何かをどこかで間違えた
転生したら乙女ゲームの主人公だった件。
もうこれだけですべてを察してしまいそうだけど、なっちゃったもんは仕方ない。腹括るわ。
そんなわけで、わたしは前世でプレイした乙女ゲーム、恋のキラメキは素敵なプリズム! とかいうくそふざけたタイトルの世界に転生した事実を早々に受け入れる事にいたしました。
通称キラプリ。語呂というか言葉の響きはいい感じなのが余計にイラッとくるのなんでかしら。
さてこのゲーム、乙女ゲームなので当然主人公を取り巻く周囲の人間はイケメンまみれ。
最早イケメンがゲシュタルト崩壊起こしそうなくらいにイケメンがいる。
正直さ……確かに乙女ゲームだもの、色々な種類のイケメンがいてゲームとして遊んでる時はときめいたりもしたよ?
したけど、いざ現実にそういう展開になると話は違ってくるんだわ。
イケメンっていうのはそういないからこそ希少なの。そこらにうじゃうじゃいたらそれもうその状態が普通って事になっちゃうからイケメンはフツメンになってしまうのでは? いや顔はいいし声もいいけど。性格は……いい、と言い切れるかどうかはちょっと微妙。
このゲームの内容をざっくり話すと、主人公は伯爵令嬢。
攻略対象は大体貴族。主人公が家を抜け出して市井に紛れ込んだりした時に出会う平民の少年もいるけど、大体は貴族。
タイトルに反して内容はややクラシカルな感じだった。いや、ほんとタイトル……このタイトルから想像すると絶対主人公平民だけど実は貴族の生まれの男爵令嬢とかそんなやつでしょ。
あと学園物とかならまだ受け入れた気がする。
攻略対象の大半貴族なんで、もうね、家の事情がこじれにこじれてたりだとか、本人闇抱えまくりとかそういうあれこれがありすぎてどこにキラメキがあるんだとか、プリズムどころかダークマターしか生まれ出ないよ、とか散々言われていた。
恋愛ゲームなので勿論恋のためには色んなイベントがある。主人公が貴族令嬢なのでパーティーなんかもよく行くし、そこで出会う攻略対象とか、情報収集とか、やる事はそれなりにあって割と忙しい感じのゲームだった。
基本的に遊ぶ時は攻略対象を一人に絞ってひたすらその相手を狙う事でルートにいけるようになってる。他の攻略対象とかに手を出すと大体ルートに入れずどっちつかずな事になって行きつく先はノーマルエンド。
攻略対象そこそこ多かったから途中まで同時進行してセーブデータ分けてやらせてくれよと思ったプレイヤーは多かったんじゃないかな。
二股かけたり三股かけたりするような事しでかして複数の男に誰が本命だ? みたいに聞かれるような修羅場イベントはないけれど、しかし泥沼っぽいイベントは存在している。
乙女ゲームの全てにいるわけじゃないけれど、恋のライバル。
場合によっては親友になる可能性を秘めている、時として攻略対象以上に可愛いよライバル可愛いってなったりすることもあるけれど、まー、恋敵となった時は親の仇か? ってくらい敵意見せてくるやつ。
キラプリにもそのライバルが存在していた。
ただし、友達になれるか……は微妙なところだ。何せそのライバル、姉なのだから。
友達のように仲の良い姉妹、というのは存在するけど、じゃあその姉妹は友人関係か? となると難しい。どれだけ仲が良くても家族という枠組みがあるので友人とは中々言われる事がない。
そもそも、ゲームの中だと姉は最初のうちはそうでもなかったけれどだんだん妹を疎ましく思っていたらしく、ゲーム開始時点ではかなり塩対応。
姉はどちらかといえばライバルなのでクール系な見た目をしているが、対する主人公である妹は愛らしい見た目。親しみがありつつもどこか守ってあげたくなるような……そんな周囲から好かれるのが当然ですと言わんばかりのビジュアルだった。
確かに鏡を見れば目の前には可愛らしい少女がいる。これは圧倒的主人公面。
しかも攻略対象によって性格を変えざるを得ない主人公でもある程度対応できそうな感じ。
元気いっぱい溌剌系も、内気で大人しいタイプも、はたまた勝気な少女系であってもこういう見た目の子いるな、って思える感じだ。
要するに姉は綺麗系。妹は可愛い系。
