大丈夫やからな」

 「う、うん……」


 私は、変わってしまった……。


 あんなにも、あんなにも純粋に恋にときめいていた私は、一体どこに行ってしまったのだろう。


 今はただ……。


 昴さんを助けようだなんていう気持ちなんてなくて……。


 己の欲を満たすために、この四日間を繰り返しているだけ…………。

 


インフルに罹ったので更新が滞る可能性がありまする。

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