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#15 官能乙一

天冷甘太郎あまびえあまたろう



 小学6年で妖怪族の半魚鳥の天冷甘太郎は右手に持つショートソードの刃に映った男の影に気付いて後ろへ振り向いた。

 夜空の星の川を背負った詰襟学ランの官能乙一かんのうおついちの表情は長い前髪で隠れて見えなかった。

 唐突の来訪に驚いた甘太郎はショートソードを乙一に向ける。


 夜の河川敷では季節外れのホタルが草陰から浮き上がり、少し夜の風が吹く。


「あ‥‥あぁ! く、くるな! なんで、官能乙一が──」


 ショートソードをブサイクに構えて震える剣先がそう言った瞬間、甘太郎の脇腹に見えない衝撃が爆発した。

 それは乙一の放った横蹴りで、ぶっ飛ばされた甘太郎は桜の幹にぶつかって静止した。


「‥‥‥‥」


 甘太郎の朧げな視界に入る乙一は小刻みに手を震わせて、必死に何かに堪えているようだった。


「ガハッ‥‥はぁ、はぁ‥‥あぁ‥‥」


 昨晩の氷室涼ひむろりょうVS官能七流かんのうなるを間近に見た甘太郎だったが、官能乙一に思うのは彼らのような強さではなく、純度の高いシンプルな暴力だった。

 自分よりひとつ下の官能七流の戦いを悔しいと思い、氷室涼の戦いは真似できないと諦めを感じた。

 しかし、目の前に佇む官能乙一には恐怖しか思えない‥‥ただ、怖い。自分という個人の弱さではなく、学園に生まれ育った者全てが抱く無力さ。


(‥‥俺は‥‥俺はこんな奴に勝つつもりでいたのか)


