第34話 彼女の部屋で何をするべきなのか?
「……でけぇ」
駅から十分程歩いた所にある住宅街の一角に、これまた立派なモダン建築の豪邸が建っていた。車が三台程駐車できそうな大きなガレージに、ここら辺の住宅じゃ中々お目にかかれない程の大きな庭。
ウチの家も十分に満足出来る広さなのに、なんだかヒエラルキーの差を感じさせられる。
「そ、そんな緊張なさらずとも大丈夫ですよ」
「神城の親御さんって、どこかの社長さんだったりする?」
「は、母がアパレルメーカーの社長をしてて、父は医師ですが……」
「そうか……メイドさんとかいる?」
「さ、流石にいませんよ?」
色々と知らされると、俺のノミの心臓が簡単に潰れてしまいそうなほどの緊張に襲われてきた。今は神城のご両親が不在とはいえ、だからこそ余計に緊張してしまうところもある。
自分はそんなにお嬢様じゃないとか神城は言っていたが、俺からすれば高嶺の花過ぎるんだが……?
緊張でぎこちなく歩きながら、神城に家の中に通された。見るからに高そうな壺とかシャンデリアとか豪華な装飾などは無かったが、廊下に一枚だけ飾ってある洋風画を見るだけで、良い育ち方をしそうな環境だなぁと思う。
そして先を行く神城が二階へ続く階段を登ろうとした時、俺は彼女に声をかけた。
「なぁ、神城」
「はい、どうかなさいましたか?」
「その……お兄さんに挨拶させてくれないか?」
俺がそう言うと神城は驚いたような顔をしたが、ニコッと微笑んで「こちらです」と俺を案内してくれた。
家の奥の方にある和室の壁に、立派な仏壇が埋め込まれていた。綺麗な花やお菓子が供えられ、飾られている遺影にはメガネをかけた優しそうなお兄さんが笑顔で映っていた。名前は透というらしい。
線香を上げて俺は手を合わせた。
そして、心の中でお兄さんに謝罪する。俺のせいで妹さんを不幸な運命に引き込んでしまってすみません、と。
同時に、俺はお兄さんに誓った。どんな形であれ、俺は妹さんを幸せにします、と。
「優しそうなお兄さんだな」
「はい。自慢の兄でした。昴さんが挨拶に来てくれたので、兄も喜んでいると思います」
「どうかなぁ……」
もし自分の妹が彼氏連れてきたら、俺はどんな反応をするのだろう。多分正気でいられる気がしない。
お兄さんへの挨拶を済ませてから二階に上がると、『小春』というプレートがかけられたドアの前までやって来た。
ん? ここって神城の部屋?
「なぁ、神城」
「どうかされましたか?」
「ここって神城の部屋?」
「はい、そうですよ。さぁどうぞ」
「ちょっと待てちょっと待て!」
神城に腕をガシッと掴まれて部屋の中に引きずり込まれそうになったので、俺は慌てて神城の手を振り払った。
「は、話ならその、リビングとか客間でも出来るだろ? 神城の部屋じゃなくてもだな……」
「でも、昨日は昴さんの部屋でお話したではないですか」
「いや、それは神城に頼まれたからで……」
「……昴さんは、私の部屋に興味はないんですか?」
「うぐっ……」
切なげな表情の神城に上目遣いでせがまれては、俺も強く反抗することが出来ず。
「お、お邪魔します……」
「どうぞ、ごゆっくりなさってください」
俺は恐る恐る神城の部屋に足を踏み入れたのであった。
「で、では、飲み物を持ってきますねっ」
小さなテーブルの前に置かれたクッションに俺を座らせて神城は部屋を出ていってしまい、俺は一人で部屋に残される。
神城の部屋は白やベージュを基調とした柔らかい雰囲気の色合いで、本棚には参考書や小説に漫画が並び、ドレッサーには様々なコスメが置かれていて、そしてベッドの壁側に並べられた大量のぬいぐるみが一際目を引くのだった。
彼女が出来ること自体が初めてだし、彼女の部屋に入るだなんて相当緊張したが、妹の雫の部屋と似たような環境だったので少しだけ安心したのだった。
