#14 殺意
☆天冷甘太郎
小学6年で妖怪族の半魚鳥で爽快感のある短髪の天冷甘太郎にチェーンメールが届く。
『隣のクラスの転校生は官能七姉妹の六女で小学6年の官能夢生と仲がいいみたい。そりゃ、“あの官能さんち“の子供だもん‥‥きっと、強い人が好きなの、本当だよ。転校生は小学生にしてはやるみたい。だから、官能夢生も好きになっちゃうかも、し・れ・な・い・ね♪‥‥さっちゃん』
メールを確認した甘太郎は二限目終わりの教室でガタッと席から立ち上がり、その足でタッタッタッと上履きを鳴らして隣の教室の廊下窓をのぞき込む。
後ろの窓際に座る片思い相手、官能夢生の隣の席には平凡族で目をギラギラさせた細身の“男の子“が座っていた。甘太郎は気配を消して、二人の動向を見守る。
眉間にシワを寄せた男の子は慣れた様子で夢生に話しかける。
「なあ、夢生。学校に通うだけで本当に強くなれるのかよ? ぶっちゃけ、ここにいる奴ら雑魚だろ」
夢生はクリクリとした大きな瞳を見開き、あたふたと小声で答える。
「ちょ、ちょ、來宙さん! そんなこと言っちゃダメだよぉ」
「は? なんでだよ。学園の子供は強くないといけないんだろ?」
「そ、そうだけど‥‥別にみんながみんな戦うことが好きなわけじゃないんだよお」
「あーあ、なんか拍子抜けだな。早く帰って七流と修行したいぜ」
夢生が唇を尖らせて「ぷぅ」と吐き捨てて口にする。
「ナルちゃんは戦ったりしないよ。姉妹の中で一番おとなしいんだから」
來宙が「え?」とポカンとベロを見せる。
「え? え?」
夢生は來宙の予想外の反応に首をかたむけた。
そんな二人の様子を盗み見していた甘太郎は胸にモヤモヤした鈍痛がして、廊下窓から足速に離れる。
甘太郎が教室に戻って席につくと同時に三限目の始業チャイムが響いて、何事もなかったように算数の授業が始まった。
そして、机の引き出しに忍ばせているタブレットがメールの着信を知らせるランプを点灯させた。
つまり、またさっちゃんからチェーンメールが届く。
『官能夢生と転校生は仲がいいね、本当だよ、妬・い・ちゃ・う・ね♪‥‥さっちゃん』
☆ ☆ ☆
甘太郎の悶々とした胸の鈍痛は放課後になっても治まるどころか激しさを増すばかりだった。
放課後、春の町にある氷室流道場で鍛錬をしている間も考えるのは夢生と転校生の“男の子“のことばかり。
師範である高校2年で学園会書記で序列183位の氷室涼が、甘太郎の上襟を掴み軽々しく投げ飛ばしてみせる。
「甘太郎‥‥今日は終いだ。受け身もままならないんじゃあ、怪我をする」
サラサラの髪を揺らして、涼が厳しい口調で告げる。
甘太郎は慌てて姿勢を正し、その場で正座をして頭を下げた。
「す、すみません‥‥その、俺って強くなってるのか気になって、集中できなくて」
涼が「あのなあ」と呆れたように腕を組んで諭すように口にする。
「二週間、がんばって鍛錬しただけで強くなるわけないだろ。小さなとこから積み重ねだ、武術はそれしかない」
甘太郎が正座のまま前屈みになって言い返す。
「それは分かってます‥‥でも、それじゃあ幾千年かかっても官能乙一に勝てないんじゃないかって」
「官能乙一に挑む前にまずは序列一桁を目指せって教えただろ? そもそも、序列に参戦したいんだったら──」
「校則違反を使えるようになること! はい、覚えています。覚えていますよ! 覚えていても使えないんですよ!」
「反抗期なんて意識してなるもんじゃない、ある日突然なるもんだ。甘太郎、何を焦ってるんだ?」
甘太郎は三本の指をひざの上に置いて、うつむいてボソボソと口にする。
「師範なら分かってくれますよね‥‥このままだと好きな人が盗られるかも知れない。だから早く強くならないといけないんです」
