好きかどうかは言われなければ分かりません
初めて真面目に現代恋愛を描いたかも……
(あー、今日もいる……)
朝ラッシュ、都心へと向かう電車はだいたい混んでいるのですが、幸い私の乗る各駅停車はこの駅で他の路線や、先に発車する急行に乗り換えるためほとんどのお客さんが降りるので座ることが出来ます。
学校までは4駅12分。急行だとノンストップで7分なので、入学当初は早く着きたいと利用していましたが、度々痴漢に遭ったため使うのを止めました。
自意識過剰と言われればそれまでですが、電車に乗り込むとき、走行中、降りるとき、もみくちゃになって触れ合う瞬間、あからさまに不自然な動きで私を触るおじさん達にあんな短い乗車時間なのに度々遭遇しては嫌にもなります。
一方この各駅停車は待っていれば確実に座れるので安心。時間はかかるけど、座れるので移動中に試験勉強をしたり本を読んだり出来るので楽なんです。
(あの視線を除けばね……)
「筑紫さん、おはよう」
「ほえ?」
その不快な視線を遮るように私の前に立つのは、同じクラスの藤島君。空手をやっていて、全国大会の入賞経験もある実力者。
「あれ、藤島君って電車通学だっけ?」
「いやあ、自転車が壊れちまってさ」
通学距離はおよそ8kmくらい。自転車でも十分通学出来る距離だけど、学校の周りはかなり交通量が激しく、危ないからと近場でも電車やバスを利用する子が私を含めて多くいます。
だけど藤島君は見た目に違わずパワフルで、いつも遅刻ギリギリに自転車で爆走してくるんです。
で、漕ぎすぎて自転車を壊してしまったらしい。
「だから直るまでしばらくは電車通学さ」
「そうか。でも同じ駅から乗るとは知らなかったよ」
「筑紫さん、南中だろ。俺、北中」
「あー、駅の反対側か」
同じクラスとはいえ、この程度の間柄です。
彼は見た目厳つくまさに武道家といった雰囲気で、初見では非常に近寄りがたいけど、ものすごく人当たりがよく、女の子にも優しい。
だから彼に好意を持つ女子は少なくないけど、武に生きる男みたいなイメージが強いせいか、誰かと付き合っているという話は聞かない。
「それにしても今日は早いんだね。これに乗ると始業の20分くらい前には着いちゃうよ」
「電車通学初めてだから時間の感覚が無くてね」
「早めに家を出たんだ」
「いつも朝練してんだけどさ。ちょっと早目に切り上げた」
いつものルーティンと変わったから調子が出ねえなと言う彼をそれはご愁傷さまとからかうと、「悪いことばかりでもないよ」と言います。
「電車通学がちょっと新鮮だった?」
「それもあるけど、朝から筑紫さんに会えたから」
お返しとばかりにからかわれました。こういう歯の浮くセリフをサラッと言えるのも、女の子に人気の理由。カッコいい男子にのみ許される特権ですね。
「私のことを惚れさせてどうするのよ」
「あながち冗談でもないさ。筑紫さんのこと可愛いって言う奴は結構いるんだぞ」
「聞いたことない」
「体育会系の男子とはあんまり接点なさそうだもんな」
これまであまりお話したことはありませんでしたが、聞き上手話し上手の彼と喋っているうちに、学校の最寄り駅に到着します。
「せっかくだから学校まで一緒に行くか?」
「いいの? 変な噂が立っても知らないよ」
「ちょっと聞きたいことがあってね……」
通学路を二人並んで歩きながら、藤島君が気になることというのを聞いてきます。
「さっき電車で筑紫さんの対面に座っていたおっさん。あいつヤベーぞ」
「何かあったの?」
彼の言うおっさんと言うのが、私があの電車の中で唯一不快な存在。
同じ駅から乗ってきて、必ずと言っていいほど私の対面の席に座る。そして、チラチラと睨め回すような視線を感じる。
最初はただの偶然と言うか、たまたまその乗車位置が降りる駅で都合がいいんだろうくらいに思っていましたが、ある日違う車両に乗ってみても私と同じドアから乗る。試しにと一本早い電車に乗っても必ず同じ電車に乗ってくる。
しかも乗ったあとに競うように私の対面の席を狙う。そしてスマホをいじりながら、チラチラとこちらの様子を覗っているのです。
ハッキリ言って気持ち悪い。いい年した小太りの薄らハゲ。
ある日のことなんか、走って駅まで来たのか知りませんが、大汗かいてゼーハー言いながらこっちをチラチラと見るおじさんは、ワイシャツがズボンからはみ出て、そのふくよかな白いお腹がものの見事に露わになっているんです。見た目で差別するなと言われても、社会人としてアウトすぎるでしょ。
そんなわけで、ひたすら視線が合わないよう、私はスマホをいじったり、教科書を読んだりして到着するのを耐えて待っていたのです。
