第21話 止まった時間
『ねぇ、昴』
俺に話しかけてきたのは一体誰だろう?
『次のコンクールで金賞取れたら、何かプレゼントしてあげる。何か欲しいものある?』
俺の視界がぼやけているからか、俺と話している誰かの顔はよく見えない。ただ、その声は俺が確かに知っている人の声だった。
『俺が、欲しいもの?』
『うん、昴はいつも頑張ってるから。何が欲しい? あ、ゲームとかどう? ゲーム機は流石に難しいけど、ソフトなら買ってあげるよ』
昔の俺はあまりゲームとかしなかったから、そんなので学校の友達と馴染めているのかと親に不安がられて、いくつか買ってもらえていたと思う。
でも、あの頃の俺にはもっと好きなものがあった。
『じゃあ俺、姉貴と連弾したい』
俺がそう答えると、彼女は困ったような素振りを見せた。
『そ、そんなので良いの? 別にプレゼントとかじゃなくても、すぐにやってあげるのに』
『ううん、良い。姉貴とのは特別だから』
『もう、まったく昴ったら……』
彼女は俺の頭を撫でてくれた。
そして、いよいよ挑んだコンクール当日のこと──。
いや、待て。
コンクールって、一体何の話だ? 俺は一体何のコンクールに出場しようとしている?
俺は、このコンクールに出場しなかったはずなのに──。
◇◇◇
嫌な目覚めだった。
内容こそすぐにどこかへ飛んでいってしまうが、多分あの夢を見たんだろうなってことだけはわかる。
携帯を確認すると、遠方へ出張中の父親と母親から連絡が来ていた。
父親からは「工期が長引きそうでぴえん」といううざったいLIMEが来ていたので「こっちは全然問題ない」と返し、母親からは「明日のお昼には帰るから全裸待機しときなさい」という頭のおかしいLIMEが来ていたので「全裸は勘弁」と返しておいた。
相変わらず雫の姿はなく、俺は一人で朝食を食べてパパッと支度をして家を出る。
すると、外ではもう小春が笑顔で俺のことを待ってくれていた。
「おはようございます、昴さん」
「あぁ、おはよう小春」
小春の笑顔を見れただけで、少し憂鬱だった朝も一瞬で華やかなものへと移り変わる。
「待っていたならインターホン押してくれても良かったのに」
「いえ、私は昴さんを待っている時間が好きなんですよ」
「そうなのか? 何か変わってるなぁ、それ」
付き合い始めてからずっと俺にべったりな小春を見ていると、少しでも長く一緒にいたいですとか言い出しそうなものなのだが、彼氏を待っている時間を楽しみたいという乙女心もあるのだろうか。
小春はたまに変なところも出るが、そういうところも可愛らしいなと思える。もうあれだ、俺はもう小春にゾッコンなのだ。
なんて俺が浮かれている中、小春は俺と手を繋いで隣を歩きながら表情を曇らせていた。
「でも、本当の私は昴さんと会うのが怖いのかもしれません」
「ど、どういう意味だ?」
「玄関の扉を開いた昴さんが私を見た時、困惑した表情で『だ、誰だ?』と言ったらどうしようとか、そんなことを考えてしまうんです」
つまり、これまでのことは全て夢の中の出来事かもしれない、という不安か。
俺も小春と一緒にいられることは夢のようだと思っているが、確かに本当に夢だったらどうしようとふと怖くなることがある。
「とても、怖いんです……突然、この幸せな時間が止まってしまうんじゃないかと……」
時間が止まると聞いて、俺は小春と出会った時のことを思い出す。
小春は、お兄さんの形見である懐中時計をいつも持ち歩いている。その時計は事故によって壊れてしまいもう動かないが、その時計が小春とお兄さんとの止まって時間を表しているように思えた。
昨日、俺や小春は大事故に巻き込まれたが、あんな突然の出来事によって命を奪われる可能性もある。両方死んでいたかもしれないし、片方だけが死んでいたかもしれない。
その時、残された方は……その気持ちを考えただけで心が痛む。想像したくない。
「止まるはずなんてないんだ、時間なんて……」
俺はそう言って、小春の手を握る力を少し強めた。
「少しずつで良い。少しずつで良いんだ。少しずつ、前に進んでいこう」
これで良いのだろうか。
俺は、小春にどんなことを言えば良いのかわからない。
何故なら、俺も小春と同じように、乗り越えられない壁にぶつかっているからだ。
「昴さんが一緒なら、とても心強いです」
「あぁ。大船に乗ったつもりで来い」
その大船は、泥で出来ているかもしれないが……。
その後、小春と談笑しながら歩いて駅の手前にある交差点の信号を待っていると、幼馴染の湊と合流した。
「あ、昴だ。おはよ~」
「おはよう湊。珍しいな、この時間に」
「今日は当番じゃないからねー。あと神城さんもおはよー」
「はい。おはようございます、湊さん」
通学に使う電車が違うから小春と一緒に登校できるのは駅までだが、能天気な湊も混じればより楽しくなるかもしれない。
「でさ、神城さんって昴のどんなところを好きになったの?」