姉が妹につらく当たるようになったのはどこからだったかな……昔、まだ二人が幼かったころに姉がリボンをくれた事があった、ってエピソードがあるんだけど、その後で何かがあったんだったはず。
あげてばかりはイヤ、かわりに今度はこっちが貰う番、とか言ってたんだったかな……何分前世の記憶が随分と朧げすぎてあやふやだけど、確かそんな感じだったはず。
そうして、姉は妹から色々なものを奪うようになったの。
妹が両親から贈られたプレゼントも、友人から贈られた品物も、親戚から贈られたドレスや装飾品も。目についたものは奪っていく姉に、しかし両親は何も言えない。言いくるめられてるのか、騙されてるのかはわからないけれど姉には頭が上がらない様子だった。確かそれは嫁ぎ先に関係していたんだったと思う。
だからこそ、家庭内という逃げ場の少ない中で妹は姉の仕打ちに健気に耐えるしかなかった。
攻略対象のルート次第で姉の婚約者は変わるけど、言うまでもなく妹が攻略する相手がそうだ。
おかげで攻略対象とくっつくためには姉と昼ドラもかくやな争いをせねばならない。
しかも攻略対象のルートごとにその争いも異なるのだから、バリエーションが無駄に豊富だった。
最終的に攻略対象と見事くっつけば、姉が今まで妹にしていた悪事も明るみに出て断罪されて家から遠い修道院へと送られる。今まで好き放題やっていた姉からすれば質素で規律に縛られた修道院の暮らしはさぞ辛く苦しいものだろう。
断罪としては軽くない? って思われるかもだけど、相手が貴族令嬢で被害者も同じ家の者。主人公が大怪我でも負った、というのであればともかく精々が内輪揉め。それで処刑までしちゃうと今度はこっちがやりすぎって事で悪者になってしまう。
だからこその修道院送りが妥当、というのはそれなりに納得はできる。
やりすぎた結果こっちが悪者になっちゃったら今度はそれを大義名分として姉がまた返り咲く可能性も出るわけだから。
わたし個人としては姉と骨肉の争いとかしたいわけじゃないんだけど、でも、ここがあのキラプリ世界ならわたし誰かとくっつかないと幸せになれない。
誰ともくっつかないノーマルエンドは確かにあるけど、もっと酷いのはバッドエンドだ。
別に死んだりしないけど、例えばフラグを途中で折っちゃって攻略失敗した場合。
その場合は姉がその攻略対象と結婚し、妹であるわたしは失恋。更には両親が決めた別の結婚相手に嫁ぐ形になるわけなんだけど……バッドエンド、という言葉からお察し。
嫁の貰い手もないような、でも地位と財産はそれなりにある家の男と結婚させられるのである。
そういう相手と結婚するのイヤ! ってなってもいざ行ってみたら実は噂は所詮噂で……みたいな悪女断罪モノのライトノベルを前世で読んだ事はあるけれど、あれは悪女であって恋敗れた乙女ゲームのヒロインなどではない。わたしがそういった実はめっちゃいい人でしたエンドにワンチャン賭けるにはあまりにも無謀。
念の為こっそりともしバッドエンドを迎えた場合の嫁ぎ先候補をいくつか調べてみたけど、ワンチャンなんてないって事だけははっきりした。
となれば、わたしはどうあっても攻略対象の誰かと結婚しなければならない。
まぁ貴族の家なのでそれなりに大変な事はあるだろうけれど、自分で選んだ相手ならまだ恋だの愛だのが可能なわけだ。そしてわたしのキラプリでの推しとも言える一番好きな攻略対象はカイルロッドという侯爵家の貴族だった。
まず顔が良い。
乙女ゲームなんだから攻略対象である以上顔がいいのはむしろデフォルトなんだけど、あと声も良い。
ついでに性格も乙女ゲームの攻略対象の中では比較的捻じれてないしこじれてもいないし、何より攻略する際のあれこれをわたしがまだ覚えていたというのも大きい。
相手の趣味や好物、どういう女性を好むのか、とかそういうの把握してるとなればあとは相手にこっちに好意を持たれるように振舞えばいい。
あからさまに媚びるのではなく、あくまでも自然に近寄って、自然体に見える状態で会話し、そこでこの人と一緒にいると心休まるなだとか、一緒にいると楽しいなとか、そういう風にちょっとでもプラスに捉えてくれれば計画通り。
そうやってちょっとずつ距離を縮めていってあとはキラプリであったような話が出ればそこであったように好感度を上げる言葉を選んでいけば多分どうにかなるはず。
