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夢のような現実のような肉体関係の夜

「西山・・・」


漏れるように俺の口から言葉が出てきて、我に返った。


目が覚めると、隣に西山はいなくて、がらんどうで殺風景な景色が目の前に広がっていた。


暖かい西山の肌の感覚は確実に俺のからだ全身に残っている。


「ここは・・・」


状況を把握しようと眠気眼を擦り、体を起こした。


フカフカの体全身を包み込む椅子の感触が、さらに意識を現実に引き戻す。


「たしか・・・俺は、アパートを出て、西山に出会って・・・」


頭を手で押さえ、俺ななんとか状況を読み込もうとする。


「目は覚めましたか」


聞き覚えがある、優しく撫でるような女性の声がして、俺ははっと我に返る。


「お前は…確か…」


「名波です」


そうだ、名波だ。


名波と名乗ったその着物姿の輪とした女性はそう答えた。


俺は事件の匂いを嗅ぎ付けて、このアパートに乗り込んできた。


たまたま建物の前でこの件の中心人物である名波に接触することができ、名波にこの部屋で夜な夜な繰り広げられていることを俺にもやってみろと言い、俺は一瞬寝落ちした。


その後、街に飲みに行こうとした道中で大学の同僚である西山に会い、そして俺は西山と共にお互いの体液を交換しあうような大人の行為を行った。


はずだったが、今俺はこのおんぼろのアパートの一室に名波といる。


飲みすぎたのか?


それとも、白昼夢だったのか?


名波はじっと俺の方を見ている。


「はい、どうぞ。これで汗をぬぐってくださいませ。さぞ、楽しい浮気だったのですね。いいえ、あなたの場合、浮気ではなく“不倫”になりますね」


そっと名波から差し出された真っ白のタオルを俺は好意と受け取り、思っていたよりも額から流れる汗を拭き取った。


「西山は?」


「西山さんですね。そうですね、西山さんには、実際お会いしていませんが、それに限りなく近い体験を彼女もなさっています。もしかしら、連絡がくるかもしれません」


「説明しろ」


俺は命令口調で、名波を睨み付けるように言い放った。


がらんどうの部屋のなかで、俺の声がこだました。


「少々手荒が過ぎましたね、すみません。本来でしたらきちんと説明の上で、物事を進めるのですが、あなたが結論を急いでいたようでしたので」


やけに丁寧な名波の言葉遣いが鼻につく。


「でも、あなたにとっては悪い話ではなかったのではないでしょうか」


確かに俺が西山と過ごした時間は、最近の俺にとっては何よりも欠け換えのない最高な時間だった。


きっと、ずっとこうしていたかったんだと思う。


頭の中では西山との男女の可能性を否定して生きていくことが、西山と綺麗な関係で付き合っていくための呪いに近いものだったのだろう。


「いいから、早く説明しろ」


俺は体から徐々に抜けていく西山の体温と匂いを忘れないように少しだけ体を丸め、名波にさらに詰め寄った。


「お話ししますよ、始めからいっているではないですか」






俺は居心地が良い椅子に再度座り直して、名波に向き合った。


「私がやっているのは、降霊術に近いことです。私は相手の真相心理に働きかけて、相手が望む人と望む行為を手助けする仕事をしています。仕事、といったのは謝礼として金銭を頂いているからです。もちろん副業として開業届けは提出していますし、毎年決められたときに決められた税金を税務署に納税しています」


名波は変わらずに凛とした態度で、滑らかに答えた。


「いつからやってるんだ?」


「仕事として始めたのはここ三年ほどです。初めのうちはボランティアとしてやっていましたが、みなさん謝礼を受け取ってとお願いするので、副業申請を会社にわざわざして今も続けています。本当にいちばん初めは確か小学生高学年位だと思います。私自身に好きな男の子がいて、毎夜毎夜夢に出てきてほしいと願えば確実に会えましたし、ちょっぴり人には言えないような行為をしてきました」


名波は次々と俺の質問に答えた。


背もたれを使わずに座る着物姿は、どこからどう見ても一糸の乱れはなく、まるで一枚の写真のように魅了させる何かを感じさせた。


「はじめは一番仲がいい友達でした。寝る前に願うと好きな人が出てくる話をしたら、試しに私にもやってみてとお願いされました。でも自分以外の人にこの暗示のようなものをかけるのは初めてだったので試行錯誤をしながら、なんとか彼女の願いを叶えてあげられました」


そこで名波の言葉は止まった。


「それで?」


俺は話の続きが気になってしまい、さらに続けてとお願いするように言った。


「友達は初めのうちはたくさんお願いしてくれました。それはもう毎日ように。私も彼女が大好きだったので、毎日のようにお願いに答えました。でもある日、友達は「もう今日で最後にしたい」と言ってきました。それから友達は徐々に連絡が遠のくようになり、いまではもう疎遠になってしまいました。連絡先は知っているはずなので、連絡をすれば会えますが、お互いにそれはしないほうがいいと思っています」