「あのおっさん、改札前でずっと待っていた。で、筑紫さんが改札を入った瞬間に、すぐ後を追いかけるように入っていった」
藤島君は時間配分が分からず、随分と早く駅に着いてしまったのですが、その時点でソワソワしているおじさんが改札前にいたそうです。
その時は彼も気にしなかったのですが、コンビニで立ち読みしたり、トイレに寄ったりして時間を潰して、そろそろ乗ろうかとしたらおじさんがまだ立っていた。そして、私の姿を見た途端に急ぐように改札を入ったので、慌てて後を付いてきたそうです。
「俺も考え過ぎかなと思ったけど、対面に座ってジロジロ見ていたから、こりゃあぶねー奴かと思って筑紫さんに話しかけたんだ。俺が前に立った瞬間、めっちゃ舌打ちし始めてよ。しかも体を右に左に動かし始めて。怪しすぎる」
藤島君は窓越しでおっさんの不自然な動きに気づき、なんだコイツと振り返った瞬間に慌ててスマホに目を落としたそうです。
「アイツ、知り合い?」
「私、枯れ専の趣味は無いから」
仮に知り合いだとしても距離感おかしいし、行動に説明がつかないですよ。
「実はさ……」
「サイちゃん、おはよー!」
彼に今までの経緯を話そうとしたところで、友人の結衣に声をかけられました。
「あれ、藤島君? サイちゃん藤島君とそんなに仲良かったっけ?」
「事情があって今日からしばらく電車通学なんだ。そしたらたまたま同じ電車に乗っていたから、一緒に来ただけだよ」
「ほんとに〜?」
「結衣、藤島君が困ってるじゃない。アナタの期待するような展開じゃないわよ」
結衣も加わって三人で歩くことになったので、おじさんの話の続きは出せずじまいのまま、学校に到着するのでした。
「筑紫さん、この後時間ある?」
その日の放課後、藤島君から声をかけられました。
「今日は図書委員の仕事も無いし、このまま帰るだけだから。何の用?」
「朝の話の続き」
それはあのおじさんのことでしょう。藤島君に迷惑かけたくありませんでしたが、目撃してしまった以上知らんぷりは出来ないからと、良かったら相談くらいは乗るよと言ってくれます。
「二人でいるところを見られたら、また朝の結衣みたいに茶化されるかもよ」
「俺は気にしないよ。だから筑紫さんが良ければだけど」
申し訳ない気もしましたが、こちらも朝話そうとしていたわけですし、何より抱えている気持ち悪さを少しでも吐き出したいという思いもあったので、彼の申し出を受け、一緒に地元の駅まで戻ってから、駅前のファストフード店に入ります。
「少食なんだね」
「いやもうすぐ晩御飯だからね。こんなところでガッツリ食べてたらデブまっしぐらよ」
「筑紫さんは痩せすぎ。もう少し食べたって十分可愛いと思うけど」
「またそういうこと言って……」
私が頼んだのはナゲットとアイスティー。藤島君は肉厚パティ3枚のメガサイズバーガー。見ているだけで胃もたれしそうですが、彼はそれでも足りないと言います。
「それで、朝の話の続きなんだけど」
「実はね…………」
「それ、軽くストーカーじゃん」
「ただ、今のところはそれだけなんだよねぇ」
「気持ち悪いと感じているなら、それで十分有罪だろ」
私の話に自分のことのように怒っている藤島君は、ならばしばらく自分が一緒に電車に乗ろうと提案してくれます。
「そんなの悪いよ」
「遠慮すんな。現場を見ちゃっておいて、スルーするのは気が収まらねえ。俺の自己満足だから筑紫さんは気にしなくていい」
「でもいつもより家を出るのが早くなるよ」
「筑紫さんと毎日一緒に通学出来るなら役得だ」
イケメン過ぎて惚れるわ。
「じゃあ折角だからお願いしようかな」
「任せとけ、指一本触れさせんよ。筑紫さん……あー、一緒に通学するほど仲良いフリするなら、名字呼びはよそよそしいか」
「陽花でいいよ」
「急にハードルが上がったな……だけどさ、名前が『はるか』なのに何で『サイちゃん』って呼ばれてんの?」
それを聞いちゃいますか……
「名字が筑紫、名前が陽花。つなげると筑・紫陽花になって、そこから『サイちゃん』なわけよ」
親のネーミングセンスを疑わないでください。両親が離婚してしまい、母方に引き取られた私は、母が旧姓に戻したせいでこうなったんです。最初から狙っていたわけではありません。
「そりゃ悪いこと聞いちゃったな」
「しょうがないよ。誰だってそんな裏事情があるなんて分かるわけないもの」
「俺もサイちゃんで呼んだ方がいいか?」
「藤島君には陽花って呼んで欲しい。周りに誤解されるのを気にしないならだけど」
