第85話 ずっと愛し続けているよ ACT6
「どうしたの? 繭ちゃん」
呆然とする私を見てナナさんが声をかけた。
「そ、そんな……偶然てあるの?」
「偶然て? 浩太がどうかしたの」
明らかに様子がおかしい。ただ立ちすくむように体が動かない私を見て、ナナさんが昭島さんを呼んだ。
「あんたぁ」
「どうした?」
昭島さんの姿を見て、ボロボロと出てくる涙を抑えることが出来なかった。
「繭ちゃん調子悪いのかい?」
「ううん、そうじゃなくて……浩太さんが、浩太さんがこれほどまでに私に関わっていたなんて……」
「どういう事なんだ? 浩太君がどうしたんだ?」
「私のお隣さん……なの。浩太さん私のアパートのお隣さんなの!」
「えっ、う、嘘だろ」
昭島さんは驚いていた。
「こんな偶然なんてあるのか。おいナナ、お前浩太君の今の住所教えてくれ」
「う、うん」
ナナさんが自分のスマホに登録されている、浩太さんの住所録を見せた。
「三軒茶屋……」ぼっそりと昭島さんはつぶやく。
「うん、間違いないよ。この前、甥っ子さんの誕生日に水瀬さんと一緒に平塚い行ったし、それに浩太さんからもおねぇさんがいるって訊いています。おねぇさんから貰った大きな赤い冷蔵庫……」
「あ、夏弥が生まれた時に浩太に送った冷蔵庫。彼奴あの頃まだ同棲していていたから喜んでいたけど。その時の冷蔵庫まだ使っているんだ」
「うん、ちゃんと使っているよ。私も一緒に」
「繭ちゃんも一緒にって……」
私は二人に浩太さんとの出会い、そして、今までの事全てを包み隠さず話をした。私たちは何もいかがわしい関係じゃない。それは確かなことだ。でも私の本当の心の中には、いつも浩太さんの姿が映っていて、浩太さんという人と出会えたから……少しづつ私は変わることが出来たんだという事を。
そう、浩太さんのあの優しさが、私を救ってくれたんだという事を二人に伝えたかった。
ナナさんが私に抱き着いて
「そうなんだ。彼奴、ちゃんと人の為になってるんだ。ちゃんと繭ちゃんを見守ってくれていてくれてたんだ。いつまでも頼りない弟だとばかり思っていたけど、偉いよ浩太は……。でもさぁ彼奴、繭ちゃんにどっぷり甘えちゃってるんだね。ありがとうね、繭ちゃん」
「ううん、礼を言うのは私の方です」
そうなんだよ、私は浩太さんと出会えたおかげで、今までにないくらい充実した毎日を過ごしているのだから。
それと鷺宮先生とのことも二人に話をした。
昭島さんはまたまたびっくりしていた。ナナさんも「なんだか神がかり的なつながりを感じるよ」と言っていた。
確かにそうだ。私が、あのアパートに越してから、私の過去を補う様にその中心にはいつも浩太さんがいる。
今の私には浩太さんがいない人生なんて考えられないくらい……。本当の素直なこの気持ちを私はあの人に、……ううん、私はこれから、浩太さんから巣立たないといけないんだと思う。
今は巣立ちはできないけど、いずれ……、私は浩太さんと言う人から巣立つ日が来るんだと思う。それが私たちの関係の最終の目的でもあって、一番望ましい未来何だと思うから……。
「さぁ、いろいろあったけど、食べよう」
ナナさんは出来上がった料理を食卓に並べた。
どれもこれも本当に美味しかった。特に煮物がめちゃ絶品!
