第80話 ずっと愛し続けているよ ACT1
「今日も暑いなぁ」
「そうぉ? 病室の中にいると全然感じないんだけど」
「まぁ確かに」
「ねぇ浩太さん、私ちょっと売店に行ってくるよ」
「ああ、分かった」
「先生、何か欲しいものある?」
「別にないわ」
「そっかぁ、じゃ、行ってくるね」
繭の奴、気を使ったんじゃねぇのか。俺と友香を二人っきりにさせたかったんだろう。
そう言いながら病室を出た。
「繭ちゃん、大分落ち着いてきたみたいね」
「ん? まぁ隣に越してきたころに比べれば、とげとげさはなくなって来たよな」
「とげとげさ?」
「ああ、なんだろうな彼奴と出会った頃はこうなんていうか、自分を何かで覆っていたような感じがしていたんだよ」
「ふぅ―ん、よく見てるねぇ浩太は繭ちゃんの事」
「そうかぁ、でもなぁ、前からずっと気にはしていたんだけど、彼奴が今までどんな生活をしてきたのかを」
「訊きたい? 繭ちゃんの過去を」
「いや、俺は訊かねぇ。約束したんだ繭と。彼奴が本当に自分自身の心の整理が付いて、それでも俺に自分の過去を訊いてもらいたいと、思うんだったら話せってな」
「そっかぁ、よかった。繭ちゃんが浩太と出会えて。これで私も思い残す事なくみんなに暇乞いが言えるよ」
「暇乞い? なんだそれ」
「うふふ、浩太知らないんだぁ。お別れの挨拶よ」
友香はにっこりと笑ってそう言った。
「……、馬鹿なそんなこと言うなよ」
「うん、でもね……、もうじきなんだ。多分この夏が終わる頃には……」
その後俺の声は出なかった。
もうじき友香と永遠の別れがやってくる。
せっかくこうしてまた会えたというのに……。
でもそれは分かっていた事なんだろ……。友香は自分の未来が限りあるものだという事を、俺に知られない様にする為に俺の前から姿を消したんだ。
もし、ずっと友香の傍に今までいれたとしたら、俺は友香をそのまま愛し続けることが出来たんだろうか?
もしかしたらこの重圧に、俺は押しつぶされていたかもしれない。
友香はそれを知っていたのかもしれないな。
そして今こうして友香が俺を受け入れてくれたのは、友香が俺に別れを言う為何だろう。
暇乞い
初めて聞いた。
それは別れの挨拶をすること。
でも俺は友香からそんな挨拶はされたくはない。
病院の売店……と、言っても今はコンビニになっている。
病院内に青色の看板が目立つコンビニ。
そこで私は時間をつぶしている。
浩太さんと先生が少しでも二人でいられるように。
私も本当は先生の傍にいてあげたい。でも、私がいるよりも先生の傍にいるのは浩太さんの方だ。
多分あと残り少ないんだろう先生とこうして会えるのは。だからこそ、浩太さんは出来る限りの時間先生……友香さんと過ごす時間を作らなければいけないんだ。
今まで離れていた分……思い残すことのないように。
コンビニの店内で雑誌を立ち読みしていると
「あれぇ、確か鷺宮さんの教え子さんでしたよねぇ」
クリッとした瞳に、ショートカットされた髪をサラサラとさせながら私に声をかけて来た女医先生。
「えーと確か名前、えーと名前はぁと」
「繭です。梨積繭です」
「あ、そうそう繭さんでしたよね」
「あれ、私先生に自己紹介しましたっけ?」
「あれ? されてなかった?」
「んー、分からないです。でもなんか私の事よく覚えていましたね」
「そりゃぁね、だって鷺宮さんと話していると、必ずあなたの事が出てくるんだもの」
「私の事ですか?」
「そうそう、可愛い最愛の教え子さん」
何となく可愛いなんて言われると照れるんだけど。
でもこの先生の方が可愛いんじゃないのかなぁ。えーと……名前? なんだっけ