こういう機会でも無ければ男子に名前呼びなど頼めません。それに私も藤島君のことをカッコいいと思っていたので、図々しいお願いと分かっていながら可能ならばと申し出てみたら、あっさりと「全然気にしない」なんて言うものですから、「もしかして私に気がある!?」なんて妄想でウキウキしてしまいます。
「じゃあ明日からは同じ時間に駅前で待ち合わせな」
「よろしくね藤島君」
「おう」
それから藤島君と一緒に登校する毎日が始まりました。
自転車が直るまでの僅かの間だけと思っていたら、意外にも藤島君は電車通学の方が楽だからもうしばらく続けると言い、一緒に通学し始めてからかれこれ一ヶ月ほど経ちました。
その間もあのおじさんは懲りもせず対面に座ってきますが、藤島君が私の前に立って完全にブロックしてくれるので、ストレスフリーで通学できます。
ただ、藤島君によれば舌打ちとブツブツ言う回数が日に日に増えているようですが……
そんなある日、差出人不明の手紙が家に届きました。中身は見るのもおぞましい妄想文。
翌日、見たことを後悔するレベルの文章を読まされて気落ちする私を見て、藤島君が心配そうに声をかけてきましたが、電車の中ではアイツに聞かれるかもしれないので、帰りに時間を取って相談したいとお願いします。
『君のことは何でも知っている。住所は◯◯、☓☓高校の2年生、図書委員だから月曜と木曜は帰りが遅いんだよね。君のその瞳、その細い手足、君のことを見ているだけで僕は興奮して〇〇が〇〇になって、毎日〇〇して〇〇になっちゃうよ。君に直接触れたら〇〇どころじゃなくなっちゃう。責任、取ってくれるよね』
「マトモじゃねえな……」
放課後、いつものファストフード店でその手紙を見せましたが、藤島君も冒頭の一文だけで「ウヘァ」いった感じで顔をしかめます。
「どうしよう……家まで知られているみたい……」
「さすがに俺達だけじゃどうにもならんな。よし、今からすぐに行こう」
「どこへ?」
「警察」
藤島君は完全にストーカーだから、警察に相談しようと言います。
「でも、これくらいでお巡りさんが動いてくれるの?」
「こういうのは警察に相談したという実績があった方が後々有利になるらしいよ」
彼は私と一緒に通学するようになってから、独自にストーカー被害に関する知識を学んだようで、今すぐ被害届とまでいかなくても、事前に相談に行くのも重要なんだと説きます。
「本当はそうなる前に収まるのがベストだろう。陽花も出来ればそうしたいと思っているんだろうが、手紙の異常性から見て、家族や先生達にも情報共有しておいた方がいい」
藤島君が核心を突いてきます。
あまり大事にしたくないという気持ちはありましたが、何かあってからでは遅いとばかりに警察への相談を勧めてきます。
「ごめんね。なんか面倒なことに巻き込んじゃって」
「陽花は何も悪くねえ。悪いのはこの気持ち悪い手紙の出し主だ。強いて言うなら陽花が可愛いのは罪かもしれないが」
そう言っておどけてみせる藤島君。暗い雰囲気を打ち消そうとしてくれたんでしょうが、この状況でサラッと可愛いとか言われてもどう答えていいか返事に困ります……
「あんまり進展はしないよね……」
「まあ初めての相談だからな。とりあえずお巡りさんに状況を知ってもらっただけ一歩前進だろ」
相談が終わったその足で、近くの警察署へと相談に向かいました。
担当は女性のお巡りさん。あの手紙を見せ、電車の中での話もしましたところ、手紙自体は悪質だが、差出人が電車のおじさんである証拠はないので、現時点では家の周囲のパトロールを強化するくらいしか手がないと申し訳なさそうに言い、自己防衛のためのアドバイスを頂きました。
「お母さんや先生にも相談するとして、おじさんが犯人だという証拠が無いもんね……」
「気落ちしててもしょうがねえ。どうだ、今度の創立記念日の休みの日、二人で遊びにでも行かないか?」
気落ちする私を元気付けようと、藤島君が遊びに行こうと誘ってくれます。
「そこまで気を遣わなくてもいいよ」
「気を遣っているわけじゃなくて、誘っているんだ」
「何に?」
「デートでしょ」
いやいやいや、だって付き合っているわけでもないのに。
「周りはそう見ていないようだぞ」
この1か月、藤島君と一緒に登校する姿は多くの生徒に見られている。結衣たちには事情を話してはいるが、事情を知らない人から見れば、自転車通学だったのをわざわざ電車通学に変えたのはそういうことなんだろうと思われているようです。
「だって付き合うとかそういう話じゃなくて……」
単にストーカーから守るために一緒にいるだけだよね。
