#11 プレイヤーチルドレン・前編
☆來宙
10歳で短い黒髪の來宙はプレイヤー同士のシステマチックな結婚によって産まれた子供で、プレイヤーチルドレンと呼ばれる新しい人種だった。
「おい、荷物持ち。ポーターが遅れるな、俺たちの食糧を独り占めする気か」
五人組パーティの中で重装備で身を固めるタンクの男が挑発するように口にした。
薄暗い斜面の険しい山道は、まだレベル21で子供の來宙にはかなり厳しい状況だった。
「うるせえ、こんなの遅れてるうちに入んねーよ!」
切れ切れの吐息に歯を食いしばりながら、來宙が歩幅を広げると前を歩くパーティーメンバーがヘラヘラと馬鹿にした笑い声をあげた。
「ならいいんだ。分かってると思うが、もし荷物を捨てたりしたらお前の一つしかないライフはすぐに消える‥‥覚えておけよ」
重装備の男が眉間にシワを寄せて、凄みを効かせる。
「分かってるって! 本当に不公平だよな、あんたらはライフが三つもあるっていうのに俺は一つだけだ」
「ウチのパーティは一度全滅リスポーンしてるから、残り二つだよクソガキ」
來宙は「クソッタレ」と念じて、体重よりも重たい荷物を背負いながら歩き続けた。
プレイヤーはライフが‥‥つまり、命が三つあって死んでも二回までなら最後に立ち寄ったリスポーン地点で蘇る。
しかし、プレイヤーチルドレンはモブと同じで死んだら消えるだけで、リスポーンすることはない。
プレイヤーは重さ100キロまで収納できるストレージを持っているが、プレイヤーチルドレンのストレージは10キロしかない。
遠い昔、この世界に迷い込んだプレイヤーを創造神は優遇したが、その子供であるプレイヤーチルドレンまでは面倒を見てくれなかったらしい。
來宙は無我夢中に山を登りながら、やはり「クソッタレ」と呟いた。
異星人の侵略を受けているこの世界はモンスターだらけで、人間の暮らす町や村はもうほとんど残っていない。
半年前、どこかにリスポーンしてはぐれてしまった両親は「こんなクソゲーでも前を向いて生きるんだ」と口癖のように言っていた。
來宙には“クソゲー“がどういったものか分からないが、確かにクソッタレな世界ではあると思っている。
両親とはぐれて、たまたま重装備の男をリーダーとする五人組パーティーに拾われ、荷物持ちのポーターとしてこうして同伴していた。
この世界はレベル21が一人で一晩を越せるほど甘くは出来ていない。憎たらしいが、レベル120で構成されたバランスのいいパーティと出会えたことは幸運だった。
「幸運なんてクソッタレだ」
現状を素直に喜べるほど大人じゃない來宙はそう吐き捨てた。
これ以上、登山すれば來宙の足首がとられて傾斜を転げ落ちる寸前で、パーティーは立ち止まりストレージから武器を取り出し息を潜めた。
レベル120になると武器も大きく重量も増えるため、100キロのストレージでも足りないらしい。
そのため、食糧や備品を來宙が運ばされているのだった。それが、パーティーに同伴する交換条件だ。
立ち止まった先には森の切り開けた遺跡があって、そのそばで額に燃えるような真っ赤な宝石をひっつけた巨大な獣が寝息をたてていた。
宝石は星光に照らされていて、見たもの全てを飲み込んでしまいそうなぐらいの美しさを放っている。
「よし情報通り、ユニークモンスターのカーバンクル亜種だ。手筈通り、目を覚ましてもらうだけだ。絶対に攻撃はするんじゃないぞ。あれは竜種の異星獣だ。レイド組んでも倒せないようなモンスターだ」
パーティーメンバーがうなずくのを見て、來宙だけは納得できなかった。
「おい、戦わないのに起こすってのはどういうことだ? もしかして、集団自殺でもする気か? 勘弁してくれ、俺はお前らと違ってライフは一つだけなんだぞ!」
重装備の男がやれやれと首を横に振った。
「いいかポーター。荷物持ちは黙ってパーティーの後ろについて来い。嫌ならここに残ってそのまま土に還れ」
來宙は言い返そうとしたが、どう足掻いても重装備の男の言う通りにするしかないと頭が結論を出し、感情を押し殺してこう口にした。
「‥‥俺はどうすればいい?」
「その態度が長生きの秘訣だ、覚えとけよ荷物持ち。いいか、お前は黙って後ろからついて来い。そしたら、天国に連れて行ってやる」
「‥‥クソッタレ」
「それでいい‥‥じゃあ、行くぞ」
五人組パーティー背中を追いかけて來宙は巨大なカーバングルの前に踏み出した。
眠っている美しい幻獣の圧力は絶望的でこの世の終わりの気配がした。
來宙は男たちの背中に隠れるように身を屈め、早くこの瞬間が終われと祈り続ける。
重装備の男がスキルを発動させ、鉄剣で銀色の盾を叩いて大声で叫んだ。
「起きろ化け物! こっちを向け!」
カンッ、カンッ、カンッ
重装備の男が金属音を鳴らして挑発する。
他のパーティーメンバーは唾液を飲み込み、事態を見守っている。
