第23話 デートしてあげませんっ
午後からはざあざあと雨が降り始めた。
確かに朝の天気予報では午後から曇るとは言っていたが、まさかこんなに強い雨が降るとは思っておらず、傘を持って来ていない俺はどうしたものかと頭を悩ませながら授業を受けていた。
この空を覆う灰色の雲を見ていると、どうもセンチメンタルな気分になってしまう。あんなこともあったし……。
そして放課後。今日は生徒会の集まりもなく部活にも所属していない俺は、校門で待ってくれているであろう小春の元へ急ぐため、園芸部の活動がある湊に声をかけた。
「なぁ湊、傘持ってないか?」
「へ? 折り畳み傘ならあるけど、貸さないからね?」
「大丈夫だ、明日返すから」
「だからそれだと僕が帰れないんだって! 昴は神城さんに相合い傘してもらえば良いじゃないか、僕も校門までは送ってあげるから」
小春はいつも六限目の授業を早退してウチの学校に来て俺のことを待っていたらしいが、今日は七限目まで授業があるため彼女が早退する必要はない。それは事前に伝えておいたが、もう待っているかもしれないということで湊と相合い傘をして急いで校門へと向かった。
「こんにちは、昴さん」
そして校門では、小春が紺色の傘を差して俺のことを笑顔で待ってくれていたのだが。
「ど~も~」
そしてどういうわけか、小春の横には彼女のクラスメイトである立川凪紗がニコニコと微笑みながら傘を差して佇んでいたのだった。
俺が戸惑っていると、彼女達二人の姿を目にした湊が驚きの表情を浮かべて言う。
「昴、二股してるの……!?」
どうしてそんな発想になる。
「いや、小春の横にいる奴は違うぞ。小春の友達だ」
「ど~も~立川凪紗ですー。君は津々見君の彼氏さん?」
「うん、そうだよ」
「そこはなんでやねんってツッコむところやろが!」
と、能天気に答えた湊に立川が俺の代わりにツッコミを入れてくれた。まぁ最近はそういうカップルも珍しくないだろうし……いや、俺にはもう小春という彼女がいるから関係ない話だ。
その後、ちゃんと自己紹介を済ませてから、俺は立川に聞く。
「どうして立川までいるんだ? カチコミか?」
「アホォッ! ウチの友達がこの学校にいるんよ、君らの同級生に幟って子おるやろ?」
「幟……え? もしかして幟琴乃のことか?」
「そーそ。生徒会長やってるから知ってるやろ?」
「凪紗ちゃん。昴さんは副会長をやってらっしゃるんですよ」
「そーなん!?」
その「そーなん!?」はどういう「そーなん!?」なんだ? 普通に俺とボリノが知り合いだったことに驚いたのか? それとも俺が生徒会副会長やってるようには見えないから驚いたのか?
しかし、まさか俺の彼女の友達の友達が、俺の友達だとはな……意外と世界は狭いものだ。
「ウチな、小学校と中学校でのぼりんと一緒だったんよ。中学の時はのぼりんが生徒会長でウチが副会長やってたし」
「へぇー。幟さんにリハジョの友達がいるとは思わなかったなぁ」
「ウチもホンマびっくりしたわ。そや、のぼりんと遊ぶ約束してるんやけど、のぼりんまだ来ないん? 今日生徒会の仕事ないって聞いてたんやけど」
友人と予定があるならボリノはちゃんと早めに来そうなものだが、そういえばボリノの姿を見かけていない。ボリノとはクラスが違うから何か雑用でも押し付けられているのかもしれないが……彼女が中々来ない理由にはなんとなく心当たりがある。
すると、俺を傘の中に入れてくれている湊が呑気そうな笑顔で口を開いた。
「あ~。幟さん、昴と喧嘩したから落ち込んでるんじゃないかなぁ?」
湊の能天気な一言を聞いて、小春は「えっ」と驚き、立川は「は?」と俺を睨んできた。
「……おい湊、どうしてお前がそれを知ってるんだ?」
「だって、講堂から湊さんが泣いて出てきたのを見かけたら気になるでしょそりゃ。昴に泣かされたって聞いたけど、一体何したの?」
なるほど。ボリノは講堂を飛び出した後に湊と鉢合わせて、ボリノに負けず劣らずお節介焼きな湊に泣いている理由をしつこく聞かれたのだろう。
「そうや津々見君。おどりゃのぼりんに一体何してくれたんや?」
「いや、ただの喧嘩だよ」
「こ、琴乃さんとですか?」
「あぁ。少し口論になってしまってな……別に、そんな珍しいことじゃない」
嘘だ。
普段からツンツンしているボリノと口喧嘩をすることはあるが、そんな後まで尾を引いたようなケースはないし、ツンデレ暴力系ヒロインの可愛らしいジャブ攻撃のようなものなのだ。
だが、ボリノを喧嘩で泣かせてしまったのは初めてのことだ。
「まぁ、明日になったら仲直り出来るだろうさ」
あまり小春を心配させたくないため、俺は平気そうにそう言ってみせたのだが、小春は急に俺の手を掴んできて、おそらく初めて、俺に真剣な表情を向けた。
「駄目ですよ、昴さん。ちゃんと琴乃さんと仲直りしてください」
