大学のマドンナ、再び、夜の部屋でふたりきり
俺が目を覚ましたのは、どのくらい経ってたからだろうか。
目を開くとあのがらんどうな部屋があり、ガラステーブルに日本茶が手付かずのままで残っていた。
俺はあのまま名波に何かされ、眠ってしまったのだ。
しかしこの部屋に名波はいない。
もう何処かに行ってしまったのだろうか。
俺が寝ていることをいいことに、逃亡したのだろうか。
どのみち、この部屋にいる理由はないが、名波が不在をいいことに、俺はあらかた部屋の中を物色した。
しかし部屋から出てきたのは、先ほど名波が日本茶を入れるときに使った急須と、高そうな日本茶の茶葉のパック、あとは洗剤とスポンジだけだった。
「なんだ、収穫はゼロか」
俺はふっとため息をついて、あたりを再度見渡した。
カーテンの奥には、暗闇が覗いている。
いま何時だろうと腕時計を見ると、まだ夜の8時45分だった。
名波と初対面をしたのが夜の8時30分頃だとすると、俺は5分ほどしか寝ていないことになる。
名波は客に対して”カウンセリング”をしていると言っていたが、何か睡眠療法かそういった類なのだろうか。
短時間で熟睡ができる、体力が回復するとかなんとか、そういったものなのだろう。
「空振りかよ」
俺はイライラを感じ始めて、もうこの部屋にいる必要がないと判断し、外に出た。
当てがなくなった案件の腹いせに、ひとりで飲みにいくのか、同僚に文句を言いに会社に帰るか、そのまま家に帰るかを考えた。
今は家に帰るべきではない。
今はまだそのときではない。
ここまま手ぶらで帰っても、妻の心は取り戻せない。
かといって、同僚に文句を言うのも、なんだかかっこ悪い気もするし、なにより同僚の餌に食いついたことがバレるので、それはいやだった。
「飲みにいくか」
俺はいつもの居酒屋に行くために、車を会社に返すために重い足取りで部屋を後にした。
金曜日の繁華街は、いつにも増して人と熱気で息が苦しくなる。
何がそんなに楽しいのか、大学生が浮かれ騒ぎ、周りの迷惑がかかっていることにも気がづかず、自分たちが楽しければいいと、道路で缶ビールを飲んだり、通路で踊ったり、大声で叫んでいる。
俺は、そんな若者たちを横目に、新宿の路地を抜けて、油で壁紙が茶色になっている焼き鳥屋に向かって足を進めた。
爛々と点滅する歌舞伎町一番街の看板の前の大通りで、信号に足止めを食らったので、俺はイライラしながらも、信号の色が赤から青に変わるのを待った。
「もしかして、丸山くん?」
雑踏の中で俺の名前を呼ぶ声がした。
女の声だ。
しかも、聞き覚えがある。
俺は声がする方へ向き直った。
そこにいたのは、かつて大学のマドンナと言われた、同級生の西岡絵美だった。
俺と同じ歳なので、もう32歳になるが、昔と変わらなない彼女が、歌舞伎町の人混みを背景に、にこにことこちらに微笑みながら、手を振っている。
「西岡?久しぶりじゃん。大学ぶり?東京に来てたんだな」
「そうだよ。仕事でね、香川からわざわざ来たんだ。丸山くん、変わらないね。大学生だって言われても分かんないよ」
西山はさらりと鎖骨にかかる黒髪を風になびかせながら、白のチノパンからすらりと伸びる長い足をこちらに向かって進めてきた。
アーモンド型の綺麗な瞳が彼女の瞳の中に映る。
「ねえ、良かったら一杯飲まない?せっかく東京に来たからお酒を飲みたかったんだけれども、直前で怖くなって、カフェで時間を過ごそうと思っていたの。ホテルにいても寝るだけだし、丸山くんさえよければ、だけれども」
「あ、ああ、もちろんだよ」
「本当!よかった。あのね、行きたいお店あるんだ。何軒かピックアップしていてね、東京の土地勘がなかったから丸山くんがいて助かった〜!あのね、はじめはここに行きたいの」