カーバングルは耳をピクリと動かしてから、ゆっくりとまぶたを開けて気だるそうに体を起こした。
來宙たちの方を向くが興味なさそうにブルブルと体を伸ばした。
そして、大聖堂の鐘の音色のように響き渡る鳴き声をあげた。
「キューーン!!!」
鳴き声と同時に額の真っ赤な宝石が輝き始め、周囲を光線が照らした。
「なんだこれは‥‥クソッタレッ!」
來宙が思わずそう叫んだ時には、赤い宝石に吸い寄せられて光に飲み込まれた後だった。
☆ ☆ ☆
來宙が鈍痛を感じて目を覚ますと崩れ落ちてきそうなひび割れた天井が視界に映った。
ゆっくりと首を振ると、クソゲーの世界には珍しい文明を感じさせる鉄筋作りの工場だった。
しかし、工場は朽ち果てており廃墟になっている。
「‥‥ここは」
來宙がそうボソリとこぼすと、近くにいた重装備の男が冷静に答える。
「ここは楽園だ‥‥正確には、学園都市アトランティス。全く手付かずの町がまだこのクソゲーにも残っていたとはな」
男が感慨深く口にした言葉の意味を來宙は理解できなかった。
重装備の男の周りにはパーティーメンバーが興奮した面持ちで、装備やアイテムの確認をしている。
「楽園で鉄屑でも集めるのかい?」
來宙が立ち上がり、埃を払って皮肉に言った。
確かに鉄筋作りの建造物は珍しいが、朽ち果てたこの場所のどこが楽園なのか意味が分からなかった。
「言ってろ、すぐ分かる‥‥いいか、俺たちはこのまま学園都市の攻略に入る。攻略っても、クソゲーを知らない平和ボケしたモブを適当に狩りとって、学園のコアを掌握するだけだ。カーバングル亜種に比べたら、スライムを倒すような簡単な作業だ」
「へいへい、俺は黙って後ろからついて行けばいいんだろ? もちろん、荷物は背負うさ」
重装備の男は「いや‥‥」と首を横に振った。
「お前はここで待っていろ。ここから先は大人の時間だ」
「おい、俺にはここで死ねって言うのか!」
「ここには異星人も異星獣もモンスターもいない。モブキャラはいるだろうが、せいぜいレベル5ぐらいだろう。お前でも十分対応できる」
「モンスターがいないって本当なのかよ? そんな場所、このクソッタレな世界に存在していたのか!?」
「ここは楽園だと言っただろう。学園コアを掌握して、ここを拠点にしたらゲートを開けて各地に散らばったプレイヤーを招集する。そして、今度こそクソゲーをクリアしてやる」
「マジかッ! ‥‥そっか、ここにプレイヤーが集まってくるのか。そしたらさ、母さんと父さんとまた会えるかな?」
「お前の両親のライフが残っていたらな。そう言うことだから、お前は大人しく待ってろ。明日の昼には迎えにくる」
「分かった! 頑張ってくれ!」
「フンッ、調子のいいやつだ」
重装備の男はパーティーメンバーを引き連れて朽ち果てた工場から出ていった。
一人残された10歳でレベル21で短い黒髪の來宙は、落ち着かず同じ場所を行ったり来たりしている。
「なんかよくわかんないけど‥‥これってすげえことじゃないのか」
來宙が生まれた辺境の村がモンスターの大群に襲われ、両親と逃げるように転々と旅を続けたがどこにも安息の場所はなかった。
集落を作ってもしばらくするとモンスターに破壊され、永遠に続くクソッタレな逃亡劇が生活で日常であった。
そんな逃亡劇は半年前に両親が來宙を逃すためにライフを失いリスポーンして消えて、重装備な男に拾われてからも戦っているのか、逃げているのか分からない暮らしが続いていた。
このクソッタレな世界はそういう風に出来ている。
來宙はライフを失うことに怯えながら、なんとかここまで生き延びてきた。
「でも、拠点ができるならもう逃げなくていいってことだよな‥‥」
來宙は重装備の男の言葉を思い出しながらそう一人で言葉にすると、胸が詰まって涙が出そうになった。
「泣くのは父さんと母さんと再会してからだ」
鼻水をずるずると吸い込んで、頬を叩いて自分に気合を入れる。
そしたら、気配のなかった朽ち果てた工場で──
──ゾンビの鳴き声が響いた。
「あぁうぅあぁ〜」
來宙は咄嗟にストレージからショートソードを取り出し、ゾンビに向かって構えた。
廃工場に現れた小型のゾンビは見たことのないタイプだったが、深呼吸をして冷静に分析をする。
(チッ、モンスターはいないんじゃないのかよ‥‥いや、落ち着け。取り乱すな。俺はゾンビなら何体も倒してきただろう‥‥敵のレベルは1だ。うん、毒にさえ気をつければ余裕で処理できる)
フゥ、フゥ、と呼吸を整えて、來宙が体勢を深く沈めて隙を窺う。
すると、ゾンビは聞き取りやすい可愛らしい声でこう口にした。
「それって殺傷武器? えー、ずるくない? 学園の校則では致命傷を与えるような武器の使用は禁止されてるのにね」
來宙は虚を突かれてゾンビを睨みつけた。
(モンスターのくせに言葉を話すのか? 異星人の中には、プレイヤーを偽って襲ってくる奴もいるらしいが。レベル1のゾンビがそんな高度な戦い方をするのか?)
