第76話 嫉妬はシ~と! ACT4
「何にする?」
「ドデカハンバーグランチ。大盛」
「マジ! 水瀬ちゃん食べきれるの?」
「食べます。食べないと落ち着きません」
「しかしまぁずいぶんとご機嫌斜めだね」
……。
これが機嫌よくしていられる状況ですか?
とりあえず注文をしたが、さすがに女子でこのオーダーは、店員の方が思わず「はい?」と本当に? と言う感じの声を出していた。
こんな大盛ランチを普通に食べるような女には見られたくない。でも今日はこれを注文しないといけないという使命感に燃えていた。
ようはこのムシャクシャを食欲で抑え込もうというだけだ。
「で、浩太の事で何そんなに機嫌悪くしているのよ」
「ううううううっ」
目の前にあるお冷をグイッと飲み干し「はぁー」と一息ついてから
「訊いてくださいよマリナさん。今日私訊いちゃったんです。先輩が他部署の女子社員を泣かしたって」
「ああ、あの件ね」
「えっ! マリナさん知ってたんですか?」
「なめんないでよね。私の情報網」
「うっ!」
「なるほどそれで水瀬ちゃんはご立腹と言う訳ですか」
「そう言う訳です……」
「なぁんだそんなことかぁ」
「そんなことって、泣かせたんですよ、人事部の中井真理子さんを。あの美人系女子社員の中井さんを、先輩が朝から泣かせたなんて言うことあり得ますか?」
「まぁまぁ、ちょっと落ち着いたら愛理ちゃん」
愛理ちゃん。マリナさんから、初めて名前で呼ばれたような気がする。
「ホント愛理ちゃんも、そこまで嫉妬するなんて、本当に浩太の事好きなんだねぇ」
「えええっと、それはそのぉ……」
「でさぁ、この機会だから、まぁ分かっているんだけど、本人からちゃんとした裏付けの証言が訊きたいんだけど!」
「はいぃ? 裏付けの証言って何ですか?」
「あのねぇ、愛理ちゃん浩太と寝た?」
「えええっと、ああうううううっ」言葉が出なかった。
その代わりに顔が熱くなって、耳の先まで赤くなっているような感じがした。
「なははは、愛理ちゃんて正直だねぇ。顔にもろ出ちゃってるよ」
「うううううう」
「ああ、可愛い。別にそんなに恥ずかしがることじゃないでしょ? 男と女には付き物なんだからさぁ。あ、それとも愛理ちゃん浩太が初めてだったのぉ?」
「えええっと、そのぉ……。お、男の人とはそのなんていうか、初めてと言うか……」
「わぁぉ、愛理ちゃんそっちの経験があるんだぁ」
「こ、高校の時と大学の時、そのぉ……」
て、私の事じゃないんだけど、先輩の事なんですとマリナさん!
「そうじゃなくて、先輩の事なんですけど」
「ああ、浩太の事ねぇ。なら別に愛理ちゃんがヤキモキすることじゃないと思うんだけどなぁ」
「それってどういう意味で言っていますか?」
「どういう意味ってそのままよ」
ううう、私の思考回路が無限ループしている。
「そのままって」
と言ったところで注文した、 ドデカハンバーグランチ。大盛。が、やって来た。
大きなプレート皿にこれもまた、見た目どでかいハンバーグがどんと乗っかっていた。
「2種類のソースをご用意いたしております、ドミグラスソースと和風ソースです。どうぞお好みでお使いくださいませ」
見てから後悔。多分これは食べきれないだろう。
でも、まだ腹の虫は収まっていない。勢いで行くか!
「でさぁ、浩太の事なんだけど、まったく浩太も人がいいというかねぇ。あれさぁ、長野君がいけないんだよ」
「長野さん?」
「そうそう、長野君。彼さぁ人事部の中井さんと前に付き合っていたんだよねぇ。それがさぁ今は、総務課の町村友理奈さんとラブしてるのよ。でね、中井さんはその事知りながらもまだ長野君の事諦めきれないでいるみたいなんだぁ。長野君もさぁ、そこは男なんだし自分で蒔いた種なんだから、何とかするべきなんでしょうけど、彼よっぽど切羽詰まっていたのねぇ。同期の浩太に中井さんに長野君の事諦めるように説得してほしいって頼んだらしいのよ。それで、仕方なく中井さんに話をしたら、……そうなちゃった、てことかなぁ」
んん? ちょっッとまってよ! 何それじゃ長野さんて中井さんと始め付き合ってその後、総務課の町村友理奈さんと付き合っているて言うの?
