第51話 どうやって力を手に入れたのか?
一体どれくらいの間小春のことを抱きしめ続けたかはわからないが、俺の温もりに満足してくれたらしい小春は俺を連れてていきたい場所があると言って、俺を駅前の商業施設へと連れて行った。
すると、商業施設の中にある大きな広場から、軽やかで耳触りの良いピアノの音色が聞こえてきたのだった。
「昴さんは、この曲をご存知ですか?」
「あぁ、カノンだな」
「ふふ、昴さんには簡単過ぎる問題ですね」
ドイツの作曲家、ヨハン・パッヘルベルの『3つのヴァイオリンと通奏低音のための……うーんと、多分何か音楽的用語』……まぁ、誰しもが聞いたことであるだろう『カノン』という楽曲だ。
少しポップにアレンジされているようで、ピアノの音色に導かれるように商業施設に吹き抜けのあちらこちらに観衆が集まっていた。
俺はもうすっかり聞き慣れたから、観衆の中をかき分けて演奏者の姿を確認しなくても誰が演奏しているのかわかっていたが、せっかくだと思って彼女の姿を見に行った。
「やっぱり雫だな」
俺がそう言うと、隣に立っていた小春が微笑んだ。きっと前の世界でも同じタイミングで雫がこの商業施設のピアノを使って演奏していたのだろう。
「これまでとは何か違うように感じますか?」
「そうだな……雫の演奏が少し変わったように感じる」
「どういう風にですか?」
「物凄い乱気流に巻き込まれた飛行機から降りた後、運転の荒いバスに載っているような気分だ」
「どんな気分ですか……?」
雫は小さい時からピアノが上手かったが、やはり姉貴の死をきっかけに少し変わってしまったところがあった。それでも雫はピアノを弾き続けていたが……俺との仲直りをきっかけに、雫も何か変わろうとしているのかもしれない。
なんてことを考えながら雫の演奏に耳を傾けていると、メガネをかけた茶髪のポニーテールの女性が俺達の顔を覗き込むように前に出てきたので少しびっくりしていると、彼女は小春の顔を見てあぁっと声をあげた。
「見覚えある子いるな~と思ったら、やっぱり小春ちゃんだ! 久しぶり、元気してた?」
「あ、梨央さん……」
どうやら小春の顔見知りらしく、梨央と呼ばれた少し年上ぐらいの女性はニコニコと明るい笑顔を向けていたが、どういうわけか小春は気まずそうにぎこちない笑顔を浮かべていたのだった。
そして梨央という女性は俺の方を向いて微笑みかけて言う。
「ね、君って小春ちゃんの彼氏さん?」
「はい、そうですが。貴方は?」
「私はね、えーっと……小春ちゃんの知り合いのお姉さん的な感じかな? 津田梨央って言うの。大学生よ」
「俺は津々見昴です。どうぞよしなに」
津田梨央という女性からは何も変な感じはしないが、隣に立つ小春の様子を伺うと、やはりどこか彼女が怯えているように見えた。そんな小春の様子に津田さんも気づいたのか、彼女は小さく溜息をついてから口を開いた。
「小春ちゃん。私にそんな気を遣わなくていいんだよ? 一応小春ちゃんより少しだけ長く生きてるんだから、何か困ったことがあったら頼ってくれたって良いんだからさ」
「で、でも、私は……」
と、何かを言いかけた小春の肩を津田さんがガシッと掴んだ。
「だから良いんだって、それは小春ちゃんが気にすることじゃない。私はね、妹のことを守れない人を好きになったつもりはないよ」
津田さんのその一言で、俺はようやく二人の関係性を理解したのだった。
おそらく、津田さんは小春のお兄さんの交際相手だったのだろう。そして、小春のお兄さんである透さんは小春を事故から庇って亡くなってしまったから、小春は津田さん相手に気まずそうにしているというわけか。
その後、用事があると言って津田さんは去っていったが、小春の表情は曇ったままだった。
津田さんの様子を見るに、小春に対して恨みを抱いているようには全然見えなかったが、本当のところはわからない、というのが小春の気持ちなのだろう。
「小春……」
「あ、いえ、お気になさらないでください」
と、小春はぎこちない笑顔を浮かべて平気そうに振る舞ってみせる。
だが、どうしても無理をしているように見えるのだ。
小春は俺のために尽力してくれているが、小春とてつい一ヶ月前にお兄さんを事故で亡くしたばかりなのだ。俺が姉貴を亡くした時と同じように、車に轢かれかけていた自分を庇って……と、ここで俺はある疑問が頭をよぎった。
「なぁ、小春」
「な、なんでしょうか?」
小春は、俺が事故で死んだ時にタイムリープしている。
だが、そもそも小春はどうやって自分がタイムリープの力を持っていることに気づいたのだろう?
小春のお兄さんが死んだ時に、その力は持っていなかったのだろうか?
「小春の力って、一体いつ──」
と、聞こうとした時────。
「お兄ちゃん?」
と、突然現れた雫に声をかけられて、話は遮られた。
「うおっ、し、雫? どうしてここに?」
「どうしてここにって、演奏終わったらお兄ちゃん達がここに突っ立ってたから」
気づくともうピアノの演奏は終わっていて、周囲に集まっていた観衆達もまばらになっていた。
「あ、あぁ、つい雫の世界に引き込まれてしまってな」
「私、そんな能力持ってないよ。で、どうだった? 私の演奏」
「まぁぼちぼちってところだな」
「……もっと褒めてくれたって良いじゃん」
今まではこんな言葉を交わすことすら殆どなかったが、少しいじけてしまったらしい雫の様子を見ると、兄としてからかい甲斐があるなと思ってしまう。
「まぁ、ぶっちゃけもう俺が教えることなんてないぐらいだけどな。俺だって六年ぐらいブランクがあるんだし、とっくのとうに俺のレベルは超えてるよ」
「ううん、そんなことないよ。私はまだお兄ちゃんに届かない……」
「俺のハードルを上げすぎだ、バカ」
俺は雫の頭を軽く小突いた後、小春の方を向く。すると小春はまだ浮かない顔をしていたが、俺の視線に気づくと慌てて笑顔を作って口を開いた。
「わ、私も雫さんの演奏、とても良かったと思いますよ! とても楽しく聞かせていただきましたし……それに丁度良い時間ですし、昴さんのこともたくさん堪能させていただきましたので、後はお二人で楽しんでください」
「え、もう帰るのか?」
「せっかくだし、神城先輩も……」
「あ、実は私、外せない用事がありましてっ、で、ではっ!」
と、雫は終始歯切れが悪いまま逃げるように俺と雫の前から立ち去ってしまった。
「ど、どうしたんだろ、神城先輩」
津田さんと会ったことを知らない雫でさえも心配するぐらいには、小春の様子はおかしかった。
小春と津田さんの間に何か……いや、やはり小春はまだお兄さんの死を乗り越えられていないのかもしれない。俺が未だに姉貴の死を引きずっているように。
小春が俺のために頑張ってくれているように、俺も頑張らないといけないのだが……俺の頭の中に思い浮かんだ色んな疑問を、果たして小春に直接ぶつけていいものなのかと迷っていた。
小春は、あの力をどうやって手に入れたのだろう?
そこには、恐ろしい真実が隠されているような気がした…………。
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