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偶然助けた美少女に「貴方に告白するのは十五回目ですっ」と言われても、俺は過去の十四回を知らない  作者: 紐育静
第1章『十五回目の告白』

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第19話 私を神城と呼ぶのはやめてください



 "Cowards die many times before their deaths; the valiant never taste of death but once."


 "臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない"


 前に読んだ本だったか何かで見かけたその言葉が、時折俺の頭の中に思い浮かぶ。


 臆病者は弱気であるがゆえに、本当に死ぬ前に何度も死の恐怖に怯える。対して、勇者は──常に夢や目標に向かって突き進んでいる者はそんなことを考えないという。


 果たして、本当にそうだろうか?

 もしも自分の目の前で家族や親しい友人、あるいは幼い子どもが車に轢かれて、その凄惨な事故現場を目撃してしまっても、勇者たる人間は平気でいられるのか?

 「死」とは無縁そうな人の命が一瞬で奪われる悲劇を、果たして自分と無関係であると言えようか?

 ましてや、その「死」に自分が関わっているとしたら?


 ただ、勇者たる人間はそれを乗り越える力を持っているのかもしれない。それを糧として前に進めることは、きっと素晴らしいことだろう。

 しかし、前に進めなくなっても良いはずだ。大切な人を失った痛みは、その人しか知ることが出来ないのだから。


 人の死を弔う気持ちを持つのは当たり前のことだ。遥か十万年も前に生きた先祖達から続く立派な文化である。彼らもまた、大切な人を失った悲しみを紛らわすため、あるいは死者の生前の功績を称えるため、あるいは彼らが死後の世界でも幸福に生きられるように、そして……その死を忘れぬよう、戒めとしてその文化を継承していったに違いない。


 ただ、やはり臆病者はこう思うのだ。

 その死を忘れられたら、どれだけ幸せなことなのだろう、と……。



 ◇◇◇

 


 突然の大事故に巻き込まれた後、俺は午後から神城とデートすることになった。一旦帰宅して着替えて昼食を食べてから、最寄り駅にて集合する。


 「生徒会のお仕事って、何だか大変そうですね」


 駅から少し歩いた所にある河川敷沿いの遊歩道を二人で手を繋いで歩く。

 今日の神城は黒地に白いリボンが付いたセーラーブラウスに白のプリーツスカートというコーデ。なんという清楚と可愛さの結集か。

 俺もモノトーンな感じにコーデした方が良かったか……。


 「別に、そんなに忙しいわけじゃないさ。毎日仕事があるわけじゃないし、そんな面倒ってわけでもない。まぁ、体育祭とか学園祭とか大きな行事前はかなり忙しいだろうけどな。大分遅くまで残ることもあるだろうし」


 ここは河川敷と言ってもそんな大きな川でもないし、草もぼうぼうだし、川沿いにはマンションや住宅が並んでいるだけの退屈な場所だ。どうして近所にもっと綺麗な公園が無いのかと行政に文句も言いたくなるが、神城と一緒にいるだけで俺は幸せだった。


 「昴さんはどうして生徒会に入られたんですか?」

 「誘われたから。ただそれだけ」

 「でも誘われるだなんて凄いです。それだけ信頼されているということではないですか」

 「違うな。ボリノはただ俺を下に置いてその優越感に浸って俺をこき使いたかっただけだろう」


 本当は電車で少し移動して小粋なデートスポットにでも行けたら良かったのだが、午前中にあんな事故もあったため、俺と神城にとって身近な場所でまったり時間を潰そうと考えたのだ。


 「そう言う神城は生徒会役員じゃないのか? そういうの好きそうだけど」

 「私はあまり人前に立つのが得意じゃなくて……精々クラス委員長止まりです」

 「あれか、頼まれたら断れないタイプなんだな」

 「よ、よくおわかりで……」


 こうして神城と歩いていると、あの事故の時に取り乱した神城の様子が頭にフラッシュバックするが、どうにか気持ちを切り替えることが出来たのだろうか。神城は時折クスクスと小さく笑ってくれているが、俺の手を握る力がいつもより強く感じられた。


 「ま、俺は受験の面接の時に若干有利になるかなって下心もあったけどな。それなりに働いてきたからいくらでも綺麗事は言えるし」

 「そういえば、昴さんは進学をお考えで?」

 「まぁな、一応進学校通ってるし。まだ志望は絞りきれてないけど、大学行くとしたら近場の国公立だろうなぁ」

 「せっかくですし、一緒の大学に行きたいですね。学校が別々だと、やっぱり寂しいので……」


 そう言って身を寄せてくる神城の姿がなんとも愛おしい。こうなったら神城が例え女子大に進学したとしても、何としてでも俺も女子大に入らなければなるまい。


 「ちなみにですが、昴さんは将来の夢とかありますか?」

 「ん~、それは中々難しい問題ですねぇ奥さん」

 「津々畑任昴郎……」

 「まぁ、医者になりたいと思ってる」

 「お、お医者さんですかっ。とても大変そうですね……って、それだと私も医学部に行かないといけないってことですか!?」

 「医学部ってなると、大体他の学部とキャンパスが違うだろうからな……」


 俺の将来の夢、医者。

 進路希望表に有名な大学の医学部を羅列していたら、担任がとてもニコニコしていたのを覚えている。有名な国公立や私大の医学部への進学者を輩出すれば学校の知名度もグンとアップするからだろう。


