第26話 十六回目の告白なんです
「私が昴さんに告白するの、十六回目ですからね」
「え? 十六回目?」
「はい。十六回目です」
「……えぇ?」
神城の口からサラッと言い放たれた言葉に、俺とボリノは思わず互いの目を見合わせる。
神城が俺に告白したの、じゅ、十六回目?
……一旦今の状況を整理しよう。
俺は今日の朝、前から駅で見かけていた可愛い女の子が泣き始めてしまったから介抱して、そして放課後に彼女が現れて突然告白された。
こんなに可愛い女の子から告白されたのに断る理由もなく、無事お付き合いを始めることになって現在に至る。
もうこの際だから、ファミレスでデートしている俺達にボリノが同席していることはツッコまないでおこう。
「私が初めて昴さんに告白した時も、昴さんはとても驚かれていました。殆ど面識もないのにいきなりで、それに……君みたいに可愛い女の子からだなんて、とお褒めいただけるだなんて私はとても感激しました。あぁ、あの時のことを思い出すだけで、人生で初めて味わった素晴らしい時間を、この体を溶かしてしまいそうな熱い恋のときめきを思い出してしまいます……」
自分の肩を抱いて悶えるようにしながら、神城は存在しないはずの思い出を語っている。
初めて俺に告白した時って、それってついさっきの話ではないのか? もしかして神城は世界の時を止めるス◯ンド能力を持っていて、俺が気づかない間に十何回も告白していたのだろうか。こっち側が気付けないのに何度も告白されても困る。
「二回目の告白も同じでした。あの時も昴さんはとても驚かれていましたが、私は昴さんを射止めるべく、いつまで続くかもわからない幸せな時間を一秒たりとも無駄にしないために、昴さんと色んな場所へと出かけたものです。一緒に水族館に行った時に、可愛いイルカのぬいぐるみを買ってくださったことは今でも忘れません……」
この場にいる俺もボリノも困惑する中、すっかり自分の世界に入り込んでしまったらしい神城は、これまでにあったらしい十五回分の告白について赤裸々に話してくれた。
これはもしかすると、もしかするとなんだが。
神城は結構想像力豊かなタイプなのだろうか?
「──十五回目の時には、二人でお揃いのシャーペンを買いましたね。あれはト音記号の刻印が入ったものでした。私は好きな人とお揃いのものを持つのが夢だったので、しかも日常的に使用できる文房具ともなれば、例え学校が別々だとしても授業中のふとした瞬間に、お揃いのボールペンを見て昴さんのことを想うことが出来る……そんなことを夢見ていました」
勿論、俺はそんなデザインのシャーペンを持っていない。
だが、神城はお兄さんの形見である壊れた懐中時計を大事そうに持っているから、そういう形に残るものを大事にしたいタイプなのだろうと思う。
形として残ってしまったら、それはそれとして辛そうだが……。
少し不思議な子だとは思ったが、なんだかんだ神城とは楽しく話も出来て、神城はボリノとも仲良くなったようだ。思えばボリノがいてくれたから俺も緊張せずに神城と接することが出来たのかもしれない。きっとタイマンだったら神城の不思議な話を聞かされてずっと戸惑いっぱなしで心細かったことだろう。
ファミレスで軽く食事を終えたら駅まで向かい、ボリノとは帰りの方向が違うため彼女とはそこで別れて俺は神城と一緒の電車に乗り込んだ。
電車の中では趣味の話に花が咲き、漫画やアニメの話となると結構昔だったりマイナーな作品だというのにお互いに好きな作品が共通しているものも多く、親しい友達とも中々出来ない話で盛り上がることが出来た。
そして、話題は好きな音楽へと移り変わり──。
「私、バイオリンを少し習っていて、クラシック曲を聞くのが好きなんです」
うーん、その雰囲気から漂うお嬢様感を裏切らない高尚な趣味をお持ちで。いや、それはただの偏見に過ぎないが、クラッシクを聞くのが趣味と聞くとなんとなく優雅な光景が思い浮かぶのだ。
「バイオリン弾けるなんて凄いな。メンデルスゾーンとかチャイコフスキーとか、あそこらへんの協奏曲弾けるのか?」
「一応は習いましたので弾くことは出来ますよ。上手かどうかは別としてですが……」
そう言って神城は自虐するように笑ってみせたが、一般人からすればバイオリンを弾けるというだけで凄いと思えるものだ。中高生でも文化祭とかでバンドの演奏を披露することは少なくないが、そこにバイオリンが出てきたらびっくりするだろうし。
「それに私、ピアノ曲も好きなんです。ピアノも少しだけ習ってましたので。特にショパンの叙情的で儚げな旋律の中から感じられる情熱的な部分が……」
「へぇ、良いなショパンは。どういう曲が好きなんだ?」
「ピアノ協奏曲第一番や革命のエチュードです」