「あのさ、俺も男だからさ、ただの正義感だけでこんなに一緒にいるわけじゃないよ。陽花と一緒にいたいからに決まってるじゃん」
「うそ……」
「嘘じゃねえ。興味の無い相手と毎日一緒に登下校するか? 一緒に飯食いに行くか? 毎日のように可愛いなんて言うか? 自転車なんかとっくに直ってるんだから、俺が俺の意思で一緒に登校したいってことだよ」
たしかに……一緒に登下校するようになってから、ご飯に行ったり、お茶をしたりと二人きりになることが多くあった。
「義務感でやってるなら、わざわざそんなことしないだろ。はっきり言わなきゃ分からんなら……俺は陽花さんが好きです。良かったら付き合ってください。これでいいか?」
「えぇと……本当に私でいいんでしょうか?」
「ダメか?」
「ダメじゃなくって……藤島君にそんなこと言われて、なんて返したらいいか分かんなくて……私でよければお願いします!」
「よし! これで正式に彼氏彼女として遊びに行けるな」
めちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を見せる藤島君につられて私も笑顔になります。
男の子に直接好きなんて言われたのは初めての経験。それも相手が彼であればうれしくないわけがありません。
◆
「パッツパツじゃん」
そして創立記念日の祝日。いつもの時間に駅で待ち合わせをすると、向こうからやってくる藤島君の姿にちょっとドン引きします。
彼の服装はTシャツ、チノパンにスニーカーというラフな格好。発達した胸筋とか腕周りが太いせいかTシャツのサイズが若干小さめに見えてしまい、フンってやったら某格闘系漫画みたいにシャツがバリバリバリって破れそうです。
「制服着ていても何となく分かったけど、筋肉がすごい……」
「お腹も6つに割れてるぜ。見るか?」
「また今度にするわ……」
そして二人で改札を通ると、横目にいつものおじさんが視界に入ります。
「今日もいたな」
「私たちは祝日だけど、世間的にはただの月曜日だもんね」
「陽花が私服だったからちょっと戸惑ってたぜ。『あれ? あれ?』ってな」
「そのためにわざわざこの時間にしたの?」
「それもあるが、乗るのもいつもの電車だぜ」
藤島君に促され、いつものホームのいつもの乗車位置で、いつもの電車に乗ると、普段は立ってガードしてくれるのに、今日は私の横に座る彼ととりとめもない話を始めます。
正式にお付き合いを始めたからというわけではありませんが、彼が横にいてくれるだけで安心します。しかも今日は不思議とおじさんの視線が向いてきません。
「行き先は?」
「遊ぶところ、買い物するところ、選択肢が色々ありそうだから終点のターミナルまで行こう」
「特に目的は決めずにブラブラするのね」
「気になるところがあれば寄る感じでいいんじゃない」
そのうちにおじさんが途中のそこそこ大きな駅で降りました。なんか歩きながらも何やらぶつぶつ言っていたのが気持ち悪くて仕方ありません。
「随分と長いこと乗っていたな」
「そうだよね。この距離なら急行の方がずっと早いのに」
おじさんが降りたのは急行なら終点の1つ前に止まる駅。ウチの最寄りからだと各駅停車なら倍近く時間がかかる距離をわざわざ各駅停車に乗るというのは……ねぇ……
「陽花狙いとしか思えないな」
「そうであって欲しくはないんだけど……」
「まあ……あのおっさんの降りる駅が分かったところでだからどうしたって感じだけどな」
それから数分。そのまま終点まで乗って到着したのは都心のターミナル駅。繁華街も近く、遊ぶ場所には事欠かない街です。
ただ、現在朝の9時過ぎ。お店が開くまで少し時間があるので、近くにあるコーヒーチェーン店に入り、開店まで時間を潰すことにします。
「しかし、あのおっさんの顔ったら、めっちゃキョドってたわ」
いつも乗っているときも、おじさんは藤島君が視線を向けると途端に目を逸らすそうで、今日私の隣に座ったのは、常に自分の視線を向けて「お前、こっちは気づいてんだぞ。変なマネしてるとただじゃおかねえ」ということがはっきりと分かるようにアピールするため。パッツパツの服装も腕力では勝てそうにないと分からせるためにあえて選んだようです。
「わざわざそのためにあの電車に乗ったの?」
「うん。こっちは警戒してんだぞってのを分からせるためにね」
「あんまり挑発しないほうがいいんじゃない?」
「様子見だよ。これで諦めればよし、エスカレートするようならもう一度警察に相談して、みんなで警戒を強めるだけだ」
それでわざわざそんな薄手のTシャツを着てきたということ?