西山はそういうと肩にかけていたトートバックから携帯電話を取り出して、何か画面操作をして、こちらに画面を見せてくれた。
「ここ!ここのイタリアンがすごくおいしいってこの間テレビでやっていてね。なんでも手でロブスターを掴みながら食べるんだって!香川にはこんなおしゃれなお店ないからさ」
「あーここは恵比寿だね。移動するけどいい?」
「うん、もちろんだよ」
俺は電車で新宿から恵比寿に行くことも一瞬考えたが、ここはカッコをつけたかったので、大通りを颯爽と走り抜けるタクシーを1台捕まえて、西山と二人乗り込んだ。
西山絵美は、絵に描いたようなヒロイン的美少女だった。
だれもが一度は恋をする、そんな漫画から出てきたような存在だった。
勉強もできて、人当たりもよく、スポーツも万能で、何をやらせても卒なくこなす容姿端麗・頭脳明晰をまさに形にしたかのような完璧な人間だ。
俺はそんな人間、二次元の世界の話だけど思っていたが、西山を一目見たとき、「これが漫画で主人公の男性が感じるヒロインへの焦燥」なのだと瞬時に理解した。
西山と俺は同じ学科で同じゼミで、おまけにバイト先も同じ、住む家も道路一本隔てて向かいという共通点を持っていたが、西山を本気で落とそうする男子は蟻の数ほどいたので、その他大多数も同じように俺と一緒で西山と共通点を持っていた。
俺に取って西山は、永遠に手が届かない存在であり、それが分かっていたからこそ、別に彼女を自分のものにしたいと思ったり、心を奪いたいなんて思わなかった。
ただ、毎夜夢の中だけでは、一緒に肌を重ねたり、俺の頭の中だけでは、永遠に彼女であった。
誰からも人気の西山だったけれども、噂には地元の香川に遠距離恋愛中の彼氏がいて、結婚を見据えた付き合いをしていると聞いたことがあり、この東京の大学にいるのは西山が特待生として入学しただけのことだった。
自慢でもないが、一応国立大学を看板に掲げているだけあり、頭が弱すぎる奴らは入学さえしてこない。
西山がとりわけ頭が良いのは、入学式と卒業式で生徒代表の挨拶をしたこと、大学の大半を海外の大学で過ごしたことなど、語り尽くせない。
そんな西山と俺は、不思議なことに波長が合うようで、誰も知らない無名のある画家が好きだとうことだけは他の誰も持っていない共通点としてあった。
誰も追随できない俺らの共通点は大学を卒業してから、何度かその画家の個展を一緒に観に行くほどだったが、数年経つとお互いに仕事も忙しくなり、自然と連絡は遠のき、もうしばらく会っていなかった。
久々に会った西山は、さらに女性としての魅力を増して色っぽくなり、体の線も大学時代からさらに磨きがかかり、メリハリがある体つきになっていった。
俺はいつぶりか分からないが、彼女のその肉付きがいい体つきに目を奪われ、目のやり場に困ったので、タクシーの外に流れる景色に無理やり意識を集中させた。
移動中のこのタクシーの中では、久々に会ったこともあり、昔話に花を咲かせて、終始会話が途切れなかった。
一緒に話していて、相手を飽きさせなずに盛り上げる。
これは俺にはできない彼女のひとつの魅力だと再認識した時に、目的の店に着いた。
俺らは西山が行きたかったイタリアンでの食事を終えると、「まだ飲み足りない」「もっと話したい」という彼女の要望に応えるため、彼女が香川でリストアップしてきたお店を2軒梯子して、ついに時間は深夜1時を過ぎていた。
お互いにお酒の酔いもいい感じに回ってきて、ついに西山はお酒に負けてひとりで歩けなくなっていた。
これはまずいと俺は本能的に感じ、なんとか彼女をホテルまで届けることにした。
男であれば、道路で野宿しても特段問題はないが、女性で、こんなにも美しい容姿をしている彼女が路上に横たわっているのは、1000万円の現生を路上に置くよりも恐ろしいことが起こるのは明白だった。
