第28話 何度告白しても、貴方は私のことを知らない
「昴さん。貴方は、四日後…………月曜日の夜に亡くなります」
その宣告を聞かされた瞬間、俺の頭は真っ白になった。ついさっきまで神城と楽しく会話していただけに、その落差を受け入れることが難しかった。
やがて落ち着いて頭が回るようになっても、やはりすぐには受け入れられない。
俺が死ぬ? 四日後? 月曜の夜に? 月曜の夜って何かあったっけ? いや、そんな危険な目に遭う予定なんてなかったはずだ。
神城は時折不思議なことを言うから、やはり電波的な部分もあるのかとも一瞬考えたが、神城が俺の枕をギュッと抱きかかえたまま、今にも泣き出してしまいそうな面持ちで俺の目をジッと見つめていたので、彼女の言葉を信じないわけにもいかなかった。
「ど、どうしてわかるんだ? 神城って占い師なのか?」
俺がそう問うと神城は「いいえ」と呟いて首を横に振った。
「私は、タイムリープすることが出来るんです。昴さんが亡くなった時間を起点として、そのおおよそ百時間前の世界に戻ることが出来ます。昴さんが亡くなるのは月曜日の午後五時半から六時の間、私がタイムリープするのは今日の午後一時半から二時の間です」
結構具体的な時間まで言われて、俺はますます動揺してしまう。
そのぐらいの時間だと、学校が終わってもう家に帰っている頃か? いや神城が知っているということは彼女と放課後に会っている時だろうか?
「月曜ってことは、もう後四日しかないのか……?」
その死の宣告はあまりにも突然で、そして俺の命日が目前にまで迫っているものだから、俺は神城の話を信じてやりたかったが、それをスッと受け入れるにはまだ時間が足りなかった。
「……昴さんが信じられないのも無理はありません。私もタイムリープを繰り返しているという明確な証拠を昴さんにお見せすることは出来ませんので。ですが……昴さんは私と話している時、やけに私と話が合うな、とは感じませんでしたか?」
「確かに、そうだな……」
神城が四日後の未来からタイムループしてくるのは、今日の午後一時半から二時の間だという。つまり、俺が今朝に駅で神城と話した時はまだタイムリープの記憶はなくて、放課後に学校の校門まで訪ねてきた神城はタイムリープの記憶を持っているということだ。
校門で神城と会ってからの会話を思い返してみる。確かに好きなものや趣味の話をしていた時、あまり世代ではないマイナーな作品をよく知っているなとか、好きな作品が結構被っているだとか、やけに気が合うなとは感じていた。
別に何も言われなければ、たまたま趣味が合う人もいるかと納得できることではある。しかし、それは神城が他の世界で俺から既に聞き出していたから知っていた、ということか。
それに……俺がショパンに思い入れがあることも知っているともなれば中々恐ろしいことだ。俺にはタイムリープの記憶なんて全く無いが、未来……いや、最早別世界と言うべきか。何度も神城と交流を深めていたであろう別世界の俺は、一体どれだけのことを神城に打ち明けたのだろう?
「昴さんは松楠高校の生徒会で副会長をされてますよね? 生徒会長は琴乃さんで、昴さんの幼馴染である中野湊という方も生徒会にいらっしゃるはずです。今度の日曜日の午前中は地域の清掃活動にボランティアで参加されることも私は知っています」
「……そこまで把握されているともなると、信じる他ないな」
神城がまだ出会ったことがないはずの湊のこと、そしてウチの学校の生徒や近隣住民ぐあいしか知らないであろう清掃活動のことまで知られているとなると、神城がタイムリープしているという話にも大分信憑性を感じられた。
すると、神城は「それと」と付け加えて、俺にニコッと微笑んで言う。
「これは今朝の話になるのですが……昴さんはブラックコーヒーを飲まれてましたよね? でも実は昴さんは私にかっこつけようとしていただけで、本当は砂糖やミルクをドバドバ入れないと飲めないぐらい苦手だということも知っています」
「わかった。信じるからもう大丈夫だそこまでで」
「私が初めてそれを知った時は、意外と可愛らしいところもあるんだなぁと思っちゃいました」
「わかったから、信じるからもうよしてくれ……」
うむ、もうこれは神城を信じるしかない。
一体誰だ、実は俺がブラックコーヒーが苦手だというのを神城に教えた奴は。俺が自分で言うわけもないから、きっとボリノか湊に違いない。
「私の話を信じてくれますか?」
「あぁ。別に最初からそんな疑っていたわけでもないし……ただ、四日後に死ぬって言われると、どうしても動揺してしまってな」
「無理もありません。むしろ昴さんは落ち着きすぎだと思います」
「いや、まだ現実を受け入れられていないだけかもしれないがな……」
俺がまだ落ち着いていられるのは、目の前に神城がいてくれているからだ。誰かがいる安心感というのもあるし、彼女の前では強がりたくなるという性もある。きっと一人になったら俺は眠れないだろうし、暗闇に怯えて発狂してしまうかもしれない。
すると、神城はなおも俺の枕を大事そうに抱きかかえながら、ホッと安堵したような表情を浮かべながら口を開いた。
「でも、昴さんが私の話を信じてくれてとても嬉しいです。昴さんが私の話を信じてくれるか、とても不安でしたので……」