だからこそわたしは。
申し訳ないなと思いながらも姉にはゲームのように悪女になってもらう必要があった。
姉がわたしにリボンをくれた、というのはなんとなく覚えている。
屋敷の中をお転婆にも駆け回るわたしが壁に手をぶつけて擦りむいた時に、近くの部屋でお稽古をしていた姉が真っ白なハンカチで怪我をした部分を覆ってくれてそれをリボンで固定してくれたやつだ。
わたしは姉よりも年下なのでまだその時点でお稽古とかはしていなかったけど、姉はこのころには毎日のようにお稽古としてお勉強から礼儀作法やら楽器の扱いやら何だか色々やっていた。
そのリボンがどうやらお婆様から頂いた大事なリボンだったらしいのだけど、わたしはそれをそのままもらってしまった。だってあまりにも綺麗だったから。
多分、これがゲームで言われていた発端か何かだと思うのだけど……
うぅん? 何かゲームとはちょっと違う気がするな? でもリボンで思い当たるのはそれしかないし……で、この後姉は妹から色々と奪うようになる、って話だけど……正直あまり姉と関わる機会がない。
片やお稽古事で忙しい姉、片やまだお稽古は早いと言われ毎日遊んでいても許される妹。
妹から姉に近づかない限り、接点がない。
ご飯の時間であれば顔を合わせる事はあるけど、食事中は静かに食べなさいと言われているので下手に話しかけられる雰囲気じゃない。何よりそれでも話しかけようとすればお行儀が悪いと叱られてしまう。
とにかく姉が妹の物を奪うように仕向けるのであれば、他にもいくつか姉の持ち物を貰う必要がある、と考えたわたしは姉に纏わりついては自分の目について気に入ったやつだけをねだりにねだった。
いや、だって、いらない物は流石にねだってもし貰っても置き場に困るっていうか、いらない物はいらないし……
最初にねだったのはお人形だったと思う。
まだこの時点ではキラプリのゲームスタート時にもなってないけれど、その時には姉は妹の物を根こそぎ奪っていくような人物になってもらわないといけない。
となると今のうちからコツコツと姉がそうなるように仕向けなければならないわけで。
元々は姉の誕生日にとプレゼントされたのだけど、妹であるわたしにも同じような人形をプレゼントされた。
どうやら二つで一つ、というタイプのお人形らしい。
その可愛らしい見た目に、わたしはえー、じゃあセットならちゃんと二つ揃えて並べて飾りたい、と思ってしまった。
だって折角二つで一つなのに別々にしたら可哀そうじゃない。
だからこそ、わたしは姉にねだったのだ。
姉からそのお人形を貰えれば、わたしにとっては原作のための準備も進むし欲しいお人形は揃うしで一石二鳥であるのだから。
その時は両親に怒られてしまったけれど、後悔はなかった。
わたしは自分の見た目を理解していたので、なるべくしょうがないなぁ、と思われるような愛嬌たっぷりめに姉にごめんなさいとありがとうを伝え、姉は実際しょうがない、と思ったのだろう。許された。
でも、きっと内心ではイヤだなって思ってたんだと思う。
そうしてどんどん心の中を不満で一杯にして爆発してくれれば、いずれわたしと姉は恋のライバルになる。
わたしはわたしの幸せのために、姉を利用すると決めた以上立ち止まるわけにはいかないのだ。
その後も色々な物を姉にねだり、作戦は上手くいっているかのように思えた。
時として姉にプレゼントされたドレスを、時として姉に贈られた装飾品を。
しかしどれだけねだっても、姉は今まで奪われた分取り返そう、みたいにはならなかった。まだだ、何かが足りていないのかもしれない。
けれども、根こそぎ奪うのは流石にどうかと思っていたし、わたしだって別に欲しくもない物をもらっても意味がない。ドレスはわたしでも着れそうなやつでわたしの好きなデザインのだけを狙ったし、装飾品はわたしが気に入ったやつとあとは何かあった時に少しでも高く売れそうな見た目の物を選んだ。もらっておいて売り飛ばすのかよって思われるかもだけど、高価な物を当たり前のようにちょうだいちょうだいって言えば姉の怒りもこう、上昇するかな、って……
結構色々と姉からもらったけれど、それでも姉はまだキラプリ開始時点の姉とまではいかない。
