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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第1章『十五回目の告白』

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第25話 十五回目の終わり



 「あの、一つワガママを言っても良いですか?」


 小春がそう切り出したのは、相合い傘をしながら二人で駅へ向かっている途中のことだった。


 「あぁ、どうしたんだ?」

 「その……私、昴さんとお付き合いを始めた記念のものが欲しいんです。お揃いの……」


 それは、ワガママと呼ぶにはなんとも可愛らしいお願いだった。


 「良いな、そういうの。しかしお揃いか、例えばどういうのが良いんだ?」

 「ゆ、指輪とか……ですかね」


 ふむ。たまに思うが、小春の俺に対する愛って結構強め。もしかしたら、小春の妄想の中ではもう彼女と俺は結婚生活を送っているのかもなぁ。もうひ孫が出来ているかもしれない。


 「そ、それは、然るべき時が来たら渡すからまた今度な」

 「ふふっ、然るべき時、ですか……お待ちしておりますね」


 もしかして、ウチの親が高校生の時に学生結婚したって話を知ったから、そういうのもありだと小春は考えているのだろうか。籍を入れること自体はまだ良いとして、ウチの親みたいに高校生の内にデキ婚するのは決して褒められたスタートではないと思う。


 「では文房具はいかがでしょう? 特別感にはやや欠けるかもしれませんが、シャーペンなら普段から学校で使えますし、色んなデザインがあるので良い物が見つかるかもしれません」

 「確かに良いかもしれないな。でも大丈夫か? 授業中とか勉強中に俺のことを思い出したりして集中が乱れるんじゃないか?」

 「……はっ!? で、でも昴さんに応援されていると思えば大丈夫でしょう、きっと!」


 授業中にノートをとりながら、小春も俺と同じシャーペンを使っているのかぁと想像できるわけか。変にニヤけてしまいそうだ。きっと湊には気味悪がられるし、生徒会室でそんな顔してたらボリノに窓から放り投げられることだろう。生徒会窓外放擲事件。

 

 

 俺と小春は駅前の商業施設にある文房具店へと向かい、良さげなシャーペンを探した。俺はお気に入りのメーカーのシャーペンを何本も使い回しているが、あまりに有名すぎて色んな人が使っているから全然お揃い感も特別感もない。

 こういう時だからこそ、いつもとは違うデザインに凝ったものを選んでみたい。


 「お、これなんてどうだ?」

 

 俺は黒地にピンク色のハートが大量に散りばめられたデザインのシャーペンを小春に見せた。


 「わ、私は大丈夫ですけど、昴さんは大丈夫なんですか……?」

 「彼女いるアピールだと思えば」

 「で、でも、これを使っている昴さんの姿を想像するだけで授業中に笑ってしまいそうなので、却下で……」


 俺の渾身のボケはやんわりと断られてしまった。俺がこんなシャーペンを使っていたら、湊は笑いすぎて絶命してしまうかもしれないし、俺はもう一度ボリノに窓から放り投げられるかもしれない。第二次生徒会窓外放擲事件。

 俺としては授業中に笑い出すのを必死に堪えている小春の姿を見てみたいものだが、通っている学校が違うのが残念なところだ。


 「あ、これはいかがですか?」


 小春が俺に見せたのは、黒地に白いト音記号の刻印が入ったシャーペンだった。どうやらト音記号をマークにしているブランドのシリーズらしい。シンプルなデザインだが本体も細くてスマートな見栄えだ。あと結構安い。


 「そういえば、小春ってバイオリンを習ってるんだったな。確かに合いそうだ」

 「あと、昴さんも音楽がお好きみたいですので」

 「え? 俺、そんなこと言ったっけ?」

 「あ、いえ、前にショパンについて熱く語ってらっしゃったこともありましたし、雫さんの演奏を楽しそうに聞いてらっしゃったので……」


 そういえば、前に小春と櫻ノ島にデートしに行った時、偶然見かけたプチコンサートを聞いて、俺はついべらべらと語ってしまったのだった。

 違うんだ、あれは心の中で言っていたつもりだったのだ。言うなればあれはモノローグだ、あれに括弧がついていたのだとしたら誰かの陰謀に違いない。


 それに、雫がストリートピアノを演奏しているのを偶然見かけたこともあったが、俺はどんな表情で雫の演奏を聞いていたのだろうか。俺自身にはわからないが、それを楽しそうに聞いていたのなら俺もびっくりだ。



 俺と小春はト音記号の刻印が入ったシャーペンを購入し、商業施設を出て駅へと向かう。外は大分暗くなってきており、歩道に出来た水たまりに街の灯りがぼんやりと滲んでいた。


 「こういうお揃いのものに、憧れていたんです……」


 俺が差している傘の下で、包み紙に入ったシャーペンを両手で大事そうに握りながら小春は言う。


 小春は最近お兄さんを亡くしていて、彼の形見である懐中時計を大事に持っているように、形として残るものを望んでいるのかもしれない。

 

 それは……どうなのだろうか?

