第57話 十六回目の終わり
「腑に落ちん」
演奏会を終えた帰り道。演奏会中に降り始めていたらしい雨の中、小春と雫の三人で一緒に傘を差して帰りながら、俺はそんな愚痴をこぼした。
すると、雫は溜息をつきながら言う。
「だってさ、別にピアノの上手さで生徒会長って決まるわけじゃないし。人柄とかで言えば幟先輩の方が圧倒的に上だから仕方ないんじゃない?」
そう、俺はボリノとの勝負に負けたのだ。
元々あの演奏会は俺がボリノに対するクーデターを称していきなり開催したものだったが、講堂に集まった生徒達は俺の演奏の方が良かったと評価してくれたのに、でも生徒会長は聖母様の方が良いよねと評価したのだ。
まぁ、確かに人柄とか性格的な側面で言えば俺はボリノに勝てるところなんてないし……妹である雫にそんなド直球に言われると結構ショックなのだが、事実だし仕方がない。
大体、クーデター云々の話は客寄せのための口実に過ぎないから生徒会長職なんてどうでも良かったのだが、こうしてボリノとの人気の差を見せつけられると若干落ち込むところもある。
そんな俺を見て、小春は俺を励ますように言う。
「で、でもっ、私は昴さんの演奏の方が素晴らしかったと思いますよ! 昴さんの気持ちが伝わってくるようでした……」
「小春がそう言ってくれると俺も嬉しいよ」
「何より……私は、昴さんがピアノを弾いている姿を見ることが出来て、とても嬉しかったですから」
俺が演奏を終えた直後、小春は涙を流していた。ステージ上からそんな小春の姿を見た俺はびっくりしてしまったが、何度もタイムリープを繰り返してきた小春にとって感慨深い出来事だったに違いない。
「雫はどうだった?」
「……まぁ、六年もブランクがあった割には、それなりだったんじゃないかな」
「手厳しいな」
「昔のお兄ちゃんの方が凄かったから」
「さ、さっきの演奏も凄かったのに、あれ以上にですか?」
「まぁあれだ。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人ってところだろう」
子どもの頃に凄い才覚を顕現したって、大人になってもそれが続くとは限らないし、逆に子どもの頃に平凡だった人が大人になってから物凄い才覚を顕現させる可能性だってあるはずだ。例えばプロ野球の世界では、甲子園で優勝を経験した選手が大成しないこともあれば、都道府県予選で敗退して甲子園に出場できなかった選手が大成することだってあるのだから、才能に遅いも早いも関係ないだろう。
「琴乃さんの演奏も勿論素晴らしかったですけれど、昴さんが演奏を始めた瞬間……いきなり昴さんが作り出した世界に引きずり込まれたかのような感覚になったんです」
「領◯展開みたい」
「固◯結界かもしれませんね」
「俺は卍◯の方がかっこいいと思う」
ピアノの音色を武器に戦うとか凄いオシャンティーな気がする。ピアノがある場所でしか戦えないという弱点があるが。
その後、電車に乗り込んでからも三人で四方山話を続けた。
いつも通りの、何気ない会話を心がける。俺も小春も雫も、刻一刻とその時が近づいていることはわかっていながら……。
家の最寄り駅に着いた頃にはもう午後五時半になろうとしていた。五時過ぎには駅に到着するはずだったのだが、電車の遅延で少し遅れてしまっていた。
駅前の景色はいつもと変わらない。帰宅の途につく人々、ロータリーを発着する路線バス、客待ちのタクシー、それらいつも通りの景色が今日は不気味に感じられる。
一体、何が俺の命を奪うのだろう?