この二人って社内女子人気NO1・2の女子社員じゃないの?
あははは、長野さんやばぁ! こりゃ、他の男性社員に刺されるんじゃない?
でさぁ、いくら同期と言ったて、そう言う事を頼む長野さんも長野さんだよね。そしてそれをまぁ多分渋々だったんだろうけど、受けちゃった先輩も先輩だよねぇ。
とりあえず目の前に置かれた、どでかいハンバーグにフォークを入れた。
フォークで突き刺してフーフーと息をかけて冷ましてから口にする。
ファミレスのハンバーグも捨てたもんじゃない。
口にするとじわじわとお肉の味と、スパイシーな香辛料が口の中に広がる。
んー、うまい!
「それじゃ何ですか? 先輩はただ長野さんに頼まれたことを中井さんに伝えただけなんですか?」
「ま、簡単に言うとそう言うことかなぁ。それをたまたま見かけた女性社員が帯びれにしっぽをつけたって言うことだろうね」
それじゃ何、先輩によけいな噂が付いちゃったっていう事?
でもそれって先輩自体まずいんじゃないのかなぁ。社内的に。
「大丈夫なんですか先輩?」
「ああ、問題ない、問題ない。そんなことくらいで浩太がどうこうなる様なことはないから。ま、長野君にはちょっとお灸をすえてやったけどね」
「お灸ですか……」
「そ、ちゃんと自分の責任を果たしなさいってね。今頃長野君、中井さんにビンタでもされているんじゃないの。帰った時の長野君の頬見るのが楽しみだなぁ」
ああ、この人はドS何だろう。でも管理職ってドSの方がしっくりくるのは何だろうか。でもさ、先輩からは怒られるの私好きだなぁ。怒られているとなんだか、私だけに向けて、言ってくれているて言う優越感がたまらない。
「ところでさぁ、愛理ちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「そのハンバーグもう完食しちゃうね。凄いね」
ふと見ると、あのボリューミーなハンバーグが、あとひとかけらになっていた。
「ははは、よっぽどお腹空いていたんですね私」
「うふふ、若いっていいわよねぇ。なんでも出来て」
「そんなことないですよ。マリナさんだって十分若いじゃないですか」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわよ。30も超えるとねぇ、そう言う言葉が身に沁みてくるのよぉ!」
「お世辞じゃないですよ。本当にそう思っているんですから。それに若干30歳でもう部長管理職だなんてほんと凄いですよ」
「うふふ、ま、ね―。そうなんだけどぉ。あ、それとさぁ、社内コンテストここだけの話、愛理ちゃん評価いいわよう」
「えっ! 本当ですか? 嬉しいなぁ。頑張った甲斐ありましたから」
「でもさぁまだ、未完成だよねぇ。これからどうアレンジされていくのかが興味深いんだけどねぇ」
「はい、締め切りまでには頑張って完成させます」
「そう、まぁ、頑張ってね。多分あなたの将来にも関わることになるかもしれないからね」
「私の将来?」
「そう、太くて硬くてさぁ。……私の大好きなパイプをあなたにも分けてあげようかなぁって」
んっ? 太くて硬くて、マリナさんが大好きなって……????
「あ、もうこんな時間。クライアント回りに行かなきゃ」
マリナさんは注文したハーフパスタにサラダを平らげて。
「今日は私のおごり。それじゃお先にね。愛理ちゃん」
にっこりと笑い、伝票をもって席をたった。
「ごちそうさまでした」と礼を言い。あと一切れ残ったハンバーグをアムっと口にほおばってから私はオフィスに戻った。
途中コンビニによって、緑色のMの字が目立つエナジードリンクを一本買って。
「先輩、お疲れ様です。これ私からの差し入れです」
「ん? 水瀬、お前俺にこれを飲ませて、今日は帰さないつもりか?」
「さぁどうだか、それは先輩次第ですけどね」と、ちょっと意味深に返てやった。
本当は、先輩に当て付けたお詫びも兼ねているんですけどね。
そして、ちらっと長野さんの方を見て、片方の頬が微妙に赤くなっているのを見ながら、ニンマリとする。
私、水瀬愛理だった。