「ん? 俺、これが普通だよ」
「藤島君って筋肉見せびらかす露出狂タイプ?」
「露出してねえし」
「十分すぎるよ。道すがらすれ違うお姉さんたちの視線に気づかなかった?」
そうです。ここは都心のターミナル駅。通勤時間のピークからはやや遅めですが、それでも仕事に向かう方は大勢おり、若いお姉さんからマダムまで、藤島君の胸筋をガン見している女性がたくさんいましたよ。
「そうかー、そんなにこの胸筋に惹かれるかー」
「そう言いながら胸筋をピクピクさせないでよ……」
「陽花はこういうの嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど……独り占めしたい方、かな。彼氏だったらなおさら私にだけ見せてほしい……」
「ぶっ! ゲホゲホッ……」
私の言葉に藤島君は突然飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってむせてしまいます。
「大丈夫?」
「お、おう大丈夫だ。独り占めとか私にだけとか、ちょっとドキドキしてしまった」
「付き合いたいって言いだしたのはそっちなんだから、これくらいで驚かないでよ。あーあー、Tシャツにシミが……」
「これくらいおしぼりで拭けば大丈夫だ」
「そうはいかないわよ……そうだ。この後、藤島君の服を見に行きましょう」
ガッシリしたいい体格なんだから、普段からこういう軽装しかしない、服もそんなに持っていないというのは非常にもったいない。
「服かぁ……あんまり興味ないな」
「ええ~、カッコよくコーディネイトした藤島君も見てみたいなぁ」
「見たい?」
「見たい」
「そうか……なら行くか」
私にお願いされて気をよくした彼と男性服のお店に行き、店員さんのアドバイスなども受けつつあれでもないこれでもないと着替え続けて小一時間。
「こんな感じですか?」
「うん、良く似合ってる。彼女さんの清楚な雰囲気ともよくマッチしているわ」
店員さんだからまあ褒めないわけはないんですが、藤島君の服装を褒めるついでに彼女さんなんて言われ方をしたので、少し恥ずかしくもあります。
「陽花はどう思う」
「Tシャツだけよりこっちの方がずっとカッコいいかな」
「じゃあすいません。これ一式、このまま着ていくんでタグだけ切ってもらっていいですか」
藤島君即買いです。上下一式で決して安い値段ではありませんのに、もしかしてお金持ちのボンボンなのでしょうか。
「あとで陽花の服も買いに行くからな」
「いいっていいって! そんな高いもの買わせるわけにいかないよ」
「いやー、買わないと爺さんに怒られるんだよ」
彼のお爺様は空手の師匠でもあり、以前は大きな会社の社長をされていた方。私のために練習時間を削るので、今までの経緯も話していたそうです。
「ほら、今までずっとお互いに自腹だったじゃん。その話をしたら、『初デートくらいは全部お前が面倒見るくらいしろ!』って少なくない金を持たされてね。だから遠慮せずに受け取ってもらえると嬉しい」
「買ったことにしておけばいいんじゃない?」
「買った証拠にレシート持って来いってんだ。だから買ったフリは無理」
「しっかりしたお爺様ね」
「ああ。だからこそ親父も俺も恵まれた環境で育てられたからな」
それならばとお言葉に甘えて、私用の服を買いに行ったり、小物とか雑貨とか、色々なお店を回りました。
今まで彼はそういうお店とは全く縁がなかったようで、物珍しそうに眺めていました。もしかしたらつまらなかったかなと気にして聞いてみたら、私と一緒にいるだけで十分楽しいよなどど言ってくれるので、益々惚れてしまいます。
「また一緒に出掛けてくれる?」
「藤島君の練習の邪魔にならないなら、いつでもいいよ」
そうして楽しい1日が過ぎ、翌日からまたいつものように学校へと通う日々が始まりましたが、あのおじさんが同じ電車に乗っていません。
翌日も、その次の日も金曜日まで4日連続で姿を見かけません。
私と藤島君はさすがに諦めたのかと少しほっとしたのですが、その翌週、安どする私たちを再び恐怖の底に突き落とす事件が発生しました。
「この写真は後ろ姿だけど君達二人で間違いないよな」
「それは間違いありません。先週の月曜日に二人で遊びに行ったのも事実ですが、買い物や食事をしただけで、そんないかがわしいことは一切していません」
月曜日の放課後、藤島君とともに生徒指導室に呼び出しを受けました。図書委員の仕事がありましたが、大事な話だからそれは誰かに代わってもらえと言われ、仕方なくほかのクラスの委員に代務をお願いして指導室に向かうと、そこには男女が手をつないで歩いている写真とともに、先週の月曜日、私と藤島君が都心の繁華街で不純異性交遊をしているという、事実無根の中傷が書き連ねられた差出人不明の告発文。
たしかにあの繁華街は風俗店とか夜の街にも近いが、写真の場所はごく一般の店舗が並ぶエリアだし、ましてや真っ昼間。どこをどう切り取ったらそういうガセネタが生まれるのかというくらいに突拍子もない話です。
生徒指導の先生は私のストーカー被害の話も知っており、この告発文がそいつの仕業ではないかと思っているが、学校宛に届けられたということで、念のため真偽だけは確かめたいと呼び出したそうです。
「俺も『んなアホな』ってくらいにしか思えんが、証明できるものはあるか」
「それだったら買い物したときのレシートを家に控えているので、どの店に何時にいたか分かりますし、行き帰りの電車の時間はICカードで乗ったから記録を調べれば時間も分かるはず。それらを調べれば俺たちがラブホに行って不純なことをしている時間がないことは証明できるはずです」
「いや、疑ってすまん。外部からの告発となると校長や教頭あたりがピリピリしてな。悪く思わんでくれ」
「いえ、先生には色々相談も聞いてもらってるので」
「それなんだが、警察の方にもう一度相談に行った方がいい。回数は多ければ多いほど効果があるみたいだからな。校長には俺から事実無根だとキッパリ答えておくよ」