「あ、もしかして私の名前忘れちゃった」
胸のネームプレート凝視しすぎたのがばれたか。
「心療内科医の秋島まどか。28歳、未だ独身……よろしくね」
「先生独身なんですか? てっきりもう結婚されていると思ってたんですけど」
「あああああ、グサリと来るわねその言葉。私のこの貴重な心臓にロンギヌスの槍が突き刺さる感じがするわぁ」
「ええッとええッとですね」
「うふふ、冗談よ。でも今だ独身だって言うのは紛れもない事実だよ」
「ごめんなさい。でも先生そんなにも美人なのに恋人もいないんですか?」
「はへ? 恋人ですか? ええッと……ああ、いないわぁ」
がっくりと肩を落とす秋島先生。
「へへへへっ。私はどうせ論文と医学書が恋人なんですよ」
なんだかこの先生面白い。友香さんとも年同じくらいだから、気が合うんだろうな。
「ねぇねぇ、お昼まだでしょ、よかったら一緒にどぉ?」
「いいんですか?」
「いいわよぉ病院のランチだけど、いい?」
「はい、お供します」
なんだかノリでお昼一緒に食べることになったけど、浩太さんはいいよね。まぁ何とかするでしょ。ごゆっくり二人でいてください。
病院の食堂って初めて入ったけど、凄い! 解放感があって綺麗だ。
食券を買って、秋島先生が「本当にランチでいいよね」と念を押すもんだから「お願いします」とちょっと低音で言ったら、それが受けたらしくてけらけらと笑っていた。
厨房のおばさんに食券を渡すと。
「秋島先生今日はずいぶんと明るいわねぇ。何かいいことでもあったの?」と、聞いていた。いつもはもっと暗いんだろうか?
「うんうん、この子。面白いんだぁ。私の友達なんだよ」
あれ、いつの間にかに友達にされている。
まぁいいんじゃないかなぁ。
ランチ……と言えばちょっとおしゃれかも、でも本当は日替わり定食。
食券にも「今日の定食」って書いてあった。
でも意外と美味しい。ここの病院の食堂はあなどれない。
ほんと面白い先生だ。心療内科って精神科なんだよね。
前に私も……受診していたから……。
そこに「やぁ、まどかちゃん。今お昼かい?」と
声をかけて来た人がいた。
頭はちょっとぼさぼさとした感じだけど、その顔からにじみ出るような優しさが伝わってくるような感じのちょっと年配の男性と、その横にスッキリと整った清楚な感じの、まるで透き通るような綺麗な瞳が印象的な白衣を着こなした二人が、秋島先生を優しいまなざしで見つめていた。
「あ、田辺先生と石見下先生。えへへ、そうなんですよ。少し早いんですけど、食べれる時に食べちゃわないとねぇ」
「ははは、そうだね、ちゃんと食べるんだよ。調子は変わりないかい?」
「うん、大丈夫よ。何かあったら田辺先生に直してもらうから」
「おいおい、何かあっちゃいけないんだけどなぁ」
「えへへ、そうだね」
「お友達かい?」
「うん、そうだよ」
「そうか。それじゃ頑張って!」
「うん、ありがとう」
秋島先生とはとても仲がよそそうだった。
「ねぇねぇ、今の男の先生カッコいいでしょ」
「え、あ、そうですね」
「えへへ、実はさぁ。私の初恋の人なんだぁ。で、お隣にいたのは奥様の石見下理津子先生」
初恋の人? そして奥様? ん?
「もしかして、秋島先生失恋しちゃったんだぁ」
「うううううっ実はそうなんだよう。て、二人を結び合わせたのも私なんだけどね。田辺光一外科総合部長さん。物凄く偉いんだようぉ!」
「なんか複雑な事情がありそうですね。時間の許す限りお話し、お聞きいたします」
「あら、そうぉ。それじゃぁねぇ。どこから話そっかなぁ」
ニンマリとしながら頬杖をして、私の顔を見つめるまどか先生だった。




