姉御様が動きました
女性の多い職場だ。
中途半端な報告が憶測と不信を生んだ。
休憩室、給湯室、印刷室、その他小山が不在の場では必ず「直に言われた」か「言われてない」かの詰問めいた遣り取りが行われた。
その場にいない者の名を挙げて誰は直接聞いたらしい、誰それは何も言われていないという情報交換も頻繁だった。
隠微な騒ぎに業を煮やした“姉御様”が動いた。
"姉御様"による漏れのない職場全員に対する聞き取り調査だった。
その結果、どうやら小山は自分の娘より年長の未婚女性には伝えていないことがわかった。
田中は小山の娘より十歳程年長だ。結婚はしていない。
当の“姉御様”も五十代未婚だった。驚いたことに"姉御様"にすら小山は何も言ってきていないという。
小山が"姉御様"にも話さなかったと聞いて田中を含めた同僚は皆、小山の正気を疑った。職場での立ち回りというものを一切考慮しない蛮行に思えた。冷静な判断を失わせるほどに娘の結婚に浮かれているらしいとささやきあった。
なんにせよ、年増の独身には教えてやらないと言われたも同然だ。面白かろうはずもない。
実際に全員に訊いて回った"姉御様"は首を傾げた。
「全員に直に訊いてみたけど大した人数でもないじゃない。何の手間を惜しんだのやら」
"姉御様"のつぶやきをきっかけに、それぞれの胸につかえていた言葉があふれ出た。
「妬まれるって思わてれたのかしらね」
「娘の結婚の報告なんてしていただかなくて結構よ」
「おめでとう位言いますよね。大人なんだし。その場で嫌みでも言うと思われたんでしょうか。見損なわれたものですね」
「根掘り葉掘り聞いてブチ壊しに行くとても思われたんですよー。そんな暇じゃないです」
「一般論として、特定の条件で報告するしないを分けるのは下品です」
いたわりはいっそう厚く田中に向けられた。
田中が人伝てに小山の娘の結婚を聞いたとき、はしゃいだ様子で、
「お祝いしなくっちゃ。同僚の娘さんの時ってどれくらいするんだろう、品物のほうがいいんでしょうか」とうれしげに周囲に訊ねていたことを、未婚既婚問わず職場の皆が覚えていた。
田中は苦笑いでかわす他なかった。
深堀りしてくる相手には
「小山さんて、職場とプライベートを分ける人だったんだって思う以外ないですよね」
と答えた。
「報告している人もいるじゃない」
あおるように言う人には
「職場にも友達とそうじゃない人がいるってことで。わたしはそうじゃない方だったってことで」
と返した。
「相手が既婚か未婚かで報告するしないをわけるなんて報告される側の事情踏み込み過ぎよ。田中さんは怒っていいのよ」
慰めてくれる人もいた。