いつもは柔らかい声で話してくれていた小春の語気が別人のように強くなったので、俺は勿論驚かされたのだが、湊や立川も呆気に取られていた。
「いや、しかしだな……少し落ち着く時間も必要だろうし」
と、つい言い訳してしまうのが俺の悪い癖かもしれない。
そんな俺に有無を言わさず、小春はさらに語気を強めて言う。
「何を言っているんですか、昴さん。明日でも良いというそんな考えが、一生ものの後悔に繋がるかもしれないんですよ。昴さんは昨日のことをお忘れですか? あんな風にいつ何時、誰がどんな目に遭うかなんて誰にもわからないことなんです。明日……いえ、今日ですらも、いつ何が起こるかわからないんですよ。仲直りできないまま取り返しがつかないことになってしまって、いつまでも苦しみ続けている昴さんやボリノさんの姿なんて見たくありません。だから……お願いします、昴さん」
小春にそこまで言われると、俺も嫌とは言えない。
昨日のことというのは、俺や小春、ボリノ達も巻き込まれかけた事故のことだろう。
あまり考えたくないことだが、明日を迎える前にボリノの身に何かが起きて、仲直りしたくてもそれが叶わなくなる未来があるかもしれない。あるいは、その逆もあり得るのだ。
メメント・モリ──死を忘れるな。
昨日、ボリノが口にした言葉を思い出す。
明日でも良い、という判断は時に後悔を与える。俺達は明日が来るのは当然だと、望んでもいない月曜日が来るのは当たり前だと思い込んでいるが、それは普遍的なものではないのだ。
「私、昴さんが琴乃さんと仲直りしてくれるまで、デートしてあげませんからっ」
「ま、マジか……」
「だから、お願いです。私だって昴さんとデートしたいんですから」
小春は俺に効く技をよくわかっている。俺は小春とデートしたいし、小春が悲しむ姿も見たくない。
しかし、どうやって仲直りしたものか中々考えがまとまらず一歩を踏み出せないでいると、立川が急に俺の首根っこを掴んできた。
「ちょっと耳貸せ」
立川はそう言って俺を自分の傘に入れると、前にもしたのと同じように俺に肩を組んできてヒソヒソと話し出す。
「あんな、自分もめっちゃ驚いたやろ? あれな、春ちゃんめっちゃ怒っとるで。春ちゃんが普段学校でどう過ごしてるか知らんやろうけど、皆から平和の象徴とか女神様って呼ばれるぐらいには大人しくて可愛い女の子なんやで。ウチみたいな普段からやかましい奴が怒ったってそんな怖ないけどな、ああいう子がマジで怒ったらシャレにならんで?」
ボリノとはタイプこそ違うが、俺も小春が怒っているのだろうとはわかっていた。俺も小春の温厚で優しい一面しか見ていないから驚かされたが、立川もこんな反応をするのならよっぽどの事なのだろう。
「それにな、昨日の事故のこと聞いたで。めっちゃ大変やったんやろ? 君が春ちゃんのこと介抱してくれたのはめっちゃ感謝しとるけど、やっぱ昨日のことが頭をよぎるんか、今日の春ちゃんは何か落ち着きがなかったんよ。変なところでおっちょこちょいになるし変なミスするし……お兄さんの件も知っとるんやろ? やっぱり怖いんよ、春ちゃんは。大切な人がいなくなってまうのが……」
……そうだ。俺は小春を不安にさせてはいけない。
彼女が望むことを叶えてやらずして、何が彼氏か。
「……俺がボリノを泣かせたことは怒らないのか」
「んー、まぁのぼりんもちょっと頑固なところがあるさかい、ウチもよーのぼりんと喧嘩したよ。むしろのぼりんがそういう頑固なとこ出せる相手ってそんな多くないし、それに春ちゃんの彼氏さんやから、ウチも結構君のこと信用しとるんよ? のぼりんのあのでっかいパイパイを一揉み二揉みすりゃイチコロやで!」
「それは俺が一殺されるだけだろ……」
彼女持ちの野郎に一体何を言っているんだか、この愉快な関西女は。
そして立川とコソコソ話をしていると、俺の背中が後ろからツンツンと突かれた。見ると、とうとうしびれを切らしたのか、小春がムーッと不満そうに頬を膨らませて佇んでいた。
「一体何を話しているんですか……?」
「あぁいや、のぼりんって結構気難しい子やから、仲直りのためのアドバイスをしとったんよ、あはは~」
うむ、何だか今日の小春は虫の居所が悪そうだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。まだ雨降ってるし、小春達は近くのファミレスで待っててくれ」
「はい、わかりました。頑張ってくださいね、昴さん」
「またのぼりん泣かせたらしばき倒すからな~」
湊は園芸部の活動もあるため、俺は一旦小春から傘を借りて校舎まで戻り、小春は立川と相合い傘をしてファミレスへと向かった。
さぁ、正念場だな。
俺は窓から陰鬱な雨空を見上げてふぅと一息ついてから、ボリノを探しに向かったのだった。
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