「不倫相手かなんかと揉めたのか?」


「いいえ」


彼女はそれでこそ伏し目がちに見える目をさらに伏せて、地面の奥深くを見るような視線を送った。


「揉めませんでしたよ、全く。でも、彼女はそれでは満たされなかったのでしょう」


「どういうことだ?」


俺は前のめりに体を倒して、再度椅子に座り直した。


「彼女が夜な夜な求めていたのは、実は私だったのです。でも私は彼女のことは好きですが、それは友達としての好きで、恋人同士の好きではありませんでした。私は彼女の気持ちに気づかずに、知らない間に傷つけていたのです。彼女が私に好意があるのは、初めて彼女に暗示をかけた日に知りました。つながった相手にも同じく記憶と体験が植え付けられます。でも相手には、夢の一部としてしか認識されません。それでも、彼女はこうして毎夜毎夜私との逢瀬で心を満たしてくれていました。もっと早く彼女の気持ちに気づくべきでしたが。もう遅いですよね」


今度はどこか空中の遠くを見るように顔を上げて名波は昔の記憶を思い出しているような素振りを見せた。


「それから私はこの力をなんとか、良いことに役立てようと思い、願いました。すると夢の中で、叶わぬ愛を過ごしたい方と出会いました。私はその女性にもしも本当にその愛を一晩だけ叶えたいなら、明日の夜私の部屋にくるといいと伝えました。不思議なことに、彼女は翌日私の家の前に立っていました。怖いという感情はなく、ただただ、彼女を救ってあげたかった。友達をなくしてしまったこの穴の開いた気持ちをどうにか埋めたかったのだと思います」


そして名波は俺の相槌を待たずに、続けた。


「夢の中で関係を持った女性たちのその後はわかりません。お互いに機密保持ということで、お互いのことは干渉しないことにしています。その方がお互い幸せになります。しかし、私を媒介している以上、夢の中のことも私の経験と同じように体感できます。だからこそ、私は守秘義務を全うし誰にも言いません。こうして直接お互いに触れ合わないと夢のへの導入ができないのは厄介ですが、それでも訪れてくる女性は後を断ちません。そのくらい、女性は愛に飢えているのだと思います。許されない恋であったも、認められない間柄であっても、いっときの夢であっても、彼女立ちの願いを叶えられるなら、この神様から与えられた不思議な力を全うしたいのです」


「私は浮気を助長する存在です。でもそれでも一夜限りの逢瀬で一生生きていけるほどの喜びを感じることは悪いことでしょうか。私は手助けをしているのです。彼女たちが経験した一夜は現実ではありません。夢の一部です。限りなく現実に近い、現実の模倣体験です。夢での肉体関係はなんの物的気証拠にもならず、誰も傷付けません。それに、相手が心を開かない限りは、そうした経験はできません。つまり、お互い同意の上ということです。紛れもなく、あなたと西山さんも」


それから名波は「少々話すぎましたね」と苦笑いをして「お茶入れ直しますね、冷めてしまいましたから」と言い席を立った。


俺は頭の中で名波の言っていたことと自分が体験をしたことをつなぎ合わせていた。


名波は特殊な能力があり、俺と西山を夢の中で会わせ、そして俺は西山と関係を持った。


それは名波はもちろん、西山にも同じように体験されていることのようだ。


そんなことあり得るだろうか。


しかし、俺の手にはまだはっきりと西山の柔らかい肌の感触だったり、唇の弾力だったり、甘い髪の香りが現実のように生々しく残っている。


「お待たせしました。このこと、記事にはなさらないでください。多くの救われるべき女性がまだたくさんいらっしゃいます。それに、お望みでしたらまた同じ体験をすることもできます。どうか」


名波は湯気が高く立つ日本茶を俺の前に出して言った。


妻がいる手前、別の女性と関係を持った俺を名波はどう思うのか。


逆に弱みを握られたのだ、俺は。


妻と関係を戻すためにここにきたのに、逆に妻と疎遠になりそうな事態になってしまった。


コレを逆に妻に話されたりでもしたら、もう一生妻を取り戻せなくなる。


立場が悪いのは俺のほうだ。


「お願い事ばかりですみません。次のお客さまが来られる時間が迫っています。もしもまだお話があるのであれば、また明日同じ時間のこちらにきていただけますか」


そう言われ、俺は言われるがままに、部屋をそそくさと後にした。


まだ日本茶は熱々と湯気を立たせていた。


そして俺の首からは、自分のものではない女性の甘い香りが動くたびに鼻をかすめた。


俺は今日も家に帰る気にはならずに、飲み屋街ではなく会社にまっすぐ車を走らせた。

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