予め彼女のホテルを聞いていたので、せめてフロントまでは届けようと、タクシーに全国展開している有名なホテル名を告げてすっかり酒に飲まれた西山を俺は後部座席で介護しながら、ホテルまでたどり着いた。
ホテルに着いたはいいものの、西山はもう爆睡をしており、なんとか俺が部屋まで連れて行く形になった。
妻に申し訳ないという気持ちはありつつも、好意がある女性がこうして俺を頼ってきてくれることは無碍に断ることもできず、むしろ責任感を持ってやり遂げたいと意気揚々と503号室に向かっていった。
ホテルの一室は綺麗に片付いており、西山の手荷物と思われるスーツケースだけが申し訳なさそうに壁側に沿って置かれていた。
俺は、担ぐように一緒に歩いてきた西山をベッドに置いて、そのまま帰るつもりだった。
それが紳士のあるべき姿だと思っていたし、妻への全ての報いだと思った。
しかし、俺も西山に付き合って、だいぶお酒を体内に流した込んだためか、ベッドを見ると急に眠気が襲ってきた。
さらに言えば、西山を無事にホテルを届けた安堵感で、緊張の糸が解けたのだろう。
シングルベッドの白くて無機質な布の感覚を覚えながら、西山から一番離れたところに横になって目を閉じた。
「丸山くん、だめだよ」
「こんなの、だめ、奥さんに言い訳できない」
「そんなに見ないで、恥ずかしいよ・・・」
「丸山くん、私、とまらくなっちゃうから」
「もっときて、丸山くん」
「やめないで、丸山くんのこと、もっと見せて」
そこそこに趣味と息が合う年頃の男女が酒に酔って、理性を失い、ベッドの上にふたり並んでいれば、自ずと起こることがある。
仮眠を取るだけだったのだが、次の瞬間の俺の記憶は、断片的で、乱暴に切り取った映画のワンシーンのように静止画のような短い残像が頭に残るだけだった。
それが、夜のネオンや自分が吐き戻した遺物であったらどんなにいいだろうと思ったが、記憶にあるのは、彼女の絹のような白い裸体だったり、淡いピンク色の下着だったり、汗ばんで高揚する顔だったり、かつて大学生時代に彼女が”僕の脳内での彼女だったとき”の姿が、ありありと脳に記憶されていた。
次の瞬間には、俺は激しい息を整えており、全身から水を被ったような汗が噴き出て、心臓が飛び出そうなほどの鼓動の力強さを感じていた。
体の一点に神経が異常に集中して、そこを熱源として体全身に痺れのような快楽がじんわりと伝わって行く。
俺と西山は夜を共にした。
それは今まで交わってきたどの女性よりも開放的で、官能的で、体の細胞が悲鳴をあげるほど、言葉では言い表せないが最高の時間だった。
言いたくはないが、妻よりも刺激的で中毒になりそうな熱い時間だった。
白い天井を見上げていると彼女が恥ずかしそうに寄り添ってきてこう言った。
「今までね、私何人の男の人と付き合ってきたけれども、今日はいちばん気持ちよかった」
憧れのマドンナとの一夜は格別に味わい深かった。
これが大学時代で、俺が独身だったら、彼女をもうこのあとも何度も何度も抱いて、朝が来てもその肌に吸い付いて、骨の髄まで快楽を貪りつくことができるのであれば、どんなに幸せだろうか。
このことは、妻にはもちろん言えない。
「私、丸山くんの女になりたいな」
こんなこと、意中の女に言われたら、俺はなんて答えるのがベストなのか、無い頭を絞り出してもすぐに答えがでなかった。
「ねえ、もう一回しない?」
現実の彼女は、脳内の時代の彼女とは異なり、とても性に貪欲だった。
俺はまだ完全に元に戻っていない体を起こしながら、彼女にキスをして、草むらをかき分けるように、彼女の奥にある秘密の穴に向かって指を滑られた。
その日、俺は彼女と合計4回朝まで絶頂に至った。




