第36話 この柔らかさを味わいながら窒息死出来るなら本望
「とまぁ、悲しきシスコン男の話だ」
俺は長~い話を終えてジュースを一口飲んだ。
昔の辛い出来事を話すのはやっぱり疲れる。あの時のことを思い出すだけで具合が悪くなってくるぐらいだ。
飲み物を喉に通せば少しは気分も晴れると思ったが、中々調子を戻せそうにない。
そして、俺の長い思い出話を聞かされた神城はというと──。
「昴さんっ!」
突然俺に抱きついて、俺の頭を彼女の胸の中にギュッと抱き寄せた。
今までに味わったことのない、とてつもなく悪魔的に心地よい柔らかな感触が俺の顔面を襲う。
神城は細身で見た目からはそんなに大きいようには見えないが、これはあれか、着痩せするタイプなのだろうか? それとも女の子の胸の感触ってこんなに気持ちいいものなのか?
やばい、この中で窒息死出来るなら本望かも。でも彼女の胸の中で幸せすぎて窒息死しましたなんていう理由で姉貴に会いに行けない。
なんてくだらないことを考えながら、半ば息苦しい中で神城の胸の心地よい柔らかさとお温かさを堪能していると、神城が涙混じりの声で言う。
「私の兄も、医者を志していたんです。昴さんのお姉さんが亡くなられた時と同じ、大学一年生でした……」
さっきコルクボードに貼られていた写真に映っていたお兄さんの姿を思い出す。そういえば白衣を着ていたような気がするが、そういうことだったのか。
「でも、私には兄の遺志を都合という覚悟なんて出来ませんでした。ただ兄の死を悲しむばかりで、受け入れられないまま時が過ぎていくだけで……」
神城のお兄さんの場合は、父親が医師ということもあってその夢を志したのだろう。
ただ、いくら医師の子どもだからって簡単に医師になれるわけでもない。一般家庭よりかは環境に恵まれているかもしれないが、かといってトントン拍子で叶えられるような夢じゃない。だから神城のお兄さんも凄い人だったのだろう、俺の姉貴と同じように。
「昴さんが味わった痛みはとてもわかります。私の兄も、私を事故から庇って亡くなったので……わかります。とても、とても……」
きっと家庭環境こそ違えど、奇しくも俺と神城の境遇は似ていた。
俺は姉を、神城は兄を事故で失っている。しかも、二人とも自分が庇われるという形で。
俺達は、同じ痛みを知っている。そう簡単には癒えることのない深い傷を負っているのだ。
ただ、俺と神城とでは決定的に違う部分がある。
俺は、姉貴との思い出を目に見えない奥の方へ隠してしまったように、姉貴の死を『忘れる』ことによって、極力姉貴のことを思い出さないようにして乗り越えようとしている。
一方で神城は、今もお兄さんの形見である壊れた懐中時計を大事にしているように、お兄さんの死を『忘れない』ことによって、心の中で生き続けるお兄さんの存在を支えにして乗り越えようとしている。
果たして、どちらの方が幸せなのだろうか……。
◇◇◇
一時して、俺は神城から解放された。
本音を言えばもう少し、この天国のような感触を味わっていたかったが、息苦しさと興奮から俺の息が荒くなってしまいそうだったので仕方がない。
こんなに幸福を味わっていると、余計に俺の死期が早まってしまいそうだが……。
「昴さんは、雫さんと仲直りされたいんですよね?」
「出来たらな。でもあれから七年も経ってるし、雫も反抗期だろうから中々難しいと思う。俺の話なんて殆ど聞いてくれないからな」
「い、一応確認しておきますが、雫さんと他に何か事件や事故があったわけじゃないですよね?」
「あぁ。俺が姉貴を殺したと思われているだけさ」
家族なのに俺は雫の連絡先すら知らないし、学校も一緒なのにあまりにも交流がないから俺と雫が兄妹であると知っている人も少ない。
一応、雫の誕生日にプレゼントと書き置きをテーブルの上に置いといたら受け取ってはくれるが、俺がプレゼントした文房具とかを使ってくれているのかはわからない。なお、勿論あれから雫から誕プレとか貰ったことはない。
「大体、雫が仲直りしたいと思ってくれているのかもわからないからな……」
むしろ俺が死ねば雫は気分がせいせいするのではとさえ考えてしまう。
「そ、そんなことないですよ!」
と、神城がいきなり興奮した様子でテーブルを叩いて叫んだ。俺が目を丸くして驚いていると、神城は「すみません……」と恥ずかしそうに体を縮こませてから言う。
「私、一度だけ……昴さんが最初に亡くなられた時に、お通夜に顔を出したことがあるんです……」
俺が最初に亡くなった時って言われるのも、まだ生きているのに俺のお通夜に出たことがあると言われるのも不思議な感覚だ。
「私、その時は昴さんのことをあまり知らなかったので、昴さんのご家族のこととか、ご友人達のことも全然わからなかったんです。今思えば、昴さんのご両親だけでなく雫さんや琴乃さんに中野さんなど、知っている方々もちらほらと見かけました。あの時は誰が誰だかあまりわからなかったんですけど……私が一番覚えているのは、大泣きしている雫さんを、琴乃さんと中野さんが慰めていたことです」
雫が、大泣き……。
想像するだけで胸が張り裂けるような思いだ。
思えば、姉貴の通夜や葬式の時も雫は中々泣き止んでくれなかったし、あの時は俺の代わりに湊が雫を介抱してくれていたか。
「私はこれまでに何度も、昴さんのご家族について探ろうとしていました。でも昴さんは中々ガードが固くて、妹さんがいることを全然話してくれようとしなかったんです。多分、私に気を遣われたくなかったからなんでしょうけど……昴さんが打ち明けてくれて、私は嬉しいです」
俺が死んでしまった世界で、雫はどれだけ俺の死を悲しんだのだろう?