 悲しくないのだろうか?

 辛くないのだろうか?

 

 もしも俺が何かの拍子に死んでしまったら、小春はそのシャーペンを見る度に俺のことを思い出すことになる。

 それが小春の心の支えになるのなら俺は嬉しいが、それが足枷になることはないのだろうか?


 先に旅立った方としては、愛する人に自分のことを忘れられたくないが……残された方は、忘れた方が幸せなのではないのだろうか?


 「昴さん?」

 「ん? あぁ、ど、どうしたんだ?」

 「何か思い詰めたような表情をしてらっしゃったので……やはりまだ、琴乃さんと仲直り出来ていないことが気がかりなんですか?」

 

 これではダメだ。小春と一緒にいる時に食傷に浸っていてはいけない。


 「いや、今後のデートはどうしようかと思ってな。ほら、来週はゴールデンウィークだろ? 俺は生徒会の仕事もあるから、どうやってプランを組もうかな悩んでてな……」


 来週にはゴールデンウィークが迫っている。俺達も受験生だし、夏休みは殆ど勉強漬けの毎日になると思えば、すっきりと羽を伸ばせる機会はそう多くない。

 俺に毎日会いたがってくれている小春も、さぞゴールデンウィークを待ち遠しく思っているのかと俺は思っていたのだが、俺の隣で小春は表情を曇らせていた。


 「どうなるでしょうね、ゴールデンウィークは……」

 「何かあるのか?」

 「そうですね……少し予定が入ってしまうかもしれないので、まだどうなるかわかりません」

 「そうなのか……空いている日がわかったら教えてくれ」


 小春が思いの外暗い顔をしていたので、結構大事な用事でもあるのだろうか。もしかしたら亡くなったお兄さんの法事関係かもしれない。

 俺は心配になって小春に聞こうとしたのだが、小春は笑顔を取り繕うと口を開いた。


 「昴さん、髪に何かホコリが付いてますよ?」

 「え? どこだ?」

 「私が取ってあげます」


小春が取りやすいよう俺は少し身をかがめた。

そして小春は俺の顔の方へ手を伸ばしてきたのだが──彼女は急に俺の頬を両手で掴み、一気に顔を近づけてきて──。


「んむっ!?」


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。驚きのあまり傘を離しそうにもなった。


 お互いの唇が重なり合っていると気づいた時、俺は思わず身がのけぞりそうになったが、そんな俺を逃がすまいと小春は強く唇を押し当てた。



 今までに感じたことのない柔らかさと温かさ。


 小春は俺に抱きつく、いや必死にすがりつくように俺の首や肩に手を添えて、俺も彼女の肩に触れた。


 小春の体はとても震えていて、彼女が何かに怯えているように思えたので、俺は彼女を離すまいとその小さな体を抱きしめた。



 一体、どのくらいの間、唇を重ね合わせていたのだろう。


 小春の唇が離れた後、ふと我に返って、夕方の駅前を行き交う人達からの視線が痛く感じられた。若い高校生のカップルが公衆の面前でキスしていたら、気にしないようにしていても気になるものだろう。


 「昴さん……」


 小春は両手で俺の制服をつまんで、切なそうに呟く。


 「び、びっくりしましたか?」

 「……あぁ、かなり」


 小春にキスされるだなんて全く予想していなかったし、そういう雰囲気でもなかったから余計に驚かされた。小春は意外とグイグイ来るタイプなのだなとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。


 「私のファーストキスです」

  