涼は額を手でおさえて、また「あのなあ」と続ける。
「甘太郎は好きな人のために強くなるのか? 違うだろ。強くなることは学園生徒としての使命じゃないか」
甘太郎は強烈な違和感を覚えて顔を上げるが、そこには普段通りのどこか残念な雰囲気のする氷室涼の姿しかなかった。
「あの、師範には好きな人がいるんじゃあないですか?」
「はあ? 俺はこの通り、学園会業務とこの道場の師範代としてそこそこ忙しい毎日を送ってるんだ。好きな人なんて作っている暇ない」
「え? えーっと‥‥師範って恋人がいませんでしたっけ?」
「恋人だって? いるわけないだろ! 俺は好敵手である官能無花果と決着をつけるため、学園会書記にまでなったんだ。高校卒業までに決着をつけてやるのさ」
師範から『恋人がいる』と正確に聞いたことはない。だけど‥‥だけど‥‥一ヶ月少し前から、やたらと愛を語るようになり、噂でも氷室涼師範に恋人ができた‥‥そう甘太郎は耳にしていた。
それなのに、何故今さら『まるで恋人の存在がなかったかのように』振る舞うのだろうか。
甘太郎はこれ以上、どう問いかけていいか分からなかった。ただ、何か猛烈な違和感だけを感じて自分も何か巨大な胎動に巻き込まれているような予感がしてしまう。
「師範、あの──」
ただ間を埋めるようにそう声をかけた甘太郎の言葉は突然の来訪者にかき消されてしまう。
「ああうあ〜」
道場の正面神棚の下に腰をかけた子供ゾンビがいた。やたらとグロテスクな頭に、骨の模様のスーツを着ている。
甘太郎は気配もなく現れたゾンビに驚き、後ろにのけぞってそのまま距離をとった。
「序列321位のゾンビ仮面か。俺もバカにされたもんだな。こんな格下に【序列狩り】の獲物にされるなんて」
涼はやれやれといった様子で首を横に振り、ゾンビ仮面を睨みつける。
「道場ぅ〜破りだぁ〜‥‥序列183位氷室涼‥‥ナル、じゃなくてゾンビ仮面と戦え〜」
可愛らしいうめき声をあげてゾンビ仮面が立ち上がり、その場でピョンピョンと跳ねる。
ゾンビ仮面のことは甘太郎も知っていた。最近、学園ワイドショーを賑やかせている正体不明の序列狩り、ゾンビ仮面。
ふざけたコスプレからは想像できない圧倒的な速さと戦闘センスで瞬く間に序列を駆け上げていっている超新星。
「道場破りなんていつ以来だっけな。5年前とかかな‥‥確か、官能七姉妹の次女、官能双樹だった。非公式だったけど、その時は俺が勝ちを拾わせてもらったよ」
「えっ!? そうちゃん負けちゃったの???」
「ん? お前はゾンビじゃないのか。そんな流暢に喋ると仮面の意味をなくさないか」
「あっ‥‥ああうあ〜」
そんな軽口が響く道場はすでに緊張の重圧で支配されていて、甘太郎は壁にもたれ体を小さくしていた。
涼が懐からペットボトルを取りだしてキャップを回す。
「ちょうどいい、甘太郎この前の続きを教えようか。校則違反の第一世代はアカデミア型とハーモニア型。第二世代によってファンタジア型とヒステリア型が新しく発見された。そして、俺たち第三世代は校則違反そのものを進化させる方法を編み出した」
ゾンビ仮面がうずうずとすぐにでも突進をしたそうに足をグリグリ回しているが、涼に決定的な隙がなく前に出られない。
涼がペットボトルを縦に振り切って死神の鎌のような氷の武器を作り出す。
「俺は大気を漂う水分ですら氷に変えることができるが、あえて『500ミリの水しか凍らすことができない』という不利な発動条件を自分に課している。しかし、校則違反は自分に不利な条件を設けた方がその威力が向上するという不思議な性質が確認されている」
涼の氷の鎌が変形してムチのしなりを発揮し、ゾンビ仮面に襲いかかる。
「いきなしっ!!!」
