第75話 嫉妬はシ~と! ACT3
「ん――――ンっと」
はぁ、なんとかここまで出来たかぁ。いやいや私、凄い頑張ってる。
急に舞い込んできたこの仕事。一時はどうなる事かと思ったけど、なんとか目途がつきそうだ。
ふと、先輩のディスクの方に視線を向けると、いつもの様に眉間に皺を寄せながら「う―ん」とうなり声が聞こえてきそうな表情で、ディスプレイを見つめる姿が目に映る。
ああ、またあんなに怖い顔してる。
そんなに頭に血をの上げてると頭の血管「プチッと」切れてしまうんじゃないの?
そんな先輩の姿を見て、息抜きにトイレへと向かった。
このトイレと言う場所は、意外と面白い。
社内の人間関係の愚痴など、いろいろとそれとなく聞えてくる場所だ。
そう言う事にあまり興味のない私は、いつもは軽く聞き流していたが、今回ばかりはそうもいかなかった。
「ねぇ、今日さぁ中井さん朝、目真っ赤にしていたよね」
「そうそう、あれって絶対泣いた後だよね」
「でさぁ私偶然見ちゃったんだ」
制服を着た二人の女性。うちの会社で制服を着ているのは総務部や人事部と言った庶務系の社員だけだ。
で、この二人は多分人事部の人たちだろう。
中井さんて、もしかしてあの中井さんの事を言っているのか?
社内ナンバー1・2を争う美人系女子社員。
しかも年は私と同い年くらい。独身。
このキーワードがそろうという事は、男性社員の視線を一途に集めているというのは事実だ。
私? そうねぇ、私もそれとなく自分では可愛いと……思ってはいないけど。いや本音はちょっとは可愛いと思っている。
でも会社では、卒なく仕事をこなせる女性を目指している。
その卒なくと言うのは、特別出来るという事でもなく、仕事が出来なくて媚を振るうという事でもなく、アベレージ的に均等が取れた状態であればいいと思っている。
出世欲もないし、マリナさんの様に管理職になろうなんてことも思ってもいない。まぁ、うちの会社は実力主義的なところもあるし、男女の格差はない。
まして私の所属するシステム部署は、スキルさえ身に付ければ、それで難なく食べていけるところだ。
そのスキルを身に付けるというところが少し大変なんだけど。
で。何を見たというんだ。
「あれさぁ、確かシステム部の山田さんだと思うんだけど、朝さぁ、山田さんと中井さんが話しているの見ちゃったんだぁ。それもさぁ、世間話しているような雰囲気じゃなかったんよねぇ」
「ええええ、山田さんてあの山田さん?」
ん? 山田さんて……もしかして先輩の事?
「そうそう、入社5年目で27歳でプロジェクトリーダーに抜擢された若手のホープ」
「うんうん、人事部でも噂になったよねぇ。プロジェクトリーダーて言ったら部長の直下の役職だもんねぇ。もうじき管理職昇進も約束されている位置だしね」
「そうなの。その山田さんがあの中井さんを泣かしたんじゃないの?」
「うー、それは事件かもしれないね。もしかして、ひそかに付き合っていて、出来ちゃって系とか?」
「そりゃ、やばい系の話だね。でもさぁ見た目凄い堅物系のあの山田さんが、中井さんと付き合っていたて言う事自体大事件だわ」
「ハハハ確かに、女には興味ないようなそぶりして、裏ではしっかりやることやっているタイプだったんだぁ」
「ありうる、ありうる」
ポキ……。
リップスティックが折れた。
な、なんなの! 今度は何、人事部の中井さん? 中井真理子さん。
先輩今の話本当なんですか。
嘘ですよね。あ、なんか事情があったんですよね。……でも、泣かせたって。
あの先輩が女の人を泣かせたって。
はははははははは。……うっそだぁ!
でもこうして噂になっているという事は、なんだろう。とてもやばい状態じゃないの?
オフィスに戻り、先輩のデスクの横で足が止まった。
「なんだ水瀬、なんか用事か?」
「……」
「急ぎじゃなかったらメールで連絡しろ」
ディスプレイから視線をそらさず私に投げる言葉。
何となく「カチン」ときた。
「な、なんでもないです」
ぶっきらぼうにいい放した言葉に、先輩はその顔をこっちに向けたけど、またすぐにディスプレイに目を向けた。
あのさ、あのさ、女に興味のない人が何でこうもあなたの周りには、女がまとわり付くわけ?
んー、ここは気持ちを落ち着かせて冷静に考えよう。
とにかく落ち着こう。愛理。
自分の名を自分で呼んでいる時って、相当動揺している時なんだよなぁ。
そんな時先輩からメールが飛び込んできた。
「水瀬、今のセクション出来たんだったら長野にデバッグ報告しとけ」
ンもうぉ! この堅物オタク親父!
「分かりました」
とだけ即効で返してやった。
この本人、何も動揺もしていない様なんだけど。朝に女の人泣かせておいてさぁ。
やっぱり先輩って裏と表があるんじゃないの?
生身の女は駄目とか言いながらも本当は裏で、しっかりやることやっているタイプだったとか?
それじゃ何、私って表の先輩だけしか見てなくて、その表の先輩を好きになったっていう事?
考えはいけない方向にどんどん膨らんでいく。
ああ、もう止まらないよう!!
仕事になんない。
帰ろっかなぁ。
そんなことを考えていた時、私の肘がディスクに積み上げていたファイルに触れ、バサバサと床に落ちて散らばった。
あああ、もうやんなちゃう。
床に落ちたファイルを拾いながらすっと見上げた時、何となく部長と目が合ってしまった。
ポンとディスプレイにメール着信表示がされて、開けてみると部長から
「大丈夫? 水瀬さん」とメッセージが来ていた。
散らばったファイルをディスクに戻し、体はすっと部長の所に向かっていた。
「あの部長」
「ん、どうしたの? 水瀬さん」
「お、お昼一緒にどうですか?」
「あら、珍しい。いいわよ」とにっこりと承諾してくれた。
「社食でいいですか?」
「んーとどうしよっかなぁ。私午後からクライアントさん回りしないといけないのよ。良かったら外、出る?」
そしてキーボードでカタカタと打ち込んで、私にディスプレイに表示された文字を見るように視線で促した。
「浩太の事で、社内じゃ言いずらいことあるんでしょ」
なんかそのメッセージを見た時、涙が一気に零れそうになった。でもそれをぐっとこらえて。
「ありがとうございます」と言い、カバンを取りにディスクに戻った。
その時だった、先輩の所に長野さんがやってきて、先輩をオフィスの外に連れ出したのは……。
かなり渋い顔をして席を立った先輩。
長野さんと話をするときは、いつもはそんな顔はしないのに今日だけは物凄く、切迫した表情を顔全体に表していた。
そう言う長野さんの表情も、いつもとは少し違っていたような感じがする。
そして私は部長と一緒に社屋ビルの外に出た。
外の暑さが一気に私を襲う。
クラッと来そうな気を取り直して、部長と共にお店へと向かった。