「いやはや……まさかこんなことになるとはな」
「藤島君ごめん。私に関わったばっかりに……」
「陽花が謝ることじゃないって何度も言ってんじゃん」
でも……誰があの写真を撮ったんだろう? あのおじさんは前の駅で降りていたのに。
「陽花、黙っておこうと思ったんだが、あのおっさん、ターミナル駅にいた」
「えっ……」
藤島君もちらっとしか見えなかったそうですが、確実にあの時同じ駅で見たと言います。それが事実なら、おそらく私たちが電車の中で終点まで行くことを聞いており、前の駅で降りて先に行く急行に乗り換え、待ち伏せしていたのではないかと推理します。
「あの写真、俺がTシャツだったってことは、駅に着いてからそれほど時間が経っていないうちだ。アイツが物陰から隠し撮りしていたのかもしれない」
「でも、あの人会社員だよね。仕事に行かなくて……」
「分からん。俺達には想像もつかん異常性だとすれば、常識なんか通用しないかも知れない。それに本当に会社勤めしているかも分からないしな」
「どうしたらいいの……」
「サイちゃん! 大丈夫だった!」
私たちの帰りを待っていた結衣たちが心配そうにやってきました。
「一体どうしたのよ。優等生のサイちゃんが生徒指導に呼ばれたって大騒ぎよ」
「俺と陽花がラブホに出入りしていたってタレコミが外部からあったらしい」
藤島君が理由を話すと、集まった全員が「はあ!? 何よそれ!」と憤慨しています。
「付き合ってんだからラブホくらい行くっしょ」
「怒るとこ、そこかよ!」
怒りポイントがズレていると言う藤島君。
「付き合ってもう1か月以上経つんだから行ったって何もおかしくないでしょ」
「いや、付き合いだしたのはこの前のデートからなんだけど……」
その言葉に「ハイ~!?」と驚く結衣たち。だから今まではストーカーから守ってもらうために一緒にいてもらっただけって説明したじゃない。
「ありえん、ありえん」
「サイちゃん、そんなこと言ってると藤島ファンに刺されるよ」
「あれだけ仲良さそうにくっ付いていて、放課後によく二人でお茶してて、あれで付き合ってないとか、藤島君に謝れ!」
「大丈夫だぞ。この前ようやく解決したから」
どうやら彼女たちは藤島君が私に気があることを知っていて、わざと教えてくれなかったようで、一緒に登校するという話をしたときに「そうか、頑張れ」って温かい目をしていたのは、私の心配じゃなくて藤島君頑張れってことだったらしく、彼の口から正式に付き合うことになったからと聞いて、ようやくサイちゃんに春が来たなどと勝手に喜んでいます。
「ただ喜んでばかりもいられないんだよ。今回のやり口は非常に悪質だ。このまま治まればと願ったが、そう上手くはいかなさそうだ」
藤島君は結衣たちにそう言うと、私の帰り道に危ないことがないように、誰かが必ず一緒に付いている必要があるから、手伝ってほしいと頼みます。
「もしかして、例のストーカー?」
「可能性は高い。行きは俺がいるが、帰りは時間が合わない日もあるから、そういう日だけでも一緒に帰ってやってくれないか」
「もちろん。サイちゃんに危険が及ばないようにしないとね」
「ただ、相手が何をしてくるか分からないから、俺のいないときは逃げて助けを求めるんだぞ」
「みんな、迷惑かけてごめんね」
「友達じゃない。困ったときはお互い様よ」
こうして、藤島君に加え、結衣たちも一緒に送り迎えをしてくれることになったのですが、ストーカーの被害は増える一方。
あるときは学校に「筑紫陽花はパパ活をしている」と匿名で電話が入ったり、卑猥な妄想文を書き連ねた手紙も、もし私を襲ったらというシーンが生々しく書かれていたりと徐々にエスカレート。
先生も事実無根のデマだから誰も信じないし、むしろ威力業務妨害にあたるから警察に相談しているところだと言ってくれます。
さらに警察の方でも、私の家の前を彷徨く怪しい男の情報を近所の方から聞いたこと、手口が悪質だということでさらにパトロールを厳重にすると言ってくれました。
「まあそれでもお巡りさんが四六時中いてくれるわけじゃないしな。こっちでも防衛策は考えないとな。明日陽花の家まで送ったときに、ちょっと仕掛けを用意させてもらっていいか」
「いいけど、何するの?」
「証拠品になるかもしれない仕掛けだよ」
翌日には藤島君がウチの軒先に防犯カメラを付けてくれました。それも外からは分かりにくいよう巧妙に隠されています。
「これで犯人が家の周りを彷徨くようなら立派な証拠になる」
それからしばらく。同じ電車にあのおじさんが乗ってくることもなく、帰り道も藤島君や結衣たちに一緒に付いてきてもらっているおかげで危険な目に遭うこともなく過ごしています。
相変わらず誹謗中傷の電話や卑猥な手紙は続いているものの、相談に行った際に警察の方――最初にストーカー相談を受けてくれた女性警官――から、詳しくは教えられないが、捜査が少し進展しているので、もう少しの辛抱よとこっそり教えられ、ようやく終わりが見える希望が持てるようになってきました。
そして後期の中間試験の最終日。その日は試験ということでいつもよりやや早めに学校を出て、藤島君と一緒に家に帰ります。
「そうか。お巡りさんがそんなこと言ってたのか」
「うん。早く捕まってくれるといいんだけど」
「これで全然違う奴が犯人だったら笑えねえよな」
「もう……怖いこと言わないで」
「冗談だよ……ってちょっと待って。あれ……」
もうすぐ家に着くかというところで、藤島君が急に足を止め、家のほうに視線を向けるので私もそちらを見ると、視線の先には私の家の玄関先で何やら怪しい動きをしている男。
「あれって、あのおっさんだよな」
「やっぱり……そうだったんだ」
「俺が取り押さえてくるから、陽花はすぐに110番して」
「無茶しちゃ危ないよ」
「大丈夫だ。あの様子なら夢中になっててこっちには気づいていない」
そういうと藤島君は気づかれぬよう死角になるこちらとは反対方向に回り込み、そろりそろりと間を詰めていきます。
(そうだ110番しなきゃ!)