食べ物の恨みは怖いって言葉を思い出したから、時として姉と一緒に食べる予定のおやつなんかも半分どころか八割くらいもらったりもした。けど姉は怒らない。
わたしが攻略対象をカイルロッドにと心に決めたからなのか、両親は姉の婚約者をカイルロッドに決めつつあるようだった。
時々、我が家にカイルロッドが足を運んだりもしていた。身分的に向こうの方が上なんだけど、婚約者候補である姉を呼びつけるより自分が赴いた方がいい、と考えたからか、それとも両親と何らかの話が纏まっていたのかまではわからない。
けれども、そうやって我が家にやってきたカイルロッドに、だからこそわたしは容易に近づく事ができた。
お姉さまのお友達? と無邪気を装って近づいて、ほんの少しの待ち時間の間にちょっとずつ言葉を交わしていく。
恐らくこの時点ではまだ完全に姉が婚約者と決まったわけではなかったはずだ。けれどもほぼ決まりかけていた。
この頃には既にゲーム開始時点の時間軸に突入していたし、そうなればあとはゲームの展開に沿って進むだけ。
けれど……ゲームと違う点がある。
姉は、わたしから一度も何も奪ったりなんてしなかった。
本当にこのまま進んで大丈夫だろうか……不安はあった。けれども、それ以外はとても順調で。
カイルロッドとの話も前世ゲームで見たものとほとんど同じで、だからこそわたしは決められたシナリオを決められた通りに進んでいく。
違いは姉の態度だけ。姉がライバルになる事もないままに、わたしはある日姉に言ったのだ。
わたしはカイルロッドが好きでだからこそ自分が婚約者になりたいのだ、と。
ここだけが、ゲームの展開と異なった。
本来は姉と争うまでに至る展開だが、そういったアレコレは一切ないまま。相変わらず姉はわたしが物をねだればくれた。でも、もしかして、と思ったりもしたのだ。
カイルロッドを譲ってほしい、と言った時点でわたしの知るゲームの姉になるのではないか、と。
そんな事はなかった。
それどころか、あっさりと婚約者の立場を譲ってくれた姉は、本来はゲームでわたしに敗北した後わたしを虐げていたことが明るみに出て修道院へと送られる流れだったというのに、そんな展開がなかったというのに自ら修道院へ行くと決めたのだ。
確かに婚約者に落ち度がないのに解消して、尚且つその家族が新たな婚約者に、となれば外聞が悪いだろうと思うけど、けれどもまだ姉は婚約者として大々的に周知されていたわけじゃない。わたしを虐げたわけでもないので家を出る必要なんてないはずだし、他の家との繋がりを狙って別の縁談だって組む事ができたはず。
キラプリ世界だから、姉は最終的に修道院へ行く、というのは決まっていたのかもしれない。
ともあれ、姉に関する部分は特に何の苦労もないまま、わたしはカイルロッドと結ばれる事になった。姉が絡むイベントもあったはずだから、そこだけなくなってちょっとあっさりくっついた感すらあったけれど、それでもわたしがカイルロッドの妻となった事は確か。
ここから先は薔薇色の人生が待っている!!
…………そう、思っていたのに。
全然そんな事はなかった。
ゲームの中ではミニゲームになっていたあれこれが現実ではそんな単純な話で終わるはずもなく、わたしに待ち受けていたものは様々な課題だった。礼儀作法はそれなりに叩き込まれていたけれど、それでも姉は侯爵家に嫁ぐ予定であったからわたし以上に厳しくレッスンを受けていたけれど、わたしはそこまで厳しくはなかった。それが今ここにきて問題となってきた。
実家で両親が選んだ先生のレッスンよりも更に厳しい侯爵家の家庭教師にしごかれて毎日へとへとだし、毎日が過酷なスケジュール状態。結婚して妻になったはずなのにカイルロッドと顔を合わせる時間は大幅に減った。
けれど、侯爵家に嫁入りしたわたしが外でみっともない事をすればそれはカイルロッドの面子にも関わる。
これを、ここを乗り切ればきっと幸せになれる。
そう、思っていたのに。
一つの課題をクリアしてもまた次に出てくる課題。終わりが見えないそれは、一体いつになったら……と思う事の方が多くなってきて。
生活そのものは実家にいた頃よりも裕福な暮らしだけど、でもわたしにとってはとてもつらいものだった。
だってそうでしょ?