「あーあ、嫌味なさっちゃんのチェーンメールだから嫌な予感はしてたんだけどねえ。でも、むっちゃんの友達だし。末っ娘はたてる姉が多くて被る猫が足りないんだよ」
やたらとフレンドリーに話しかけてくるゾンビに、來宙は緊張の冷や汗を流しながら問いかけてみた。
「‥‥なんでゾンビが普通に喋ってんだ?」
「え? あー、ナルはゾンビ仮面だから」
「は? さっきから何を言ってるんだ?」
「学園序列321位‥‥官能七流‥‥じゃなくて、“ゾンビ仮面“参上!!! ああううあ〜!!!」
そう名乗りを上げて構えをとったゾンビを見て、來宙は「クソッタレ!!!」と叫んでMPを5消費して、風の刃を即座に放った。
それは無駄のない戦闘に慣れた人間の動きだった。
しかし、ゾンビの胴体目掛けて飛んだ風の刃をゾンビは小さな足で蹴り上げて軌道を変えてみせた。
風の刃が朽ち果てた工場の天井につき刺さり、鉄の粉をパラパラと落とす。
「だから〜、それって死んじゃう攻撃じゃん‥‥まあ、楽しくなってきたからいいけど」
來宙がさらにMPを5消費して風の刃を手のひらに出現させた瞬間、視界からゾンビが消えた。
目を泳がせて必死に工場内を探ると、ゾンビは軽快な足運びで壁を伝いこちらに迫ってきていた。
(なっ! はやっ!!!)
「あはは、あううあ〜!」
とってつけたような鳴き声をあげて目鼻の先に降り立ったゾンビは、体を揺らしながら右手、左手を交互に突き出してくる。
來宙はショートソードを振り回して見せるが、ゾンビの毛先にすら触れることができない。
(完全に遊ばれてるッ!? クッ、クソッタレ!!! ここは楽園じゃなかったのかッ!!!)
そこまで重くない打撃だが確実にウィークポイントにヒットしてきて、鼻からボタボタの血が流れた。
体勢を整えようと後方に下がってもピタリとくっついてくる。前に出ても全てカウンターに合わせられる。
魔法も武器も使わないレベル1のゾンビにただいいようにやられて、來宙は戦意を失いそうだ。
「男のくせによっわー」
退屈そうにゾンビが言ったのを聞いて、來宙は「クソッタレ!!!」と叫ぶ。
そして、MPを15消費して自分の周りを全て切り刻むトルネードを起こした。
「俺は‥‥女だーーーーーーッ!!!!!!」
「どっちにしろ弱いって‥‥ああうあ〜」
來宙が頭上を見上げると、竜巻の目からゾンビの小さな両足が降ってくるところだった。
(‥‥このクソゲーに楽園なんてあるわけねえだろ、俺はなに期待してたんだ)
來中の記憶はそこで途切れてしまった。
「もしもーし、しいちゃん? なんか変なのいたんだけど‥‥うん、たぶん学園都市の人間じゃないかも‥‥まだ、ナルと同い歳ぐらい‥‥つおい? ぜーんぜん、ただの雑魚だったよ‥‥うん、こっち来てくれると嬉しいな」
タブレットを操作して通話を切った官能七姉妹の七女で小学5年の官能七流はソンビの仮面を脱いだ。
そして、塵の積もった床で気を失っている女の子の顔をのぞき込む。
「‥‥泣いてるの? えー、なんかナルが悪もんみたいじゃん」
手に持つゾンビの仮面を唐突に見つめて、「まあ」とため息を吐き捨てた。
「このグロっちい仮面じゃあ、ナルが悪もんかあ‥‥あははっ、ゾンビに正義も悪もないけどねえ〜」
春の町の片隅にある旧式の廃墟と化した工場跡地に可愛らしい女の子の笑い声が響き渡った。