第18話 今日という日の花を摘め
「すみません、またご迷惑をおかけしてしまって……」
交差点での大きな事故から命からがら生還した後、俺と神城は学校の保健室にいた。
あの後、発狂したかのように泣き始めた神城をなだめるのには苦労したが、どうにか落ち着いてくれた。幸い神城に怪我はなかったものの……見えない傷が、より深くなってしまったように思えた。
「俺の方こそすまない。俺の運勢、大凶みたいだからな……」
「そ、そんなことありませんよ。ただの偶然に決まってますっ」
「いいや。きっと、神城の大吉パワーがあったから俺達は助かったんだよ。だからありがとな、神城」
「そんな……私のおかげなんかじゃありません……」
何台もの救急車やパトカーが集まる大騒ぎとなったが、幸いにも俺達生徒会役員を含め清掃活動に参加していた人達に被害は出なかった。
ただ、あれだけの大事故だ。少なくない人数の負傷者が出るに違いない。最悪の場合、死者も……。
そして、人は体だけではなく心にも傷がつく。普段は明るく振る舞ってくれているから気づけなかったが、神城は過去にそういうことを経験しているのだ。
「とても、怖くなったんです……あの時、一瞬で色々なことが頭をよぎって、怖くて、耐えられなくなって……」
「うん」
「どうしても、私は悪いことばかり考えてしまうんです……」
「うん……」
俺達は本当に運良く助かったが……もしかしたら助からない人もいるかもしれないし、それが俺達だったかもしれない。
もし神城が大吉パワーを持ってくれていなかったら、俺はきっと……と、最悪の結果を考えてしまう。そういうものだ、仕方ない。こういう時にすぐ気持ちを切り替えられるほど俺も強くはない。
そしてあの時、神城の頭にどんなことがよぎったのか、俺にもわかるのだ。
「昴さん。あの……私の兄が事故で亡くなったというのはご存知ですよね?」
「あぁ」
「私は、その事故を目の前で見てしまったんです。兄は、兄は……私を庇って、車に轢かれたんです……」
事故の時の神城の反応を見て、そういうことなのだろうと俺もなんとなく察した。それに、自分のことを庇ってお兄さんが死んでしまったともなれば自責の念が生まれてしまうだろう。
『私を、置いていかないで……!』
神城の悲痛な叫びが俺の頭の中でこだまする。
思い出したくないのに、嫌でもリフレインしてしまう。神城にそんなことは言わせたくないし、あんな顔もさせたくない……!
「それだけ、お兄さんにとって大切な妹だったのさ。多分、俺だって同じ状況になったら、迷わずに雫を……妹を庇う」
雫は中々に俺のことを嫌ってくれているが、それでも俺にとっちゃ大切な家族であることに変わりはない。まぁ、今のアイツがどれだけ悲しんでくれるかはわからないが、葬式の時にお焼香をぶん投げてくれたら良い。
「でも、せっかく助けた相手が自分の死を悲しんで泣いている姿を見たら、やっぱり悲しくなるだろうな……」
雫は別として、神城のお兄さんはきっと心を痛めているに違いない。
お兄さんは、神城に不幸になってほしくて助けたわけじゃない。神城に幸せになってほしいから助けたはずなのだ。
「俺、神城のこと幸せにするから。お兄さんのためにも」
俺は神城のお兄さんと面識は無いし、どんな人なのかも知らない。
だが、俺はもうどうしようもないぐらいに神城のことを好きになってしまっていた。
神城を幸せにしないといけないと、そう思えたのだ。
「昴さん……」
幸せにするだなんて、それは無責任な言葉だ。そんなお節介を嫌う人だっているだろうに。
でも、神城はそんな俺のワガママを受け入れてくれる人なのだ。似た境遇にあるからこそ、俺はワガママを言えたのかもしれない……。
「ところで、神城」
「はい、どうかしましたか?」
神城が落ち着いたところで、俺はようやくこの状況について彼女に問う。
「俺、いつまで神城のことを抱きしめてたら良い?」
そう。
俺達は保健室に二人きりという状況で、椅子に座ってお互いに抱きしめ合っている。というか俺は神城にガッチリとホールドされていて動けない状況にある。
「まだ、こうしていたいです」
神城がそう言って俺が着ているジャージをさらにギュッと掴んでくるので、俺の心臓の鼓動はさらに跳ね上がる。
「し、神城。俺、ちょっとトイレに行きたいんだ」
「寂しいです……」
「ちゃ、ちゃんと戻ってくるからな。飲み物も買ってくるし。何飲みたい?」
「では、カフェラテを……」
「わかった」
神城は渋々という様子で俺の体から離れる。俺は平静を装っていたが、今にも興奮で脳がおかしくなりそうなぐらいだった。神城の体、めっちゃ軽いし柔らかいし良い匂いするし、もう俺の五感が神城の可愛い要素を全部拾ってくるものだから頭がパンクしそうだった。
そして俺が保健室から出ようとすると、神城が心配そうな面持ちで口を開く。
「必ず、帰ってきてくださいね……?」
「あぁ、帰ってくるさ」
