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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第2章『十六回目の告白』

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第56話 津々見郁へのレクイエム



 人はなぜ生まれ、何故死んでいくのか。


 

 姉貴が死んでから、俺はそんなことを何度も考えた。

 だが結論など出るわけもない。今まで多くの著名な哲学者達がその命題と戦い彼らなりの答えを出したが、その命題に正しい解など存在しないのだろう。


 

 何故、姉貴は死ななければならなかったのか。


 

 姉貴が死んでから、俺はそんなことを何度も考えた。

 それは、避けられぬ運命だったのだろうか。もしも姉貴が俺を事故から庇わなかったら、そもそも事故が起きなかったなら、姉貴が死ぬことはなかったのだろうか。

 

 果たして、俺達は運命に抗うことが出来るのだろうか?



 あの出来事をきっかけに、俺に見えている世界は変わってしまった。いや、俺の世界の感じ方が変わってしまったと言うべきなのだろうか。


 生きる意味など考えたってしょうがないのに時たまそんなことを考えてしまうのは、あの事故で姉貴を犠牲にして自分が生き残った意味を知りたいからだろう。


 あの時、もしも姉貴ではなく俺が死んでいたら?

 元気だけが取り柄の両親が体調を崩すことなんてなかっただろうか? 一体どれだけ悲しんでくれたのだろうか?


 姉貴と雫はどういう風に受け止めたのだろうか?

 姉貴は自分が庇わなかったことを後悔したのだろうか? 死を目の前にして足がすくんでもおかしくなかっただろうに、姉貴はそんなことを後悔してしまうどうしようもない人だ。


 では、俺の死をきっかけに姉貴と雫の仲が悪くなる可能性はあったのだろうか?

 いいや、そんな可能性はゼロに等しいだろう。姉貴なら、ショックを受けて悲しむ雫を励ますために尽力するはずだ。


 家族や友人達が俺の死をどれだけ悲しんでくれるのかは、見当もつかないことだが。

 彼らが涙を流している姿を想像するだけで、胸が張り裂けるような感覚だ……。



 姉貴、教えてくれ……。


 姉貴は、今の俺の音楽から何を感じる……?


 俺はもう、自分が奏でる音色が嫌いで嫌いでしょうがないんだ。



 姉貴が死んでから、俺はピアノを弾くことが怖くなってしまった。

 最早ピアノを見たりその音色を聞くだけで俺は姉貴のことを思い出してしまい、その度にあの事故の瞬間がフラッシュバックしてしまい……あろうことか、俺は自分の記憶から姉貴の存在を抹消しようと考えたのだ。


 俺は自分の部屋に残っていた姉貴の痕跡を全て消した。姉貴が俺にくれたおさがりの楽譜やノートを全て……流石に捨てるのは忍びなかったので、姉貴の部屋にしまい込んだ。

 ピアノが置いてある部屋には入らなくなったし、姉貴とよく通ったお店にも近寄らなくなった。


 雫は、きっと俺のそんな部分も嫌いになったのだろう。

 だが俺にとっては、ピアノから離れることこそが、精神安定剤となったのだ。姉貴の死を乗り越えられずにいた俺の、唯一の逃げ道だったのだ。



 だが俺は、かつて姉貴が通っていた、この松楠高校へ入学した。

 しかし俺にとってこの学校は思い出の場所ではない。かつて姉貴が通っていたというだけで、姉貴がどんな高校生活を送っていたのか、それを目にしたわけではない。

 だから姉貴の幻影に惑わされずに済んだし、何よりも偏差値が高くて名門国公立に多くの合格者を出している進学校だったらから、この学校を選んだまでだ。


 しかし、この学校にはピアノが置かれていた。

 姉貴がこの学校に入学する直前に講堂が建設され、その中心には立派なグランドピアノが置かれていた。


 