ゾンビ仮面が叫び、疾風で回避して距離を縮めようと前へ踏み出す。
しかし、いつの間にか目の前には氷の壁。
「あうっ!!!」
氷の壁にぶつかっておでこを赤くする瞬間、氷の壁が崩れ無数のツブテになってゾンビ仮面を襲う。
「子供ゾンビ、反射神経が良すぎる。百番台になるには身体能力のゴリ押しじゃあ通用しない」
至近距離で放たれる氷のツブテを全て避け切ってみせ、ゾンビ仮面は横に逃げて壁を駆け上る。
が、踏ん張るべき場所にやたらと滑る氷が張ってあって、壁から落ちて体を打ちつける。
「校則違反が絶対と言われるのは能力次第では相手に触れることなく、こうして圧倒できるからだ」
涼が余裕を見せた瞬間、ゾンビ仮面はポケットに手を入れようとする。
しかし、ポケットは凍ってしまって開くことができない。
「えー、ずっこい!!!」
ゾンビ仮面がそう叫んで、距離をとって「ふぅふぅ」と呼吸をする。
「武器を持たない奴がポケット膨らませていたらそうなるよ。それから、子供ゾンビが距離を縮めようとしてくるのは他者影響のハーモニア型の校則違反持ちだからだろ? ハーモニア型は極端に間合いが短いからな。だったら、こうして間合いをとって戦えばどうってことなくなる」
「ムカつくなあ‥‥でも、楽しいっ!!!」
言葉とは裏腹にゾンビ仮面は攻め手がなくなり、ピョンピョンとその場で飛び跳ねる。
「最後に環境影響と呼ばれるファンタジア型の本当の怖さを身をもって体験させてやろうか」
涼が天井めがけて氷の鎌を振るとスプリンクラーが作動して、道場に水のシャワーが降り注ぐ。
そして、涼は氷の鎌を水に戻して両手を広げた。
「あー、もちろん。このスプリンクラーは手抜き工事ではなく俺の方で強い衝撃を受けたら作動するように改造している。さて、子供ゾンビ。見ての通りこの瞬間、俺の手元に500ミリ限定の氷に変えることのできる水分は‥‥ない。どこにあるか想像しながら戦ってみるといい」
濡れたゾンビ仮面はキョロキョロと周囲を見渡すが、何も発見できず「めんどくさいなあ」と苛立って口にする。
「こんなんわかんないよ!!!」
「ファンタジア型の校則違反は環境に溶け込む」
「ずっこい!!!」
「やれやれ‥‥イジワルはやめようか。実は俺の校則違反は発動する時間が限られていてな‥‥ほら、ペットボトルに水が戻っているだろ? だから、スプリンクラーを使って時間稼ぎをするつもりだったんだ」
涼が水で満たされたペットボトルを見せびらかせて、両手を広げるとゾンビ仮面が「サンクス!!!」と言って、猛スピードで駆け出した──その瞬間、
「いたっ!!!」
ゾンビ仮面の情けない声と同時に、その後頭部を大きな氷のハンマーが撃ち抜いていた。
「悪いわるい、こんな簡単なブラフに引っかかるとは思わなかった。このペットボトルの水はスプリンクラーのもので、氷に変換できる500ミリの水はずっと子供ゾンビの後ろでハンマーを作っていたんだ。ちなみにファンタジア型の弱点も間合いだよ。能力者から離れると影響も弱くなる。だから、時間を稼がせてもらった」
ゾンビ仮面は立ちあがろうとするが頭がグワングワンと揺れて上手く起き上がれない。
スプリンクラーのシャワーを浴びながら、涼がゆっくりとゾンビ仮面に近づく。
そして、ためらいもなくグロテクスなゾンビの仮面を剥いだ。
「やっぱり、凡人族の子供か。嫌になるな、学園は。たまに、こういう天才が現れてめちゃくちゃにしていくんだから」
涼がそう口にすると、今まで目を乾燥するほど見開いて息を呑んで二人の戦いを見守っていた甘太郎が道場の隅から声を上げる。
「師範、そいつ官能七流です! あの官能七姉妹の末っ娘で、俺のひとつ下の小学5年生」
「うげ‥‥また官能兄妹か。もう、勘弁してくれ。こんな小学生育てて、無花果は学園都市を支配しようとしているのか」