 「昴さんはどうしてお医者さんになろうと?」

 「なんとなく」

 「なんとなくでお医者さんに……?」

 「まぁ、悲しむ人を少しでも減らせたらって感じだ」


 俺が医者を志している理由を説明するのはかなり面倒くさい。それに、今はその話を神城にしたくもない。

 大体、俺が医者を『志している』っていうのは、正確な表現ではない。『ならなければならないと思っている』というのが正解だ。


 「昴さんにとてもお似合いだと思いますよ、お医者さん。患者さんにとても親身になって寄り添ってくれそうですし……もしよろしければ、私の父を紹介しましょうか? 父も大学だけはそれなりのところを出ている医師なので」

 「……え? 神城のお父さんって医者なの?」

 「はい。あれ? 説明してませんでしたっけ?」


 そういえば神城にお兄さんがいたことだけは知っているが、ご両親の話は一度も聞いたことがないような気がする。家族の話については俺が避けているからというのもあるかもしれないが。


 「あっ、で、でもそんなに偉いわけではないですよ? 開業医とかではなくてただの雇われですし、そんな家柄が良いというわけでもありませんのでっ」

 

 神城はワタワタと慌てながら何故か弁明している。別にそんな自分の父親のことをこき下ろさなくてもいいだろうに、可哀想なお父さん。医者ってだけで十分凄いのに。


 「でも、家柄云々は別としても、やっぱり神城からは育ちの良さを感じるよ。バイオリンを習ってるって言われて納得の上品さもあるし……そういえば、神城って音大とか目指すのか?」

 「は、はい……行けたら良いなとは思ってますが、中々自信がなくて……」

 

 ただ学力だけでなく己の腕も試されるのだから恐ろしい世界である。俺も身近に音大に通っていた人がいるから、その難しさや厳しさをよく教えてもらった。


 「それに、バイオリニストとして食べていけるのかも不安なので、中々難しいところですね。私より上手い方はたくさんいらっしゃいますので」

 「だが、バイオリンを弾いていた奴が音大を出たからってバイオリニストになるってのが決まった道というわけでもないんじゃないか? 俺の知り合いに音大通ってた人いるけど、今は普通にOLしながら週末にバーでピアノ弾いてる人もいるし」

 「確かに、そういうのも面白そうですね」

 「だから、夢の追いかけ方や叶え方ってのは色々あると思うぜ」


 まぁ、何が問題かと言えば、神城が音大に進学してしまうと一緒にキャンパスライフを送れないという点だ。

 いや、ここは神城の夢を叶えるべく俺も音大に進学すべきなのか?

 

 ……今更そんなところを目指したって無駄か。


 「良いなぁ、バイオリニストの神城。よく似合いそうだ」


 いつか聞いてみたいなぁと思いながらそんなことを呟くと、神城が突然足を止めた。

 どうしたのかと思って神城の方を見ると、彼女は俺の手をギュッと力強く握りしめながら、少々不満そうな面持ちで口を開く。



 「す、昴さん。えっと、その……私のことを神城と呼ぶのは、やめてくれませんか?」


 

 いつもは物腰が柔らかい神城の語気が少し強くなったので、春の陽気どころか夏の訪れさえも感じる中、俺は背筋の奥がひやりとする。

 俺、何か神城の逆鱗に触れてしまったのか……? もしかしてバイオリンの話ってタブーだった……?


 「ど、どうしたんだ神城……?」

 「神城って呼ばないでください」

 「あ、ごめん」

 

 どうして神城は怒っているのだろう。どこか俺に至らない点があっただろうか。

 あぁ、神城が黙っている。何か喋ってほしい、その沈黙が怖い。

 すると、神城は伏し目がちに話し始める。


 「そ、その……私にはもっと、呼びやすい名前があると思うので……」


 そう言って、神城は俺の手をギュッと握りながらモジモジしていた。


 ……なるほど。

 俺は彼女の気持ちを理解したと同時に、とてつもない高揚感を覚える。

 なんといじらしいことか……。


 「小春」


 俺が彼女の名前を呼ぶと、小春の表情がパアッと明るくなった。


 「はいっ、昴さんっ」


 思えば、小春は最初から俺のことを名前で呼んでくれていたのに、俺は名字呼びのままだった。俺もそこら辺の気遣いが足りなかった。

 しかし、こうも彼女が愛おしいと、幸せすぎて頭がおかしくなってしまいそうだ。


 特にあの事故を経験すると、この時間がより貴重なものに感じられる……。

 

 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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