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【完結】それぞれの選んだ道へ

目が覚めると、そこには無機質なシーリングライトが俺を迎えてくれた。


「お疲れさまでございます」


香り高い日本茶の香りが俺のゆっくりと現実に引き戻してくれた。


「よろしければ、お使いください」


名波はハンカチをそっと手渡した。


手渡されたハンカチは俺の知らない匂いがした。


少なくとも、西山の香りではないことは確かだった。


名波はにも言わずにそっとこの場から立ち去った。


俺は少しだけまた涙を流して、名波にお礼を言うために座り心地がいい座椅子から背中を起こした。


「あの…すまなかった。いろいろと強引に押し掛けてしまって」


名波は壁付けのキッチンで日本茶のお椀を静かに洗っていた。


「いえ、こちらこそ、すみません。本来は男性には私の能力は使わないのです。それに説明もなしに私がしたことですし、私からもお詫びをさせたください」


「いや、いいんだ。お陰で、気づけたことがたくさんあったから」


名波は綺麗な白い布巾で手を拭くと、申し訳なさそうな節目をして、俺に頭を下げた。


「なぁ、良かったら、また来てもいいか。今度は客として。しっかり代金は払うからさ」


名波はこの言葉を聞いてひどく驚いているようだった。


「…はい。私でよろしければお力になります。ただ、日々予約というかお客さまが多くいらっしゃいますので、すぐにはご案内できません。また夢の中でお伝えしますので、お待ちください」


