第54話 演奏会の始まり
小春の体調が良くなった後、二人で一緒に駅まで向かい、駅のホームで小春と別れて俺は学校へと向かった。
お昼から登校するというのは中々不思議な気分で、学校に到着した頃には既に昼休みが始まっていた。
「おぉ津々見、体調どうだ?」
そして廊下にて、生徒会顧問である数学教師の平間先生と出くわした。
「いや、俺の体調が悪かったわけじゃないですよ。その……知り合いが家の近くで体調を崩したので、看病をしてたんです」
「あぁそうだったのか? 俺は腹を空かせた津々見が空腹のあまり毒キノコを貪り食って腹を壊したと聞いていたのだが……」
「流石に俺だってどれだけ空腹でも毒キノコは貪り食わないですよ。誰から聞いたんですかそれ」
「中野だが?」
……俺は雫に言伝を任せていたはずなのだが、おそらく雫は途中で湊と出会い、そして湊がそんなテキトーなことを先生に伝えたのだろう。どうしてそんなに俺に毒キノコを食わせたがるんだアイツは。
「というわけで俺は平気なんで。まぁ遅刻は遅刻ですけど、昼からはちゃんと授業出ますよ」
「おう、まぁ毒キノコには気を付けてな」
「だから食ってないですって」
と、そこで話を終えて俺は立ち去ろうとしたのだが、「いや待て」と平間先生は俺を呼び止めた。
「その知り合いって、もしかしてあれか? 昨日ボランティアに来てくれた、噂の彼女のことか?」
……どうしてこの人は妙なところで勘が良いのだろう。
「だったらなんですか。別に家も近いんですから、朝から二人で登校してても良いじゃないですか」
「だが、そんな彼女のことを看病したということは、津々見が彼女の家に上がり込んだか、あるいは津々見の家に彼女を招き入れたということになるよな……?」
「あまりプライベートな話には踏み込まないでくださいよ」
「いやいや、俺は津々見の親御さんからな、自分達が出張で不在の時はよろしくお願いしますって頼まれているんだ。まぁ……仲睦まじく、な!」
余計なお世話だ。
少し絡み方がうざったいところもある先生だが、偶然平間先生と出会えたのは俺にとって好都合だった。
「あの、平間先生。実は相談事があるんですが……」
「おうどうした?」
「実はですね────」
◇◇◇
講堂へ向かうと、やはりピアノの音色が聞こえてきた。
曲はモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』だ。しかも連弾、二人で演奏しているらしい。
誰が演奏しているから見るまでもないが、ちらほらと観衆の生徒が講堂の座席で見守る中、その中心でボリノこと幟琴乃と俺の妹である雫がピアノ椅子に仲良く並んで座ってピアノを弾いていたのだった。
先輩後輩、というよりも最早師弟関係でも出来ているんじゃないかというぐらいだが、やはりピアノを弾いている時の雫は普段と違った表情を見せる。
それは昔の俺も姉貴達に言われたことだが、実際に録画された映像を見て、あぁこんな表情しながら弾いているのかと初めて気づくぐらいだ。
あの二人は今、どんな思いでこの音色を奏でているのだろう?
今の俺が弾いたら、どんな音色になるのだろう……?
