第13話 大吉彼女VS大凶彼氏
潮風を含んだ柔らかな空気が、俺達の間をすり抜けていく。俺の隣を歩く神城のおさげ髪と白いリボンが潮風に吹かれてふわりと揺れた。
海沿いを歩いているだけで、彼女はなんて様になるのだろう。
俺が通う学校の近くには松楠海岸という多くの観光客が訪れる大きな海岸があり、まだ夏を迎えていないこの時期でも海岸沿いの遊歩道を観光客や地元住民が行き交う人気の名所だ。俺は神城と遊歩道を歩きながら、学校生活について、はたまた好きな漫画やアニメについて楽しく語り合う。
神城とは意外と感性が似ているのか、好きな漫画やアニメの趣味が似通っていることが多く、おかげで話が盛り上がった。まさかマイナーな漫画の話で盛り上がることが出来るなんて、しかも彼女とそんな話を楽しめるだなんて最高だ。
「昴さんは退廃的な世界観の作品がお好きなんですね」
「だな。ああいう世界観のが何故か心にじんわりと来るんだ。そこで繰り広げられる人間ドラマとかな。でも、神城がそんなに知ってるとは思わなかったな。結構古いアニメなのに」
「はい。私の兄が好きだったので」
だが、やはり兄の話題になると神城は少し悲しげというか物憂げというか、雰囲気が暗くなってしまう。
きっと、神城にとってはそれだけ大切なお兄さんだったんだろうな……。自分の家庭環境というか、自分の妹との関係があれなだけに少し羨ましく思ってしまう。
「お兄さんと、二人で仲良く見てたのか?」
「は、はい。私、昔はあまり友達が多くなくて家に引きこもりがちだったので、兄は色んなアニメや映画を見せてくれたんです」
昔の神城は人見知りするタイプだったのだろうか。出会った初日に告白してきたり、突然「私が昴さんに告白するの、十五回目ですからね」とか言い出すような女の子の過去とは思えない。
いや、だからこそ人との距離感の詰め方が変わっているのかもしれないが……。
「良いお兄さんだったんだな」
「はい。とても優しい兄でした」
出来ればあまりお兄さんのことは話題に出したくないが、神城にはお兄さんの死のショックを乗り越えてもらわないといけないだろう。まぁ、それはあまり急ぐようなことではない。彼女が望むペースで解決していけば良い。
俺だって、まだ乗り越えたとは言い切れないし……。
「でも、昴さんも古い作品をご存知ですよね? そんなに昔からご覧になっていたんですか?」
「あぁ、姉貴の影響だよ」
「え? お姉さんがいらっしゃるんですか?」
神城にそう聞かれて、俺は自分が口を滑らせてしまったことに気がついた。思わず自分の口を手で押さえそうになったが、俺は必死に平静を装った。
「あぁいや、姉貴って言っても遠い親戚の人だよ。昔、よく一緒に遊んでもらっただけなんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
あぁ、危ない危ない。神城には上手く誤魔化せたはずだ。
俺に姉がいた話なんて、神城にしたって仕方がないからなぁ……。
やがて、俺達はとある小島へと辿り着く。
この松楠海岸には『櫻ノ島』という日本有数の観光地があり、海岸から橋で繋がっているからそのまま歩いていける。その名の通り春先は満開の桜に彩られるが、もう桜は散ってしまっている季節だ。
それでも平日から多くの観光客で賑わっており、島の商店街を通り抜けて長い階段を登り、丘の上にある神社へと到着した。
「昴さんは、どんなことをお願いしましたか?」
「神城ともっとイチャイチャ出来ますようにってお願いした」
なんかちょっといやらしい言い方になってしましたが、神様にはちゃんと「神城が幸せになりますように」ってお願いした。
だから、ちょっとした照れ隠しもある冗談のように言ったのだが、神城はえへ、と人懐っこい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「もう、昴さんったら何の恥ずかしげもなくそんなこと言っちゃうんですから……」
「いや、誰にでもこういうことを言ってるわけじゃないからな。神城にだけだよ」
「それ! そういうところですよ、もうっ!」
と、どういうわけか神城は不満そうに俺の体をポカポカと叩いてきた。
俺だって恥ずかしくないわけじゃない。多分後々になって我に返って恥ずかしさのあまり血反吐が出てしまいそうなぐらいだ。動画になんて残されたら俺は喜んで命を絶つだろう。
ただ俺は、自分の気持ちを素直に言葉にするということを心がけているだけだ。
言葉にせずとも雰囲気や態度だけで感情が伝わることもあるし、行間を読むということも大事かもしれない。だが、直接言葉にして伝えずにいると、伝えなかったことを後悔してしまうかもしれないから……。
「あっ、見てください昴さん! 大吉! 大吉ですよ!」
せっかくだからとおみくじを引くと、大吉を引いたらしい神城が嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねながら喜んでいた。相変わらずなんというかこう、庇護欲をそそられてしまう。
「それは良かったな。なんて書いてあったんだ?」
「はいっ、ローマは一日にして成らず。日々の努力を怠らなければ、かならず結果として現れると書いてありますね」
こういう神社のおみくじでローマ云々って書いてあることある? 七福神とかじゃなくてローマ神話の神々が出てきそうだ。
「じゃあせっかくだし結んでいかないとな」
「へ? 良いおみくじは持ち歩くものでは?」
「そうだっけ? なんか、良いご縁と結ばれますようにっていつも結んでたなぁ」
「あ、たしかにそれも良いかもしれませんね」
良いおみくじを持ち歩く人もいるみたいだが、ウチの家族は皆神社に結んでいくから俺もそうしていた。神城もそれにならって、大吉のおみくじを結びつけていた。
「あれ? そういえば昴さんの運勢はいかがだったんですか?」
「大凶」
「へ?」
「大凶だった」
びっくりしたよね。おみくじを開いたら『大凶』って書いてあったんだから。なんか試験の不合格通知とか余命宣告を受けたような気分だった。
これはあれだろうか。神城みたいな可愛い女の子と付き合えて反動で俺の身に物凄い不幸が降りかかるのだろうか。
「ち、ちなみに、恋愛運とかはどうでしたか……?」
「聞きたいか?」
「わ、悪い結果ならあまり聞きたくないです……」
心通わず、願い叶わず、想い届かず。惚れ心に溺れれば、心乱れ縁は遠のく。相手の優しさは幻影に過ぎず、甘い期待は捨てよ。いかなる夢も報われず、闇深くして凶兆絶えず。
おみくじの恋愛運の欄にこんな厳しいこと書いてあることある? 俺に死ねって言っているのか? 流石は大凶だなぁ、言葉の尖り方が違う。
「だ、大丈夫ですよ昴さんっ。私の大吉パワーで相殺出来ますからっ」
「そ、そうだな……頼むよ神城……」
俺も神社におみくじを結びつけて、神社を去ったのだった。帰り道は何だか、神城がいつもより俺の手をギュッと力強く握ってくれているような気がした。
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