#16 七人の妹
☆官能幾束
『いい加減にセイラ〜なんちゃって。ディアライフランキング4位ディスティニー耳長のセラセラです。えっとですね、今回起きた官能乙一の“小学生暴行事件“を私、許せないと思ってるんですよ。皆さん、見ましたか? あの一方的な暴力‥‥実はここだけの話、序列10位の私にもサブクエスト依頼が届いておりまして‥‥近々、あの官能乙一と戦うことになるかも知れません。もちろん、その時はライブ配信しますから高評価、チャンネル登録よろしくお願いしますね』
金色の艶のある長い髪を輝かせて、タブレットモニターが美しい少女の声を響かせる。
官能七姉妹の五女で中学1年で風の妖精族の先祖帰りで背中に小さな羽根の生えている官能幾束は、リビングテーブルの下でコソコソとライブ配信アプリを見ていた。
(やっぱ、セラセラが最初に喰いついてきたかー。大人しそうな見た目とは真反対に配信スタイルは暴露系なんだもん。うぅ〜、イクも事件のことについてなんか配信しないとダメなんだろうけど‥‥でもなあ、身内としては『申し訳ない気持ちいっぱいで配信できなかった』という方向性に持っていかないとなあ。迂闊にネタにしちゃうと、数字稼ぐためだって思われちゃうだろうし)
空気が読める最強にカワイイ幾束は「ふぅー」と一息ついて顔を上げた。
ここは我が家のリビングで大きいテーブルには四人の姉と二人の妹、自分を合わせて7人の少女が席につき個性的な表情をしていた。
「ゾンビ仮面って七流だったんだな。調子乗ってる新人が出てきたから、私がぶん殴ってやろうって思ってたのに」
高校1年で姉妹の中でもひときわ大きな双樹が拳を鳴らしてそう言った。
「調子になんかのってないよお‥‥ちょっと、体動かしたかっただけだもん」
小学5年で頭に包帯を巻いている成長途上の七流が首を振ってヘラヘラと笑う。
空気の読める幾束は二つしたの妹の猫かぶりに気付いているが、知らないふりをしていた。
「氷室くんと戦うには2年と10日は早かったんじゃないか、七流?」
高校2年で軍服のような制服と左腕にゴツイ腕時計をつけている長女の無花果が厳しい口調で言った。
声色とは違って、集合時間の5分前にこうして揃った妹たちにご機嫌な様子だった。
「えぇ、七流ちゃんがゾンビ仮面だったのお? 危ないことしちゃあ、ダメだよ」
中学3年で三女の大きな胸をした三輪があわわと言った。
痛いことが苦手な三輪は妹に対して過保護なところがある。
「七流のことはお母さんがマジギレしてるからその辺にしときましょ。それよりも、まさか夢生が【対お兄ちゃん共同戦線】の召集をかけるなんてね」
中学2年で血の気のない真っ白な肌に似つかわない力強い瞳をしている四女の死異子がそう言った。
少し前までは先天性の校則違反が暴走していた死異子だったが、最近は制御ができるようになってきており、その自信が瞳に現れていた。
「夢生ちゃん、話せる? いちねえが急かしてきても気にせず自分のペースでいいからね」
幾束は隣に座る夢生の背中をさすって冗談まじりに言った。
「幾束、私は急かしてるんじゃなくタイムスケジュールを──」
「はいはい姉貴、会議開始の時間だ。夢生の話を聞いてやろう」
不機嫌にくだを巻く無花果を、双樹が茶化すように口を挟んだ。
無花果は「‥‥うむ」と唇をへの字にして腕を組む。
小学6年でまだまだあどけなさの残るクリクリ瞳の夢生がゆっくりと立ち上がり、ほっぺに伝う涙を両腕で拭いながら声をあげる。
「うぅ‥‥お、おねぇちゃん‥‥ムウの‥‥ムウのせいでお兄ちゃんがぁ‥‥ヒック‥‥甘太郎くんのこと殺しちゃったぁぁ」
三輪が「え、殺したの???」と驚く声と同時に、「いや、死んでないって」と死異子が冷静にツッコミをいれる。
「ムウが‥‥甘太郎くんに、ヒック‥‥言っちゃったのぉ‥‥お兄ちゃんに勝てたら結婚してあげるって‥‥」
七流が「よわっちい奴が悪いんだよお」と呆れたように口にしたのと同時に、双樹が「兄貴に勝ったら結婚とか無理ゲーだろ」と口にする。
「ムウが‥‥ムウが‥‥」
「夢生、ハッキリ言え! 時間がもったいない!!!」
唐突に無花果が声を張り上げる。
夢生がビクッと肩を振わせると同時に幾束が「まあまあ」と口にする。
「いちねえ、それやめてよ。夢生ちゃん、怖がらなくていいからどうしてイクたちを集めたか話してみて」
