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一週間経った二時限目の後、伊月と一緒に、遅れて教室に入ると、騒がしかった。
転入生が来たらしく、女子の数人は、その子の近くで話し掛けている。
「東堂さんのお父さん、送り迎えしてくれるんだね。外車だったし、お金持ちなの?」
席についている転入生は女子らしく、後ろ姿だけでも、痩せている事が分かった。
朝、転入生を校門まで父親が車で送って来たのを見かけたと話した女子が「いいなぁ」と転入生を見る。
「お父さんは、お金持ちだよ。小四の時にお母さんが再婚して、お父さんの家に引っ越したけど、元々こっちに住んでたし、また戻って来たんだ。私、持病が有って、一度、死に掛けて。その後ね、こっちに戻って来たいと思ったの」
返って来た言葉に、女生徒が「持病? 死に掛けたって、今は大丈夫なの?」と尋ねる。
「きっと心配してくれるから言えないなぁ」
「何それ。まだ悪いの?」
「どうかな。お父さんが心配し過ぎてるだけかも」
転入生の周りで笑いが起きた。
おれには、さっきの発言が冗談か本気か分からなかったけど、彼女の周りの女子は、冗談だと受け取ったらしい。
「東堂さん、面白い。ねぇ。加奈ちゃんって呼んでいい?」
「いいよ。私も名前で呼ぶね」
加奈と呼ばれた転入生は、そう答えて、自分の周囲とは違い、静まり返った教室の後方を見た。
この学校の生徒は、伊月に関わりたくない人間ばかりだ。おれと伊月は教室の後ろのドアから入って来たので、伊月が登校して来たのを知った生徒は一言も発せずに、自分の気配を消そうとしているように見えた。
「加奈ちゃん、あの二人には関わっちゃ駄目だよ」
小さな声で、女子が転入生に伝えた。
転入生は、その忠告が聞こえなかったのか、立ち上がって、こちらに歩いて来た。
「敬吾だよね? 私。加奈。覚えてる?」
自身を指さしながら、加奈と名乗った転入生は、おれを見た。
心当たりが無かったので、「何の事?」と尋ねる。
「小四の時まで、クラス、一緒だったの。昔、私が困ってる時に助けてくれたよね?」
加奈は、おれから視線を逸らさずに、笑顔を向けてくれる。
それまで加奈と話していた女子が二人、加奈の近くに来て「加奈ちゃん、駄目だよ」と、彼女を席まで連れ戻した。
「駄目って、なんで? 敬吾ね、クラスの子の筆箱が無くなって、私が疑われた時に「落ちてた」って、筆箱を見つけてくれたの」
「瑞沢君は、どうかよく分からないけど、いつも、伊月と一緒に居るんだから、不良だよ」
必死に、おれ達に関わらないように話している女子に、加奈は「どうして?」と聞き返している。
「気に食わねぇな」
不機嫌そうに伊月が加奈を見ているのに気づいて、慌てて「何も知らないんだよ。色々、周りから話を聞いたら、きっと関わって来ない」と口にする。
「あの女だけじゃねぇよ。お前も気に食わねぇ。綺麗なお嬢様に話し掛けられて、まんざらでもねぇんじゃねぇの?」
その発言で、加奈の容姿が整っている事に気づいたけど、おれがその時、感じたのは、伊月への恐怖だった。
伊月が、貴利也を痛めつけている時と同じ目で、おれを射る。
「ふざけんじゃねぇ」
おれから離れて、伊月が教室から出て行く。
彼の態度だけで、分かった。
伊月が今、殴りたいのは、おれだという事。