演奏が終わり、盛大な拍手の後で観衆達が引き上げていく中、俺は講堂の中心へと向かった。
すると俺の存在に気付いたボリノがあっと驚いた様子で口を開く。
「ツバル君、もう体調大丈夫なの? また毒キノコ食べたって聞いたけど」
「体調を崩したのは俺じゃなくて小春だ。あと前回も俺は毒キノコを食ってはいない。どうせ湊から聞いたんだろ、アイツが言うことは信じるな」
「でもお兄ちゃんだったら何かの勢いで毒キノコ食べそうだし」
「雫!?」
事情を知っているはずの雫でさえ面白がってクスクスと笑っている始末。多分こうなることがわかっていながらも雫は湊に伝言を頼んだのだろう。
そんな俺と雫のやり取りをそばで見ていたボリノは、訝しげな表情で口を開く。
「……やっぱり未だに信じられないわね。逆に今まで二人が喧嘩してたってのが信じられないくらい」
俺とボリノは高校からの仲で、俺と雫との間にあった事情こそ殆ど知らないが、ボリノの前での雫と俺の前での雫のキャラのあまりの違いに驚いていたこともあった。
雫がこの学校に入学してからまだ一ヶ月も経っていないが、それぐらい印象に残るぐらいには俺と雫の仲が悪く見えたのだろう。
「まぁ、今となっちゃメチャクチャ仲良しだからな。なぁ雫」
「は?」
「ごめんそうでもなかったみたいだ」
「冗談冗談。メチャクチャ仲良しってほどじゃないけど、まぁ……一緒にご飯食べるぐらいなら良いかなっていうぐらい」
「いや、私はそもそも二人がそんな風に話してるの、今まで見てこなかったし……」
ボリノはお節介を焼くのが好きだから、きっと俺と雫のことも心配してくれていたのだろう。ただの同級生なのにそこまで気を遣わせてしまったのは申し訳ない。
「それよりどうだった、私と雫ちゃんの演奏は?」
「そうだな。ボリノの雑音がなければ完璧だった」
俺がそんな感想を述べると、すかさず俺のスネに一発の蹴りが入る。今日も中々の鋭さだ。
「幟先輩だってあんなに上手いのに……」
「でも確かに、私じゃツバル君に敵いっこないわね。前に聞いた時もそうだったし……それでいてツバル君はピアノ弾いてくれないんだから、何だか勝ち逃げされてる気分だわ」
「ほう? 今なら俺に勝てるとでも言いたげだな」
「弾かない人に言われたくないわ」
「違いないな」
ボリノと出会ったのはこの学校に入学してからが初めてだと俺は思っていたが、俺が小学生の頃に出ていたピアノコンクールにボリノも出ていたと最近知ることとなった。
俺だって一応他の出場者の演奏だって聞いていたから覚えていてもおかしくないのだが……多分、その頃の俺にとっては印象に残らない音楽だったのかもしれない。ごめんボリノ。
だが、ボリノがそれなりの腕前を持っていることは事実。きっと普段からボリノの演奏を聞いている生徒達は、俺がボリノに勝てるなんて豪語したら俺のことをボコボコにしてくるに違いない。だって俺がピアノを弾けることなんて知らないのだから。
それに実際に勝負してみないと結果はわからないものだ。
だが、それも今日で終わりだ。
俺はただ、ボリノを茶化しにここに来たわけじゃない。
「なぁ、ボリノ。俺と勝負しないか?」
◇◇◇
昼休みが終わる直前、俺は放送室にいた。生徒会の仕事で何度か放送室に入ったことはあるし、生徒総会なんかで生徒達の前に立つことがあるとはいっても、やはりこういうのはどうも緊張してしまう。
俺は機器を操作し、マイクがオンになったことを確認してから話し始めた。
「生徒会からのお知らせです。本日の午後四時より、講堂にて生徒会長幟琴乃によるピアノ演奏会を行います。演奏を聞きたい生徒はクラス委員にその旨を伝え……」
俺のそばではボリノが小さく溜息をついていた。
これは、ボリノの発案ではない。ボリノは毎日のように講堂でピアノを弾いているが、自分から演奏会を開きたいだなんていうような柄ではないからだ。
「そして、この演奏会にて私、生徒会副会長津々見昴は幟琴乃にピアノで勝負を挑みます。今まで二番手に甘んじてきたが、それも今日までで終わりだ……どちらがこの学校のトップにふさわしいか、決着をつけてみせる! 以上!」
俺がそう言って放送を切り上げると、俺のスネに軽く蹴りが入った。
「何がトップよ。そんなに副会長職が嫌だったの?」
「この方が盛り上がるだろ?」
「でも、本当にやるの?」
「あぁ、男に二言はない」
ボリノは普段から講堂のピアノを愛用しているが……かつて、彼女と同じようにこの講堂のピアノを愛用していた生徒がいた。
だから俺は、彼女……姉貴に、演奏を捧げようとしたのだった。
「最初で最後の、演奏会を開く」
小春が頑張るだけじゃダメだ。
俺は、姉貴の死を乗り越えなければならない。
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