いつもと変わらないはずの景色が不気味なほど歪に見えて、突然全てが敵になって自分に襲いかかってくるのではと思えた。
「……お兄ちゃん」
駅前のロータリーに出ると、雫が俺の制服の袖をギュッと掴んだ。
「早く、家に帰ろ」
運命の時間が刻一刻と迫る中、俺も小春も雫もその緊張や恐怖を隠せなくなってきていた。
もう、タイムリミットが目の前まで迫ってきている。
「いえ、移動するのは危険だと思うので……そこのファミレスで時間を潰しませんか?」
家に帰ろうと促す雫を小春が制止したのは、駅から家まで移動している間に交通事故に遭う可能性を考えてのことだろう。
ならば、それよりも安全な場所にいる方が一番のはずだ。もっとも、最早俺にとっての安全な場所なんてこの世に存在するのかわからないが……。
俺達は駅に直結している商業施設の四階にあるファミレスへと入り、席へと案内されてメニュー表を眺める。いつもならお腹が空いていて注文を即決するところなのだが、状況が状況だからか食欲がわかず、人数分だけのドリンクバーとポテトフライだけ注文していた。
各々ドリンクバーで好きなジュースを注いで席に戻るも、たくさんのお客さんで騒がしい店内のはずなのに、俺達の周りだけ嫌な静寂に包まれているようだった。
「不思議な気分だ」
そんな静寂に耐えきれなくなって、俺はそう話を切り出した。
「昨日とか一昨日ぐらいは、絶対に乗り越えられるって自信があったはずなのに、今はもう断頭台の下にいるような感覚だ」
俺の死に様を十五回も見届けてきた小春が初めて俺にタイムリープの件を説明して、小春の尽力もあって俺と雫は仲直りし、俺も六年ぶりに大勢の前でピアノを披露したのだから、何かが変わる、いや変わっているはずなのだが……この魔の時間を乗り越えない限り、確信は得られないのだ。
「むしろ、この状況でどうやって死ぬの?」
「さあな。このジュースに猛毒が入ってたりするのかもしれない」
「絶対に飲まないでね、お兄ちゃん」
「せっかく注いできたのに?」
「あるいは心臓発作とか急病の可能性も……」
「どうにか耐えてね」
「無茶言うな」
心臓発作って気合で切り抜けられるものなのだろうか。だがそういう急病で殺されてしまう可能性を考えると、ファミレスに避難してきたつもりだったがやはりここも安全な場所とは限らないらしい。他にも火事や災害の可能性だってあるし、考えだしたらきりがない。
勿論俺は生き延びたいのだが、こればかりは神様に聞いてみないとわからないことだ。
だから……俺は、自分が死んでしまった時のことも考えなければならない。
「なぁ、小春。もしも俺が死んだら、小春はまたタイムリープするのか?」
「勿論です」
即答だった。
俺の隣に座っている雫は、やはり俺が死んだ時のことなんて考えたくないからか苦い顔をしていたが、正面に座っている小春はジッと俺のことを見つめていた。
俺がこの魔の時間を乗り越えて生き延びるまで、タイムリープを繰り返す。
そんな小春の固い意志が、決意が感じ取れた。
だが、本当にそれで良いのだろうか?
「小春は、辛くないのか?」
小春は何度もタイムリープを繰り返し、そして何度も俺の死を目の前で見てきた。俺を生還させるために色々と努力してくれただろうが、何度もその努力が水の泡となったのだ。
普通ならとっくのとうに心が挫けていてもおかしくはないはずだ。
「いいえ……愛する人のためですから」
と、小春は笑顔で答えてくれる。
だが、小春のその愛に俺はどれだけ応えてやることが出来るのだろう?
とても、もどかしくなってしまう……。
「……腹痛くなってきた」
「へ?」
「ごめん、腹痛いからちょっとトイレ行ってくる」
「あ、はいどうぞどうぞ」
「き、気をつけてね」
緊張からなのか何だかわからないが急にお腹を下してしまったので、俺は慌ててトイレへと駆け込んだ。
もしかして俺の大腸か肛門が破裂して死んでしまうのかとも思ったが、俺はなんとか無事にトイレを済ませることが出来た。流石にトイレで死にたくはない、死に場所ぐらいは選ばせて欲しい。
腹痛も収まったため俺は一息ついてトイレから出たのだが──通路に出てすぐのところで大柄の男性にぶつかってしまった。
「あっ、すみま──」
俺が咄嗟に謝ろうとした瞬間、腹部に激痛を感じた。
それは、さっきの腹痛とは全く異なる鋭い痛みだった。
「えっ……?」
俺は男性とぶつかっただけだと思っていた。
違う。
彼の手にはサバイバルナイフが握られていて、それが俺の腹部に突き刺さっていたのだ。