俺は笑って神城に答えて保健室を出た。
何か、神城の一言でいけないフラグが立ってしまったような気がするが、まぁ気にしないでおこう。
トイレで用を済ませた後、自販機が置いてある休憩スペースへと向かうと、ボリノが一人でベンチに腰掛けていた。
俺が声をかけようとする前に、俺の足音に気付いたらしいボリノが俺の方を向いて言う。
「あ、ツバル君。小春ちゃんは大丈夫そ?」
「あぁ、大分落ち着いたよ。お前は何してるんだ、こんなところで。湊達は?」
「湊君達は片付け手伝ってるよ。私はちょっと休憩してるだけ」
そう言ってボリノはふぅと息をついた。
彼女は平気そうに振る舞っているが、俺にはどうも強がっているように見えた。
普段のボリノなら、まだ片付けが残っているなら自ら率先してテキパキと作業するはずだ。しかも、彼女を慕う後輩達も連れずにわざわざ一人でとなると、彼女を心配する湊や長沼達に大丈夫だからと断ってから、何か理由をつけてここに一人でいるのだろう。
「ねぇ、ツバル君。その……小春ちゃんって、何かあったの?」
しかし、ボリノはやはり弱音を吐くことなく神城のことを心配していた。
前にファミレスで同席した時に俺と神城の出会いについてはボリノに説明したが、神城のお兄さんの件については詳しく伝えていなかったのだ。
「神城は一ヶ月前くらいに、お兄さんを事故で亡くしてる。しかも、お兄さんは神城を庇って轢かれたんだと」
俺が簡潔に説明すると、ボリノは「そっか」と小さく呟いた。
きっとボリノは神城のことを放っておけないのだろう、つい最近出会ったばかりだというのに。でも仕方ない、ボリノはそういう性格なのだから。
「ツバル君って、『メメント・モリ』って言葉は知ってる?」
「俺が知らないわけないだろ」
「なんとなく中二くさいもんね、ツバル君」
「うるせー」
その言葉の意味も含めて、そういう中二心をくすぐられる言葉である。ラテン語って素晴らしい。
そしてボリノは、少し俯きがちに話を続ける。
「死を忘れるなって言うけどさ、そんなの忘れたいに決まってる。こんなに怖いこと考えたくないもん……小春ちゃんも、きっとそうに違いないよ」
ボリノは神城の名前を口に出したが、その言葉は神城のことを心配しているだけではなくて、ボリノ自身の心情を表しているように聞こえた。
そんな彼女に対して、俺は自販機でカフェラテとブラックコーヒー、そしてアイスティーを買いながら言う。
「そんなの当たり前だろ。死ぬことなんて怖いに決まってる。大体メメント・モリってのは、今どれだけ調子が良くても明日には死ぬかもしれないということを忘れるな、って戒めるような言葉なんだ。それに今と昔じゃ、あの世との距離が全然違うだろうからな」
実際、今回の出来事は俺に対して警告を与えてくれた。
神城と付き合い始めてから毎日のようにデートして、幸せすぎて俺は浮かれていたが……その幸せが普遍的なものではないかもしれないということを教えられたのだ。
「あと、俺が心配してるのは神城だけじゃない。お前もだ」
「わ、私? 私は別に……」
「無理して強がってばかりいると、いつか信じられないくらい弱くなるぞ」
ボリノはよく人に頼られる人間だから、自分は強くいないといけない、という風に思っているのだろう。それも度を過ぎると強迫観念めいたものになってしまい、本来の自分ではなく作り物の自分でしか生きていけなくなってしまう。
俺は自販機の取り出し口からカフェラテ、ブラックコーヒーを取り出し、そしてついでに買っておいたアイスティーのペットボトルをボリノに向かって思いっきりぶん投げた。
「おらっ」
「って、ちょちょっと何よいきなり!? あ、危ないでしょ!?」
「ナイスキャッチだ。ついでだし奢ってやるよ」
すると、ボリノは俺からぶん投げられたペットボトルを両手で大事そうに掴みながら、悔しいのか恥ずかしいのかなんなのか、俺からプイッと顔を背けてしまった。
「……ありがと」
……。
ボリノにまでこうされると、どうも調子が狂う。
「ボリノ」
「な、何? 早く小春ちゃんのところに戻ってあげなさいよ」
「ブラ透けてんぞ」
「う、うそっ!?」
ボリノは慌てた様子で顔を赤くしながら自分の胸元を隠す。だが無駄だ。
「冗談だ」
俺がそう茶化すと、一杯食わされたボリノは俺のことを不満そうにジーッと見ながら、ジャージのファスナーを閉めていた。
「……ツバル君は私をどうしたいのよ」
「怒らせたいだけだ」
「はぁ……もう呆れて文句を言う気にもなれないわ……」
「じゃあな~」
俺はボリノを茶化すだけ茶化して、神城が待っている保健室へと戻ったのだった。
その後、俺は再び神城にホールドされてしまい、清掃作業の片付けを終えて保健室へやって来た湊や長沼達に目撃されて大騒ぎになったのだが、それはまた別のお話……。
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