第87話 ずっと愛し続けているよ ACT8
目標と言うか思惑と言うのか、いやこれは邪念だろう。
有菜の夏休みの宿題は異常なスピードで……ただ私のノートを丸写し状態だったけど、終わった。
……多分、先生が見れば、私のノーを丸写しだという事は一目で分かるだろう。
あとは知らない。
それでも有菜風に解釈すれば、宿題は完璧に出来たという事実であることには間違いはない。
「さぁてとようやく、宿題も出来たし。えへへへ、これからは繭たんとラブタイムだぁ」
血走った眼をさせて「はぁはぁ」と息を高鳴らせ、本を読む私に抱き着こうとしている有菜。
「ふぅ―ああ、もうこんな時間なんだ。夕食の支度しないと」
「はへ? 夕食の支度……」
「うん、だから出来ないねぇ」
「嘘だぁ。嘘だよねぇ……、私このために必死に繭たんのノート写してたんだよ」
おいおい、普通はノートを丸写しするんじゃなくて、ちゃんと問題解かなきゃ。
「ねぇねぇ」と私に抱き着きながら甘える有菜。
「だぁめぇ!」
「ちょっとだけぇ、すぐ終わるからさぁ。ちょっとするだけでいいからさぁ」
すぐ終わるからって相手が男だったら、よっぽどの早漏じゃないのか? ちょっとだけで終わるはずもないことくらい分かり切っている。それに終わった後の脱力感で何もしたくなくなるのが怖い。……、と、私はいったい何を考えているんだろう。
「夕食の支度私も手伝うからさぁ。しようよ、ねぇねぇ」と、言っているとこに有菜のスマホが鳴りだした。
「ありゃ、お母さんからだ」コールを取り、話をし終わると。
「ああああ、ああああああ、あああああ。お母さん、今すぐお豆腐買ってきてだっていったいなんなの! もう嫌。それに早く帰ってきて夕食の手伝いし欲しいだってぇ! そんなの嫌だよ」
「あれぇ、さっき私に手伝うって言ってたよね」
「もう、繭たんまでそんなこと言うんだ」
むっとしてほほを膨らませて怒っている有菜。その顔意外と可愛いかも。
「ンもうぅ、それじゃ今日はこれで我慢して、早く帰らないとお母さんに怒られちゃうでしょ」
有菜の肩を抱き寄せて私の唇を有菜の口に重ねあわせた。
「うっ、うぐぐぐぐ……クチャ」
つーと、二人の唇の隙間から唾液が糸を引いて落ちていく。
「はぅ……あうぅ」
ゆっくりと有菜から離れると、真っ赤になった彼女の顔が目に入った。
「ま、繭たん……わ、私もう満足かもしれない」
「うんうんそれは良かったよ。それじゃはい、これで終わり」
「あのさ、繭たん。明日はバイトあるの?」
「うんあるよ。朝からだけど」
「そっかぁ、行ってもいい?」
「別に構わないけど、お客さんとしてならね」
「うん、明日も繭たんの顔見に私行くよ」
「そりゃどーも」
「それでね、私もう繭たんにこの体も心も捧げることに決めたから」
「ちょっと待ってよ。それって……」
「も決めたから告ったからね。私もう行かないと、本当にお母さんに怒られちゃう」
あ、いや有菜……マジ別な意味で怒られそうなんだけど。
書き上げた宿題のノートをかき集め、有菜は私の顔を見つめながら、名残惜しそうに「それじゃまた明日ね」と言って部屋を急いで出て行った。
「ふぅ」とため息を一息ついて。
有菜、あんただけじゃないんだよ。私だって正直……
溜まってるんだからぁ。もぉ!
