#13 序列一桁
☆フーヤ・ピロロ
放課後の学園は徐々に拡大する混走など知らぬ存ぜぬよう惰性な上履きの足音を響かせる。
学園の北側に位置する4階建の特殊塔の最上階にある学園会総長私室の大きな窓は平穏な都市を展望できるガラス窓でできている。
そんな部屋で大学2年で序列2位で特異レベル6の校則違反を使用する学園会総長‥‥つまり、この学園都市にいる子供たちのトップである小人族で胸の大きい童顔のフーヤ・ピロロは「さて」と一声かける。
「特異レベル7【週末の眠り姫】が近々、官能乙一を中心に大きな戦闘が起きると予知した。先日、プレイヤーの侵入を予知してみせた彼女の能力は信用に値すると特異点研究所は秘密裏に決定した。詳細については具体的に教えることはできない。眠り姫の予知を変えられては、こちらの利がなくなるからね」
総長私室の豪勢な机に腰をかけたピロロがそう口にすると、ソファに座る高校3年で序列4位で妖精族のウィンディーナが足を揺らして言い返す。
「で? だから? つまり? なに? さっさと? 言いたいことあるなら? 喋ってくれない? ディーナは暇じゃないの」
聖戦絵画の女神として描かれていそうな長髪のウィンディーナが苛立った様子でそう言葉にすると、総長私室の空気が一変して重たくなった。
「話は最後まで聞けや【賢者】さま。物事には順序っちゅうもんがあるんや」
ウィンディーナの隣に座っている大学2年で序列3位で学園自警会総監で妖怪族で天狗の鼻をしているケンドーが諭すような口ぶりでそう言った。
「妖精族は‥‥せっかちで‥‥いけないんだな。おにぎり‥‥食べたいんだな」
部屋の隅で両肘を抱えて立っている高校2年で序列5位で妖怪族と凡人族のハーフの吾潟大将がオドオドと言った。
「うるさいよ【地走り】、それから【噛ませ犬】」
チッと舌打ちをしてウィンディーナは貧乏揺すりをさらに激しくした。
ピロロは(序列一桁に回りくどい説明は逆効果か‥‥)と考えながら、ニコリと愛想よく微笑んだ。
「【賢者】の言うとおり、あなた達にサブクエストを依頼するならシンプルに越したことないですね。失礼いたしました」
ピロロがそう言うと、先ほどから部屋の中をぐるぐると歩き回っている男が反応する。
「サブクエスト!? ヒュー、たぎるねえ。小人族の【勇者】さんよ、報酬ははずむんだろうな?」
黒いハットにマントを羽織った見るからに怪しい風貌の大学1年で序列9位で凡人族の馬場悦治が興味を向けた。
「はい、【道具使い】。これはサブクエストギルドからの正式な依頼です。依頼主は我々、学園会。成功報酬は3億学園ポイントとそれから‥‥序列2位の席を譲ります」
「ま、ま、まさかの引退宣言!? アネキ、ちょっと待てよ!!! そんな勝手な判断、族長が黙ってないぞ!?」
そう慌てたのは小人族にしては大きい(とはいえ160センチぐらい)の精悍な顔つきをした中学3年で序列7位で小人族のフーヤ・ルスクだった。ピロロとルスクは姉弟の間柄である。
「この閉じられた学園都市で外見にこだわっているのは老人会という老害の集まりぐらいさ、【ギャンブラー】。どうせ私は来年には大人になり校則違反を使用できなくなる。勇退は早いか遅いか、それだけの問題」
ピロロが丁寧にそう言うと、「アネキがそう言うなら‥‥賭けるぜ」とルスクは金貨を手遊びしてつぶやいた。
「序列とか? 報酬とか? どうでもいいから? さっさと依頼内容を教えて? いい加減飽きてきたんだけど」
ウィンディーナが眉間にシワを寄せて言うと、その後ろに立ちキョロキョロと不安そうにしている高校1年で序列10位で妖精族エルフのセイラが小さい声でこう口にした。
「ディーナさま‥‥あまり急かさないでください。序列を譲るということは、学園会総長を辞職すると同義です。ピロロ総長はそれ相応の覚悟を持って、私たちを招集して依頼をしてくださっているのですから」