 小春はそう言って小さく笑った。どこか切なげで、どこか悲哀も感じられる笑みだった。


 「いや、お、俺もだが……」


 出来れば俺の方から仕掛けたかった、というのは単なるワガママに過ぎないだろう。


 俺はまだドキドキが収まっていなかったし、夜が近づき、雨のせいで冷え込んできたというのに体の火照りが全然取れそうにない。


 しかし、小春は……顔を俯かせて、こう呟いたのだった。


 「でも、実は私と昴さんは、今までに何度もキスしたことがあるんですよ」


 その小春の発言に俺は耳を疑う。


 小春はさっきこれがファーストキスだと言っていたのに、それはどういうことだろうか? 勿論、俺も今までに小春とキスをした記憶はない。


 前に十五回目の告白とか言っていたし、それも小春の妄想の延長線なのだろうか? 俺はそう思って話半分に聞いていたのだが──。



 「やっぱり、覚えているのは私だけなんですね」



 小春がそう呟いた途端、視界が急に眩しくなった。


 夕方の駅前は多くの車が行き交うし、ハイビームが眩しく見えることは決して珍しいことではない。


 だが、反射的にその光の方を向いた時に、俺は状況を理解した。


 一台の乗用車が激しく水煙を飛ばしながら、こちらへと向かっていた。

 どうして、歩道を歩いている俺達に向かって車が正対している?


 「──小春!!」


 俺はまず、咄嗟に小春の体を突き飛ばした。俺も避けられたら良かったのだが、車はスピードを緩めることなくこちらへと突っ込んできて──小春が何か叫んだように思えたが、それは車のけたたましいエンジン音にかき消され、縁石に乗り上げた車が飛び跳ねて、そのまま俺の目の前へと迫っていた。



 俺には、その光景がスローモーションの世界のように見えた。まるで時が止まっているかのようだった。


 暴走した車が俺の目の前に迫る中、色んなことが頭をよぎった。


 メメント・モリ。

 死を恐れるな。


 カルペ・ディエム。

 今日という日の花を詰め。


 どうして、そんなことばかり頭に思い浮かぶのだろう。

 自分の世界に浸っていたあの頃を思い出しそうになったが、死の間際に思い出したいことではない。


 色んな人の顔が頭に思い浮かんだ。


 両親へ。先立つ不幸をお許しください。俺はまた、貴方達の夢を奪ってしまう。


 雫へ。不甲斐ない兄でごめん。俺は、お前の自慢できる兄にはなれなかった。


 ボリノへ。お前の願いを叶えてやれなくてごめん。本当の俺は、お前が思い描く理想の俺とは違う。


 立川へ。小春とボリノのことを頼む。


 長沼へ。俺の代わりにボリノを支えてやれ。


 湊へ……まぁいいかアイツのことは。



 そして、小春へ。

 俺は、自分の行動を悔いることはない。

 だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。


 

 あぁ、ちゃんとボリノと仲直りしておけば良かった。雫と和解したかった。

 まだ十八にもなっていないのに、なんて後悔ばかりの人生なのだろう。


 でも、これでいい。

 俺はあの世へと旅立って、小春に過酷な運命を背負わせた神様をぶちのめしに行こう。

 

 あぁ、小春はどうなるのだろうか。

 よりにもよって、彼女の目の前で死ぬことになるだなんて。

 でも、俺にはこうすることしか出来なかったんだ。


 

 ごめん、小春────。



 ◇◇◇



 激しい衝突音と共に、彼の体が宙を舞った。

 彼の手から離れた傘が、濡れた歩道の上に尻もちをついた私の前に転がる。


 乗用車は彼をはねた後、近くの建物の壁に衝突して停止した。

 奇しくも、車にはねられたのは彼だけだった。


 「き、君! 大丈夫か!?」


 近くを歩いていた何人かの人が、私のことを心配して駆け寄ってきた。一方で、車にはねられ歩道の上に横たわる彼の元にも何人もの人が駆け寄るも、彼は一切動かない。

 彼の腕や足はあらぬ方向へと曲がり、骨も飛び出ていて、頭部から流れた血が水たまりを赤く染めていく。


 「し、しっかりして!」


 動かない彼の方をジッと見つめて何も言葉を発さない私を見て、女性が私の手を握って声をかけてくれた。

 

 でも、違う。

 


 「──あはっ」



 喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。


 「ふふっ……あははっ……!」


 機械の誤作動のように私が笑い始めたのを見て、女性は私の手を離してしまう。


 「あはっ、あはははっ!」


 私は冷たい雨を全身に浴びながら雨空を見上げた。

 


 あぁ、今回もダメだった。

 


 私が狂っているように見えたのか、周囲に集まった人達が私と距離をおく中、私は自分の鞄を開けて中から包丁を取り出した。


 それを見て、周囲の人々が悲鳴を上げる。

 中には、私を止めようと駆け寄ってきた人もいた。



 でも、これで終わり。


 さようなら、昴さん。


 そして、また会いましょう。


 次は、十六回目の世界で────。







 私は、自分の喉に包丁を突き刺した。





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