ホームにて電車を待っていると、湊が腑抜けた笑顔で小春に問う。
すると、小春は上品な笑顔を浮かべて──。
「私にとって、昴さんはこの世界の中心なんです」
何か出だしから雲行きが怪しいなぁ。
「昴さんと一緒にいるだけで私はとても幸せで、昴さんのことを考えるだけで居ても立っても居られなくなってしまって、また昴さんに会えるという胸の高揚感と、昴さんに早く会いたいというワガママが私の心を支配して……いつの間にか私は昴さん無しでは生きていられなくなってしまったんです。私の行動一つ一つが全て昴さんのため、昴さん基準で決まるようになって、私がどんなことを口にしたら、どんなことをすれば昴さんは喜んでくれるのだろうと四六時中昴さんのことで頭の中はいっぱいなんです」
……小春に告白された時からそうだったが、俺に何も見に覚えないのに十五回も告白しただとか言っていたし、小春の俺に対する愛は半ば狂信的にも思えてきた。
まぁ俺も、身内を亡くした時に優しくされてしまったら、もうどっぷり沼にハマってしまうことだろう……。
「私と昴さんとの出会いはまさに運命的であるという他なくてですね……」
その後も小春の狂信的な愛を聞かされて、小春の話に一区切りついたところで、ニコニコと能天気な笑顔を浮かべていた湊が口を開く。
「昴、随分と愛されてんね~」
何だ、そのテキトーな感想は。
「ちなみにさ、昴は神城さんのどういうところが好きなの?」
「まぁまずは小春がふとした時に見せる仕草についてなんだがな」
「あれ? これも長くなりそ?」
俺も小春に負けじと彼女の魅力について語ろうとしたが、これ以上長話を聞かされたくなかったのか、湊に強制終了されてしまった。
まだ電車が来るまで時間があるため、話をし過ぎて喉も乾いたので飲み物を買う。普段はそんなに自販機で飲み物を買うことはないのだが、せっかくだしと小春だけでなく湊の分も奢ってやった。
小春にはカフェラテ、湊にはブラックコーヒーを渡し、俺もブラックコーヒーの缶を手に取ったのだが、昴が俺の手元を見て不思議そうな表情で口を開く。
「あれ? 昴ってブラック飲めたっけ? ブラック嫌いって言ってたのに」
俺は昴のスネに蹴りを入れた。
「あいたっ!?」
そういう時は気を利かせて黙っておくのがスマートだろうに、コイツは余計なことを……。
そして、俺と湊のやり取りを見ていた小春はクスッと微笑んで言う。
「昴さん、ブラックが苦手なんですよね?」
「え、いや、まぁ……って、知ってたのか?」
「はい、最初から」
「マジか……」
あの朝、俺はちょっとかっこつけたつもりで苦手なブラックコーヒーを飲んでいたが、俺が苦い顔して飲んでいたのがバレてしまっていたのだろうか。
変にかっこつけていたのがバレると、なんて恥ずかしいものか……。
「昴はコーヒーがドロドロになるぐらい砂糖入れないと飲めないもんね」
「その量は流石に死ぬだろ」
「ふふっ、でも私に良い所を見せようとかっこつけちゃう昴さんも可愛らしいですよ」
「そ、そんなこと言うなよな……」
どういうわけかブラックコーヒーが甘く感じるような気がする。恋の熱に浮かされて俺の舌もとうとうおかしくなってしまったのかもしれない。
そして、先に小春が乗る電車がやって来たので、俺は湊と一緒に彼女を見送った。
今日の放課後は生徒会の仕事はない予定だから、いつもよりは長く放課後デートが出来るはずだ。
小春もそれを知らされてとても嬉しそうにしていたが、一瞬だけ少し悲しそうな顔をしたのは、俺に対して何か気を遣ってしまったのだろうか……。
「良い彼女さんを持ったね、昴」
「あぁ、俺には勿体ないぐらいだ」
「そうかな? とてもお似合いだと思うけど」
「うるせー」
湊は良い奴ではあるのだが、俺に関することについては全肯定マンだから少し当てにならないところはある。
「昨日の事故もあったんだからさ、ちゃんとケアしといてあげなよ?」
「あぁ、勿論だ。にしてもお前も平気なのか? お前も結構ギリギリだっただろ」
「へ? まぁ別に助かったし良いかなって。幸い死者も出なかったみたいだし」
そう言って湊はケラケラと笑う。
それはただの強がりとかではなく、湊はもう気持ちを切り替えているのだろう。生きていたら万々歳っていうタイプの、根っからの明るい人間なのだ、中野湊という奴は。
「それより、昴の方こそどうなのさ?」
「何がだ?」
「昴も大概辛そうだったけど」
「俺は良いのさ、小春がいるんだから」
「仲睦まじいことで……」
湊とは小学校からの長い付き合いだから、俺について大体のことは知っている。小春やボリノ達が知らないことも、俺が彼女達に教えたくもないことを。
変にお節介を焼いてそういった秘密を無闇矢鱈に話さないから、湊のことは信用できるのだ。
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