 甘太郎の折れた肋骨は心を折るには十分すぎる痛みであった。


「‥‥あ‥‥あぁぁぁっ!!!」


 そして、甘太郎は恐怖の余り叫んだ。頭によぎってしまったのだ。

 【死】という一文字が。


 甘太郎は混乱してショートソードを振り回し、乙一に吸い寄せられるように突撃した。

 小学6年の英雄思想は武器を捨てて逃げる選択肢を与えず、億に1つの確率でも勝利を信じて戦う選択をとらせた。

 短剣を使ったこともなければ、まともに喧嘩をしたのだって今日が初めてだった。

 だからこそ、実力差も理解できず恐怖から逃げ出すため戦ってしまう。


 バキッ


 ボキッ


 ゴツッ


 甘太郎がショートソードを捨てられなかったのは、願ってままならなかった校則違反アンチルールを手放すことそれが敗北であり死だと認識してしまっていたからだった。

 そのため、草土の上にビニール袋のように倒れた甘太郎はそうなってもショートソードを手放していない。

 足も腕もダラリと伸び切り、口内の毛細血管がドクドクと鮮血を流した。


 意識はとっくに失っていた。

 微かに残っていたのは聴力のみだった。

 甘太郎の体は早すぎる死を受け入れる準備を始めていた。


「‥‥‥‥」


「ブラザー‥‥殺しちゃいけんだろ?」





官能乙一かんのうおついち




 官能乙一は殺意に反応して草土に転がるビニール袋ようになった甘太郎の頭を目掛けて拳を振り下ろした。

 しかし、その拳は甘太郎の頭を潰す前に大きな手によって掴まれ宙へとどまる。


「ブラザー‥‥殺しちゃいけんだろ?」


 乙一が声の主へ目線を送るとそこには、高校3年で愚者愚者団の団長で妖怪族で充血した目を持つ大柄の男、アカメがいた。


「善悪の区別すらつかなくなったのかい?」


 リーゼントの鋭い目つきでアカメは掴んだ乙一の腕を握り潰す勢いで力を込める。

 その暴力に乙一は反応して、腰を回して切れ味のエグい蹴りを放とうとする。

 しかし、乙一のつま先にフリフリのついたお姫さまのような制服を着こなした女の子があくびをし座っていたため足は地面から離れなかった。


「ガキ殺すとかマジウケるわーwww おっくんさぁ、人間やめる気い???」


 甲高い声でそう言ったのは、高校3年で妖精族エルフと凡人族のハーフでディアランキング1位のメルヘンだった。


「ゼッテー炎上すんじゃん。おっくん、死ねよwww」


 片腕と片足を封じられた乙一の前髪で隠された顔面に模様が浮かび上がり、グワングワンと輝き始める。

 周囲の地面から塵が舞い上がり、強烈な威圧感が夜の河川敷を支配する。


 そんな乙一の目の前にいつの間にか高校3年で小人族の男の子のターヤ・ハレヤが陶器人形のような儚い微笑みを浮かべて立っていた。

 ハレヤは乙一の胸に指を突きつけこう唱える。


「歴史は繰り返す《ヒステリーループ》」


 二人の間に粒子で描かれた時計の針が浮かび上がり、逆回転して光の粒子が乙一の体に収束していく。

 すると、乙一の顔面の光沢を帯びた模様は静まっていき強張った体の力も抜けていく。


「乙一くん、落ち着いた?」


 ハレヤが乙一の胸におでこをつけて、まぶたを閉じて自分の体を預けた。


「ハレヤ、それキモイからやめろっつうの」


 うんこ座りのメルヘンが下からガンを飛ばして唾を吐く。


「‥‥あぁ、乙一くんの匂いだ」


 お構いなしにハレヤがそうこぼす。


徒然つれずれ、それ死んでないよな?」


 2メートルを超えるアカメが乙一の肩に手を置いて、甘太郎の近くで座る徒然にそう言った。

 高校3年で凡人族で学ランの上に白衣を羽織っている日々徒然ひびつれずれは虫の息の甘太郎に緑色の液体を注射してこう答える。


「アカメ氏、大丈夫ですぞ。急所は外してあります、オヒョヒョヒョ。骨が引っ付くには時間がかかりそうですが、それ以外なら私の処置で十分ですぞ」


「大丈夫じゃねーだろ、クソオタクがよお。おっくんにガキ殺しさせるつもりかあ?」


 メルヘンが立ち上がってスカートの埃を払う。


「メル氏、何をおっしゃる!? 本当の強さとは計画通りにミッションを機械的にこなすことですぞ。子供を殺すことになろうとも、乙一氏は自分のルールを徹底したのです! 情けや容赦なんてゲームをクリアするためには無用・不要! オヒョヒョヒョ!!!」


「うっざあ、“炎上“させんぞクソオタクがよお???」


 メルヘンがタブレットを手にして凶悪な表情で徒然を睨みつける。


「やめろやめろ。結果論、殺さなかった。今はそれでいいだろ。感情・感覚を無くしても、乙一は殺さなかった。そもそも、学園に殺傷武器があることがイレギュラーなんだ。冷静に事態を把握しようぜ」


 アカメが自分のリーゼントに触れながらそう言った。


「殺傷武器というよりはこの妖怪族の子供の校則違反アンチルールがまずかったですな。たぶん、オリジナル型で殺傷能力を持つ武器を使用可能にする‥‥といったとこでしょうか。これは最強の能力ですぞ! 私の兵器をフル装備できる逸材がこんなとこに落ちてるなんて!!!」


「徒然、学園を滅ぼす気か。お前の兵器は洒落にならん。で、どうすんだ? 校則違反を制限する校則違反は存在しない、それが学園の法則だ。そいつが目を覚まして、殺傷武器を手にすればまた乙一は殺しにいっちまうぜ」


 乙一に抱きついているハレヤが張り付いた微笑みでこう口にする。


「それならもう大丈夫だよ。僕が説得したから‥‥乙一くんも『もうしない』って言っているよ」


 それを聞いたアカメが大きな手で乙一の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ならもう安心だな。今日のことは事故だった、それでいいじゃねえか。そいつも誰かを殺す前に、乙一に痛い目を見せられたんだ。ま、よかったんじゃねえか」