「ナナさんこの煮物ほんと美味しいです」
「えへへん! これは私の母さん直伝の煮物なんだ。この煮物でうちの旦那の胃袋をつかみ込んだのさ」
「本当ですか昭島さん」
「いやぁ、懐かしいなぁ。お前んところによくこの煮物食いに通ったよなぁ」
「そうそう、私に会いに来るんじゃなくて、煮物食べにうちに来てたようなもんだったからね。私はこの煮物に嫉妬をしまいました。なんてね」
「うふふ、本当にお二人って仲がいいんですね。始めプロレス技かけられたなんて聞いたから怖い人かと思ってましたナナさんの事」
「ああああ、失礼しちゃうなぁ。こんなにもいい嫁をもらっておきながらまだそんなこと言うんだから、始末に悪い旦那だよね」
ちょっと肩身が狭そうな昭島さん。でもこの家庭は本当に暖かい。
この暖かさを私はいつも感じていたんだ。浩太さんを通じて。
二人には私がここに来たこと、そして昭島さんが、私の福祉課の担当であることを浩太さんには伝えないでほしいと頼んだ。
まだ、私は浩太さんに自分の過去を知られたくない。
いずれ、浩太さんが前に私に言ってくれたように、私自身が、浩太さんに知って欲しいと思う時が来たら、その時すべてを話す。それまでは今の関係をくずしたくはないと。
昭島さんも「うん、多分浩太君には悪いが、それが一番いいんじゃないか。彼をだますつもりはないんだが、繭ちゃんの気持ちを考えると、浩太君には事実は伏せておいた方がいいだろう」と、言ってくれた。
「大丈夫よ、浩太ならそんなこと心配しなくても。せいぜいいいように使ってやってちょうだい。姉の私が許可するんだもの。あ、それとさぁ、もし浩太が繭ちゃんに変なことしてきたらすぐに連絡ちょうだいね。そうしたら彼奴の腕の2・3本折に行くからさ」
「なははは、浩太さんはそんなことしませんよ」
「そうか、繭ちゃんも浩太の事信頼してくれているんだ。ありがたいことだよ」
「うんそうですね。本当に浩太さんには感謝しきれないくらいです」
帰り際、ナナさんが私に煮物のレシピを渡してくれた。
「これで浩太に作ってやってちょうだい」と。
そしてそっと私に抱き着いて耳元でこう言った。
「私、繭ちゃんが妹になってくれるんだったら大歓迎よ」
「えっ! それって」
「うふふふ、歳の差なんて関係ない関係ない。早く二十歳になるといいね」
ああああ、全部私の気持ち、悟られない様にしていた私の気持ち。ナナさんは見事に見破っていた。
でもさ、水瀬さんていうライバルがいるんだよなぁ。
友達であって恋のライバル。私の場合は恋のライバル心、今は心の中に閉まっている。
車の中で昭島さんが真っ赤な顔をしている私に
「なぁ繭ちゃん、彼奴何言ったんだ?」
「ええええッと、な、なんでもないですよ」ごまかそうとしてたけど、多分昭島さんは何かを感じ取ったんだろう。
ニンマリとしながら「ま、いいかぁ」と言っていた。
そして。
「こうして繭ちゃんと浩太君が知り合ったのは、多分偶然じゃないと思う。俺はあんまりそう言うの信じる方じゃないけど、ただ、……繭ちゃんのご両親が多分めぐり合わせてくれたんじゃないのかな。浩太君も今まで辛い時期を一人で過ごしてきた。そして繭ちゃんも。だからこそ、二人とも人の辛さが分かるからこそ、お互いを引き寄せながら、そして巡り合わせてくれたんだと思う」
昭島さんが言った言葉は、私の心に何かを響かせてくれた。
「そうかもしれませんね。今日お墓参りに行けて、本当に良かったと思っています」
「うん、そうだな」
車が平塚の駅に着いた。
「今日は本当にありがとうございました」
「いいや、なんでもないよ。俺はこれから事務所に戻るから帰り気を付けてな」
「はい」ニコッとほほ笑んで昭島さんに返した。
「何かあったら遠慮しないでいつでもいいから連絡よこしてな。俺んとこでもいいし、ナナにもな。ただし浩太君には内緒でな」
「はい、そうします。それじゃこれで」
「ああ」昭島さんは手を振って車を発進させた。
「やっぱり来てよかった」
久しぶりにスッキリした気分になれたような気がする。
「さぁてと帰ったら、浩太さんにあの煮物今晩作ってあげよ。喜んでくれるかなぁ」
浩太さんのあの美味しそうにご飯を食べる顔を、思い描きながら私は改札を抜けた。
だがその時、その私の姿を目にした人がいた。
見つかってはいけない人。
出会う事はなくとも私の存在をその人が目にする事は、私にとって最大の危機が待ち受けていることを意味している。
そう私を見つめるその目。
それは私の戸籍上の義父の目だった。




