第16話 いらないったらいらないんだよ!
「いや、別に私だってこの街に住んでるんだし、近いんだから来たって良いじゃない」
三人で仲良く席に並んで、どうしてこの図書館にいるのかと俺が問うと、ボリノはそう答えたのだった。
実は、俺とボリノは通っていた小学校や中学校こそ違うが、家はまぁまぁ近い。近いと言っても歩いて三十分ぐらいかかる距離だし、通学に使う駅も路線も違うから、休日にボリノとバッタリ出くわすことなんてそう多くはない。
しかしまさか、こうして神城とデートしている時に出くわすとは思わなかった。しかも俺が神城とボリノに挟まれて座ってるから、なんだか両サイドからの威圧感がすごく感じる。気のせいだろうか、この両サイドからの物凄いプレッシャーは。
「琴乃さんは普段からよく来られるんですか?」
「そうね、本を読みたくなったついでに来る感じ。ここでツバル君と会うのは久々だけど。でも、本当に私も混ざらせてもらっていいの? その……せっかくのデート中なのに」
「はい、むしろ多い方が楽しいではないですか」
もしかして、俺はデートのつもりで来てたけど、神城はデートの気分じゃなかったのか? でも昨日、確かにデートしましょうって誘われたはずなのに。
それとも、俺とボリノが仲良さそうに見えるから気を遣ったのか? だとすれば、彼女である神城に気を遣わせて申し訳ないものだ。神城が楽しんでくれているならそれで良いのだが……。
「それに、昴さんは勉強を教えるの、とてもお上手なんですよ。なので琴乃さんも……」
「いや、神城。俺がコイツに勉強を教える意味なんてないんだ」
「え? ど、どういうことですか?」
「だってコイツ、学年一位だから」
俺がそう紹介すると、神城が驚くと同時にボリノがドヤッと笑って見せる。
容姿も良けりゃ頭も良くて、面倒見が良くて品行方正で生徒会長も来たものだ。ツンデレ暴力系ヒロインという欠点を付け加えても善人インフレーションが起きるレベルである。高騰しすぎていずれ善人バブルが崩壊しないだろうか。
「ツバル君ね、高校に入ってから一度も私に勝ったことないの。万年二位、シルバーコレクターってやつね」
「うるせーよ」
「で、でも学年二位というのも凄いですよ」
「ちなみに小春ちゃんはどんな感じなの?」
「わ、私も一応学年一位ですけど……」
なるほど。俺は学年一位様に挟まれているわけか。オセロみたいに俺も一位になれないだろうか。
どうしてだ、俺だってちゃんと毎日コツコツ勉強して良い成績を残しているのに、どうして学校の定期テストでも模試でもボリノに勝てないんだ。俺は家の事情もあって塾には通っていないが、神城やボリノも塾には通っていないのにそんな成績を残しているのである。
塾に通っていても赤点ギリギリの湊だっているのに……。
「でも、一位だからって油断は禁物よ。受験だってどうなるかわからないんだし、別に順位はそこまで重要じゃないから。ツバル君はそれをモチベにしてるみたいだけど」
「いつかお前を王座から引きずり下ろしてやる……」
「頑張ってくださいね、昴さん」
こんなに可愛い彼女から応援されたからには、次のテストでは一位を取らなければならないだろう。もう全教科満点とってやる。
そして、その後は三人で仲良く勉強に勤しんだわけだ。
しかし神城が隣にいるという状況でも俺は心臓バックバクだったのに、もう片側をボリノに埋められてしまうともう俺には逃げ場がない。
俺は右隣に座る神城の様子を伺う。軽く神城の方に顔を向けるだけで、ジャスミン系の透明感のある柔らかな雰囲気の香水の香りが漂ってくる。ガーリーなコーデの神城の姿を見ていると、そのままお花畑のような楽園へ連れて行きたくなってくる。
そして俺は、左隣に座るボリノの様子を伺う。彼女からはフルーティーで甘い感じの香水の香りが漂ってくる。もっとクールというかエレガントな感じの香水をつけているのかと思ったのだが。
さらに、ガーリーなコーデの神城とは違い、ボリノは白のニットに黒のプリーツスカートというシンプルなモノトーンコーデで、よく似合っているは思う。問題があるとすれば、そのモノトーンな色合いが俺のコーデと完全に被っているという点だろうか。
「な、何見てんのよ」
すると、俺の視線に気付いたらしいボリノが不満そうに口を開いた。
まずい、どうして俺はボリノの方を見ていたんだ?