<プルルルル…… はい110番です。事件ですか事故ですか>
「怪しい人が家の前に立っているんです」
<怪しい人?>
「(そうだ、あの女性警官に教えられたっけ)実は○○署にストーカ相談に行っていたんですが、多分その相手だと……」
<相手は今そこにいるんですね。場所はどこですか>
「△△2丁目15‐1です」
「わかりましたすぐに向かいます」
(これでよし……藤島君は!)
「コラテメェ、何してんじゃー!!」
警察への通報が終わってすぐのタイミングで、藤島君がストーカーに飛び掛かりますと、完全に無警戒だった相手は慌てて逃げようとしますが、何故かズボンを下ろしていたため身動きが取れずに、組み伏せられます。
(なんでズボン脱いでんのよあの人……)
最初こそ何とか逃げようと抵抗していた相手ですが、藤島君のガッチリホールドを組み解くことはできず、そのうちに騒ぎを聞きつけた近所の方が続々と現れると、逃げ場を失ったストーカーは観念しおとなしくなり、やってきたお巡りさんが状況確認をすると、器物損壊と住居侵入の疑いで連行されていきました。
「あれも器物損壊になるんだ……」
「あれは継続して使えないだろ。使い物にならないんだから壊れたのと同じだ」
壊されたというのはウチの郵便受けや玄関のドア。正確には壊されていたのではなく、あのストーカーの体液が振り撒かれていたのです。
藤島君はあの男を見つけた瞬間、夢中になってこっちに気付いていないと言ったのは、男が自慰行為をしていたとすぐに分かったから。気持ち悪くて仕方ありませんが、関係者ということで私と藤島君も警察まで同行します。
「陽花はお母さんに連絡して。俺も応援を呼ぶ」
「分かった」
◆
<僕は陽花との愛を確かめていただけだ>
<僕というものがありながら浮気なんて最低だ>
<だけど僕も大人だ。謝って僕のもとに戻ってくるならすべて許す>
<陽花は僕が先に好きになったんだ>
頭が痛い……全部ストーカーの妄想発言です。
お巡りさんの取り調べでは、あのおじさんは私と恋愛関係にあり、将来を誓い合った仲。それをあんなどこの馬の骨とも分からぬ男に浮気したのは許せないからちょっと懲らしめただけ。痴情のもつれだから民事不介入などど言っているそうです。
「完全に話が通じてねえ……」
「民事不介入ってどういうことですか?」
「刑事事件に問えない争いは警察が介入できないって意味なんだけど、今回はストーカー規制法はもちろん、器物損壊とか住居侵入の罪もあるからね。調べが進めば間違いなく刑事罰に問えるから心配しないで」
「でも裁判になったら精神鑑定を要求してくるかもしれないですよね」
「そうね。でもそれを覆すだけの責任能力があるということは証明できると思うわ」
「それなら良かった」
「よく勉強しているわね。彼女のためかしら」
「えっと……まあ、そんなところです」
女性警官の方と難しい用語のやり取りをする藤島君。ふとその時、私たちを呼ぶ声がします。
「拓海、ケガはなかったか」
「爺ちゃん」
声の主は藤島君のお爺様。彼といくらか言葉を交わすと、私に話しかけてきました。
「君が陽花ちゃんだね。拓海がいつも世話になっている」
「いえ、こちらこそ藤島君にはお世話になりっぱなしで……」
「構わん構わん。コイツが望んでやっていること。『陽花ちゃんのために!』ってな」
「爺ちゃん! 余計な事言うなよ!」
「なんじゃい。ストーカーだのなんだのと一生懸命に調べておったではないか」
「言うなー!」
そうなの? 藤島君そこまで私のためにやってくれたの?