 二年前の春。あれは入学式当日のことだっただろうか。

 学校の中を散策し講堂へ迷い込んだ俺はピアノを発見した。


 その頃には俺も大分精神的に成長していたのでピアノを見るだけでトラウマを呼び起こされるようなことはなかったが、俺は他に誰もいないはずの講堂で幻影を見た。

 講堂のピアノを弾いている、姉貴の姿を。


 

 美優姉さんから話だけは聞いていた。ピアニストへの道を諦めて医学の道へ進むというぶっ飛んだ進路を選んだ後、姉貴はあまり家ではピアノを弾かなくなっていたが、学校の講堂で時折演奏会を開いていたという。

 

 俺は姉貴が死んでからピアノをめっきり弾かなくなっていたが、どういうわけかその時の俺は吸い込まれるように講堂のステージへと向かい、ピアノ椅子に腰掛けたのだった。


 

 どうして、姉貴はここでピアノを弾いていた?

 ピアニストへの道を諦めた姉貴がどうして?

 ただの気分転換か?

 それとも、夢を諦めきれていなかったのか?


 他に誰もいない講堂の中心でピアノ椅子に腰掛けながら、俺は己の情けなさを思い知った。

 姉貴の死を乗り越えることが出来ずピアノから逃げ続け、よもや姉貴のことを忘れようとしていた自分を責めた。


 こんなことを姉貴は望んだだろうか?

 あの世で再会したら両目の眼球をほじくり出されて代わりに硫酸を注ぎ込まれるかもしれない。


 かといって、今更ピアノをまた弾くつもりもなかった。かつては色んなコンクールで成績トップを掻っ攫っていった天才だろうが神童だろうが、何年もブランクがあればその間に努力をしてきた人達に勝てる程甘いものではない。



 だから俺に出来るのは。

 姉貴に、自分の音楽を手向けることだけだ。


 その時の俺は楽譜を持っていなかったが、姉貴からよく教わったショパンの『革命のエチュード』を弾いた。

 どうしてそんな選曲だったのかはわからない。同じショパンでももっと明るい曲調のピアノ曲だってあるし、もっと鎮魂歌として向いているものだってあるはずだ。



 だが、俺は『革命のエチュード』を『終焉』の音楽であると考えていた。


 

 俺がこの曲をそう捉えているのは、祖国ポーランドがロシア帝国による侵攻を受けたショパンの嘆きを感じ取ったが故かもしれないが、勿論俺は祖国が他国に侵攻された経験なんて無いためショパンの心情を察することなど出来やしない。


 ただ、この曲は本当に『革命』を求めていたのだろうか?


 俺に感じ取れるのは、絶望的な終わり、という感覚だ。

 

 それは安直な感想かもしれないが、絶望の尺度は人それぞれで、ショパンにとってそれは祖国が奪われることだっただろうし、俺にとっては姉貴の死がそれだっただけだ。

 

 だが俺はそんな感覚を音楽にしようとは思わなかった。きっと以前とは全く違う音色を奏でることになるであろうことはわかりきっていたからだ。


 天国にいるであろう姉貴にこんな音色を聞かせてどうなるのだとも思ったが、どうせ最後だから、と俺は気にするのをやめた。

 この姉貴へのレクイエムで、俺のピアノは終わって良い……。



 そんな俺の思い出のレクイエムを、あのお節介な暴力系ツンデレヒロインに聞かれていたことは痛恨の極みだったが……。



 さぁ、この講堂に集いし生徒達よ。俺の演奏ではなく、聖母様ことボリノの演奏を目的に集まった信者共よ、俺の演奏はどうだ!?


 俺が奏でる音色を聞いて何を感じる!? どんな世界が見える!? どんな物語が見える!?


 ボリノの演奏はさぞ素晴らしいものだっただろう! さそ惚れ惚れするものだっただろう!


 だがそんなもの、俺が忘れさせてやる!

 

 この音色を、この世界を、この物語を、その魂に刻み込むと良い!


 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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