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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第2章『十六回目の告白』

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第55話 完全アウェー演奏会



 放課後、校門前に来ていた小春と立川を何の要件も伝えずに校内に招き入れた。何も知らされていない二人は戸惑った様子だったが、普段は運動部の掛け声が響いている校内は妙な静けさに包まれていた。


 校舎に入って来客用のスリッパに履き替えた小春は緊張した面持ちで廊下を歩いていたが、一方で立川の方は何故か興奮した面持ちで口を開いた。


 「何か今から凄いことが起こりそうな感じがするなぁ。もしかして津々見君、何かものごっつ悪いことでも企もうとしてる? 秘密結社でも結成するんか?」

 「何でだよ。お前だってボリノと知り合いだったら、ボリノのピアノとか聞いたことあるだろ?」

 「おう勿論や。のぼりんはめっちゃ上手いからなぁ、ピアノ弾くの」


 立川はボリノと小学生からの付き合いらしく、そんな彼女ならばボリノの演奏を聞いていてもおかしくはない。そんな彼女ならボリノがそれなりの腕前を持っていることは知っているはずだ。


 「俺、ボリノより上手いから」

 「は?」

 「まぁすぐにわかるさ。ほら、そろそろ着くから」


 そして、俺達は講堂へと到着した。いつもはこの時間、吹奏楽部か演劇部が練習に講堂を使っているぐらいなのだが、今日は講堂の外にまで人が溢れ出そうな程に満員だ。まぁ構造的に全校生徒を収容できる程のスペースは無いだろうから仕方ないことだが、まさかこんなにも人が集まるとは思っていなかった。


 「あ、あの、昴さん。これは一体……」

 「あぁ、これからちょっとした演奏会を開くんだ」

 「演奏会? のぼりんの?」

 「あぁ、俺とボリノのな」


 俺がそう答えると、立川はいまいちピンと来ていないようだったが、小春は驚いた様子で口を開く。


 「す、昴さんがピアノを弾かれるんですか?」


 俺は小春にニッと微笑みかけて、多くの生徒達が集まる講堂の中へと二人を通した。突然リハジョの生徒が現れたことで他の連中はざわついていたが、あらかじめ用意していた中心に近い席に二人を座らせて、俺もその隣に座る。


 近くには湊や長沼を始めとした生徒会役員達がいて、そして突発的なイベントではあったものの許可を取り付けてくれた平間先生や学年主任などの先生方も見守る中、講堂の中心にあるステージにてマイクを握るボリノが話を始めた。


 「あー……えっと、皆、今日はいきなりだったけど集まってくれてありがとう。ウチの副会長がどうも私に対して不満を抱いてたみたいで勝負をすることになっちゃったから、選挙という形ではないけれど、どちらがこの学校の生徒会長にふさわしいか皆に決めてもらいます」


 講堂に集まった生徒達が声を上げて盛り上がる中、そんな事情を知らない小春と立川が戸惑った表情で俺の方を向く。


 「す、昴さん。一体どういうことなのですか……?」

 「自分、のぼりんに対してクーデターを起こそうとしてるんか?」

 「まぁ、そんな感じだな」

 「学校という組織の中でクーデターを……?」


 クーデターというのはあくまでただの口実に過ぎず、こういう風にした方が人が集まるだろうと考えた結果だ。本当ならピアノやクラシックに詳しい専門家に審査員をやってもらうのが良いのかもしれないが、今や芸術を支えているのは一部のパトロンではなく俺達のような何でもない市民なのだ。


 言うなればこの講堂に集まった数百人の生徒達は、人類史においてはメモの切れ端にすら書き留められることのない時間を過ごすことになるわけだが。

 この時間が、誰かの人生の糧となるようなかけがえのないものになってほしいと俺は願う。


 

 そして、ボリノは講堂に集まった生徒達に一礼してからピアノ椅子に腰掛けた。

 最初に弾くのはボリノだ。じゃんけんで俺が負けてしまったため、ボリノに先に弾くか後に弾くか決めてもらったのだが、俺のプライドを粉々に破壊するぐらいのつもりでボリノは弾くという。


 さっきまでの喧騒が嘘かのように静まり返った講堂の中心で、ボリノはふぅと小さく一息ついて──表情を変えた。


 俺はいつも昼休みに講堂でピアノを演奏していたボリノの姿を見ていたが、その時とは違う表情で、スイッチが入ったのだと気づいた。


 曲は、ショパンの夜想曲第二番。ショパンが作曲した夜想曲、もといノクターンとしては最も有名であろう曲だ。

 

 その甘美で美しい音色が響く講堂の中で、誰もが言葉を失っていた。誰もが一度くらいは耳にしたことがあるであろう曲のはずなのに、その音色が耳に入った時のあまりの衝撃──ボリノの世界観に呑み込まれてしまったのだ。


 いつもはガサツでお転婆で、少しからかうとすぐにキックを飛ばしてくる奴だというのに、いや皆から聖母様なんていう痛い異名で呼ばれるぐらいには良い奴なのだが、普段から彼女を慕っていた生徒達も言葉を失ってしまうぐらいには、彼女の演奏は素晴らしいものなのだ。


 

 ……そう、ボリノこと幟琴乃の演奏は、素晴らしいものなのである。


 だが、素晴らしいとは何なのだろうか?