大柄の男は俺の腹部からナイフを抜くと、何事も無かったかのようにスタスタと立ち去っていった。
一方で俺はナイフを抜かれたことにより腹部からおびただしい量の血が溢れ出て、手で抑えようにもただただ生温かい血で真っ赤に染まっていくだけだ。
助けを呼ぼうにも声を出すだけで、いや息をするだけで腹部に鋭い痛みが走り、立っているのもままならず俺は床に倒れ込んだ。
そして、天井を仰ぎながら俺は笑う。
痛みを和らげるように。
このあまりにもムチャクチャな展開がバカバカしく思えて。
やはり、死神に抗うのは無駄なことなのかもしれないと、俺は悟ったのだった。
「昴さん!?」
「お、お兄ちゃん!?」
トイレから帰ってくるのが遅いからか心配して駆けつけてきたらしい小春と雫は、床に血溜まりを作って倒れている俺を見て慌てて駆け寄ってきた。
「な、何があったんですか!?」
小春と雫は必死に俺の腹部の出血を止めようとしてくれていたが、もう手遅れだろう。
「死神が、いた……」
あれは間違いない。死神だ。顔はよく見えなかったが、俺に何か恨みを持っているとか、無差別殺人犯というわけでもないだろう。
お前はここで死ぬ運命なのだと、俺に教えに来た死神なのだ。
「は、早く救急車を!」
「いや、良いよ小春……」
「で、でも!」
「わかるだろ……? そういう運命なんだって……」
でも、と小春は呟いたが、もうそれ以上抗おうとはしなかった。
これまでに十五回も俺の死を見てきた彼女のことだ。もうこれを運命として受け入れる他なかっただろう。
「そんな、お兄ちゃん……!」
だが、雫は違う。
「ごめんな、雫……」
せっかく仲直りしたばかりなのに、こんな唐突に別れることになってしまうだなんて、神様はなんて残酷なことをしてくれるのだろう。
こうなることがわかっていたなら、仲直りしない方が良かったのではとさえ考えてしまう。
「不甲斐ない兄貴でごめんな……」
「そ、そんなことないもん!」
雫は俺の右手を掴んで必死に祈っているようだったが、そんな彼女の祈りも虚しく、俺の意識は段々と遠のいていく。
「小春……」
「なんでしょうか、昴さん」
「もう、タイムリープしなくていい」
俺の左手を掴んでいた小春は、驚いたような様子を見せた。
「ど、どうしてですか?」
まだ助かる方法があるかもしれないのに、と小春は言いたげだったが、俺はゆっくりと首を横に振る。
「もう、良いんだ……俺は、俺のために小春に苦しんでほしくない……」
俺はとても幸せ者だ。こんな美少女からこんなにも愛されているのだから。
だから、俺は小春にも幸せになってほしいのだ。
「俺は、神城小春に愛されて、愛する彼女の手の中で死んだ。それだけで、十分すぎるぐらい幸せだから……」
そして、俺はゆっくりと目を閉じた。
すると、色んな人の顔が頭に浮かんだ。
両親へ。先立つ不幸をお許しください。雫のことを頼みます。
ボリノへ。せっかくだから俺を名誉生徒会長職ぐらいに据え置いてほしい。
立川へ。小春とボリノのことを頼む。
長沼へ。俺の代わりにボリノを支えてやれ。
湊へ……まぁいいかアイツのことは。
そして、姉貴へ……今、会いに行きます。
再会したら、俺のことを思いっきりぶん殴ってください。
そして……また、一緒にピアノを弾こう────。
◇◇◇
私は昴さんを残して席に戻ろうとした。
「ど、どこに行くんですか!?」
雫さんが私のことを呼び止める。
「もう一度、タイムリープするんです」
昴さんは、私にもうタイムリープするなと言った。
確かに、何度も昴さんの死を見届けるのは辛い。
でも、私にとっては昴さんと一緒に過ごせる時間の方が大切だった。
私がスタスタと席へ戻ると雫さんもついてきて、その間に他のお客さんが昴さんの亡骸を発見したのか騒ぎが起きていた。
「あの、どうやってタイムリープするんですか?」
雫さんがそう聞いてきたので、私は鞄の中から包丁を取り出して彼女に見せた。
「見たいですか?」
「……そ、それはどういうことですか?」
近くの席に座っていたお客さん達が、私が手に持っている包丁を見てざわつき始める。そしてトイレの近くで死体が発見されたなんていう話が広まってファミレスの店内にパニックが広がる中、私は包丁を喉元に当てて──。
「し、神城先輩!」
雫さんは慌てて私のことを止めようとしたけれど、時すでに遅し。
「い、いやああああああああああああああああああっ!」
私は、自分の喉に包丁を突き刺した。
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