「あぁ、ありがとう」


俺はそれだけ言って、この部屋をあとにした。


夜の空気がぱりりと冷たく、俺の頬をさらに引き締めくれる感覚が心地よかった。


俺はいつにもなく清々しく、まるで“毒素が抜けたかのような”晴れやかな気持ちで、このアパートの階段を降りて、振り向きもせずに会社の車に乗り、家に帰った。





お客さまが帰った部屋はいつもがらんどうの空虚感を強く感じる。


この部屋を借りることには、躊躇いはなかった。


自分とお客さまのプライバシーを守る意味でも、この部屋は大きな役割を果たしてくれる。


名波は棚に置いていた携帯電話を取り出して、迷わず電話を掛けた。


「もしもし、名波です。いまお時間大丈夫ですか。先ほど、終わりました。またいらっしゃるようです。すべて、お望みの通りになりましたね」


電話の相手は男性のようだった。


「あぁ、そうか。やはり、そうなったか。いろいろとすまんかったな。ありがとう」


「いいえ、謝られるようなことは何もされていませんわ、金内くん。私たちは、“ご依頼されたこと”をしたまでですわ」


「そうだな。俺たちは報酬をもらって、依頼を全うしただけだ。何も後ろ指を指されることはしていない」


「はい、そうですよね」


そのあと、名波と金内と呼ばれるその中年の男性は、少しだけ事務的な話をして電話を切った。


名波は自分の分の日本茶がテーブルの上にあることを思い出して、椅子に腰掛け、すっかり冷えきった日本茶を少し口に含んで

一息ついた。


もしも自分がこの能力を得ていなかったら、きっと普通の会社員として忙殺されながら生きていたと思う。


これは神さまがくれたギフトなのだと思っている。


そして、失った親友と引き換えに貰ったものだと思うようにしている。


そうでなければ、親友が自分のことを苦にして自ら命を経ったことをどう正当化すればいいのだろうかと思う。


未だに、あのときの後悔は消えない。


親友の気持ちに、応えてあげればよかったと毎夜毎夜思わない日はない。


だから、この能力で誰かを救いたいた強く思うようになった。


幸いにして、お客さまからの御礼のおかげで、収入は安定してきて、本職の事務職を来月辞めるに至った。


私はこの能力で人を幸せにしたい。


体験者に物理的に触れなければ、私の能力は発揮できないが、この能力はある程度鍛えることができるとここ数年で感じた。


お得意様のようになってきた方々とは、最近肉体の接触なしに体験を届けることができるようになってきた。


その一人が、丸山加奈である。


そう、先ほどの群青文集の記者でる丸山の妻だ。


彼女は、丸山くんの同僚である金内の紹介で、特例で依頼を受けた唯一の人物だった。


普段は名波も人を選んでいたが、自分が親友の死で苦しんで死んでいたときに助けてくれたのが同期の金内であり、私が好きな人だった。


好きな人からの頼みであれば断ることはない。


その金内から紹介された丸山加奈は、なかなかにこだわりがある女性であり、必ず時分の思い通りに物事を運ぶ人だった。


見た目は大人しそうに見えるが、中身は相当の策略家で、今回の夫の丸山の結婚まで全てシナリオ通りだったと言っていた。


初めて丸山加奈と出会ったとき、彼女はこういった。


「私、他の人のことを好きになっている人が好きなんです」


彼女はきっぱりと黒髪の肩までのボブを揺らしながら言った。


そして続けて、


「私、西山さんって先輩が好きなんですが、西山は丸山くん、私の夫が好きなんです。そして私の夫は西山さんが好きで両思いなんですが、私は“西山さん”と“西山さんが好きな丸山くん”が好きなんです。でも、私の家はそこそこの地元の名家で同姓結婚は許されません。でも、西山さんのことが諦められなくて、でも西山さんを好きな丸山くんも好きで。丸山くんと結婚すれば、ことあるごとに西山さんにあえると思うんです。私は別に丸山くんから愛してほしいとか、愛されたいとかは全く望んでいないんです。西山さんが好きなのに、私と結婚したっていう心の葛藤を抱えている彼が好きで、そんな彼をひたすらに思う西山さんも好きなんです」


名波は、すらすらと台詞のように出てくるその発言に追い付けずにいた。


「だから、私はあなたの能力は西山さんとの“関係づくり”に使います。そしてしばらくすると、西山さんはきっと丸山くんを思い出すと思うので、そのタイミングで夫と西山さんを夢の中で会わせて“関係づくり”をさせてください。そして、西山さんも丸山くんもお互いの気持ちに気づいたタイミングで、私は二人とさらにいい関係を築いていきます」


「あ、お金のことなら気にしないでください。実家に余るほどありますから」


さぁ、ではお願いします、と彼女は言って、椅子にもたれ掛かった。


私は丸山加奈の姿をかつての親友の姿に重ねていた。


求め方は違うものの、丸山加奈も同姓愛者である。


これは、ある意味で神さまがくれた私への報いや再チャレンジなのかもしれないと思い奮起して取り組んだ。


結果、全て丸山加奈の思い通りになった。


丸山加奈は、かなりの常連になったので、もう夢の中での橋渡しは遠隔でできる。


丸山は夢の中でさえも、夫と関係を築かなかった。


唯一手を繋いだくらいで、あとは昔の西山との時間を謳歌している。


夫が涙ながらに西山に告白をしているシーンですら予定調和だったようで、心の中でガッツポーズをしながら見ていたことだろう。


全ては彼女の思うがままなのである。


丸山加奈はこれからも、西山と夫を愛していくだろう。


西山にも夫がいるようだが、やはり思いは叶わない方が強くなるのか丸山へ向いている。


夫の丸山は、心では西山を愛しているが、加奈への愛もぬぐいされないところがあり、二人を愛しなから生きていくだろう。


加奈を愛することは、西山を愛することだから。


それぞれの選んだ道へ、今日も進んでいく。


名波は次のお客さまがくるまで、新しいお客さま、つまり悩める子羊がいないか夢の中にダイブを始めた。


もしもあなたが夜見たあの夢は、名波がお客さまからのご依頼で受けた夢かもしれません。


お客さまがあなたとの時間、“関係づくり”を求めて見せたものかもしれません。


今宵、あなたはどんな夢を見ますか?


あなたの浮気、叶えます。

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