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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第2章『十六回目の告白』

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第45話 マセガキこと津々見昴



 「私もちっちゃい頃から郁ちゃんの家に上がり込んでたからさ、昴君のことは赤ちゃんの頃から知ってるよ。私って一人っ子で弟とか妹とかいなかったから、友達の弟なのに自分の弟みたいに可愛がっちゃったよね。あの頃の昴君は可愛かったな~」


 と、美優さんは幸せそうに思い出を振り返りながら笑う。

 美優さんは郁さんと同い年で、昴さんの七つ上だから、昴さんが生まれた頃には美優さん達がもう小学校に入る頃。それだけ年の差があると、より弟や妹が可愛く見えるものなのかもしれない。


 「子どもの頃の昴さんってどんなお子さんだったんですか?」

 「ん? マセガキ」

 「ま、マセガキ……?」

 「子どもってのを良いことにね、郁ちゃんや私のおっぱいをよく揉んできたよ。あと平気でスカートめくってきたパンツ見てきたし、何なら潜り込むことあったからね、あのガキンチョは」


 ……あの堅物そうな昴さんにそんな過去があっただなんて、とても信じられない。


 「え、えっと、ちなみにそれはいつ頃まで……?」

 「お? 興味ある? えっとね、昴君が他所のお子さんを泣かせちゃって郁ちゃんとお母さんに雷落とされたのが確か四歳の時で、それから他所の子に手を出すのはやめたけど郁ちゃんや私にはまだ手を出してて、いい加減やめろって郁ちゃんがブチギレたのが六歳の時だったかな」

 

 昴さんが六歳ということは、郁さん達は十三歳、もう中学校に上がった頃だ。

 もう第二次性徴が始まっていたであろう時期で、郁さんも色々思うところがあっただろう。むしろ七つも下とはいえ、よくその時期まで許せたものだと驚くぐらいだ。


 「まー、郁ちゃんは色々成長が早かったし、そりゃ揉みたくもなるよねぇ。私も一揉み二揉みぐらいしとけば良かった。でも昴君だって男の子だったし、誰だってそういうガキンチョな時代はあるだろうからね。自分で言うのもなんだけど、若い頃の私はそれなりに可愛かったし!」

 「い、今でもお美しいと思いますけど……でも、何だか昴さんのそういうお話を聞けて少し安心しました。ちゃんとそういう時代もあったんだなぁって思えます」

 「郁ちゃんが高校に上がる頃まで一緒にお風呂入ってたって言ってたけどね。仲良く三人で」

 

 すみません、昴さん。私はやっぱり驚きを隠せないです。四、五歳までならまだしも、家族とはいえ九歳の時に高校生の裸体を見るというのは、その……結構ギリギリな気がします。


 私も小さい時は兄とお風呂に入ったこともあったけれど、母親と一緒に、ということの方が多かったし。


 「まー、あんな美人な郁ちゃんがお姉ちゃんで妹の雫ちゃんも可愛いし、そんで私までいたものだから、ちっちゃい頃からそんな環境で育ってたら彼女を作るのも大変だったろうねー。自然とハードルが上がるだろうから。それこそ小春ちゃんぐらいだと思うよ、郁ちゃん達に勝てるの」

 「そ、それほどでもありませんよ」

 「だからね、小春ちゃんも早い内に脱いであげないと昴君が逃げちゃうかもよ。多分今でもあの子はおっぱいが大好きだろうから、一揉みでも二揉みでもさせてあげたらイチコロよ」

 

 ……これまでのタイムリープで、四日間という限られた時間で一刻も早く昴さんの信頼を勝ち取るために、心を開いてもらうために色んな方法を考えて、自分の体を使うという方法も頭をよぎった。よぎっただけで実行は躊躇った。恥ずかしくて。


 でも昴さんって真面目そうだから、そういう倫理的に反するものは嫌なんじゃないかと思っていたけれど……もしかして、結構アリな手段?