「俺にタイムリープのことを話したのは今回が初めてなのか?」
「はい。私の手でどうにか昴さんの死を防げないか色々と試したのですが、全然上手くいかず……昴さんにこんなことを告げるのも、とても心苦しかったので」
むしろ、神城はよくここまで耐えられたものだと思う。俺だったら怖くて不安になってすぐに誰かに話してしまうはずだ。
そんな重荷を一人で抱え込むだなんて、きっと彼女は俺には想像できないぐらいの苦労をしてきたに違いない……。
「ていうか、さっき言ってた十六回目の告白っていうのも神城の妄想ではないってことか?」
「はい。私、昴さんに告白するのは本当に十六回目です」
「じゃ、じゃあ、神城は俺が死んだのを十五回も見てる……?」
「そういうことですね」
俺には観測できない未来の話とはいえ自分が十五回も死んだとは中々想像しにくいが、神城はその時の状況について暗く沈み込んだような表情で説明を始めたのだった。
「昴さんが最初に亡くなられたのは、私が昴さんに初めて告白した直後のことでした。青信号の横断歩道を歩いていた時に暴走した乗用車にはねられそうになり、昴さんは私を庇って……そのまま、近くの建物と乗用車の間に潰されてしまったんです」
……聞いているこっちでさえびっくりするぐらいの残酷な情景が思い浮かぶ。
彼女を庇って死ぬとか、俺はどんな宿命を背負わされているんだ……。
「最初は昴さんがどこにはね飛ばされたのかわからず辺りをキョロキョロと見回して、やがて建物と乗用車の間から流れ出た大量の血が昴さんのものだとは中々信じられず……ついさっきまで私の手を温かく包みこんでくれていた昴さんの手が、その血溜まりの側に落ちていたんです……」
「わかった。もういい、大丈夫だ。無理に話さなくてもいい。いや、話すことで気が楽になるなら続けてくれてもいいが」
「いえ……私も、あまり思い出したくありませんので」
神城はそう言って抱きかかえていた俺の枕をさらに強く掴み、溢れ出そうな涙を我慢するかのように唇をギュッと噛み締めていた。
好きになった人に告白して、その恋が成就した矢先に起きたあまりにも残酷な出来事。もしも俺が似たような状況で神城が亡くなる瞬間を目にしてしまったら……そんなこと、考えるだけで胸が痛くなる。
しかも、神城はそれを一度や二度だけでなく十五回も目撃してはタイムリープを繰り返しているのだ。俺を助けようという善意で神城は過酷な四日間を繰り返し過ごしているのに最悪の結果ばかり迎えてしまうだなんて、あまりにもクソゲー過ぎる。
そして、そんな四日間を十五回も繰り返した神城は、十六回目の世界となる今回初めて俺にタイムリープについて明かしてくれた。俺が神城のことを信じないという未来も彼女の頭にはあっただろうから、その告白にはかなりの勇気を要しただろう。
俺は……その神城の気持ちに、どう答えてやれば良い?
俺は椅子から立ち上がり、俺のベッドの上にちょこんと座る神城の横へと移動した。
「す、昴さん……」
これまで神城が経験してきたことが思い起こされるのか、彼女は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
もう、見てられない。
「神城」
俺は、神城の小さな体を胸の中へ抱き寄せた。
「ありがとう、俺のために……」
一瞬、神城が怯えたように体をピクッと震わせたが、それでも構わずに彼女の小さな体が壊れてしまいそうな程強く抱きしめると、神城も俺が着ていたシャツを掴んで強く引っ張っていた。
「もう、大丈夫だから」
そんな安直な慰めの言葉が神城のためになるとは思えなかった。だが、気の利いた言葉が見つからない。
「大丈夫なんかじゃ、ありません……」
そして俺に抱きしめられている神城は、俺の胸の中に顔を埋めながら、まるで堤防が決壊したかのように泣き始めていた。
「私は、昴さんが死んでいく様を何度も見てきました……見たくないのに、何度も……」
これまで十何回も繰り返してきた世界で、神城は誰にも頼ることが出来なかったのだろう。神城の嗚咽が耳に入る度、彼女が背負っていた孤独感が俺にも伝わってくるようだった。
「ただ……私は、昴さんが私の目の前で死んでしまうことよりも、それよりも……再会した昴さんが私との思い出を何も覚えてくれていないことの方が、辛いんです……」
神城は十五回もタイムリープを繰り返している。今回が十六回目だ。
そして一度のタイムリープで大体百時間ぐらい時間が巻き戻るから、単純計算にはなるが神城の視点では俺と出会って二ヶ月以上もの月日が経っている。
一方で俺は何の能力も持ち合わせていないため、神城との思い出を何一つ思い出すことは出来ない。神城が四日間の間で俺のためにどれだけ頑張ってくれても、俺が死んでタイムリープすると何も知らない俺と再会するだけなのだ。
だから、俺には……神城を励ますことしか出来ないのだ。
「……大丈夫だ、神城。二人で頑張っていこう」
俺は神城が泣き止むまで、何度も俺の名前を呼ぶ神城を力強く抱きしめ続けたのであった。
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