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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第1章『十五回目の告白』

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第22話 言わぬが花、知らぬが仏



 午前中、数学の授業の後で生徒会顧問でもある平間先生に俺は声をかけられ、二人で廊下を歩いていた。


 「どうだ津々見、彼女さんとは上手くやってるか?」

 

 平間先生は開口一番そんな感じの人だから、俺は黙って彼をジッと見る。


 「まぁそんな怖い顔するなよ。昨日はあまり構ってやれなくてすまなかったな。彼女さんのことで津々見も大変だっただろうに……」


 昨日の清掃活動中の事故については、ウチの学校の生徒に被害はなかったとはいえ全国のニュースでも報じられるぐらいにはまぁまぁな大事だった。事故に巻き込まれた人達に死者が出なかったのは不幸中の幸いだったが、生徒会顧問として参加していた平間先生は事後処理のためとても忙しそうにしていた。


 「……俺の彼女、ちょっと前にお兄さんを事故で亡くしてるんですよ。多分、その時のことを思い出したんでしょうね」


 相談も兼ねて俺が小春について軽く説明する。普段はのほほんとしている平間先生だが、こういう話は真面目に聞いてくれるだろう。


 「そうだったのか。じゃあ、津々見と似ているんだな」


 だが、彼のそんな反応を見て俺は驚いた。

 どういうわけか、平間先生が俺の過去を知っているような口ぶりだったからだ。


 「どうして、先生がそれを知っているんです? 誰から聞いたんですか?」

 「え? いや、前に津々見のご両親とお会いした時に少し話したんだ」


 ……情報源はまさかの親だったか。それぐらいの情報は教師陣と共有しておくべきだと、両親は俺にお節介を焼いたのかもしれない。

 それに、この学校にまぁまぁ長く在籍している他の先生からも耳にしただろう。


 「それにな、実は何だが俺も津々見のお姉さんと面識あるんだよ」

 「え? どうしてですか?」

 「俺が教育実習でこの学校に来た時に、まだお姉さんが在籍してたからな。津々見と会った時、どこかで聞いたことのある名字だなぁって思ってたんだが、少ししてからピンと来たんだよ」


 「大体七、八年前ぐらいだったかなぁ」と懐かしそうに平間先生は言う。まさか先輩後輩とかの間柄だったのかと思ったが、そういう繋がりもあり得たのか。


 「あの子は凄かったなぁ。講堂であの子のピアノを聞いた時はびっくりしたねぇ……」

 「先生。俺、次の授業の準備があるので、これで」


 俺がそう言って無理矢理話を遮って帰ろうとすると、平間先生は構わずに俺に声をかけてきた。


 「津々見」

 「なんです?」

 「お前は他人に自分の弱い部分を見せるのを嫌がるようだが、人を頼ることが出来る人間と人に頼ることが出来ない人間のどちらが強い人間だと思う?」


 ……俺も、ボリノ達のことをとやかく言えるような人間ではないか。


 「さぁ、わかりません」


 俺はそう答えると、逃げるように平間先生の元を去って教室へと戻ったのだった。



 ◇◇◇



 昼休み。いつものように時間潰しのため講堂に向かうと、やはりピアノの音色が聞こえてきた。

 だが、今日のその音色は一味違う。いつもならクラシックが聞こえてくるのに、今日はやけに陽気で愉快な音楽だ。しかも、いつもと音の厚みが違う。


 今から数十年前に公開された映画の劇中に登場する『スーパーカリフラジリきゅっ……。


 ……。


 スーパーカリフラジリスティックエクスぴゅりっ……。


 ……。


 スーパーカリフラジリスティックエクスみゃっ……。


 ……。


 ……まぁ、小学生の音楽の教科書にも乗っている、一体どんな意味なのか全くわからない曲名の愉快な音楽だ。知名度もそれなりにあるし、連弾で演奏されることも多い曲である。


 そして、そんな愉快な音楽を演奏している二人というのが、皆の聖母様ことツンデレ暴力系ヒロインであるボリノと……俺の妹である雫だった。


 

 ボリノは一年の頃から講堂でピアノを弾いていることが多かったから元々有名だったが、もう一人ピアノが上手い奴が入ってきたことによりさらに人が集まるようになった。


 昼休みにピアノの演奏を聞きながらご飯を食べられるだなんて、いつからウチの学校はそんなに優雅になったのだろう。ただ、女子はまだしも講堂に集まっている男子は下心満載に違いない。

 俺もまぁ、ここに集まっている男子の一人なのだが。



 二人はその後も、スラヴ舞曲だとかトルコ行進曲だとかアイネ・クライネ・ナハトムジークだとか、有名なクラシック曲を連弾で披露していた。


 俺自身、二人の演奏をどんな気分で聞いていたのか、二人で並んでピアノを弾いている姿を見て何を思っていたのか、よくわからない。


 ただ、この気持ちは何だろう?


 悲しみか? それとも悔しさなのか?