 険しい顔でタブレットを操作しているメルヘンが呆れたように口にする。


「お前らバカすぎwww ガキをボコボコにして、世論が許すと思ってんのか??? こんな目立つとこでやっちまったんだぞ‥‥ほら、ディアライフに『官能乙一が小学生を半殺しにする』って動画、もう投稿されてんぞ」


 いち早く反応したのはハレヤだった。


「メルヘン、その動画を見せてよ」


 メルヘンが「ほら」と言って、三人にタブレットが見えるようにしてから動画を再生する。

 そこには、情け容赦なく甘太郎をボコボコにする乙一の姿が映っていた。


「監視社会ですな。こうも簡単に監視カメラの映像が流出してしまうなんて、世も末ですな」


「これでおっくんは炎上確定だっつうのwww」


「別に喧嘩なんて学園じゃあ珍しくないだろ? これがそんなに問題になるのか」


「わっちの作ったディアライフをなめんな。こんな印象最悪な動画見たら、明日からおっくんは学園で白い目で見られんだよ。そしたら、アホ学園さまの課題をこなすのも苦労が増えんだってwww」


「‥‥‥‥この動画って誰が投稿したのかな?」


「そんなん決まってる‥‥【嫌味なさっちゃん】だっつうの。さっちゃんには勝てない、なんせ天才だからwww」


「確かに、さっちゃんなら納得ですぞ! 隣の席のさっちゃんはなんでもお見通しですからな」


「あぁ、嫌味なさっちゃんか。さっちゃんには俺たちでも勝てないからな」


「ちょっと、待って!」


 ハレヤが唐突にそう叫んだかと思うと、ダラリとは鼻血を流して呼吸を荒くする。


「ハレヤ氏、もしかして我々は今“何者からか“攻撃を受けていたりしますかな?」


 徒然がそう言うと、メルヘンとアカメも周囲を警戒する。


「‥‥はぁ、はぁ。いいかい、頭を冷やして教えてくれないか‥‥さっちゃんってどんな人だった?」


 ハレヤがボタボタと草土に血をしたらせてそう言った。


「さっちゃんっていえば、隣の席で」


 と、アカメ。


「天才で最強だろうがよ」


 と、メルヘン。


「嫌味で物知りでチェーンメールが特技‥‥オヒョ???」


 と、徒然。


 三人が顔を見合わせて眉間にシワを寄せる。

 そして、ハレヤがゆっくりと丁寧な口調で言葉にする。


「さっちゃんなんて僕たちは会ったこともないし、知らないはずだよ。僕の歴史が正しければ、45日前からさっちゃんは突如出現して、当たり前のようにこの学園に『姿形も見せないまま』存在していることになる」


「精神干渉‥‥いや、記憶改変ですかな。しかも、学園全体が改変を受けいてるですと? そんなことできるのは、学園コアぐらいですぞ」


「学園さまにはそんな力残ってないだろ。つい最近も、プレイヤーの侵入を許したぐらいだ。学園都市を守るのだってギリギリじゃねえか?」


「ってかさ、わっちら“さっちゃん“とかいう何者かにはめられてんじゃね??? 今、この瞬間、この状況すらさー」


 メルヘンがタブレットを操作して、学園のSNSを確認する。


「やっぱり、おっくんが小学生ボコボコにしたって話題ばかりだぞ‥‥こうも炎上すると、学園が総力を上げておっくんを獲りにくるんじゃねえかなw」


 ハレヤがハンカチで鼻を拭いてから口にする。


「総力戦か‥‥僕たちも乙一くんの親友として、いよいよ本気になる時がきたみたいだね」


 アカメが腕を組んで堂々と口にする。


「高校卒業するまで1年もないんだ。俺たちも遊びはここまでにして乙一に最後まで付き合ってやるか」


 徒然が不気味な笑みを浮かべて口にする。


「学園VS我々ですかな。これは盛り上がってまいりましたな!」


 メルヘンが舌打ちをして面倒そうに口にする。


「炎上したら、もっとでっかい炎上させりゃいいんだっつうのwww」


 そんな4人を見つめて──いるか前髪で隠れて分からない官能乙一は、


「‥‥‥‥」


 やはり、無言・無表情で佇んでいるだけだった。

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