前世ではもっと便利な暮らしだった。マナーだってそこまで気にしなくて良かったし、家にいる時は楽な服でごろごろしたりしても許された。でも今は常にきちっとしていなくちゃならない。
前世じゃ食事もその日の気分で好きな物を、なんて事もできたけど今はそうじゃない。実家にいた頃は料理長にあれが食べたいこれが食べたいとリクエストできていたけれど、今はそうもいかない。むしろそんな事言おうものなら家庭教師に「はしたないですよ」と窘められる。食べたい物が食べたい時に食べられない、というのは思った以上にストレスだった。
実家にいた頃は姉がお菓子を多く持っていっても何も言わなかったから、甘い物だって遠慮なく食べられた。
でも今は、お茶の時間に少しだけ。それだって家庭教師と一緒に食べるからちょっとでもだらしない姿をみせれば眉を顰められてお説教が始まる。
お風呂も、前世よりも広いお風呂って部分は素敵だけどやっぱり実家にいた頃と比べるとなんとも落ち着かない。実家だとたまに一人でのんびりしたいの、って言ってじっくり浸かる事もできたけど、この家じゃ身の回りをする侍女たちがいるからそうもいかない。一人で入れるわ、なんて言おうものならまた家庭教師に令嬢としての自覚がない、とか言われるんだ。
令嬢として、もしくはこの家に嫁いできた身として、か。どっちでもお小言の内容はそう変わらないだろう。
どうしてわたしばかりこんな大変な目に! って思うようになるまでそう時間はかからなかった。けどカイルロッドだって日々家の仕事だとかで忙しそうにしているし、彼も疲れている事が多いから愚痴をこぼすわけにもいかない。思い切り甘えたいけれど、中々そんな時間がとれなかった。
婚約者となったばかりの頃はこんな事になるだなんて思ってもいなかった。
妻となった今、彼と一緒に出る夜会だとかのパーティーだけが、ちょっとした気晴らしだった。
ダンスは得意。だから、カイルロッドと踊ってる時が一番気が休まった。とはいっても、ずっと踊っているわけにもいかないんだけどね。
カイルロッドは他の家の貴族と話をしたりすることもあるから、その間わたしは適当に時間を潰さなくちゃいけない。けれども、下手な人物に話しかけるわけにもいかない。侯爵家の人間になった今のわたしには、自分より身分が上、という人物はそうそういない。けれど、だからこそ自分より下の身分の相手と関わる場合はそれなりに気を付けなくちゃいけない。
前はそんな事気にしないでよかったんだけどな……
ホントはもっと色んな人とお話したいし、何なら愚痴を言える相手だって欲しかった。
でも話す内容次第じゃどんな噂を流されるかわかったものじゃない。笑顔を浮かべながら本音は巧妙に隠して誰を信用して、誰を信用しちゃいけないのかを見定めなくちゃならない。
……今更だけど、貴族って大変。
転生したばかりの頃はこんな大変だなんて思ってもいなかった。姉が家にいた頃が、いちばん楽しかったのかもしれない。まだ見ぬ攻略対象の事や、これから先の事を考えるだけならとても楽しかった。姉がいつわたしを虐げるかわからなかったけど、それもなかったから実家にいた頃がいちばん自由にのびのびできていたんだなと今なら思う。
カイルロッドは優しい。わたしの事を愛してくれている。
でも、わたしの中ではこんなはずじゃなかったんだけどな、っていう感情が日に日に大きくなっていった。
その後もわたしは毎日を厳しいレッスンやらなにやらで消費し、更にはそこに跡継ぎの話が出てくるようになった。要するにとっととこども産めって事。でも、だったらせめて体力を少しは残すようにしておいてほしい。
毎日のレッスン終わりが見えなくてきっつい。
礼儀作法自体はもう文句のつけようもないと思うんだけど、侯爵家は場合によっては王家の人と顔を合わせる事もあるらしくて、それに同伴するのであればわたしはもっと頑張らなければならないらしい。国のトップと会うとなればそりゃ下手な真似はできないってわかるけど……わたし別に行かなくてよくない? あ、夫婦でよばれる事もあるからダメなのね。
新しい事を覚えるというよりはこの頃には大体今まで覚えていたもののレベルアップに努める、って感じだったんだけど、まー家庭教師の求める基準がバカ高くてですね! わたしもいい加減プッツンきそう、とか思ってたわけなんですよ。