 「そういえば何の話してたんだっけ。なんで郁ちゃんの話から昴君の話に?」

 「あっ、昴さんが原因で郁さんがピアノをやめたという話です」

 「あぁそうだったそうだった、このままだと昴君が郁ちゃんのおっぱい揉んでスカートの中に潜り込むマセガキの話で終わっちゃうところだった。でね、昴君はちっちゃい頃から郁ちゃんにピアノを教えてもらってたんだけど、私はあんまり聞いたことなかったんだよね、昴君の演奏。私がお邪魔してる時は私と郁ちゃんでピアノ使ってたし。でさ、昴君も郁ちゃんと同じように小学校に上がってから初めてピアノコンクールに出場したんだけど……私ったらまた心が挫けそうになったよね。ううん、挫けちゃってたね。そりゃもう自尊心とかメチャクチャに破壊されたね、うん」


 ついさっき、昴さんが女の子のおっぱいを揉んだりスカートをめくったりスカートの中に潜り込んだりという話を聞いた後だと本当に同一人物のお話なのかと疑わしくなるけれど、かの偉大な音楽家であるモーツァルトもそういった下ネタを好んでいたという逸話もあるぐらいだし、やっぱり何かしら尖っていないと上を目指すことは出来ないんじゃないかと思わされる。


 「私がその演奏を聞いたのって中学の頃だったけど、どうしてこんなに小さい子がこんな演奏が出来るのか問いただしたくなるぐらいだったね。実際さ、昴君の師匠でもあった郁ちゃんに聞いてみたけれど、いつも答えをはぐらかされちゃうんだよね。勿論、昴君がピアノ上手かったのって、お母さんや郁ちゃんから教えてもらってたってのもあったのかもしれないけど、多分……昴君には私達と違った世界が見えてたんじゃないかな」

 「違った世界、とは?」

 「んー、なんていうんだろ。何か哲学的な話になっちゃうんだけど、音楽家にしろ画家にしろ作家にしろ、歴史に残るような偉大な芸術家ってさ、平凡な人達よりも感受性が豊かでさ、私達が感じているよりもたくさんの情報が体に入ってきて、それを感じ取れるからこそ外に放出することが出来ると思うんだよ。勿論基礎的な技術とか色んな知識も必要だけどさ、常に色んなところにセンサーを広げて色んな物を感じ取ってないと、平凡なものしか作れないと思うんだよね。私がそうだったみたいに」


 私は、これまでに繰り返してきた十五回ものタイムリープの世界で過ごしてきた昴さんとの思い出を振り返ってみる。

 私は昴さんの演奏を聞いたことはないけれど、クラシック音楽に造詣があってショパンやリストなどの音楽家について語られることもあったし、彼自身の性もあってなのか、クラシック音楽が耳に入るとふと足を止めて聞き入っていた。

 

 私も通りがかった広場で小さな楽団がプチコンサートを開いていたら足を止めるかもしれないけれど、あんな物憂げな表情で演奏を聞くとは思わない。おそらく昴さんは、私が感じている以上にたくさんのものをあの音色から感じ取っているのだろう。


 「多分ね、郁ちゃんもそうだったんだろうけど、昴君達には何か音楽とか芸術に対する確固たる哲学ってものがあって、意識してなくてもそれが出ちゃうんだろうね。郁ちゃんでも十分凄かったのに、昴君ったら郁ちゃんでも取れなかった有名なコンクールでもバンバン金賞をかっさらっていって、間違いなく郁ちゃんよりも飛び抜けて凄かったピアニストだったね。まったく、昴君と同世代の子は可哀想だよ。特に琴乃ちゃんとか」

 「琴乃……って、幟琴乃さんのことですか?」

 「おっ、琴乃ちゃんのこと知ってるの?」

 「はい、昴さんのお友達だというのは知っているのですが……」


 ここで突然琴乃さんの名前が出てくるとは思っていなかったけれど、ここでようやく私は、琴乃さんと昴さんの関係の謎が少しだけわかったような気がした。


 「琴乃ちゃんもね、界隈じゃ結構有名な子でさ。良いところのお嬢様でめちゃくちゃピアノが上手かったんだけど、なんせ同い年に昴君なんていう化け物がいたからね。可哀想に思えたぐらいだけど、それでも琴乃ちゃんは頑張ってたと思うよ。私は琴乃ちゃんとあまり話したことはないけど、あの子も昴君の演奏に惚れ込んでたんだと思う。それぐらい、色んな人の心を動かすことが出来るピアニストだったんだよ、昴君は。あの事故が起こるまでは……」


