第71話 再会 ACT3
「浩太、何泣いているの?」
「馬鹿野郎、泣いてなんかいねぇ」
「私を嫌いなったから?」
「そうだよ、友香を嫌いになったから……ずっと俺は友香の事がやっぱり忘れられねぇ」
いいんだよもう。浩太。
もう自分を責めなくてもいいんだよ。悪いのは全部私なんだから……。
そう、あなたをここまで追い込んだのは全て私のせい。
だからあなたは私を嫌いになってほしい。
あとどれくらいの時間が残されているのかは分からない。それでも私はあなたに償いをしたい。
何も出来ないけど、私のこの気持ちだけでも、あなたにちゃんと伝えておきたかった。
今日、あなたと出会えたことで私の肩の荷は、少し軽くなったような気がする。
病室に帰ると二人の姿はなかった。
「彼奴ら帰ったみたいだ」
「ええ、そうなの?」
「ほら、繭からメッセージが来ている」
「浩太さん私達先に帰るね。友香さんとゆっくりしてきてください」
「まったくこういうところだけは、なんかすげー大人ぶるんだよなぁ繭の奴」
「うふふ、浩太ってさぁ繭ちゃんの事になるとむきになるんだね」
「なんだよ。そのむきになるって言うのは?」
「さぁ、知らない。で、どうして私の教え子の繭ちゃんがあなたと、こんなにも親しい仲になっているのかを説明してもらおうじゃない。このロリコンおじさん!」
「誰がロリコンだって!」
「だってそうじゃない、もうじき30になるおじさんが現役女子高生と本当に親し気にしているんだもの。あなた達を見ていると分るわよ」
「それってお前のヤキモチか?」
「さぁどうだか。私にヤキモチ妬く資格はあるんでしょうかね」
「……あるさ」
帰りの電車に移る夜の街の明かりを俺は目にしながら、泣いていた。
ようやく出会えた友香の命は、もう後わずかしか残されていない。
「何故なんだ! どうしてこんなことになっているんだ」
あふれ出る涙を止めることなく俺は呟いた。
一体俺は今まで何をしてきたんだろう。
後悔の念と押しつぶされそうになる悲しみが、今俺の中に渦巻いている。
帰り際に友香は俺にこう言った。
「浩太はちゃんと前を向いて。そして自分を信じて自分自身を受け入れて。これはあなたを愛していた鷺宮友香からのお願いだから」
自分自身を受け入れる。
電車の窓ガラスに繭の顔が浮かび上がって来た。
何故、今繭の顔が浮かび上がってくるんだ。
俺にとって繭と言う存在はどんな存在なんだ。
そして、友香は今は繭の過去には触れないでほしいといった。
彼奴の過去に起きたことを友香も知っている。
多分杜木村さんも彼氏である繭の担任からそれとなく内容を訊いているんだろう。
繭の背負う過去の傷。
出会った時から彼奴は何かを訴えていたように思う。
繭ももしかしたら生きる事を諦めかけていたのかもしれない。
それほどまでに彼女を追い込んだ過去をいまだに背負っている。
でも不思議なものだ、繭と出会ってから、俺の生活は一変した。そして少しづつ俺の心の中にある閉ざされた想いが解放されていくような気がしている。
だから、今日友香とも共に笑いあえたのかもしれない。
もし、繭と出会っていなければ、俺は友香とも。いや、仮にもし、繭と出会わずに友香と再会出来たとしても、俺は友香を拒絶したかもしれない。
そんな俺に友香も会う事はなかったかもしれない。
アパートに着くと俺の部屋の電気が付いていた。
ドアの前からいい香りが漂ってくる。
繭が夕食の支度をしてくれている。
どことなく殺伐とした気持ちが、この明かりを見ることで和やかになっていく。
「ただいま」ドアを開けると「おかえり」っといつもと変りない繭の声が聞こえて来た。
台所で鍋を見ながら「意外と早かったね」とにっこり微笑んでいた。