ウィンディーナはチッと舌打ちをして、護衛のように後ろに立っているセイラを睨みつけた。
セイラは「ヒッ‥‥申し訳ございません。出過ぎた真似を」と下を向いてしまう。
「気を使わせてしまってすみません【幻獣使い】。それでは、具体的な依頼内容に入りましょう」
ピロロが微笑んで声変わりのない少女のような声で説明を続ける。
【週末の眠り姫】の予知によると今日から20日後、官能乙一が大きな戦闘行為を実施、それは“勝敗に関わらず“彼に大きな傷を残すと予想される。
それでも乙一は『学園の誰かにブラジャーを装着する』という呪いからは逃れられない。
大きな戦闘行為の後でも、乙一はノーブラの女の子を探し出し、無理矢理上着をはいでブラジャーを装着することでしょう。
そこで、学園会は乙一よりも先にノーブラの女の子を割り出し保護します。割り出す方法は、【嫌味なさっちゃん】が当日、チェーンメールで教えてくれることになっています。
隣の席の【嫌味なさっちゃん】なら確実に保護対象を割り出してくれるでしょう。
対象を保護したら序列2位の私が直接護衛にあたり、学園都市を東の夏の町から季節順に周り巡ります。
乙一は間違いなく保護対象を追いかけてくるので、あなたたち序列一桁には、各町で待機していただいき乙一の追撃にあたってください。
官能乙一を倒せたなら依頼は達成。報酬は即日、お支払いします。序列2位‥‥いや、空白の1位も手に入る。
「これが学園会総長としての私からの最後のサブクエストです。受けていただけますか?」
ピロロが説明を終えると、自警会総監のケンドーが渋い顔で返す。
「俺たち【一桁』が断る理由はあらへんな‥‥序列8位の【努力家】は乙一の血縁者やから声をかけてないのは分かっとるが、序列6位の【時代遅れ】の姿が見えへんのはどないや? あれは、なかなか強いぞ」
「【時代遅れ】は保護者会の所属ですからね。事情を説明する間も無く、招集に応じて頂けませんでした」
ピロロが呆れたようにそう答えると、ウィンディーナが早口でまくしたてる。
「そんなのどうでもいい? やっと? 本当にやっとね? ディーナが1位になれるの? 分かる? 官能乙一がどれだけディーナの邪魔をしてきたか」
ウィンディーナが絶対零度の眼差しで魔力を発散させると、セイラが「お、落ち着いてください」と弱々しく言った。
「待ち伏せで総戦力をぶつけるのかい? いいね、奇襲は僕の得意分野だからね。君もだろ【ギャンブラー】」
【道具使い】の馬場がそう問いかけると、【ギャンブラー】のルスクが頷いて答える。
「オッズはどうなるかな‥‥アネキ、300万Gポイントを貸してくれ。倍に‥‥いや三倍にして返すから!」
学園総長私室で口々に騒ぎ立てる序列一桁たちの声を聞きながら、ピロロはため息を吐いてこう考える。
(ここまでの戦力を乙一にぶつけるのは初めて。この大規模作戦により今まで、表立った動きのなかった“奴ら“が絶対に動く‥‥作戦が失敗したとしても‥‥私は‥‥)
☆官能七流
官能七姉妹の七女で末っ娘の官能七流がヘッドギアを乱暴に外し指をさしてこう叫ぶ。
「よっわ! ライチュウよわすぎ〜。これじゃあ、ストレッチにもなんないなあ」
少し遅れてプレイヤーチルドレンで10歳でボーイッシュな來宙もヘッドギアを外して答える。
「七流てめえ、ズルしてんだろ!? いくらなんでも早すぎる!」
ベッドの上で嘲笑う七流、それに噛み付く來宙を離れた机から眺めている凡人族で中学3年の日々色乃が淡々と口にする。
「仮想領域の二人の数値条件は全く同じよ。ただ、仮想空間の時間経過を3倍に設定してるの。七流はずっと私の作った仮想空間で訓練してきたから、現実時間の感覚を他人より遅く認識しているのよ」
來宙が「は!?」と色乃を睨みつける。