 するとさっきまで楽しそうに思い出話をしてくれていた美優さんは、腕を組んで喫茶店の天井を仰いだ。


 「神様って酷いものだよね。この世にはさ、死にたいと願っていても死ねなくて苦しみながら生きている人もいれば、死にたくないのに突然運命のいたずらで死んじゃう人がいるんだから。でも、郁ちゃんらしいと言えばらしいのかもしれないけどね。多分、昴君にとってはそれが最大の不幸だったんだろうけど……」


 もしも郁さんではなくて昴さんが事故で亡くなっていたら、世界はどう変わっていただろう? 郁さんは医者の道を諦めただろうか? 雫さんもピアノを弾くのをやめただろうか?


 きっと、昴さんはそんな未来も考えたに違いない。自分が死んだ方が良かっただと考えかねない人だ。

 でももし昴さんがあの事故で亡くなっていたなら、私はどうなっていたのだろう……。


 そして美優さんが大きく溜息をついてアイスティーを一口飲んだタイミングで、私は彼女に問う。


 「昴さんがピアノを弾かなくなったのは、自責の念からでしょうか?」

 「ううん、違うと思うよ。昴君はね、ピアノを弾かなくなったんじゃないよ。弾けなくなったんだよ」

 「弾けなくなった、ですか?」


 私は美優さんの言い回しが気になった。

 弾かなくなった、ではなくて弾けなくなった?

 たった一文字だけ違う言い回しだけれど、確かに意味は違う。


 「私も一応ピアノ弾けるけどさ、何となくわかるんだよ、昴君の気持ち。多分ね、郁ちゃんが死んじゃって、それまで昴君に見えていた世界ってのが百八十度変わってしまって、思うような演奏が出来なくなったんじゃないかなって。まぁ、昴君にピアノのことを聞くのはタブーみたいなものだから、これは私の推測でしかないけどね」


 私は、昴さんがピアノをやめたのは郁さんの死に対する昴さんなりのけじめの現れなのだと考えていた。

 でも、ピアノを弾かなくなったんじゃなくて、弾けなくなったとしたら……やっぱり、私は昴さんの演奏を聞くことが出来ないのだろうか……?


 「不運なのか幸運なのか、昴君も郁ちゃんに似て頭が良い方だったからね。でもめちゃんこ頑張ってるらしいよ、昴君は。元々出来が良いからって言ってもね、やっぱり日々の努力を怠ると色々衰えちゃうだろうから。そういう努力を怠らない頑張り屋さんだからこそ、ピアノも上手かったんだろうけどね。でも……たった一つの事故でそういう天才の芽が簡単に潰されちゃうんだから、世の中ってのは悲しいものだよ。まぁ未来を奪った罪だなんて、問おうにも仕方ないことだけどね。誰にも未来のことなんてわからないんだから」


 昴さんから郁さんの話を聞いた後、私はネットで郁さんが亡くなった事故について調べて、重軽傷を負った人は何人かいたみたいだけど、犠牲となったのは郁さんだけだったということを知った。

 複数台の車が絡んだ大規模な事故だったとはいえ、事故によって一人だけ出た犠牲者が郁さんであった必要はあったのだろうか? じゃあ、自分に関係のない誰かだったら良いというわけでもない。


 きっと、何度もフラッシュバックしたに違いない。

 思い出したくもないのに、事故の瞬間が鮮明に目の前に映るのだ。

 ただ一番に襲いかかるのは、自慢の姉が自分を庇って、車に轢かれてしまう光景。そもそも事故が起きていなければ、なんていう自分ではどうしようもない問題よりも、自分がもっと気をつけていれば、という自分の力で解決できたかもしれない問題が存在するからこそ、昴さんは苦しめられているのだ。


 かつて、同じような事故で兄を亡くした私と同じように……。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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