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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第2章『十六回目の告白』

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第49話 弾けない理由



 「あれ? 神城さん、昴と一緒じゃなかったの?」


 私が昴さんと凪紗ちゃんの元を離れてゴミ拾いを進めていると、琴乃さん達と一緒にいたはずの中野湊さんが歩道沿いにある花壇の側でしゃがみ込んでいた。


 「あ、えっと、その……あまり昴さんと一緒にいると、本来の目的である清掃活動のことが頭から抜けてしまいそうで……」

 「でも、昴と一緒にいることが目的ならそれで良かったんじゃない?」

 「た、確かに……」


 私が下手な言い訳をして自滅している中、中野さんはクスクスと笑っていた。


 「ところで、中野さんは何をされているのですか?」

 「あぁ、僕のことは湊で良いよ。ほら、ここにたんぽぽが咲いてるでしょ? これを眺めてたんだ」

 

 どうして清掃活動中にお花を眺めているのだろう、という疑問は置いといて、私も湊さんの横にしゃがみ込んでたんぽぽを見てみる。たんぽぽは既に綿毛になっていて、少し強めの風が吹くと綿毛が風に飛ばされていった。


 「なんだかさ、桜って結構早めに散っちゃうけれど、お花って結構長く咲いてるからまだ春を感じられるんだよね、こういうのを見ていると。もうそろそろ暑くなり始める頃だけどね、春の陽気なんてあっという間だよ」


 桜やたんぽぽの他にも、菜の花や土筆、チューリップにパンジーなど、春の季節を教えてくれるお花はたくさんある。私も自分の名前に春が付くからか、春夏秋冬の中では一番好きな季節だけど……私はふと、昴さんが言っていたことを思い出す。


 「湊さんって、昴さんのピアノの演奏を聞かれたことはありますか?」

 「え? うん、あるけど。神城さんって昴の演奏聞いたことあるの?」

 「あぁいえ、昴さんからお話を聞いただけですので……お姉さんのことも」

 「か、郁お姉さんのことも!?」


 湊さんがとても驚いたような反応を見せたから私も少しびっくりしてしまったけれど、そういえば郁さんの親友だった美優さんも同じような反応をしていた気がする。


 「そ、そんなに驚くようなことでしたか? やっぱり昴さんってあまりそのことを話したがらないのですか?」

 「うん、そうだね……幟さんは小さい頃からピアノを弾いてたらしいから昴がピアノを弾けるってことは知ってるけど、郁お姉さんのことは知らないというか、一人のピアニストとして知っていたとしても、あの事故のことは知らないだろうからね。昴からその話を聞けたってことは、もう相当昴が神城さんに心を開いてるって証拠だよ」


 昴さんが私にそんなことを話してくれたのは私がタイムリープしていることを話したからだろうけれど、それでも美優さんや湊さんのような昴さんと関係が深い人達からそういう風に言われると、やっぱりちょっと嬉しくなってしまう。


 「昴さんってヴィヴァルディの『春』も弾かれてましたか?」

 「うん、弾いてたよ。でも本人は弾くよりも聞く方が好きって言ってたかな。アレって元々バイオリン曲だし。昴本人も自分のことをショパン信者って言うぐらいにはショパンの曲ばっかり弾いてたからね。きっと郁お姉さんの影響もあったんだろうけど。そういえば、あれはあまり春っぽくない曲だって昴は言ってたよ」

 「へ? どういうことですか?」


 ヴィヴァルディの『春』と言えば、その名前の通り春のポカポカとした陽気さを感じられる華やかなメロディーが特徴だけれど、昴さんはあの曲調から一体何を感じ取ったのだろう?


 「じゃあさ、神城さんはあの曲を聞いて何をイメージする?」

 「は、春では?」

 「でもそれって、『春』ってタイトルが付けられてるからでしょ?」

 「うーん、そうなんですかね……」

 「いや、これは正直僕も昴の話を聞いててあまり理解できなかったんだけど、昴はそういうタイトルのイメージに縛られたくなかったっぽいんだよね。実際に自分がその曲から感じたイメージを元に演奏したいって言ってたから。実際、昴はヴィヴァルディの『春』を聞いてイメージするのって、装飾が豪華な宮殿の中に設けられた屋内プールで思いっきりクロールする感覚って言ってたからね」


 装飾が豪華な宮殿の中に設けられた屋内プールで思いっきりクロールする感覚……?