「あのね‥‥ムウね‥‥お兄ちゃんのこと大好きだけど‥‥でも、やりすぎだと思うの」
ボロボロと涙をこぼしながらそう言葉にした夢生に、姉妹たちは一同に首を縦に振った。
「だからね‥‥あのね‥‥お兄ちゃんと喧嘩します。だから、手伝ってください」
夢生はそう言ってペコリと小さな頭を下げた。
「はいはーい、ナルもお兄ちゃんと喧嘩したい!!!!!!」
「うっしゃ、久々に兄貴と本気で殴り合えるな!」
「はぁ〜、こうなることは予想していたけど。病院の予約しとかないといけないわね」
「痛いのはやだけど、夢生ちゃんのお願いだもんねえ。がんばろー」
「もちろん、イクも協力するよ。七人でお兄ちゃんと喧嘩するなんて初めてじゃない?」
口々に姉妹が声をあげると、無花果がテーブルに両手を叩きつけて怒り叫ぶ。
「そうと決まれば時間が足りない!!! 早速、作戦会議に移行するぞ!!!」
六人の妹たちが同時にビクッと肩を震わせてから、無花果の方を睨む。
「お姉ちゃん、ビックリするから大きな音たてないでよ」
じっとりと芯の通った瞳で死異子が不機嫌に言った。
「悪かった、よし作戦を立てよう!」
無花果がさして気にしていないようにそう叫んだ。
幾束は「夢生、もう座っていいよ。がんばったね」と言って、夢生に親指を差し出した。
夢生は「うぅ‥‥」と椅子に座って、差し出された幾束の親指をチュパチュパと口に含んで吸った。
幼い頃、親指離れできなかった夢生が『自分の親指を吸ったら怒られるから』と幾束の親指を吸うようになった。
それから、夢生は泣いてしまうと幾束の親指を吸って落ち着くという変な癖ができてしまった。
「姉貴、作戦っつてもどうすんだ? 私たちの自慢のお兄さまは伊達じゃないぜ」
乙一と普段から戦闘訓練をしている双樹が冷静にそう言った。
「兄さんの『意識を刈り取る』能力ってどうやって回避するの? 校則違反か魔法か呪術か不明だけど、あれなんとかしないと戦いにもならないでしょう」
死異子がアゴに手を当てて唸るように言った。
「あれは意外に範囲が限られているし、兄が対象の意識に集中しないと発動しないぽいから常に二人以上で攻撃を仕掛ければ防ぐことができたりする」
無花果がゴツイ腕時計を気にしながら早口で説明した。
「ほぇ〜、お兄ちゃんのあれってそんな制限があったんだあ。やっぱり、校則違反の条件なのかなあ」
三輪がマイペースなおっとりとした口調で言った。
「兄の能力については特異点研究所が総力を上げて調査しているが不明だ。今はとにかく近距離による二人以上の攻撃コンビネーションで意識を撹乱させることが必須だと覚えておいたらいい」
と、無花果が答える。
「えー、お兄ちゃんって能力使わなくてもめちゃくちゃ“つおいん“だよねえ。どうやって殴り合うのー?」
と、七流。
「私一枚だけだと前衛はちょいと厳しいかもな。姉貴は校則違反の性質上、連続して攻撃するのは苦手だし。三輪と幾束は喧嘩慣れしてないし」
と、双樹。
「そうね‥‥3分‥‥いや、2分くれたら私の校則違反を発動できるから、それまで持ち堪えてくれたら何かしらの可能性が生まれるかも知れないけど」
と、死異子。
「私の校則違反はタイムスケジュールに縛られる。不規則な乱打戦は苦手だ」
と、なぜか威張る無花果。
「あの‥‥ムウがやってもいいよ、前出て戦うの」
と、目を真っ赤に腫らした夢生が言うと、姉妹たちが「え???」と素っ頓狂な顔をする。
「お母さんにも内緒にしてるんだけど‥‥ムウね、『他人の才能を借りることができる』校則違反が使えるの。運動が苦手で体育の時間の前にね、こっそり才能を借りてズルしてるの」
「自己影響のアカデミア型の校則違反かしら。でも、体育でズルするのとは訳が違うわよ」
と、死異子。
「うん、だからね‥‥そうちゃんの才能を貸して欲しいなあって。そしたら、たぶん大丈夫」
と、夢生。
「構わないが、私に才能なんてないと思うけど」
と、双樹。
「そんなことないんじゃないかなあ。才能と能力はイコールじゃないと思うよお」
と、三輪。
「夢生から言い出したことなんだし、やらしてあげようよ。私が空気読んでフォローするから‥‥ね?」
と、幾束が言ってチラリと七流の方を見ると、ウズウズと何かを我慢している。
末っ娘なりに必死に自分の役割を考えているようだった。
