告白放送
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う〜ん、このあたりまで来ると、戻ってきた感があっていいね。
旅行は行くときに初めて見る景色もそうだけど、帰り際の見慣れた風景を目にするっていうのも、なかなか安らぎを感じないかい?
曲がりなりにも、その土地で長く生きていることを、体も実感しているのかな。「ふるさと」って認識が魂の奥にあって、心も落ち着いてくるのかも。
そしてそれらは、そこに存在するものたちも同じ。長く根を下ろしているがゆえに、不思議なできごとを起こしたり、起こされたりすることもままあるようだ。出会える、出会えるかは運次第ってところだろうけど。
幸か不幸か。私も小さいころに、この手の不思議な体験に出くわす機会があってね。そのときの話を聞いてみないかい。
あれは小学校に通っていたときだったなあ。
私の通う学校は、海辺の近くにあった。当時はまだ道路の開発などが進んでいなくてね。学校と海辺の間には、松林があるばかりだった。
海辺に松が多い理由は、君も知っているだろう? 海の近くに根を下ろすためには、塩と仲良くならなければいけない。だが、普通の植物にとって塩はきつい代物で、葉とかにくっつくと枯れてしまうんだ。
ゆえに松とかウバメガシとかの、限られた植物じゃなきゃ育つことができない。それがそのまま防砂、防波の役割を持ち、学校側を守ってくれているわけだ。
あの日はたまたま私が、学校にひとり長く残っているときだった。
放課後からずっとボール遊びをしていたんだけど、やがて友達はひとり、またひとりといなくなってしまって、最終的に私だけが残ったんだ。
ひとりで時間を潰すことには慣れている。私は校庭の隅にあるバスケットゴールへ、いろいろな箇所からボールを投げ入れつつ、あたりが暗くなるのに任せていたんだ。
そこで「ザザ、ザザ」と校内放送が入るときの、ノイズが耳に入った。
下校時間を迎えた放送か? と私はボールをつく手を止めて言葉を待つんだが、いつも聞く女生徒の声が後に続かない。
代わりにノイズがそのまま長引いて、ぽつぽつと言葉がその中へ混じってくる。
「ザザ……ずっ……ザザ……前……ザザ……あな……」
ううん? と私はノイズに混じる声たちを拾おうと、耳を立てる。声そのものも震えていて、誰のものだかわからない。
「ザザ……とって……ザザ……好き……た……」
好き? いま、「好き」って言わなかったか?
おいおい、公開告白かよ。いくらなんでも、やりすぎじゃないのか?
「ザザ……明日……ザザ……あなた……ザザ……いくから……ザザ……待ってて」
もう私は自分が顔真っ赤っかになっていたよ。
まさか、相手のもとへ向かう気満々だなんて。なかなか見せつけてくれるじゃないか。
そしてこのタイミングで伝えるってことは、まだお互いに校内へ残っている誰かになるだろう。直接言うのが恥ずかしいからって、大胆に過ぎる。
私はさっさとボールを片付け、校舎へと戻った。ほどなく、本来の下校時間を知らせる放送が流れてくる。
――このタイミング。さては放送委員も抱き込んで行ったってわけか。
私はますます顔がにんまりとしているのを感じていた。
職員室の前を通り過ぎたけど、先生たちはあの放送に、動き出す気配はなさそうだったよ。
――先生まで協力を取り付けての大告白か。つくづく恐れ入ったよ。
私が放送室へたどり着くと、ちょうど中から放送委員が出てきて、部屋に施錠をするところだった。
同じクラスということもあり、私はニヤニヤしながら件の放送をした奴について、尋ねたんだ。もちろん、隠し立てするとは思っていたから、せめて反応だけでもうかがおうとしたんだよ。
ところが、放送委員は私の言うことに、心底きょとんとした様子を見せる。
放送室にはこの前30分、自分しか立ち入っていないというし、先ほど私が聞いた放送内容についても、首をかしげてくる。それも、誰かの告白らしいということを受けると、むしろ目を輝かせて、詳細を尋ねてくる始末だった。
――違う。この子は何も関わっていない。ウソをついている様子もない。
だとしたら、あの放送は何だったのだろうか?
翌日。天気予報で告げられた通り、大荒れの天気となった。
親に送られる子などがちらほら見られる登校風景。遠目に見る海では、汚れた色の波がざぶんざぶんと、寄せては返す姿をのぞかせている。
「危ないから、今日は海のそばへ近づかないように」
先生たちから促される注意もあって、その日は海に近い、バスケットゴールを含んだグラウンド半分へ、近づくことが禁じられた。まず外へ出る人はいないだろうが、万が一があっては、先生方としても申し訳が立たないためだろう。
私はその日、一日を使ってどうにかあの告白の相手や真相を知りたいと探ったが、芳しい成果は得られず。他にもあの放送を聞いた人の話すら聞くことができなくて、いよいよ本格的に聞き間違いかと、がっくりしながら帰りの学活の時間を迎えていたのだが。
「おーい! ものすごい高い波だぞ!」
誰かが叫んだその声につられ、思わず窓の外を見た。
松林を超える高波が、こちらへ迫ってくる。生徒も先生たちも釘付けになっていたよ。このまま迫ってくれば、学校にだって届くかもしれないのに、目を奪われるとはまさにこのこと。
結局、波は松林の一番手前どまりで、校舎へ届くことはなかった。ただ外の豪風にまみれて、盛大に木の幹が折れる音が混じるのは、私を含めた何人もが耳にしたんだ。
翌日。打って変わった快晴だったが、件の松林に異変があった。
波をかぶった部分の松の木が一本、根元近くからばっきりと折れていたんだ。近くに折られた幹が転がっている気配はなし。波にさらわれてしまったのではないかと、みんなはうわさしていたんだ。
ひょっとしてあの放送、海が松林の松へ呼び掛けたものだったのかもしれない。
私にしか聞こえなかったのも、あの声が放送室からじゃなく、バスケットゴールに近い海側から響いてきていたからかも。
そういえばあのノイズも、機械のものというより、波の音のほうが近かったような気もするな。