どうして雫は泣いたのだろう?
一応は、俺を家族として想ってくれているのだろうか。雫がそういうことを打ち明けてくれるとは思えないが、俺は雫が悲しむ姿なんて見たくはない。
「神城。俺は雫と仲直りしてみようと思う。もしかしたらそれで未来が変わってくれるかもしれない」
「ほ、本当ですか?」
「まぁ、どうやって仲直りすれば良いのか俺にはわからないが……」
元々俺は雫に対して謝ってばかりいるし、俺が月曜に死んでしまうことを明かしても信じてくれないだろう。
俺達に残された時間は限りなく短いものだが、幸いにも明日明後日は土日だ。雫は部活とかしてないから彼女との時間も取れる。
問題は、どうやってそのきっかけを作るかだ。
その後、雫とどう仲直りすればよいか神城と話し合った。俺は雫の性格とか色々なことを説明していたが、同じ妹という立場にあって共感できる部分もあったからか、あるいは俺が雫のことについて話してくれていることが嬉しいのか、神城はとても楽しげに俺の話を聞いてくれていた。
そして時は過ぎ、そろそろ帰らないといけないなぁと思い始めた頃。神城との話も一区切りつきそうなタイミングでもあった。
「私、昴さんのご両親の話も気になるのですが……」
「いや、それは本人達から聞いてくれ……」
何か俺の両親の話に脱線しそうだが、流石に両親の話は俺の口からしたくない。たまに両方から惚気話を聞かされるが、それを聞かされる子どもの立場にもなってほしい。
「でも駆け落ちで結婚されるなんて凄いことではないですか。まるでフィクションのような……」
「憧れるのは良いが、憧れるだけにしておけよ」
俺の両親は自分達の経験もあってか、自分達の思い出話を笑い話のように話すが、一方で自分達を反面教師にしろとしつこく言ってくる。
だからまぁ、こうして彼女のご両親不在の中、彼女の部屋に二人きりという状況に緊張してしまう自分がいる。
「そういえば、今昴さんのご両親が不在と聞きましたけど、ご飯はどうされてるんですか?」
「あぁ、そういう時は母親があらかじめ作り置きとか残してくれてるし、ある程度は俺達も作ったりするよ。昼は大分テキトーだが……湊に弁当分けてもらうこともあったりするし。今日はボリノが食わせてくれたけど」
「え? 琴乃さんがですか?」
「あぁ。体調悪いんだから少しは栄養取れってうるさくてな」
俺は何の気なしに今日のお昼についての話をしてしまったが、それを聞いていた神城は訝しげな表情で呟いた。
「わ、私ですら手料理を昴さんに食べてもらえたことがないのに……?」
……あ。
彼女の前でそういう話はまずかったかと、俺は今更ながら自分の発言を後悔した。
俺はあまり意識したことはなかったが、周囲からはまるで付き合っていたかのように扱われていたぐらいだし、彼女の前で他の女子のことを話題に出すのは良くなかったかもしれない。
でも、ちょっとやきもち焼いている神城も可愛い。
「あの、本当に琴乃さんとはお付き合いされてないんですよね?」
「それは絶対にないが、もしかして他の世界だとそういうことあったのか?」
「いえ……でも、お二人の仲睦まじい姿を何度も見てきているので……」
「もしかしてやきもち焼いているのか?」
「そ、そんなことはないですけどっ……いえ、やっぱりちょっと悲しいと言うか、寂しいです……」
切なげにそう呟く神城の姿を見て、俺は思わず悶え死にそうになってしまう。
神城にとっては俺と出会っておよそ二ヶ月、しかし俺は神城と出会って二日目。一方で、俺はボリノと出会って二年ぐらいの中だ。一年の時は同じクラスだったし一緒に生徒会にも入っているから何かと交流することが多かったし、多分女友達の中で一番仲が良い相手だ。
神城からすれば、かなり警戒する関係性の奴だよなぁ……。
「あ、そうだ。昴さん、せっかくですしご飯食べていかれませんか?」
「え? あぁいや、俺はもう帰るしそこまでお世話になるのは……」
と、俺は口ではそう断ろうとしたのだが、無情にもグゥゥゥゥと腹の虫が大きく泣いた。どうやら俺の腹は嘘をつけないらしい。
「楽しみにしててくださいね昴さんっ。私、気合い入れて作りますから!」
というわけで、俺は神城の手料理をいただくことになったのだった。
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