第20話 おい。おどれ、どこの高校や。言うてみい。
二人で歩いていた河川敷の遊歩道を途中で折り返して駅の方へ戻る途中のこと。
俺は小春と楽しく雑談を続けていたのだが、遊歩道でジョギングしていた同年代ぐらいの女の子が俺達を見かけて急に立ち止まった。
「あれっ、春ちゃん?」
スポーティーなトレーニングウェアを着たひとつ結びの女の子が小春の名前を呼ぶと、俺との話に夢中になっていて彼女の存在に気づいていなかったらしい小春が「あぁっ」と声を上げる。
「あ、凪紗ちゃん!」
どうやら小春の知り合いのようで、二人はお互いに笑顔を作って喜び合っているようだ。おそらく小春と同じリハジョに通う同級生なのだろう。
「なんや奇遇やなぁ。んで、そこの男ん人はどちらさん?」
「えっとね、私の彼氏なんだ」
小春が満面の笑みでそう答えると、ついさっきまでにこやかに笑っていた凪紗という女は、急に腕を組んで眉間にシワを寄せて俺を睨みつけるかのように見つめてきた。
な、なんだコイツ。
「……ほぉん。春ちゃんの彼氏ねぇ」
……。
……もしかして俺、今ピンチなのか?
「ちょっと耳貸せ」
「な、凪紗ちゃん!?」
「いだだだだ!? お、おい急に引っ張るな!」
小春の制止も聞かず、凪紗は急に俺の腕を掴んで引っ張ると、小春から距離が離れた場所で彼女に背を向けるように俺と肩を組んで口を開く。
「おい。おどれ、どこの高校や。言うてみい」
うわぁめっちゃ怖いこの人。さっきまでもっと可愛い声出してたじゃん。
「松楠だ。県立の方の」
「……ものごっつ頭のええとこやんけ」
県内じゃ名の知れた進学校だからか、凪紗の中で俺に対するポイントがちょっと上がった気がする。
が、凪紗はまだドスが利いた声で話す。
「おどれ、まさか春ちゃんのことを脅したわけじゃないやろな? 春ちゃんに変なことしたらいなすぞ」
『いなす』って言葉何? いてまうぞの上位互換的なやつ? 何だかわからんが俺の首がねじ切れてしまいそうな言葉だ。
「俺は小春のことを愛してる。俺は小春のためなら何でも出来るさ、お前のことなんて怖くない」
「ほぉん。春ちゃんのためなら死んでも構わへんってか?」
「勿論そのつもりだが、俺は小春を残して死ぬつもりはない」
俺がそう答えると、凪紗は満足したのかニコッと人懐っこい笑顔を浮かべて俺の肩を離してくれた。
「合格や」
なんでコイツはこんなに偉そうなんだ。
そして、コソコソと怖い話をしていた俺達の様子を見守っていたらしい小春が不安げな面持ちで口を開く。
「な、何を話してたの?」
「まぁちょっとな。にしても春ちゃん、えぇ彼氏さん捕まえたやんか。どんな手使ったん? パンツでも見せたんか?」
「うえぇ!? そんなことしてないよぉ! ちょ、ちょっとは考えたけど……」
ちょっとは考えたのか……?
にしてもこの女、小春に対してもこんな感じなのか。小春にこんな友達がいるの、何だか意外だ。ていうかコイツもリハジョの生徒だということか。
「この子、小春の友達なのか?」
「はい、同じクラスなんです」
「ウチは立川凪紗、小学生の時に大阪からこっちに引っ越してきてん」
「俺は津々見昴だ。よろしく」
「よろしゅう頼んます~」
そう言って握手を求められたので、俺は立川凪紗と握手を交わした。さっきまであんなドスの利いた声で話したのに、急に親しみやすい関西人になっている。関西弁って声色が変わるだけで親しみやすさも感じるし怖さも感じる不思議な方言だ。
「いや~春ちゃんが最近学校でえらい機嫌良いと思ったらそういうことやったんやな~。ほんでなんで仮病使って早退してるんかと思ったら、やっと合点がいったわ。彼氏の学校に迎えに行っとったんやな~」
「ちょ、ちょっと凪紗ちゃん!」
そういえば一昨日の金曜日、かなり早い時間に小春は校門で俺のことを待ってくれていた。てっきりリハジョの授業は早く終わるのだと思っていたのだが、そういうことだったのか。
「す、すみません昴さん……その、つい魔が差してしまって……」
「別にそんなに急がなくたって、俺も生徒会の仕事があるからサボらなくても良いんだぞ」
と、俺は神城のことをフォローしたつもりだったのだが、何故か立川に背中をバシンッと強く叩かれた。
「いっで!?」
「何を言うとんのやおどりゃあ! こんなものごっつかわええ彼女が早く会いたい言うて来てくれとんのやぞ!? ええか、普段はお上品で真面目な春ちゃんが今まで一度もサボりとかしたことなかったのに、それが悪いことやってのをわかってながら授業をサボっとるんや! だからもっと喜んでやれや!」
立川が言いたいことはわかる。
きっと神城は俺ともっと一緒にいたいから、授業をサボってまで早くから校門で待ってくれているのだ。
こんなに可愛い彼女がそれだけ俺のことを想ってくれていることがどれだけ幸せなことかなんて、十分わかっているつもりだ……。
そして、ジョギング中だった立川は「春ちゃんを泣かせたらどたまかち割ったるからなー!」と捨て台詞を残して走り去っていったのだった。
