ベクト・イグナルド
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俺、ベクト・イグナルドは今、生命の危機を感じている。
遡ること8時間ほど前、俺たち一年生は、入学3日目に突然抜き打ちの課外試験をすると告げられた。当然言われた時は困惑していたが、困惑していても何も変わらないと思い、同じ組になってくれる人を集めた。そこから試験が始まるまで時間はなかったが、自己紹介、ポジション決めなど試験を受ける上で重要だと思ったことは同じ組の仲間と話し合った。そのおかげか、一日目で魔物を32体も倒すことができた。とても順調だと思った。あの時、悪魔が現れる時までは。
悪魔というのは魔物の上位存在だ。そしてどうやら俺らを殺すつもりのようだ。さすが悪魔、他の魔物と比べものにならないくらい凄まじい魔力量だ。俺が十人いても勝てないだろう。どうせ戦っても戦わなくても死ぬんだ。覚悟を決めよう。そう思っていた時、一人の仲間が逃げ出した。ワード・ルドルディアというやつだ。一瞬夢かと思った。この学校に入学した生徒で悪魔を前に逃げ出すやつような臆病者がいるとは。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。やらなければ死ぬ!
「逃げたやつに構うな!隊列を整えろ!戦闘態勢だ!やらなきゃ死ぬぞ!」
後衛のサポートはゼナリオに任せて、俺は攻撃に特化する。
「炎よ、そっと舞い上がれ、
我が指先に宿りて、
微細なる炎となり、
形を変えて全てを焼き尽くせ!」
「地獄の火!」
これは火力特化型の魔法だ。当たれば防御魔法でも防げない。次の刹那爆発が起こる!…ことはなかった。原理はわからないが、地獄の火が無効化された。ばかな!火力特化型の魔法だぞ!水魔法での相殺もできないはずだ。新たな魔法を作ったのか?
「何が起きたかわからないというような顔をしているな。解説してやろう。火魔法と水魔法を使い、真空空間を作り出した。火は真空空間の中では消える。それだけだ。」
「て、手の内を明かすほど余裕があるのか?」
口ではそういったものの実際悪魔側は余裕があると思う。俺の奥義級の魔法をいとも簡単に打ち消された。
「お返しだ。」
「汝の心を乗っ取る闇の力、
精神の隙間に入り込み、
心を支配せよ。
恐怖の影を振り撒き、
その意志を我に反映せよ。
心を支配し、魂を捧げよ。」
「悪夢の契約」
黒い…霧?まずい!霧に呑まれる!
「霧に呑まれるな!何が起こるかわからない!」
くそ!呑まれる!
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「おはよう。ベクト。」
どこだ。ここは。何が起きた。
「…って母さん!?死んだはずじゃ。」
「?何言ってるのよ?生きてるに決まってるじゃない。急にどうしたの?変な夢でも見た?」
「悪夢を見ちゃって。」
そうだ。あれは悪夢だ。あれは現実じゃなかったんだ。
「そういえば母さん、もうご飯作った?」
「いや?まだだけど?」
「じゃあ、俺作るよ。」
「急にどうしたの?ご飯作るなんて。」
「いや、なんとなく。」
「まあいいわ。今日はお父さんが迷宮攻略に行ってるから畑仕事は二人よ。」
「俺三人分やる!」
「それは心強いわね。じゃあ頑張ってもらおうかしら?」
「任せろ!」
ご飯を作るのなんて久々だ。何を作ろうか。ん?これは、霧?あの悪夢の最後、霧が出てきた気がする。やけに頭から離れないな。あの悪夢は。
「霧が出てきたわね。今日の畑仕事、大丈夫かしら?雨が降るかも。」
「とりあえずご飯を食べてから考えよう。」
「そうね。そうしましょう。」
「…ねえ?その机の上にある杖、誰のか知ってる?」
「杖…?」
杖なんて知らない。知らない。あれは悪夢だ。悪夢の…はずだ。
「あなたの服もおかしいわよ?」
これは夢の中で着ていた服?いや、あれは悪夢だ。母さんも父さんも死ぬなんて夢に決まってる。
…でもこれが現実だとしたらこの格好はなんだ。あの杖はなんだ。
…やっぱりこれは夢だ。あっちの悪夢だと思っていた方が現実だ。…信じたくない現実だ。そうだ。思い出した。俺は悪魔と戦っている時に黒い霧に呑まれたんだ。仲間も一緒に。
「母さん、俺は救わないといけない仲間がいる。」
「?どういうこと?」
「ちょっと外出てくる!」
「え、ちょっと!」
とりあえずこの夢から脱出する方法を探すしかない。
そう思っていると突然、夢から目覚めた。そして目の前には瀕死になった悪魔が倒れていた。