第50話 何度目かのファーストキス
無事に清掃活動を終えて一旦帰宅した後、俺は小春とデートしていた。
何度もタイムリープを繰り返している小春によると、清掃活動の後に駅から川沿いの遊歩道を歩くのがタイムリープ中の定番ルートになりつつあるという。
本当はもっと小洒落た海岸沿いなんかを歩きたいところだが、ここからだとそれなりに距離もあるしあのまま学校からジャージ姿でデートするわけにもいかないから、仕方ない選択肢である。
「一体、世界はどのくらい変わったんだろうな」
二人並んで遊歩道を歩きながら俺がそんなことを呟くと、小春がクスッと笑った。
「どうしたのですか? 突然中二病患者みたいなことをおっしゃって」
「は!? どうしたんだ小春!? 今までの記憶なくなったのか!?」
「ふふっ、冗談ですよ。でも、突然そんなことを言われると少しびっくりしてしまって」
まさか小春がそんな冗談を言うとは思わなくて俺は結構慌ててしまったが、確かに突然世界がどうこうと言い始めると変な奴と思われてもしょうがないだろう。
「前の世界だと日曜って何かあったか? ボランティア以外に」
「そうですね……凪紗ちゃんや雫さんはいなくて私だけが参加しましたが、清掃活動中に事故に巻き込まれそうになったんです」
「じ、事故が起きたのか?」
「はい。その時に大きな車が突っ込んできて、昴さんが私の腕を引っ張ってくれたから難を逃れることが出来たのですが……ああいう事故に遭うと、私はどうしても兄のことを思い出してしまって、少し取り乱してしまったんです」
「怪我とかは?」
「あぁいえ、保健室に運んでもらって少し休んだだけで大丈夫でしたよ。私としては、学校が違う昴さんが保健室で私の看病をしてくれるというシチュエーションを楽しめたので役得でしたが……」
「そ、そうだったのか」
少し楽しげに思い出話をしている小春を見るに、その看病イベントとやらは中々に楽しんでもらえたようだ。その時の俺は一体何をしたのだろう。メチャクチャ抱きしめてたりしていたのだろうか。だとすれば俺も役得だったはずだのだが、残念ながら俺にそんな記憶はない。カムバックマイメモリー。
「でも、そういった一つ一つの出来事が変わったからといって未来がどうなるのかなんて、私にもわからないんです。決まった法則性があるわけではなくて……私も未だに試行錯誤しているところです」
「よくいうバタフライエフェクトというやつもあるかもしれないな」
「そうですね。例えば、ここで私と昴さんがキスをすれば後々の世界に大きな影響を及ぼすかもしれませんね」
と、小春は自分の唇に人差し指を当てながらいたずらっぽく笑ってみせた。
「なっ、何を言って……」
「ふふっ、冗談ですよ」
小春のそんな仕草と表情に俺はたじろいでしまったが、小春はそんな俺を見て満足そうに笑って見せる。
だが、そんな笑顔を浮かべた後に一瞬だけ、小春が悲しげな表情を浮かべたことを俺は見逃さなかった。
……本当に、それは小春の冗談だったのだろうか。
教えてくれ、過去の俺よ。いや、別次元? 別世界? この世界とは違う運命を辿った異世界の自分のことを、俺は知ることが出来ないのか? どうして俺には何の能力もないのか?
どうして小春だけ苦しい思いをしなければならないのか。特殊な能力を持っていない俺は、小春のために一体何が出来る?