「拓海は馬鹿で一本気なところがあってね。これと決めたことはとことんやり通す性格なんだ。時々それが面倒くさいこともあるが、陽花ちゃんさえよければ、これからも仲良くしてやってくれるか」
「は、はい! よろしくお願いします」
「さて拓海よ。お前は陽花ちゃんを家まで送ってやりなさい」
「爺ちゃんはどうするんだ?」
「こっから先は大人の出番だ。孫の嫁に無体なことをした輩、責任はキッチリ果たしてもらうさ」
孫の嫁って……いや、まだ早いんじゃありませんかね?
「拓海では不足か」
「いえ、そんなことは」
「ならばよいではないか。将来のことは誰にも分からんが、少なくとも今のところは拓海の嫁になる可能性は陽花ちゃんが一番高いんだ。それでよかろう」
「爺ちゃん、勝手に話進めんなよ」
「ほら、さっさと行け。若いもんは若いもんだけでゆっくり話し合ってこい」
そんな感じで半ば追い出されるように警察署を後にしました。
「爺ちゃんが勝手なこと言ってごめんな」
「ううん、なんかこっちこそ色々迷惑かけちゃってごめんね」
「うん。ちょっと孫かわいがりが過ぎるんだよね」
この前のデート資金といい、お爺様は孫に甘いのかと思いきや、空手の練習における違う意味のかわいがりも含まれているようで、一概に甘やかされているだけではないようです。
「さっきお爺様が言っていたのって本当?」
「色々調べていたってやつ? 本当だよ。陽花を守るためにってね」
「なんでそこまでしてくれるの」
「俺の初恋だから」
「えっ……」
藤島君が私を初めて見たのは中学生の時。練習試合で南中に来たときのこと。すれ違った私に一目ぼれしたそうですが、それ以降コンタクトがあったわけではないので、当然私はすれ違ったことも覚えていない。
「声かければよかったのに」
「いやいや、練習試合に行っておいてナンパとか何しに行ってんのよって話じゃん」
そのときのチームメートに私の小学校時代の同級生がいたので名前だけは聞いたそうです。
「その時に『サイちゃん』の意味は聞いたんだけどな」
「えぇ~、じゃあ知ってて聞いたの!」
今はそのあだ名に慣れましたが、小学生の頃は男子からアジサイ女とからかわれ、中学生になるとふとしたきっかけで紫陽花の花言葉を知った男子経由で、私のことを「浮気性のサイ」とか「男を次々に変える女」など酷い言われ方をしたものです。
「だから藤島君にはサイちゃんって言われたくなかったんです」
「俺は小学校時代のアジサイっていう話しか聞いていなかったが、さすがにそりゃ酷いな。」
「浮気、移り気の紫陽花だからストーカーが寄ってきちゃったのかな……」
「そんなことあるかよ!」
泣きそうな声でボソッと呟いた私のことを藤島君が強く抱きしめます。
「紫陽花の花言葉はそれだけじゃない。仲良しとか家族団らんって意味もあるんだぜ。俺は陽花とずっと仲良くしていきたい。出来れば家族になって一緒に家族団らんになりたい」
「藤島君……」
「なあ、そろそろ陽花も俺のこと名前で呼んでくれないか」
「あ……拓海……くん」
「俺はまだまだ半人前だけど、必ず陽花のことを幸せにするから。約束する」
「ありがとう。私も……守ってもらってばっかりじゃ嫌だから、拓海君が幸せになれるように頑張る」
「一緒に幸せになろうな」
「うん!」
ストーカーおじさんの対応については拓海君のお爺様にお任せすることになり、判決が確定したのは年度が明けて3年生に上がってからすぐのこと。
相手側の弁護士は負け確定で減刑の方向で進めたかったのに、被告本人が事実無根と無罪を主張してグダグダだったとか。さらには拓海君が私の家に仕掛けていた防犯カメラの映像が決定的な証拠となって完全勝利。ストーカーおじさんの罪は一つ一つは軽いものでしたが、悪質ということ、反省の色がないということで実刑判決。刑務所に収監だそうです。
お爺様にはなんとお礼を言っていいかと思いましたが、ただ一言、拓海と仲良くやってくれればそれでいいと仰り、拓海君がまた余計なことをとプリプリしています。
「しかしアイツ、最後まで『僕が先に好きになったんだ!』って言っていたらしいけど、好きになっただけなら俺のほうが先だよな」
「なっただけならね。言われなければ返事のしようも無いもん」
「えーえーそうですね。だから一緒の電車に乗ったときはこれはチャンスだとがっつきました」
「拓海君も成長したのね」
「まだまだこれからだよ。この先もずっと成長していく。そのときも陽花にはずっと側にいてほしい」
「ありがとう。私も拓海君とずっと一緒にいる」
「大好きだよ陽花」
「私も大好きだよ拓海」
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