「ん~、貴方おわかりですか。私が意味もなく貴方のことを見るわけがないでしょう」
「は、はぁ? 何その口調」
「出ましたっ、津々畑任昴郎ですっ」
「何そのゴチャゴチャした名前」
めっちゃ早口で言えば本家っぽく聞こえるかもしれない。
「つまりこういうことですよ。貴方、さっき近場でお昼を済ませてきたでしょう。それはさぞかし美味しかったことでしょうねぇ」
「え? ど、どうしてわかったの?」
「それはですねぇ……私にはわかるんですよ。貴方の口元に食べかすがついているということが」
「え? えっ、ホントに?」
するとボリノは慌ててハンカチを取り出して自分の口元を拭った。
まぁ、全部嘘だ。俺にそんなものは見えていない。さっき近場でお昼を済ませただろうというのも当てずっぽうだ。それがたまたま当たったからボリノは勘違いしてくれたが。
「あ、ありがと……だらしないところ見せちゃったわね」
「少しぐらいだらしないところがあった方が可愛げがあるだろ」
「は、はぁっ!? 別に、そういう目的でやったわけじゃ……!」
「こらこら、静かにしろ図書館なんだから」
「ご、ごめん……」
図書館という環境のおかげか、ボリノがいつもより大人しく感じられる。いつもなら俺のスネに三回ぐらい蹴りが入っているところなのだが、こうして大人しくされるとそれはそれで調子が狂ってしまう。
「ち、ちなみに昴さんがキュンとする女の子のだらしなさというのは具体的にどのような……?」
「まぁ、深夜にお腹を空かせて家族に隠れてカップ麺食べちゃうところとか?」
「なるほどなるほど……って、それ私のことじゃないですかっ」
別に俺はただ単にだらしない奴が好きというわけじゃないし、何事にもだらしない奴は嫌いだ。
重要なのはギャップ、そうギャップということですよ奥さん。例えば神城みたいな可憐で可愛らしい女の子が実は超ヤンデレみたいな……いや、それは次元の壁を挟んで観測するものだから良いと感じるだけで、実際に体験したくはない。
その後三人で仲良く勉強に勤しみ、夕方になって勉強会を終えて図書館で現地解散となった。
明日は午前中に生徒会役員として学校周辺の清掃ボランティアに参加しないといけないが、午後からは空いているのでまた神城とデートすることになった。もうすんごい密度でデートを繰り返しているが、神城も最近は色々あったみたいだし、気を紛らわしたいのかもしれない。そういう時に彼女に寄り添って支えてあげるのが俺の役目だろう。
「大分小春ちゃんと仲良くなれたみたいね」
「おかげさまでな」
帰り道、俺の隣を歩きながらボリノが言う。どうして神城とのデート帰りに俺はボリノと一緒に帰らないといけないのだろう。
まぁ、帰り道の方向が途中まで一緒だから仕方ないのだが、これでは神城に対して不誠実な気がして申し訳ない。俺がいくらボリノに対してそういう気はないって弁明したとしても、神城は不安に思ってしまうことだろう。
まぁ、神城は俺とボリノを笑顔で送り出していたけど……。
「昨日はありがとな。おかげで神城と良いデートが出来た」
「どこ行ってたの?」
「櫻ノ島だ。神社でおみくじ引いたら神城は大吉で、俺は大凶だ」
「最悪のさげ◯んね……」
「そんなはしたない言葉を使うでない」
本当にこれで良いのだろうか? ボリノとは仲が良いとはいえやはり異性なのだし、ある程度距離を置くべきなのだろうか。
「何か困ってることがあるなら相談にのってあげるから。ツバル君には乙女心なんてわかんないだろうし」
「お前って乙女だったのか?」
「ふんっ」
「ぐえっ」
記念すべき本日一発目の蹴りを頂きました。
「放課後にもっと小春ちゃんと遊びたいなら、生徒会の仕事も便宜してあげるから。私達はもう三年生で、遊べる時間も少ないんだし」
ボリノは良い奴だ。
それは昔から知っている。
その優しさやお節介が彼女の善意だというのもわかっている。
「まぁ、考えておく」
しかし、友人関係と呼ぶには少々近づきすぎたかもしれないこの距離を、段々と離さなければならないのかもしれない。
気の置けない賑やかな奴と離れてしまうのは、少し寂しくも感じる……。
なんて食傷気味になっていると、突然俺の携帯の着信音が鳴り響く。神城からだろうかと思って慌てて携帯を見ると、画面には『鹿島美優』と表示されていた。
俺はボリノに断ってから電話に出る。
「はい、もしもし」
『あ、やっほ昴君。久しぶり~』
俺に電話をかけてきた女性の名は、鹿島美優。大手広告会社に勤める二十五歳のOLだ。
「久しぶりですね。何かあったんですか?」
『んー? 可愛い弟分にそろそろ彼女が出来たかな~と思って』
「余計なお世話です」
丁度最近彼女が出来たばかりだからちょっと怖くもあったが、それはただの冗談のはずだ。
『まーそれはおいといて。私さ、最近引っ越して一人暮らし始めたんだけど、荷物の整理してたらさ、郁ちゃんの荷物見つけたんだよね』
郁。
その名前を持つ人物が俺にとってどういう存在か、彼女は知っているはずだ。
「だからなんですか?」
『せっかくだし昴君に──』
「いらない」
『んえ?』
「いらない」
『え、でも──』
「いらないったらいらないんだよ!」
と、俺は怒鳴って一方的に電話を切った。
そして、つい声を荒らげてしまったことを後悔する。よりにもよってボリノの目の前で。
「な、何があったの?」
俺が声を荒らげたのがそんなに珍しいのか、ボリノは戸惑った表情で聞いてきた。
「……昔の知り合いがいらないものを押し付けようとしてきたから、断っただけだ」
大変なのね、とボリノは呟いて、すぐに最近女子に人気のアイドルについて話し始めていた。
ボリノは一瞬だけ心配そうな面持ちで何か言いたげだったが、今はこの問題に触れてはいけない、と考えてくれたのかもしれない。
……今度、美優姉さんには謝っておかないとな。
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