 俺があの場所にいたところで、一体どうなると言うんだ……。



 昼休みが終わる時間が近づくと演奏も終わり、雫は俺の存在に気づいてもプイッと顔を背けてスタスタと立ち去っていく。演奏を聞いていた生徒達も帰っていく中で、ボリノはまだピアノ椅子に腰掛けていた。


 「俺の妹に手を出すとは良い度胸だな」


 ピアノの側に立って俺がそうからかうと、ボリノはハァと小さく溜息をついてから俺の方を向く。


 「相変わらず雫ちゃんと仲が悪いのね」

 「あぁ。俺は雫にとても嫌われているからな。雫も思春期なんだよ、昔は俺の後ろをぴょこぴょこ追いかけてくる可愛い奴だったのに……」

 「思春期ねぇ……」


 ボリノは雫が俺の妹だと知っていて彼女に近づいたわけではなく、偶然この講堂で出会ったのだという。何でも、ボリノがピアノを演奏していたら雫の方から声をかけたのだとか。

 そして、とにかく面倒見が良いボリノは雫とも仲良くしてくれているが、何かとお節介を焼くのが大好きな彼女が、俺と雫の関係が気にならないわけがない。


 「ねぇ、ツバル君。雫ちゃんがツバル君のことを嫌ってるのってさ……ツバル君がピアノを弾かなくなったのと、何か関係しているんじゃないの?」


 ……こういう事になりかねないから、俺は頭を悩ませるのだ。どうして雫はわざわざこの学校を選んだのだろう、と。


 「まるで、俺がさも昔は当たり前のようにピアノを弾いていたかのような言い方だな」

 「でも、私があの時聞いた昴君の演奏は違うもの。あんなの初心者の演奏じゃないわ」

 「何がわかるんだか」


 俺がこの学校に入ってすぐに、ボリノにあの演奏を聞かれたのが不運だったとしか言いようがない。

 そこから何か素晴らしい物語が始まるのだとしても、俺にはそんなもの必要ない。


 「そんなに知りたいなら湊に聞けよ。アイツなら全部知ってる」

 

 俺がそう言うと、ボリノはやや顔を俯かせて唇を噛み締めていた。俺と湊が長い付き合いだというのはボリノも知っているはずだし、きっとそういう手段も彼女の頭に思い浮かんだだろう。


 「でも、そんなのずるいじゃない……それに、湊君がツバル君の秘密をそうべらべらと話すとは思えないわ」

 「だろうな。それでこそ俺の親友だ」


 湊は俺の過去を知っていながらも、それについては触れないでいてくれている。それが彼なりの優しさなのだろう。

 だが、この世界にはそれを優しさだと思わない奴もいる。そう、例えば小春やボリノのように。


 「ねぇ、本当にもうピアノを弾いてくれないの?」


 そう言って俺を上目遣いで見つめるボリノの姿は、とても申し訳なさそうにおねだりをする幼子のように見えて、普段の威勢のいい彼女を見ているだけに胸が痛んだ。

 だが、関係ないことだ。


 「俺はもうとっくの昔に捨てたんだ。今更それを拾いに行くつもりはない」


 俺がそう答えるとボリノは口をぎゅっと結んで、怒りか悲しみか、色んな感情が入り交ざったのかわなわなと体を震わせて何か言いたげにしていたが、やがて目から涙を流し始め──。


 「バカ……!」


 ボリノはそう呟いてから、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのように話し始める。


 「ここでツバル君の演奏を聞いた時に私は……大げさな表現でも何でもなくて、衝撃を感じたの。この空間だけがまるで別世界にあるみたいで、こんな世界があるんだって、まるで楽園に迷い込んじゃったんじゃないかって、とても驚いた……」


 俺があの時弾いていた曲は何だっただろうか。


 多分、ショパンの何かだったと思う。


 確か、あの時もボリノは泣いていたな……。


 「私は、ずっと待ってるのよ。ツバル君の演奏をもう一度聞きたい。もう一度だけでも良いから……私は、ツバル君の力になりたいの。ツバル君が抱えてる苦しみを知りたい、解放してあげたいの。私は、私は……」


 すると、ボリノは涙を流しながら、震える手で俺の手を掴んだ。



 「私は、貴方の演奏が好きだから……!」


 

 ……俺はサイテーな人間だ。

 こんなにも俺のことを考えてくれている人に対して、何もしてやることが出来ない。

 いや。

 何もしてやらないのだから。


 「お前には、関係のないことだ」


 俺には、ボリノを突き放すことしか出来ない。

 そして、人の親切をないがしろにする俺に、当然の報いが──。



 パシンッ。



 乾いた音が講堂に響いた。


 「バカ……!」


 俺の頬を思いっきり平手打ちしたボリノが、涙を流しながらそう呟いた。


 「このバカッ! 人の気も知らないで……!」

 「そんなの、俺の知ったこっちゃない」

 

 するとボリノは腕を振り上げてもう一度平手打ちをするような構えを見せたが、彼女は体をただ震わせるだけで、結局その手を下げてしまった。


 「もう、もう知らない! このバカァッ!」


 ボリノはそう言い残して、講堂から走り去ってしまった。



 一人残された俺は、ボリノにビンタされた左の頬を擦る。


 ……めっちゃいてぇなぁ。

 

 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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