「うん、……今日は、あ、ありがとう」
「ううん、お礼を言うなら杜木村さんに言って。私はただの付き添いなんだから」
「そんなことはない、お前がいたから。繭がいたから俺は友香と出会えたんだから」
「先生とちゃんと話……出来た?」
「ああ、出来たよ」
鍋の中をじっと見つめる繭の背に俺は抱き着いた。
そして……抑えきれない心の叫びを大量の涙と共に腹の底から叫び泣いた。
全ての力が抜け切るように、俺は崩れ床に這いつくばりながらその姿を繭の前にすべてさらした。
そんな俺を繭は優しく抱きしめてくれた。
何も言わず、ただ優しく……俺のからだを包み込むように抱きしめた。
不思議な感じがする。
さっきまで一緒にいた友香が今こうして俺を抱きしめているような気がする。
あのぼろアパートで二人で暮らした、あの日々が鮮明によみがえってくる。
もう二度と戻ることのないあの日々。俺たちの幸せの日々が……。
「浩太さん。お味噌汁冷めちゃう」
繭が一言俺に呟いた。
その一言が俺を現実へと引き戻してくれた。
「ごはん食べよ」
にっこりとほほ笑んだその繭の顔。今の俺にはどれだけ救いになった事か分からない。
テーブルに並ぶ夕食を見つめ、味噌汁の椀を手に取り啜った。
味噌汁が体に染み渡る。
気持ちが徐々に落ち着いてくるのが分かる。
「ごめん繭」
「何が?」
「あ、いや。あんな姿というか、その……」
「今さら何よ、気にしない気にしない。泣きたいときは泣けばいいんじゃない。私だってそうだもん……浩太さん」
「……うん」
「明日も行くの先生の所に」
「いいや、明日は行かない。毎日行ったらうざいって友香に言われそうだから」
「ああ、せっかく会えたのに、もううざいなんて言われそうなの?」
「なんか悪いか?」
「いいえ別に……。私は明日バイトだし、浩太さんは明日まででしょうお休み。明日は一日何してるんだろうかなぁって」
「気になるのか」
「う――ん。気にしちゃいけない?」
「いや、別に。でもこれと言ってやることもねぇしな」
「困ったねぇ、一日中ただボーと過ごしているのかなぁ」
「なんかそれもとても空しい」
がっくりと頭を落とすと
「くくくっ」と繭が笑い出した。
なんだか物凄く老けちゃった感じがするんだけど。
「老けた? そんなに俺って老けたのかなぁ」
「あ、もしかして先生にも言われたんでしょ。老けたって」
「うっせぇ!」
「あ、やっぱりそうなんだ」
にまぁとした顔で繭が言う。
煮物のレンコンを箸でひょいとつまみ、口に入れ咀嚼する。
シャリッとした歯ごたえと、出汁の効いたた味わいが口の中に広がる。
「どうぉ、煮物の味は」
「うめぇな」
「でしょう、今日のは特別旨く出来たから美味しいはず!」
「ああ、最高だよ。繭」
不思議と繭といると心がどんどん落ち着いてくる。
「ねぇ、ビールでも飲む?」
「お、あるのか?」
「あるよう、ビールも酎ハイも。どっちがいい?」
「んじゃビール。この煮物とビール最高じゃん」
「そうぉ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
にヘラとあの締まりのない繭の笑顔。
俺はこの繭の笑顔が好きだ。
何もない。本当の素の繭の姿だと俺はそう思えるから。
なぁ、友香。
俺は、幸せ者だよ。不幸のどん底に居たつもりでいただけだったんだ。
ようやく気が付いた。
お前との出会いは、俺の新たな人生の始まり何だっていう事を。
今、俺には大切にしたい人がいる。
それはお前であって、いつも俺の傍にいる人だ。
この生活がいつまで続くのかは分からない。
でも……俺は今のこの新たな幸せを噛みしめていたい。
友香。お前と共に……。