涼がそう口にすると、骨スーツを着た七流が「ヒック‥‥ヒック‥‥」と嗚咽を漏らし始めた。
「うぅ‥‥うぇぇ〜ん‥‥ナル、生まれて初めて悔しくて死にそう!!! うぇぇ〜ん」
七流はその場で床をバンバンと叩いて、思い切りただシンプルに泣く。
「はぁ‥‥官能姉妹と戦うといつもこうだ。最後は泣かれてこっちが負けた気持ちになる‥‥末っ娘、送って行くからさっさと泣き止め」
「うぇぇ〜ん‥‥ヤダァ‥‥リベンジするもん!!!」
「もっと強くなってからな‥‥甘太郎、こういう奴が強くなっていくんだよ、覚えておけ」
涼の言葉に甘太郎は肯定も否定もできなかった。
それは、先までの戦闘があまりにも現実離れした夢のような舞台劇で、甘太郎は自分が二人のように強くなれる絵を線一本も引けないからだった。
☆ ☆ ☆
『官能七流はひとつ下なのに強かったね。お姉ちゃんの夢生はもっと強いかも‥‥どっかの誰かさんみたいに校則違反すら使えない雑魚とは違うよね、本当だよ、く・や・し・い・ね♪‥‥さっちゃん』
氷室涼と官能七流の戦いの翌日、その放課後。
天冷甘太郎は帰りのホームルームが終わると同時にランドセルを持って立ち上がり、隣のクラスに足を向けていた。
そして、ズカズカの隣の教室にやってきて官能夢生の腕を掴んだ。
「夢生、一緒に帰ろう」
まだ帰り支度をしていない夢生はクリクリの瞳を瞬きさせてこう口にする。
「甘太郎くん、急にどうしたの?」
「別に‥‥一緒に帰るぐらい普通だろ」
「そうだけど‥‥あのね、ちょっとだけ腕痛いよ」
「一緒に帰ってくれる?」
すると、間から來宙が割って入ってきて甘太郎の腕を強引に振りほどく。
「痛いって言ってんだろ? その耳は飾りか? おぉ?」
ガンを飛ばす來宙に甘太郎は表情のないまま言い返す。
「うるさい、転校生には関係ないだろ。これは俺と夢生の問題だ」
「なんだテメエ、やんのか?」
「や、やめてよお! 喧嘩はしないで‥‥ね?」
今度は夢生が間に入って両手を合わせて上目遣いで言った。
「夢生、一緒に帰ってくれるよね?」
甘太郎は『何かに取り憑かれたように』そう繰り返し言った。
夢生は困惑しながらも、「う、うん」と頷いて続ける。
「あのね、來宙さんと一緒に帰る約束していてね‥‥だから、その‥‥三人で一緒に帰ってもいいかなあ‥‥なんて」
「俺は別に一人でいいぜー。なんか、そいつキモいし」
「來宙さん! 仲良くしないとダメだよお。それに、來宙さんを一人にしたらムウが色乃ちゃんに怒られるもん」
甘太郎が來宙を睨みつけてこう口にする。
「俺は三人一緒でいいよ‥‥うん、全然問題ない」
「そう‥‥よかった」
夢生は「えへへ」と尻すぼみな笑みを浮かべてそう言った。
『夢生は転校生のことを随分、気にかけているみたい。もしかして‥‥‥‥なんちゃって。大丈夫だよ、夢生はきっと約束を忘れていないよ。『にいにに勝ったら結婚してしまうよ』だったよね。でも、にいにってあの官能乙一だよね? 無理じゃないかな? だって、このままだと転校生にも勝てないもんね、本当だよ、か・な・し・い・ね♪‥‥さっちゃん』
夢生を挟んで甘太郎と來宙の三人で春町の河川敷の道を歩いている。
枯れない桜が花びらを散らし、遠くで路面電車がのんびりと走っている。
「ダーーっ、辛気臭せえなあ! 夢生、こいつなんなんだよ。もうぶん殴っちまってもいいか?」
重たい空気に耐えきれなくなった來宙が腕を振り上げてそう叫んだ。
「殴るのはダメだよお‥‥うーん、ムウはイクちゃんみたいに空気が読めないんだよお」
「転校生が俺を殴るのか? それはいいな‥‥うん、俺は勝てるよ‥‥うん、絶対に勝てる。転校生、河川敷に降りろ。うん、きっと俺の方が強い」