真夏に熱々の煮物と思うと『ちょっと』と思うかもしれないが、今日ナナさんが作ってくれた煮物は暑さなんか関係なかった。しっかりと御出汁が利いた絶妙な味付け。すっきりとしていてくどさもなくて、素材の味が各々しっかりと主張してる。あんなに美味しい煮物は初めてだ。お店で出したら瞬く間に売れきれるだろう。浩太さんもナナさんもあの味で育ってきたんだ。
受け継がれてきた味と言うもの何だろう。それを惜し気もなく私にナナさんは教えてくれた。
この味を受け継げと言わんばかりに。
そんなことを思うと胸がキュンとなる。
「これって水瀬さんには教えてないんだよなぁ。きっと」
ちょっと、いやかなりの優越感に浸れる。
ああ、この味ちゃんと覚えないと。どんなことがあっても忘れちゃいけない味だなんだ。私にとってとても大切な宝物になったような気がする。
「うん、いい感じだと思う」
やっぱりまだナナさんのあの味には敵わないけど、大分近い味になれたと思う。
何度も作り込んでいくしかない。
「浩太さん喜んでくれるかなぁ」
やっぱり私は浩太さんが喜んで、私が作った料理を食べてくれる姿を見ているのが一番幸せだ。
あ、でも浩太さん不思議がるかもしれないなぁ。どうしてこの味になったか。そこの部分は……偶然という事で押し通すしかないのかもしれない。
いやぁ、それきゃないでしょ。
出所がナナさんだっていう事は、絶対にまだ浩太さんには内緒なんだから。
そう、絶対に内緒……。まだあなたには、私の過去には触れてもらいたくはないから。でもいつかはこの味がどうしてあなたのもとに届けることが出来たのかを、伝えないといけない日がやってくるだろう。
その日は私次第なのかもしれないが、でもそれで私たちの最後の時を迎えたとしても、……私は後悔はしない。
だからもっと私は強くならないといけない。
「ただいまぁ」疲れ切った声だ。
「おかえり、浩太さん」
「ああ、今日は疲れたぁ」
「お疲れさまでした」
「繭もバイト忙しかったのか?」
「ええッとそうね、ぼちぼちだったかな」
あ、そうだ今日は私バイトに行っていることになっていたんだっけ。
「そうかお互いにお疲れさんだな」
「そうだね。すぐに夕食にする?」
「ああ、そうだな……んっ!」浩太さんがこの香りに気が付いたのか。
「なんだかとても懐かしい香りがするけど、今日は煮物作ったのか?」
「うん、良く分かったね」
「ああ、なんだか実家にいる時にお袋が良く作ってくれた、煮物の香りと似ているような気がする」
「そっかぁじゃ、準備するから早く着替えてきなよ」
「お、オウ。腹減って来たぞ」
お皿に盛り付けて、浩太さんの座る席にコトンと置いた。
今日の献立は煮物が主役だ。あとはご飯とお味噌汁をつけて出来上がり。
「お、マジ旨そうじゃん」そう言いながら、箸で煮物をつかみ口にアムっとほおばった。
「う、うめぇ!」
目を輝かせ、まるで子供のころに帰ったように浩太さんは言った。
「うんうん、ほんとお袋が良く作ってくれた煮物の味がする。どうしたんだ繭。どうやってこの味覚えたんだ?」
「え、えええっとねぇ。ネットでちょっと変わった煮物の作り方みつけてさぁ、それに自分でアレンジしてみたんだぁ。そうしたらこうなったんだよ」
おおおお! 我ながら旨いごまかし言葉を思いついたものだ。
「本当かぁ? この味はそうそう出せるもんじゃねぇぞ。なにせお袋の煮物は日本一だからな」
日本一偉い褒めようだ。でも浩太さんに取っては、この味が一番身に染みる味なんだろう。
「でもよかった。こんなに喜んでくれて、作った甲斐があるよ」
「ああ、偶然かもしれねぇけど、この煮物ここでしかも出来立てにありつけるなんて思ってもいなかったよ。ホントうめぇ、ありがとうな繭」
ちょっと、私の顔を見つめながらそんなことを言われると、胸がドキドキするじゃない。
ドキドキしながらも、本当に美味しそうに食べる浩太さんの姿を見ている私の心は、今幸せで満たされている。
この幸せがいつまでも続いてほしいと願う気持ちが、今私の中で芽生えている。
でもいつかは……。
いつかは終わりが来ることは確かなことだ。
それがいつなのかは、まだ私にも浩太さんにも分からない。