好きなショパンの曲としてまずピアノ協奏曲が上げられるのは珍しいのではないだろうか。革命のエチュードならまだしも、他にも子犬のワルツや幻想即興曲だとか有名どころも多くあるというのに。
「昴さんもよくクラシックは聞かれるんですか?」
「まぁ、一応な。俺もショパンは好きだ」
「どういった曲がお好きで?」
「そうだな……夜想曲第20番とか、別れの曲だな」
「別れの曲は聞いたことありますけど、夜想曲第20番は知らないです」
「ショパンの遺作だ。やっぱりノクターンは聞いていて心地が良い」
夜想曲第20番、『レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ』はショパンの遺作のノクターンだ。この長い標題自体はただの速度記号を表すものなのだが、色々と手違いがあってそれが標題になってしまったという逸話がある。
「何か思い入れでもあるのですか?」
「いや……昔、知り合いが弾いていたのをよく聞いていたからかな」
知り合いと呼ぶのはあまりにも近い関係にある人だが……。
「もしかして琴乃さんですか?」
「いいや。ボリノも一応弾けるけどな、あぁ見えて」
「そうなんですね。一度聞いてみたいです」
「毎日のように講堂で演奏会みたいなの開いてるけど、わざわざ聞くようなものじゃない。ボリノの演奏は粗いからな」
「粗い、とは?」
「雑念ばっかりって感じだ」
俺がそう答えると、神城は吊り革に掴まりながら俺の顔をジッと見つめてきた。
どうしたのだろうか? そんな可愛らしい顔で見つめられるとドキドキしてくるのだが、俺の発言が癪にでも触ったのだろうか。
「もしかして、昴さんってピアノ弾けるんですか?」
……少し喋りすぎてしまったか。ただのクラシック好きだと通したかったのだが、今後長い間付き合っていくとなると、遅かれ早かれバレてしまうことだ。
大体、楽器に触れたことのない人間が他人の演奏を偉そうに批評する資格もないだろう。
「まぁ、ちょっとだけな」
嘘を言うのも躊躇われたので、俺は控えめにそう答えた。
すると、神城はたちまち目を輝かせて──。
「で、でしたら私と一緒に──」
と、神城が何かを言おうとした瞬間、強めのブレーキがかかったのか電車が大きく揺れて、バランスを崩した神城が俺の方へ倒れてきたので、思わず彼女を抱き寄せてしまった。
「わ、わわっ」
「大丈夫か?」
こうして神城の体に触れると、改めて小柄な彼女の小ささを実感する。そんな存在に庇護欲をそそられてしまうのは、なんと悲しい性か……。
いや、俺は何を堪能しようとしているんだ。俺はふと我に返って神城の体を離そうとしたのだが、神城は逆に俺の体に抱きついてきて、離そうとしてくれなかった。
「もう少し……」
電車がホームに到着してドアが開いても、神城は切なげにそう呟いた。
「もう少しだけ、このままでいさせてください……」
……最近は辛いことが多かったらしい彼女のことだ、きっと何かにすがりつきたいのかもしれない。
実を言うと、俺達が降りなければいけない駅に到着しているのだが、神城はそれに気づいていないのか、気づいていてもこうしていたいのか。
結局、俺は神城に真実を告げずに、彼女の好きにさせたのだった。
俺は神城が落ち着いてくれるまで待たなければならない。この理性を保たなければならない。幸いにも今は電車の中、衆人環視の中にある。だがそれはそれでチラチラを見られているような気がして恥ずかしい。
そして、近くに立っていたギャルの集団と目が合う。おいそこのギャル共、何ニヤニヤしてやがる。「やってんねぇ~」って感じで笑うな。やめろピースするな、何だそのサムズアップは。
結局二駅ほど乗り過ごしてしまってから神城が俺の体を離してくれたので、電車を乗り換えて再び俺達の家の最寄り駅へと戻った。神城は申し訳なさそうに俺にペコペコと頭を下げていたが、俺にとって至福の時間だったことは間違いない。
そして最寄り駅で降りて改札を抜け、ロータリーまで出てきてから神城が恥ずかしそうに顔を赤らめて呟く。
「しゅ、終電、なくなっちゃいましたね……」
俺は駅の看板を見る。確かに家の最寄りのはずなんだがなぁ。
「終電も何も、もう着いてるぞ」
と、俺は冷静にツッコミを入れる。
本当に終電がなくなっていたなら俺はもうドキドキが止まらなかったかもしれないが、まだ全然時間はある。もしかしたら神城なりのボケだったのかもしれないし、もしかしたら俺ともう少し一緒にいたいという意思表示なのかもしれない。
一体どっちなのだろうと俺が考えていると、神城は急に俺の手を両手でギュッと掴み──。
「あのっ、昴さんの家に行きたいですっ!」
──どうやら、神城の考えは後者だったらしい。
お読みくださってありがとうございますm(_ _)m
タイムリープというタグをつけようかどうしようかずっと悩んでおりました……。
評価・ブクマ・感想などいただけると、とても嬉しいです。