そして勉強机の方に目をやると、机の側の壁にかけられたボードに貼られた一枚の写真に目がいった。
気になって少し近づいてよく見てみると、その写真に映っていたのは、リハジョの制服姿の神城と……メガネをかけた白衣姿の若い男性……神城のお兄さんだった。
場所は何かの建物の前だろうか。二人ともこちらに笑顔を向けていて、とても幸せそうな雰囲気が写真から伝わってくる。
俺はクッションの上に戻って、遠目でその写真を見る。
神城は亡くなったお兄さんのことをかなり慕っていたようで、彼を失ったショックは相当なものだったに違いない。お兄さんが亡くなったのは確か一ヶ月前だと言っていたか、つい最近そんな悲劇に見舞われたばかりなのに、今度は恋人まで失うだなんて、運命は残酷だ。
まぁ、何も出来ずに何度も死んでいる恋人側が言えることじゃないかもしれないが。
前に神城と話して盛り上がっていたマイナーな漫画作品が神城の部屋に一冊もないのを見て、やっぱり別世界の俺から聞き出していたんだなぁと彼女のリサーチ力や記憶力に関心していたが、待てど暮らせど神城が部屋に戻ってこないので、俺が部屋の扉を開いて廊下に出ると──。
「わ、わわっ、ちょっ、わーっ!?」
ドタドタッと誰かが倒れる音がするかと思えば、神城が部屋の前の廊下でぶっ倒れていた。
「し、神城!?」
まさか丁度神城がドアの前にいるタイミングで開けてしまったのかと思って俺は心配して彼女の側でしゃがんだが、神城は何故か顔を赤くして何やら息も荒くしていた。
「し、神城? どうした、具合でも悪いのか?」
「い、いえ……その、覗いてただけなので」
「え? 覗いてた?」
そういえば部屋の扉はちゃんと閉まってなくて半開きになっていたが……。
そして神城は体を起こして、恥ずかしさからか俺から顔を背けて言う。
「そ、その、昴さんを私の部屋で一人にしたら、どんなことをされるのかと思いまして……」
……俺は一体、神城に何を期待されていたのだろう。
「なぁ、神城」
「は、はい、何でしょう?」
「ちなみに、俺が何をしていれば神城は喜んでくれたんだ?」
「そ、それは……!」
俺がちょっとした出来心で問うてみると、神城はチラチラと俺の方を見ながら言う。
「い、言えませんよぉ……」
そう言って神城が真っ赤になった顔を両手で覆った瞬間、俺の理性が吹っ飛びかけた。
だがすぐに自分の舌を思いっきり噛んだことでなんとか理性を保つ。
お、俺は、神城に何を期待されていたのだろう? 言えないようなことって何だ? どんなことなんだ? 彼女の家で絶対してはいけないだろう低俗な発想が次々と頭の中に浮かんでくるのだが、その内のどれだ? それとも全部か?
この世界で俺と神城はまだ出会って二日目だが、おしとやかなお嬢様のように見えて結構俗に染まってるというか、色々はしたないことも考えるものなんだなぁと思っていたが、これは想像以上だ。
もしかしてこれまでの十何回に及ぶタイムリープが神城をおかしくしてしまったのか? ってことは俺のせい?
その後、神城はちゃんと飲み物を準備しに行ってくれて、テーブルの上には美味しそうなチョコの焼き菓子とジュースが用意された。
しかし、神城の部屋に彼女と二人きりという状況を改めて理解すると、自分が何のためにここにやって来たのかも忘れ、テーブルを挟んで向かいに座る神城のことを直視できずに何となく目を逸らしながら俺は自分を落ち着かせるしかなかった。
「あ、あの、昴さんっ」
「ど、どうした?」
「その、お話とは、一体何でしょう?」
神城にそう言われて、俺はようやく本来の目的を思い出す。そうだ、俺は神城と二人で話がしたくて、二人きりで落ち着いて話が出来る場所ということで神城の家に……って、全然落ち着けてないんだが!?
