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怪しいアパートで行われていること

暗く薄気味悪いアパートの二階をしげしげと観察してもう30分ほど経っただろうか。


時刻はもう夜の七時を過ぎて間もなく八時を迎えようとしている。


このアパートの一室で行われている隠された儀式のなぞを解明するために、俺は記者として張り込みをしている。


この件が記事になれば、俺の出世も確実、給与も上がり、冷えきり始めた夫婦の関係も取り戻せるかもしれない。


出世をしたら一度仕事に区切りをつけて、また新婚生活のような暖かい関係を築きたい。


もう少しの辛抱だ。


俺はエアコンが効かない壊れた車の中から、再度アパートの一室のドアを辛抱強く睨み続けた。






車内の時計が八時半を指したときに、動きがあった。


例のアパートから、人が出てきた。


背丈は日本人の一般女性の平均くらいで、長く伸ばした髪は月に照らされて、よく手入れされた様子が遠くからでも分かる。


上は白のシフォンのブラウスで、下は紺色にレースが施されたタイトな膝丈のスカートだった。


足元は少しヒールが高いペールオレンジのミュールで、綺麗なオフィスカジュアルで身を包んだ何処にでもいる女性だった。


彼女はアパートのドアを締めるときに、部屋の中の誰かに声をかけ、会釈をしているような動作をした。


振り返った女性は、とてもスッキリとした晴れやかな顔をしていた。


何か体から毒素を抜いたような、悪いものを排除したかのような、とても清々しい表情をして、颯爽とヒールの音を立てて、エレベーターに乗り込んだ。


僕は彼女に会うべく、車のドアを勢いよく開けて、エレベーターのドアの前に足を急がせた。





「どうも、こんばんは。白井さんですか。いまあのアパートで何をやられてたいたか、伺っても?」


俺は目深に被っていた帽子を少しだけ挙げて、上着の内側にある胸ポケットから角が擦れてボロボロになった名刺を軽く彼女に見せた。


その女性は困惑した不安な顔で僕を見て、強張ったように体を硬直させた。


「誰ですか、あなたは」


「あー、申し遅れました。私は、群青文集の丸山と申します。あのアパートで何やら宗教的な怪しいものが流行っているとある筋から情報が寄せられていましてね。あなたが、その、代表の方ですか」


「なんですか、急に」


「いいえ、実はここで日夜行われている活動っていうのが、あの数年前世間を賑わせたあの宗教団体との関与を疑われています、警察に。そうでなければ、いますぐ解体しないと、もっと大変なことになりますよ。毎夜毎夜女性が足繁く通うこのアパートの一室で何が行われているんでしょうかねぇ」


最後はつい勢い余ってしまって語気が強くなってしまった。


しかし、火のないところに煙は立たない。


この情報は、同僚が飲み会の場で言っていた話で、「どうやら記事になるアパートがある」と俺に話を振ってくれたのだ。


その同僚は、アンダーグラウンドな話しか取材をしたくないという頑なな趣味があるらしく、ニュースになりそうな話は興味がないという変わったやつだった。


同僚曰く、「毎夜毎夜女性が足繁く通う怪しいアパートの一室があって、何やら宗教的なことをやっているんだ」


僕の目の前の女性は、まだ顔と体を固く閉ざして、全身から拒否感を出している。


しかし俺はそうした拒絶されることに慣れていた。


職業的にも、プライベート的にも。


「私、知りません」


では、といいかけながら彼女は俺の脇を通りすぎて現場を後にしようとした。


「おっと、困りますよ。教えてもらえますか、あの部屋で何が行われているか」


「私、ただの客なんです。すみません」


「客?」


「はい、そうです」


「客ってどういうこと?なんの客なの?」


俺は思わずいつもの癖で語気を強めていった。


相手に舐められないように、俺たち記者は強気で相手に接しなければならない。


そうでもしなければ、俺らをゴミのように追い払うターゲットから情報を抜くことはできない。


「知りません。すみません、失礼します」


彼女は、俺のすぐ脇を通り、この場から立ち去ろうとした。


「おっと、待ってもらってもいいかな」


俺は足早に俺を交わそうとする彼女の後ろ手をすぐさま掴んだ。


「痛いです、やめてください」


「あなたが教祖なんでしょう。いくらお布施をいただているの、ねえ」


俺は彼女の細くて白い腕に力を入れる。


妻の手もこんな風に細くて、白くて、今にも折れそうなくらいか弱かったなと一瞬頭に過ぎったが、そんなことを考えるいとまもなく、


「どうかしましたか」と誰かに話しかけられた。


このアパートの住人だろうか。


それであれば、まずい。


記者が現場で騒ぎを起こしたなんてことになれば、俺は上司に告げ口をされるだけではなく、昇格もこの事件も水の泡になってしまう。


それだけは避けたかった。厄介ごとはもうごめんだ。


俺は話しかけてきた相手に取り繕おうと、掴んでいた女性の手を離して、声の相手に向き直った。


その人は、まっすぐに背を伸ばして、まるでマネキンのような立ち姿をしていた。


髪は後ろにまとめており、流した前髪は品を感じさせるような、清潔感がある女性だった。


服装ななんと着物だ。


きちんと着付けられた深い紺色に控えめな花柄が一層和美人の雰囲気を引き立たせている。


俺はその美しさに思わず一瞬見入ってしまったが、ここは怯むことなく、その女に声をかける。


「ここの住人の方ですか、すみません、ちょっと聞き込みをしていまして、すぐに撤退しますので」


「私のお客さまには、危害を加えないでいただけますか」


お客さま?ということは、この女が、主犯か。


俺は心の中でガッツポーズをした。


よし、いきなりコアになるターゲットに接触することができた。


この女から話をすべて聞き出したら、もうすぐに会社に行って、上司に記事をあげよう。


「あー、あなたですか、あのアパートで怪しいことをしているというのは。詳しくお話伺えますか」


俺は擦り切れ始めたジャケットのボケットにボイスレコーダーがあるのを上から手を触れて確認して、その女性の前に立った。


「お客さまは、もう失礼していただいて結構ですよ。お引き留めしてしまいすみませんね」


その主犯と思われる女性は、お客さまと呼んだその女性に優しく声をかけ、微笑みながら見送った。


女性は、ぺこりと深々とお辞儀をして、小走りで去っていった。


「さて、立ち話もなんですし、良かったらお部屋でお話はいかがでしょう。今夜は冷えますし、お茶もお出しします。何やら訳ありのような気がしますからね」


その女は余裕たっぷりに俺にも微笑んで、部屋に案内すると言った。


今まで数々の対象にインタビューを試みてきたが、こんなにスムーズにことが運ぶのは初めてだった。


だからこそ嬉しかったのもあるし、だからこそ同時に不気味さを感じた。


なぜこの女は初対面の俺に対してもこんなに友好的で、余裕があるのか。


しかし、狙った獲物はでかい。


俺はこの記事を書き上げると、欲しい物が全て手に入る。


そうだ。


話に乗るしかない。


虎穴に入らずんば虎子を得ず。


俺は自分の座右の銘を胸の中で連呼しながら、その女が案内するアパートの一室に向かう階段を登り始めた。


しかし虎子は、実は俺の方なんじゃないかと、後々気付くことになるが、今はまだ俺は何も知らない。

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