そんな精神状態だったのもよくなかったのかもしれない。
ある日、なんだか見覚えのある状況が目の前で発生したの。
それは本来ならばキラプリの別ルートでのお話で出てくるもので、既にカイルロッドと結婚までしたわたしがその場に居合わせる事自体がおかしかったのかもしれないんだけど。
これが別の誰かのルートでのお話だったらわたしもちょっとは考えたかもしれない。いや、乗り換えるつもりはないけど。というかこの時点で乗り換えようなんてしたら流石にまずいのはわかってる。
けど、キラプリの大団円ルート、と呼ばれるルートでのイベントとほぼ同じ状況が目の前で起きて、わたしは冷静じゃなかった。
大団円ルートは別にハーレムみたいに攻略対象皆から好き好き言われるやつじゃない。
どっちかっていえばノーマルエンドに近い感じで誰かとくっつく、って感じじゃないけどそもそもノーマルエンドは誰かのルートに入る前にどっちつかずな事やらかして誰も選択肢に出てこない状況で見るエンド。
大団円ルートは基本的に全体的に皆と仲が良いけれど、でもそれは良き親友、みたいなルートだ。なんだろう、みんなの頼れる相談役、みたいな。カウンセラーかよ、って突っ込んだ記憶がある。
でも、誰ともくっつかなくても皆から頼りにされるそれは、なんていうか確かにある意味大団円だったのかもしれない。このルートでも姉は最終的に修道院送りになるけれど、このルートの主人公である妹はけれど姉をああしてしまった責任は自分にもあったのだろうと戒めつつ、せめてこれ以上誰かの迷惑にならないように自立した女性であろうと決意するのだ。
このエンディングも個人的に結構好きだった。
でも、ここでもっと冷静になるべきだったのよ。
わたしは目の前で起きたゲームのイベントと思しきそれをよく考えずにそうだと決めつけてしまった。
とっくに大団円ルートに入れるような状況じゃなかったにも関わらず。
だってそうでしょう? わたしが知り合った攻略対象ってカイルロッドだけなんだから。他の攻略対象は知り合う機会もほとんどなかった。だからこれはよく似たものであっても異なるものなのだ、と理解しておくべきだったのに……
わたしはそんな事に思い至らず、やらかしてしまったのだ。
そのイベントは本来ならば城で働いている大臣が実はこっそり悪事を働いているというもので、その悪事の証拠をひっそりと処分する場面だった。それをたまたま見かけた主人公がその証拠を手にして悪事を暴く、というものなんだけど……わたしがまさにそのイベントだと思ったそれは、全然違うもので。
むしろ密会は密会だったんだけど、国にとって内密にやらなければならない仕事の一つ――といっても後ろ暗いものじゃなかった――周囲に知られる事で逆に騒ぎになるようなものだったのだ。
具体的には大臣と王子がこっそりとある犯罪者組織を追っていて、それらの情報交換をするついでに怪しい奴をあぶり出そう、的な。
随分アグレッシブな王子だなとか言ってはいけない。
結果としてわたしはそこに乱入し無駄に騒ぎを大きくした挙句内部に潜んでいた犯罪者の仲間を逃がしてしまうというある種最悪の結果を招いてしまった。しかもその時わたしはてっきり大臣が悪事を働いていたのだと思い込んであろうことかドヤ顔でその悪事の内容を突き付けてしまったのだ。
本来のゲームであった大団円ルートでのイベント、と考えればその大臣の悪事、本来なら数年前、それこそわたしと姉が実家にいる頃の話だ。
仮にその出来事が実際起こっていたとしても、とっくに解決済みであるわけで。
むしろ当時悪事をやらかしていた大臣はとっくにクビになって今の大臣は別の人だ。
だというのに、わたしはそんな事もわからずに前の大臣がしでかしていた悪事をベラベラ喋っていたのである。ドヤ顔で。
これが、大変まずかった。
そもそもなんで知ってるって話よね。
だってその大臣の悪事はとっくに済んだ話だし、ましてやどうやら王子がその悪事を暴いたらしいし、更には内密に事を済ませたらしいのだから。
あの一件を知っている人間は限られているというのに、どうしてお前が知っている、と言われてわたしはとても狼狽えた。
だって言える? 実は前世のゲームで、とか。言える?