「決まりだ! なーに、寿命まで死にはせんっ!!!」
無花果が邪悪な笑みを浮かべて話し続ける。
「近距離‥‥双樹と夢生」
「おうっ」「うんっ」
「中距離‥‥私と幾束」
「おっけ〜」
「長距離‥‥三輪と死異子」
「ふえぇ」「りょーかい」
「自分を犠牲にしてでも前衛は死異子を守り抜け。死異子の校則違反だけが、兄に勝てる唯一の可能性だ。あとは、私の指定する時間通り動け!」
無花果が鼻息を荒げてそう声をあげると、七流が勢いよく手をあげる。
「はいはーい、ナルは何すればいいの〜?」
「七流は遊撃だ、好きにしていいぞ‥‥だって、七流はまだ何か隠しているだろ?」
無花果が不敵に微笑んで見せる。
「やったー!!! ナルね、お兄ちゃんに勝つための秘策があるんだよ、みんな楽しみにしててね」
そんな無邪気な七流を見て三輪が「無理しちゃダメだよ〜」とあたふたとしていた。
ふと、幾束は姉妹たちの個性的な表情を眺めて、(これで話がまとまるんだから、やっぱ血には逆らえないなあ)と思ってしまう。
だから、しっかりと思いを伝えればお兄ちゃんも分かってくれるはずだ。
空気の読める最強にカワイイ少女はそんな風に考えて、なんだか幸せな気持ちになるのであった。
☆フーヤ・ピロロ
大学2年で学園会総長で序列2位の幼い顔たちの小人族、フーヤ・ピロロは官能無花果から突然届いた『兄と喧嘩するので場所を準備してください』というメールを読んで、すぐさまサブクエストギルドへ連絡した。
これで、序列上位勢と各主要組織が同時並行に官能乙一と戦うことになった。
作戦はこうだ。
まず、放課後までに『ブラジャーを付けられなくなった』女の子をピロロが保護する。
乙一は放課後になると、間違いなくノーブラの女の子の前に現れる。
そこで、第一陣の官能七姉妹に兄妹喧嘩を仕掛けてもらう。もし、【週末の眠り姫】がみた夢が実現するとなると、七姉妹の犠牲と共にこの学園は滅びでしまう。
‥‥しかし、ピロロはそれはあり得ないと考えていた。
あの官能乙一は確かに情け容赦なく、自分のルールに徹底して従順だが、同時に学園の校則にも恐ろしいほど従順なのだ。
殺しはもちろん校則を破ることになる。だから、乙一がこの学園内で誰かを殺めることはない。そうピロロは乙一を信じている。
それでも、可愛い妹たちを倒したとなれば乙一といえど精神面も含めてかなりのダメージを受けるだろう。
そこからピロロはノーブラの女の子を連れて、夏町から季節順に逃走する。
まず夏町では第二陣、序列二桁(99位〜11位)の学園会と自警会生徒を多数配置して、序列10位の【幻獣使い】セイラに物量戦を仕掛けてもらう。二人以上の同時攻撃で乙一の『意識を刈り取る』能力が使用できないのはピロロも把握していた。
そこで、乙一の体力を奪い優位を得る段取りだ。
次の秋町では序列7位の【ギャンブラー】フーヤ・ルスクと序列9位の【道具使い】馬場悦治を配置。
特異レベル7のルスクと特異レベル3ながら学園の校則に違反しないギリギリの威力の道具を使いこなす馬場は、武術や魔法といった学園らしい戦いとはまるで違う変則タイプだ。
あの、官能乙一とはいえ二人から待ち伏せを受けたら簡単にはいかないはず。
冬町では序列5位の【噛ませ犬】吾潟大将のみ待機させる。特異レベル8の彼の校則違反は、敗北と同時に相手のステータスを全て強制的に開示させることである。
噛ませ犬との戦闘が始まってしまえば、その校則違反からは絶対に逃れられない。そもそも、彼は序列5位、言うまでもなく純粋な戦闘力でも秀でている。
最後の春町は序列3位の【賢者】ウィンディーネと、4位の【地走り】ケンドーだ。
つまり、ピロロよりも攻撃力を持った『魔法バカ』と『物理バカ』の二人。
ここに関しては言うまでもない。過去の歴代序列一桁と比べても、二人は圧倒的な攻撃力を誇る。
夏から春を巡ってそれでも官能乙一が立っていたら、その時は‥‥。
ピロロの周りに置かれた『ただのアンティーク』が宙に浮かび、ダンスをするように宙を跳び回り始める。
「その時は、序列2位で『勇者』であるこの私が直接相手をすればいい」
そして、翌日。
中央にある学園寮マンションの自室で目を覚ましたフーヤ・ピロロは、胸の形が崩れないようにと寝る前に装着していたブラジャーがなくなっていることに気が付いた。