 それってどういう感覚? クラシック音楽って何となく華やかなイメージがあるし、実際に宮廷音楽だったから宮殿が出てくることはわかるけれど、どうしてプールで泳いでるの……?


 「昴さんは、実際にそういうことをイメージしながらピアノを弾かれてたんですか?」

 「らしいよ。僕はあまり音楽とか詳しくないからそういう音楽理論なんてさっぱりだし、昴にピアノを教えてた郁お姉さんもちんぷんかんぷんって感じだったし。でもさ、何かそういう自分の世界観の表現って大事なのかなぁって、昴の演奏を聞いてると感じたよ。それなりにピアノが弾ける人って世界中に何百万といるかもしれないけれど、世界的なコンクールで金賞とか取れるような人が他の人と違うのって、そういう表現力なのかなぁって思う。郁お姉さんも似たようなことを言ってたし」

 

 昴さんはショパンだけでなく、クラシック音楽について結構造詣が深いみたいだけれど、そういう知識が昴さんの表現力を広げるための助けになっていたのかもしれない。


 「昴さんの演奏ってそんなに凄かったんですか?」

 「うん。いや、僕に感想を言わせたら凄いってことしか伝えられないけれどね。前は動画サイトに全国コンクールの時の動画とか残っててそれなりに再生数もあったから結構有名人だったんだけどね、今は動画も残ってないし……昴のお父さん達なら動画を残してるかもだけど、見せてくれるかはわからないなぁ。今の昴がピアノを弾いてくれるとは思えないし」

 「それは、雫さんと仲直りしてもですか?」

 「え? もしかして、昴と雫ちゃんを仲直りさせたのって神城さんなの?」

 「ま、まぁ一応そうですね……」

 「凄いなぁそれ。僕にはどうにも出来なかったのに……」


 湊さんは私に対して羨望にも似た眼差しを向けていたけれど、私が色々と急がなければならなかった事情もあったから、私は苦笑いで返していた。


 「雫ちゃんが今日のボランティアに来た時はびっくりしたけど……でも、昴の何かが変わるってわけじゃないと思うよ。昴がピアノをやめたのは郁お姉さんが死んじゃったからだし」

 「郁さんの死に対して責任を感じて、ですか?」

 「ううん、単純にショックだったからだと思うよ。多分……あの日を境に、昴の何かが変わったんだと思う」

 

 昴さんの幼馴染である湊さんだからこそ気付ける変化があったのかもしれない。

 郁さんの死に対して責任を感じているのではなく、他の要因があったとするなら……一体、それは何なのだろう?


 それに──。


 『雫ちゃんが今日のボランティアに来た時はびっくりしたけど……でも、昴の何かが変わるってわけじゃないと思うよ』


 湊さんのその言葉が、私をとても不安にさせたのだった……。



 ◇◇◇



 小春がどこかへ行ってしまった後、彼女のことを心配した立川が小春を追いかけに行ってしまい、一人残された俺がいそいそとゴミ拾いを進めていると、別のルートでゴミ拾いを進めていたボリノや雫達と合流した。

 小春を見かけなかったかと聞くと、さっき湊と立川の三人で一緒にいたところをボリノが見かけたようで、俺は小春達と合流しようと思ったのだが──。


 「あのさ、ツバル君」


 ボリノに呼び止められ彼女の方を向くと、ボリノは自分と一緒に歩いていた雫と俺を交互に見ながら、訝しげな表情で口を開いた。


 「ど、どうやって雫ちゃんと仲直りしたの……?」


 ボリノにそんなことを問われ、俺と雫はお互いに目を合わせて、昨日の事を思い出して少し笑みをこぼして、先に俺が口を開いた。


 「まぁ、小春に仲介してもらってだな」

 「あぁ、小春ちゃんに」

 「二人とも正座させられて」

 「正座させられて?」

 「ちゃんとごめんなさいって謝りなさいって言われてだな」

 「うん……うん?」

 「相手が頭を下げて謝ったらちゃんと許して上げなさいって言われて……」

 「うん……?」

 「んで仲直りした」


 俺と雫の説明を聞かされたボリノはちんぷんかんぷんという様子で、首を傾げたまま硬直していた。

 そして、やがて呆れたような様子で大きく溜息をついてからボリノは言った。


 「そ、そんな簡単なことで仲直り出来たのアンタ達は……?」


 まぁ、ボリノの気持ちもわかる。俺もそうだったし、多分雫もそうだろう。俺の両親も最初は呆れてやがてゲラゲラと大笑いして涙を流すと思う。

 ただ、それは俺達が抱えている複雑な事情もあってのことだ。もうそれはそれは複雑で複雑な事情過ぎる事情が。


 ボリノは雫が入学してきてまだ一ヶ月も経ってないのに、学校の講堂で一緒にピアノを弾く仲だからか俺と雫の関係をとても気にかけてくれていた。だから雫もボリノのことを先輩として慕っていたのだろうが、雫はそんなボリノの反応を見て少し微笑みながら口を開いた。