無理でしょ。
実際わたしが相手にそんな事言われたら返す言葉は確実に、頭大丈夫か? か、いやそういうわけのわからない言い訳はいいからとっとと本当の事を喋りな、のどっちかだと思うし。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ、とか言うかもしれない。
本来知るはずのない事を知っていたわたしには、スパイ容疑がかけられた。うっそでしょ。
それだけではない、わたしの身辺を念の為とあれこれ調べられた結果、わたしにとってとても不都合な事が判明した。それが、実家にいた頃の話である。
姉から色々なものをねだってばかりだった妹。
物だけで済めばよかったが、婚約者まで最終的に奪う形になった妹。
カイルロッドは一応家の事を考えた結果それを受け入れたという形になっているけれど、元から嫁ぐためにあれこれ習っていた姉と、それに比べれば甘やかされて育ったようにしか見えないわたし、という構図。
カイルロッドが愛しているのは姉ではなくわたしだと思うのだけれど、それ以外のスペックは姉には劣る。
そういった部分でわたしという人間の信用は低かった。
そもそもスパイとかするような暇なかったんだけど、って言えればいいけど前大臣がやらかした時期はわたしと姉がまだ実家にいた頃だ。であれば、時間に余裕のあるわたしがよりにもよって前大臣と関わった可能性はゼロじゃないっていう話になってしまった。
いやあの、その人とは会った事もなければ喋った事もないんですが……とは言ったところで信用されるはずもない。だってわたし大臣のやらかし克明に語っちゃったからね。それこそその場で見てきたかのように。
それも城の中で起きた出来事含めてだ。
つまり、わたしはかつて城に忍び込んだ疑惑もあって、ちょっと事情を……と言葉を濁されつつも連行されてしまったのである。
カイルロッドの助けを待って黙秘を続けるべきだったかどうかはわからない。
だってどっちにしても本当の事なんて話したところで信じられるはずがないからだ。
けど、言わなきゃ言わないで後ろ暗い事があるから話せない、と思われてしまって。
更には誰かの陰謀だろうか。
気付いたらあれよあれよと私は身に覚えのない悪事を働いた事になって、投獄されてしまったのである。
わたしは無実だ!
しかしやっていない証拠というものは、出すのはとても難しい。
やったかもしれない証拠はそれこそ捏造できるけれど、絶対にやっていない、という証拠というのはまず出せるものじゃない。アリバイ証明程度ならどうにかなるかもしれないが、そもそもやって「ない」ことを示せというのは無から有を生み出すようなもので。
しかもこの世界、ビデオカメラだとか写真だとかは存在しない。どこかの記録映像に映っていたのでアリバイ成立です、みたいな証明の仕方ができない。
第三者の証言に期待したとしても、誰かが悪意をもって嵌めようとした場合証言を偽造する事の方がとても簡単なのだ。
だって昨日今日の話ならともかく、数年前の話だよ? よっぽどその日に何かセンセーショナルな出来事があったっていうなら記憶に残ってるかもしれないけれど、何でもない普通の日だったら覚えてる事なんてほとんどない。その日が誰かの誕生日で、その日はこうこうこういう活動をしていました、だとか言えるようなものもなければ悪意を持って証言を偽造する奴の方が圧倒的に有利。
カイルロッドは最初わたしの事を助けようとしてくれていたけれど、それも途中までだった。
次々にでるわたしの記憶にない証言。それらは確実にわたしを追い詰めて――最終的にわたしは王族を害する目的を持っていた不穏分子ということで片付けられてしまった。違うのに。
ここから一発逆転できるような奇跡的な何かがあったわけじゃない。
わたしは結局己の身の潔白を証明できなくて最終的に処刑されてしまった。
…………一体どこで間違えたんだろう?
それが、わたしの最期の疑問だったけれど。
こたえが出ることは当然なかったのだ。