「上等だっ! こっちは負けが込んでてイライラしてんだ」
「ケンカはやめてよお‥‥えー、どうしよう」
夢生の声は届かず、甘太郎と來宙は河川敷におりてランドセルをおろして距離をとり向き合った。
河川のほとりの桜の花びらは流れに詰まって揺れていた。
「本気で行くぞ、陰鬱野郎!!!」
來宙がそう叫び、ストレージからショートソードを取り出し手に持つ。
瞬間、柄を握る來宙の手に電撃が走って、ショートソードを草陰に落としてしまう。
「うがっ!!! しまった、約束を破ると電気が流れるんだった」
來宙が腕を振って顔を歪ませる。
官能七姉妹三女の官能三輪の校則違反は約束を破ろうとすると、体内電流が暴走させて激痛を走らせる。
そんな一人芝居を眺めていた甘太郎は(なんだこいつ? これなら校則違反なしでも‥‥)と考えて、両手拳を突き出し構えをとる。
夢生は「だ、大丈夫かな‥‥」と心配そうに動向を見守っている。
「マジか、装備なしか。しかも、魔法もほとんど無効になってるじゃねえか。三輪のユニークスキルやべえな‥‥まあ、学園で強くなるんだ、ちょうどいいハンデだな」
來宙はそう自分を納得させると、MPを10消費して物理攻撃力を上げる風属性の魔法を唱えた。
甘太郎は來宙の動きの意味が理解できないでいたが、それはただの油断で隙だと判断して、昨晩のゾンビ仮面のように思い切り前に踏み出した。
決着は一瞬だった。
不用意に踏み込んだ甘太郎の右拳は空をきり、バランスを崩したとこを來宙の風を纏った左拳がアゴをぶちかますようにずっしりと刺さった。
「え、お前めっちゃ弱いじゃん」
と驚いた表情の転校生の顔と。
「甘太郎くん、どうしちゃったの?」
と泣きそうな片思いの人の顔。
最後、視界を覆い尽くす草土、そして真っ暗になって甘太郎の意識はそこで途絶えた。
☆ ☆ ☆
甘太郎が目を覚ますと夕暮れの河川敷で、ポーションの空瓶が2本並んでいた。
すぐに夢生がお情けで使用してくれたものであり、たった一発殴られただけで気を失った自分に彼女はどんな気持ちでポーションを使ってくれたのか。考えるだけで、胸が痛くなった。
「‥‥俺、めちゃくちゃ弱かったんだな」
甘太郎は体を起こして、3本の指を動かしてみる。
それは鳥なのか、魚なのか。なんとも中途半端な妖怪族の手でしかなかった。
「‥‥強くなりたいな」
この学園の子供だったら誰もが思うことだ。
序列上位10%にでも入れば奨学金がもらえるし、周りから一目置かれる。そもそも、この学園の校則で強くなることは当たり前のように定められている。
「‥‥強くなりたい」
甘太郎はそう自分に言い聞かせるが、次に湧いて出てくる言葉は「でも」「いや」「さすがに」といったもので、その文末は「無理だろう」で締めくくられる。
初めて戦闘をして理解したことは、昨晩の官能七流の身のこなしが異常だったということだった。
氷室涼に一方的に攻められても、諦めずとにかく前へ突き進んでいったあの勇姿。
(俺には無理だろう、あんなの。だって、戦うってこんなにも怖いんだから)
ひざを抱えてうずくまって、そのまま少しだけ泣いた。
涙はたいしてでなかった。自分は涙を流すほど強くもないし、努力もしていない。
夕暮れが終焉を迎えて、夜空に星が浮かぶ。
星が地面を照らすと、草陰にキラキラ光る“何か“
甘太郎は導かれるように立ち上がり、光の元へ歩み寄った。
光の正体は來宙が落としたショートソードだった。
殺傷能力を持った短剣だった。
「‥‥もしこれを使えたら俺でも強くなれるかな」
甘太郎がそう呟いてショートソードを拾った瞬間、反抗期は始まった。
校則違反:殺傷能力の持つ武器を使用可能にする
そして、甘太郎の背後に官能乙一が音もなく現れた。