 「仲直りしたからって急に何かが変わるわけじゃないですよ。元々そんなべったりというわけじゃないですし」

 「でも、雫ちゃんが今日のボランティアに参加してるってだけでもかなりびっくりなんだけどね……」

 

 大体、昨日の夜は一緒に寝たいって言って俺と同じベッドで就寝したというのにべったりじゃないというのは無理があるだろう。

 まぁ、それを口に出すと雫にしばかれてしまいそうだが。


 「ボリノには迷惑かけたな。まぁこれからも雫のことは可愛がってやってくれ」

 「これからも私にピアノを教えて下さい」

 「お、教えるって言っても、雫ちゃんって私より上手いし、それこそツバル君に教えてもらった方が良いと思うけど……」


 俺達はもう三年だからボリノが雫の学校の先輩でいられる期間は一年しか残されていないが、ボリノなら良い先輩になってくれるだろう。案外雫がボリノの後継者として第二の聖母様に……って、雫はそんなキャラじゃないな。


 なんてことを考えていると、俺とボリノの間を歩いていた雫がふと足を止めて、歩道に落ちていたタバコの吸い殻を拾いながら言う。


 「……幟先輩って、お兄ちゃんがピアノ弾いてたことを知ってるんですか?」


 俺はもうボリノと二年以上の付き合いになるが、彼女に対して昔ピアノを弾いていたことを話したことはない。だが俺が一年の時──この学校に入学したばかりの頃、俺があの講堂でピアノを弾いていたのをボリノに目撃されている。


 確かに俺が初心者ではないことはわかったかもしれないがボリノの口ぶりがおかしかったように感じるし、ボリノの様子を伺うと何故か彼女は目を泳がせて動揺しているように見えた。


 「私だってそれなりにピアノ弾けたから、大きなコンクールに出たこともあったし、同世代なんだからツバル君の演奏を聞く機会だってあったわよ」

 「え? 前に俺と初めて会ったのって学校の講堂とか言ってなかったか?」

 「それは、ツバル君が私のことを初めて認識してくれた時の話よ。ツバル君はいつもコンクールで当たり前のように一位とか金賞とか取っちゃうんだから、二番目の人間に全く興味がないんだもの」

 「……ん? じゃああの表彰式の場とかにボリノもいたのか?」


 何も覚えていない俺の質問に対し、ボリノはやれやれという様子で大きく溜息をついたのだった。


 「お兄ちゃん、流石にそれは酷いと思うよ」

 「え、雫は覚えてたのか?」

 「ううん、全然」

 「まったく、この兄妹ときたら……」


 そういえば、確かに俺とボリノは小学校も中学校も別々だったが、高校に入学する前に出会っていてもおかしくなかったのだ。今のボリノの演奏を聞くに結構ピアノ歴も長そうだし、ほとんど同じ地域に住んでいて同い年なのだから、毎年のように出会っていてもおかしくなかったはずなのだ。


 「ねぇ、ツバル君。せっかく仲直りしたんだから、雫ちゃんと二人でピアノ弾いてみたら? 私、ツバル君の演奏聞きたいし」


 ボリノのその一言で、俺は昨日のことを思い出す。小春の仲介で雫と仲直りし、その後……せっかくだから二人で弾いてみたら、と小春に促されたことを。

 あの時は美優姉さんから丁度良いタイミングで電話がかかってきたから有耶無耶に出来たが、俺はボリノの質問に対して首を横に振った。


 「いや……俺は、あまり弾きたくないんだ」


 それとこれとでは話が違うのだ、俺にとっては。


 「ピアノを弾こうとすると姉貴のことを思い出してしまうから、とてつもない恐怖に襲われるんだ……」

 

 あれから六年の月日が経とうとしているのに、俺はまだ姉貴の死を乗り越えられずにいる。


 もしも俺が小春と同じようにタイムリープ能力を手に入れていたなら、もう何百回ものループを繰り返してでも、例え自分が死ぬことになってしまっても、俺は姉貴の命を救おうとしたのだろう……。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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