 ボリノの演奏の一体何が素晴らしいのだろうか?


 

 ここに集まっている生徒の多くは、ボリノの演奏を聞いて感動していることだろう。きっと胸を打たれていることだろう。

 だが、ボリノの演奏から一体何を感じ取ることが出来る?

 一体、ボリノの何を?

 

 彼女は、一体何を伝えようとしているのか?

 どんな思いでその鍵盤を叩いているのか?


 俺は過去に化け物に育てられてしまったせいで変な感覚が生まれてしまったが、どれだけボリノが自分の腕を磨いたとしても、彼女の演奏が俺の印象に残ることはないだろう。


 

 例えば、いくつかあるゴッホの作品『ひまわり』の一つを鑑賞したとしよう。

 

 もしも、その『ひまわり』をゴッホが描いたとは知らずに鑑賞したら、そもそもゴッホという画家の存在を知らなかったとしたら、人はどういう風に評価するだろう?


 例えバブル期にあったとしても、たった一枚の絵に五十億円以上もの金額を投じようと思えるのだろうか?


 そもそもとして、そういった芸術を鑑賞する人は、さらにはその価値を見定める人達は芸術の知識をある程度は持っているはずだから、そういったことはまずありえないのだが。

 

 ピカソの『ゲルニカ』、レンブラントの『夜警』、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』、アンディ・ウォーホルの『マリリン・モンロー』といった有名な絵画を目の前にして、事前知識なくして正しい評価をすることが出来るだろうか?


 結局は、『誰』が作ったかでしか芸術は評価出来ないのではないか?


 逆に、『自分』という存在なくして芸術は生み出せないのではないか?


 

 その習得スピードにこそ差はあれど、ある程度練習すれば人はそれなりに物を扱うことが出来るはずだ。


 俺はピアノを弾いていたから他人の演奏を聞く機会が多かったが、多少音楽をかじっていれば他人の上手い下手はある程度わかるようになる。その上手い下手を線引きするのはあくまで技術的な差であって、より上を目指すのであれば単に技術を磨くだけではなく、何か、何かを掴まなければいけないと、俺は幼心にそう考えていた。


 そして俺には幸運なことに、津々見郁という身近に非凡な才能を持つ化け物がいたのだ。


 

 俺は姉貴の演奏を聞いて育ち、そして姉貴を目指し──越えようと思った。

 そして越えるために何が必要なのかを考えた。どうすれば、俺が姉貴の演奏を聞いて感じているようなものを、自分の演奏から解き放つことが出来るのか。


 今、ボリノが演奏しているショパンのノクターンも、かつて姉貴がよく演奏していた曲だ。

 だが、姉貴の演奏を聞いて感じたそれを、ボリノの演奏からは感じ取れない。ボリノは確かにピアノを弾くのが上手かもしれないが、それはあくまでピアノの扱いに長けているというだけで、芸術家というわけではない。


 俺は姉貴という特別な存在が目標であり師匠でもあってくれたから成長することが出来たのだ。

 かつて、姉貴がピアノの鍵盤から数々の物語を奏でたように……かつての俺も芸術家だったはずなのだ。


 だが、今の俺にそんなことが出来るのだろうか?



 「ほら、ツバル君の番よ」


 気づくと、ついさっきまで壇上でピアノを弾いていたはずのボリノが目の前に佇んでいた。


 「あぁ、もう終わったのか」

 「つまらなくて眠たかったとでも言いたげね」

 「いや、流石にそんな酷いことは言わないさ。まぁお膳立てありがとな」

 「その言葉も大概酷いと思うけど」


 と、不満をこぼすボリノをよそに俺がステージ上へ向かおうとすると、近くの席に座っていた小春に手を掴まれた。見ると、小春のそばには雫の姿もあった。


 「あの……」


 小春は俺の手を両手でギュッと握りしめながら言う。


 「無理はなさらないでくださいね」


 俺の多少の不安を肌で感じ取ったのか、小春が不安げな表情をしていたので、俺は笑顔を取り繕う。


 「大丈夫さ。安心して聞いておいてくれ。雫も、そんな心配そうな顔をするんじゃない」

 「いや、私の心配はそういうのじゃなくて、なんというか……お兄ちゃん、完全にアウェーだから……」


 確かにさっきから俺に対するブーイングの声がそこら中から聞こえてくるような気がするが気のせい気のせい。そもそも皆から聖母様と崇め奉られているような生徒会長に反抗するような奴が支持されるわけないんだよ。完全に俺ってばヒールだもんん。


 「でも頑張ってね、お兄ちゃん」

 「あぁ。このブーイングを称賛の嵐に変えてやる」


 俺は小春や雫達にそう決意してから、ステージへと向かう。

 そして、用意していた楽譜を譜面台に広げた。それはこの間、美優姉さんから返してもらった、姉貴が使っていた古い楽譜だ。


 ショパンの練習曲10-12ハ短調……通称、革命のエチュード。


 俺が今から起こす革命にもってこいの作品である。


 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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