「やっぱりズルじゃねーか!!!」
「ズルでもチートでもないわ。七流が訓練して得た特性よ」
「そうそう、ナルはつおいんだよ」
來宙はぐぬぬと唇を結びそっぽを向き、不貞腐れたようにこう口にする。
「レベル1のモブのクセして‥‥なあ、学園には七流みたいな奴しかいないのか?」
「安心しなさい、七流は特別よ。だって私の自信作だから。小学5年で序列321位、しかも一ヶ月もかけずに10戦10勝。まあ、來宙も歳の割には“やる方“だから心配しないの」
七流が身軽に立ち上がり色乃の膝に飛び乗って上目遣いで尋ねる。
「ねえねえ、レベルってなんなの? 特異レベル以外にもレベルってあるの〜?」
色乃が「ふむ」と頷いてこう説明する。
「私たちの住む学園が見えない壁で囲まれていて外に出れないことは知っているわね? 壁の向こう、外の世界は異星人や異星獣やモンスターやプレイヤーを倒すだけでレベルアップ‥‥つまり、身体能力や魔力が向上して強くなれるのよ」
「えー、それってズルくない? でも、ライチュウはつおくないよ」
ベッドの上で來宙が尻すぼみな声を張り上げる。
「俺はレベル21だぞっ! 本当なら‥‥もっと、強いはずなんだ」
「そうよ、七流。外のレベルを侮っちゃダメよ。レベルが100超えるプレイヤーは序列一桁でも圧倒的なステータスの差でまず勝てないんだから」
「しいちゃん、ナルもレベル上げたいよ!!!」
「無理よ。私たちは学園の外には出られない、そう校則で決められているから」
「色乃、俺は外に出れるんだよな?」
「無理よ。外側から学園に何者かが侵入することは稀にあっても、学園から外に出る方法は見つかっていないの。ひとつ可能性をあげるなら、校則そのものを変えることぐらい」
「校則って変えることができるのー?」
七流が瞳をクリクリさせてそう口にする。
「さあね‥‥ただの可能性の話よ。校則を変えるなんて私たちには物理法則を変えることより理解し難いこと」
色乃の膝の上で七流が「ふーん」とすでに興味をなくしたように鼻を鳴らした。
來宙は悩まし気な顔をする。それは、外のクソゲーな場所に戻って早く両親を探しに行きたいが、日々家に保護されて3日目。安全と安眠が約束されたこの学園都市から離れたくないと思ってしまっているからだった。
そんな來宙の気持ちを察して色乃が冷静に口にする。
「例え、今すぐ外に出れたとしても死ぬだけ。それは來宙が一番理解してるでしょ。まず最初にすることは何か思い出しなさい」
「‥‥強くなる、こと」
「そうよ。仮想空間で來宙の戦闘を見させてもらったけど、確かに身体能力や魔力はその年齢にしてはかなり高いわ。でも、技術がまるでダメね。早さだけで七流に敵わないんじゃない。戦い方がなっていないのよ」
「あはは〜、ライチュウはゾンビみたいに何も考えず突っ込んでくるだけだもんねえ」
「ゾンビはお前だろ!!!」
色乃の部屋に入り浸っている隣の官能さんちの七流と居候の來宙が仲良くなるのはごく自然なことだった。
「すぐ喧嘩しないの。來宙、明日から小学校に通いなさい。それで、たくさん勉強して訓練して努力しなさい」
「学校ってとこに行けば強くなれるんだよな」
「ライチュウ転校してくるの? ナルと一緒のクラスになろうよ〜」
「來宙は小学6年だから夢生と同じ学年ね。七流から夢生に面倒見てあげてってお願いしといて」
「なーんだ、いっこ上だったのか‥‥うん、ムウちゃんに伝えておくよ」
來宙は「うしっ!」と気合いを入れて無造作に置かれたヘッドギアを手にする。
「七流、リベンジさせろ! 学校ってやつに行くまでに少しでも強くなってやる」
色乃の膝からピョンと立ち上がって七流が楽しそうに答える。
「しょうがないなあ。手加減はしないよ」
そんな二人を見つめて、色乃は微笑ましいため息をつくのであった。