何度も辛い思いをしてきた小春のために、俺は────。
「なぁ、小春」
「はい、なんでしょう────」
俺が声を掛けると小春は何も警戒することなく俺の方を振り向いたので、俺はすかさず彼女の頬に手を添えて────。
「んっ…………」
大して景色が良いわけでもない川沿いの遊歩道。綺麗な朝日や夕日、あるいは夜景を望めるような場所でもなく、そんな雰囲気だったわけでもない。
だがそんなものへったくれもなく、自分の余命に後どれだけの猶予があるのか、果たして未来がどう変わるのか、そんな無粋なことなんて考えずに、この何事にも変えがたい時間を……たった数秒程度の出来事だとしても、一生の思い出として深く刻み込むように味わった。
「……ひどいです」
だが、唇を離すと小春は涙まじりの声でそう言った。
「え? あっ、嫌だったのか? そ、それは申し訳ないことをした! 一人で勝手に勘違いしてしまって、どう詫びれば良いか……」
まさか拒絶されるとは思っていなかった俺はものすごい自責の念にかられて、あたふたと慌てふためいていたが、小春はそんな俺の手をギュッと握って俺のことを見上げて、涙を流しながら言う。
「いえ、違うんです。私は昴さんのことが大好きですから、嬉しくないわけありません。でも……私は、怖いんです」
「こ、怖い?」
「はい……」
俺の手を握る小春の手が震えていたから、俺は彼女の手を強く握り返した。そして小春は自分の息を落ち着かせながら語りだす。
「私には、まだ自分の能力のことがわからないんです。ただ過去に戻っているだけなのか、それとも平行世界に転移しているのか、本当に未来を、運命を変えることが出来るのか……私は昴さんが助かる可能性を少しでも高めようと頑張っているつもりですが、また無駄に終わってしまうんじゃないか、どうせダメなんじゃないかと、挫けそうな自分もいるんです。そして……昴さんとの関係が深くなればなるほど、昴さんとより多くの思い出を作れば作るほど、昴さんとの別れが怖くなるんです……」
小春は、これまでに十五回も俺の死を目撃してきたのだ。それだけの回数を乗り越えてきただけでも凄いことだろう。
だが、何度も同じように失敗してしまっては、また頑張っても無駄だと諦めてしまいそうになる気持ちもわかる。例え失敗してしまったとしても俺はそこで終わりだが、小春には終わりが無いのだ。
「私はもっと昴さんと色んなことをしたいんです。色んなところにデートに行きたいし、もっとたくさんの時間を過ごしたいし、キスよりももっと凄いことだって……でも、でも……」
小春はまだ言葉を紡ぎ出そうとしていたがとても辛そうにしていたので、もう良いぞと俺は小春の体を抱きしめたのだった。
「俺のためにありがとな、小春……」
俺はきっと、「ありがとう」の一言では足りないぐらい、小春に助けられている。もし俺が小春と逆の立場だったなら、十回以上もタイムリープに耐えられたかわからないぐらいだ。
「もし今回がダメだったとしても、また俺に教えてほしい、小春のことを。小春の苦しみを、全て吐き出してほしい。きっと違う世界の俺も小春の苦しみを受け入れるし、小春と一緒に未来を変えたいと思うし、そして……俺にわがままをたくさん言ってほしい。俺に出来るのは、それぐらいしかないんだ。だから、俺にも小春のことを助けさせてほしい」
小春にタイムリープのこと、そして月曜に俺が死ぬことを突然打ち明けられて驚いたが、いやそもそも小春に告白されたこともびっくりだったが、俺は不思議と小春のことを信じようと思えることが出来た。
勿論俺は今までの人生でそんな人と出会ったことはないし、フィクションの世界にでも紛れ込んでしまったのではと戸惑ったが、小春の緊迫した表情だとか、彼女が知っているはずがない俺の情報を説明されたりだとか、あとは……まぁ下世話な話だが、小春が俺の好みの女の子だったから、というのもあっただろう。
だが、原動力なんてそんなものでも良いはずだ。小春もきっと、そのはずだから。
「……わがままを、言っても良いですか?」
「あぁ、勿論」
「じゃあ、もっと強く、私のことを抱きしめてください……」
随分と可愛らしいワガママだなと思いながら、俺は人目なんて気にせずに小春のことを抱きしめ続けたのであった……。
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