こんな調子では、何かの間違いでラ◯ホなんかに行ってたらとんでもないことになっていたぞ……。
なんてことを考えながら俺は深呼吸して自分の精神を律してから、話を始めるのであった。
「昨日はすまなかった。つい朝まで話し込んでしまって。具合とか悪くないか?」
「私も朝は少し具合が悪かったですけど、保健室でぐっすりと寝ていましたので……」
「あぁ、俺と一緒だな」
「私の方こそすみませんでした。ご心配をおかけてしてしまって」
「いやいや、神城が気にすることじゃない。俺が電話したかっただけなんだから」
真夜中だったから俺も電話するのは少し躊躇ったが、泣きながら「大好きです」なんて言われたら眠気も覚めるし時間を忘れて話し込んでしまうぐらい有頂天になる。
「で、少し考えていたんだ。今度の月曜、どうすれば俺は助かるのか。今までとは違う未来を目指すためにはどうすれば良いのか。これまでのタイムリープで神城は色々やってくれただろうけど、多分俺が自発的に何か行動しないとダメだと思うんだ。昨日、神城が勇気を出してタイムリープのことを俺に話してくれたように」
本当に俺が生き延びる未来があるのかもわからないのに、神城は何度も絶望を味わいながらも微かな希望を抱いてタイムリープを繰り返してくれたのだ。
神城がタイムリープで戻れる時間はおよそ百時間。あまりにも短い期間だが、幸いにも土日を挟んでくれる。その間に何か、これまでとは違う大きな事を成さなければならないだろう。
「神城は、俺の家族についてはどれくらい知ってるんだ?」
「ご両親と妹の雫さんがいらっしゃることは知っています。確かご両親は高校生の時にデキ婚されたとか……」
「俺、そんなこと教えてたんだな……俺と雫の関係については?」
「あまり良い関係ではないことは知っているのですが、何が原因かまでは知らないです。そもそも、雫さんの存在を知ったのもつい最近、あ、前回の十五回目の時でしたし」
「そうか……」
両親のことはまだしも、妹との関係を知られて気を遣われたくないという気持ちはどの世界の俺も一致しているようだ。
そして、本当はあともう一人、家族がいたことも……。
「雫さんって、確かピアノ弾かれるんですよね?」
「そうだな。聞いたことあるのか?」
「はい。ストリートピアノでカノンを弾かれてました。あと、演奏は聞いたことないですが琴乃さんもピアノを弾けることは知っています」
琴乃は普段家や学校の講堂でぐらいしかピアノを弾かないから神城が彼女の演奏を聞ける機会はかなり限られている。雫がストリートピアノを弾いているのを神城が聞いたというのは意外だが、彼女なりに何か探っていたのだろう。
十五回もタイムリープを繰り返している分、時間が限られている中でも結構俺の身の回りのことを知っているんだなと関心していると、神城は小さく息を吸って、瞳を伏せた。
「それと、その……」
俺に対する興味と、でも本当に聞いていいのかわからないという葛藤が入り混じったかのような声色で神城は呟いた。
「これは私の推測でしかないんですけど……す、昴さんも、ピアノ弾けますよね……?」
今の神城の様子を見るに、その話題が俺にとってタブーであることには気づいているようだ。
しかし、愛する彼女にすらそれを教えないとは、どの世界の俺も秘密主義は徹底しているらしい。もっとも、出会って数日の彼女にするような話でもないのだが。
「それも含めて、俺は神城に話があったんだ」
この話が俺達の未来に良い影響を及ぼしてほしいと、俺は願っている。
「俺には、姉がいたんだ。名前は郁──六年前に、俺を事故から庇って死んだ」
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