「元気な奴だな」
「は、はい。いつも凪紗ちゃんからは元気を貰ってますから」
「立川って、スカート履いてても平気で椅子にガニ股で座ってるタイプだろ」
「よ、よくわかりますね……」
まぁ少し怖い奴でもあったが、それだけ立川は小春のことを大切に想っているのだろう。言葉こそ荒いが、なんとなく人の良さが隠しきれていない奴だ。俺の知り合いにもそういう奴いるし。
◇◇◇
その後、遊歩道を歩いて駅まで戻り、駅に直結する商業施設の中をブラブラしていた。お互いに特に買いたいものもなかったのでただただウィンドウショッピングを楽しんでいただけだったが、吹き抜けにある大きな広場へ近づくとピアノの音色が聞こえてきた。
「あ、カノンですね」
ドイツの作曲家、ヨハン・パッヘルベルの『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのウンタラカンタラ』……まぁ、誰しもが聞いたことであるだろう『カノン』という楽曲だ。
「少しポップにアレンジされてるな」
「みたいですね。何だかとても親しみが持てるというか、明るい雰囲気が伝わってきます」
どうやら広場にはストリートピアノが置かれているようで、休日だからか多くのお客さんが広場の周囲に集まってピアノの音色に耳を傾けていた。カノンは老若男女問わず親しまれているし、しかも中々の腕前だから人も集まるだろう。
一体どんな人が弾いているのかと気になって、俺と小春は観衆の間を通って前に出て──そして、その演奏者の姿を目にしたのだった。
「あ、あの子は……!」
彼女の姿を目にした小春が驚きの表情を見せる。
もっとも、俺はその姿を確認する前に、誰が弾いていたかは気づいていたが。
「俺の妹だ」
まるで鍵盤の腕で指を踊らせるかのようにピアノを弾いていたのは、俺の妹である雫だった。
「た、確か雫さんでしたっけ?」
「あぁ。びっくりしただろ?」
「た、確かにびっくりしました」
小春は前に俺と接している時の雫の素っ気なさを目の前で見ている。一応小春には礼儀正しそうに振る舞っていたが、そういった事情は抜きにしたとしても雫の腕前にさぞ驚かされたことだろう。
まさか雫がここでピアノを弾いているとは知らなかったが、彼女の演奏を聞くのは割と久々だ。小春も雫の演奏を真剣な様子で聞いていたが、時折俺の顔をチラチラと見て様子を伺っているようだった。
まぁ、小春の今の気持ちはわからないでもない。
優しいお兄さんがいた小春にとって、俺と雫がどうして仲が悪いのか気になるのだろう。それに優しい彼女のことだ、もしかしたら仲直りさせようと企んでいるのかもしれない。
「雫さん、とてもお上手ですね」
小春はその感想を皮切りに、俺に探りを入れてくるような気がした。
だから、俺はなんとなく話を逸らす。
「一応言っておくが、ウチの家は小春のところほど裕福じゃないからな。大体ウチの両親も高校生の時にデキ婚して学校を中退してるぐらいだし」
「そ、そうなんですか?」
「でも母親は結構良いところの出のお嬢様だったから実家から持ってきたらしいピアノが昔から家に置いてあって、それを弾いてたんだよ」
ピアノを持ってきたというよりは強奪してきたと本人は言っていたが、ウチの家にはまぁまぁ高級なグランドピアノがあって、昔からそれに触れやすい環境があったというだけだ。
「で、デキ婚、ですか……」
俺は雫との関係を小春に詮索されたくないため話を逸らしたのだが、思わぬ所に小春が食いついた。
「つ、つまり昴さんのご両親は学生結婚されたということですか?」
「あぁ。父親が十八、母親が十七の時にな。すぐに学生じゃなくなったけど」
「なるほど。先輩と後輩という関係で……きっと素敵な恋愛譚なんでしょうね」
「いや、とても褒められたものじゃないと思うが……」
なんて小春と話していると、雫の演奏が終わった。すると集まっていた観衆達が温かい拍手を送り、雫は観衆達に向かってペコペコと頭を下げていた。
小春もパチパチと手を叩いていて、俺も拍手を送ったが……俺達の存在に気づいたらしい雫は一瞬俺のことをギロッと睨んだ後、挨拶をすることもなく俺達に背を向けて立ち去ってしまった。
「そろそろ良い時間だし、俺達も帰るか」
「あっ、はい、そうですね。あのっ、また明日の朝のお迎えに来ても良いですか?」
「あぁ。楽しみに待ってる」
こうして、色々とあった日曜日も終わろうとしていた。
俺との別れ際、小春はとても切なそうな表情で俺に手を振っていた。きっともう少し一緒にいたかったのだろう。
ただ、俺には勇気がなかった。これ以上小春と一緒にいるとボロが出てしまいそうだったのだ。
自分の弱い所を見られたくないだなんて、俺はなんて情けない奴なのだろう。こんなのでは、ボリノや立川にボコボコにされても文句は言えないな……。
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